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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
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第59話 団長、振り返る。

 さっき見た光景が脳裏に焼き付いて消えない。


 あそこにあったのは、幸せな家族の肖像だ。


 父、母、娘。


 かつて私が持っていたものだ。


 私が、永遠に失ったものだ。



 視界がぐらぐらとして定まらない。


 酷く気持ちが悪い。


 足元がおぼつかない。




 ヴァイスが掛けた人払いの術も解け、ふらつく私を心配した団員たちが寄ってくる。


 煩わしい。

 彼らが悪いわけではないのだが、そっとしておいてほしい。


 振り払って、逃げた。


 一人になりたい。






 ヴァイスが悪いわけではない。

 私の様子に気付いた後はひたすらこちらを気遣ってくれたわけだし、突発的な出来事だったのは間違いない。


 わかっている。


 アリスもロッテも、何も悪くない。

 彼女たちは、新しい家族の形を作ろうとしただけだ。


 そのために儀式の場に、場違いな私がいただけだ。


 わかっている。


 誰も悪くない。




 わかっている。




 あえて言うなら、《《間が悪かった》》。


 この一言に尽きるだろう。



 だけど、心が引き裂かれるように、痛い。


 理不尽な怒りがとめどなく湧いてくる。


 なぜ、なぜ。


 


 私の傷は癒えていなかった。


 かさぶたが引きはがされるような、鋭い痛みを感じる。


 その下のじくじくと痛む傷から血が滲む。


 その痛みに、私は仄暗ほのぐらい喜びすら覚える。



 あぁ、あァ……忘れていなかった!


 癒えてなんていなかった!!



 あなた。


 リリィ。



 私は忘れていませんでしたよ。


 知らず知らずの内に、涙が零れた。






 のちに私の夫となる《《魔王》》「ロボ」と出会ったのは、エルフの里からそれほど離れていない洞窟だった。


 生まれ育ったエルフの里で同世代の連中から求婚されるのが鬱陶しくて、里の外をぶらぶらしていたその最中の出来事だった。

 あいつらと私が釣り合うわけがない、そう思っていた。



 エルフの里で将来を嘱望された実力を持つ私と、魔王同盟の追手から逃げてきた彼の最初のコミュニケーションは、《《殺し合い》》だった。




 一晩中()り合った後、私が魔王同盟の追手ではないという事、彼が私たちに危害を加える気がないという事が判明した。


 あとから考えると彼は魔王の能力を使わなかったから、きっと手加減されていたのだろう。

 優しい男だったから、きっと私が納得するまで付き合ってくれていたのだろう。


 当時の私は、本当に鼻持ちならない傲慢なエルフらしいエルフだったのだ。




 ロボは実に理性的で物腰穏やかだった。

 なおかつ、外の世界の彼方此方を渡り歩いていただけあって知識も並々ならぬ量を備えていた。

 私がヴァイスに彼の面影を見るのは、そういう所が似ているからだろう。

 

 あぁ、お人よしだったのもよく似ているな。



 エルフの里という閉鎖された狭い世界しか知らない私は、彼のもとにこっそり通い詰めて外の世界の話を強請った。

 彼の話全てが新鮮で、興味深いものだった。


 逃亡生活で話し相手が欲しかった彼は、私の来訪を喜んでくれていた。

 定期的に食料を運び、共に食べて色々な話をする日々が始まった。


 お互い孤高を装っていたが、寂しがり屋だったのも仲が深まる一助となった。





 そんな私たちが想いを交わすようになるまで、そう時間はかからなかった。




 思い返すと、人生で最も幸せな時期であったと思う。

 あれだけ退屈な世界が輝いて見えた。


 里のみんなには秘密というのも、恋が燃え上がる良いスパイスだった。




 ほどなく、子が出来た。


 この段階では家族たちには少し旅に出ると嘘を言って、彼の住処に移り住んでいた。

 里の人間にはバレていないと思っていた。


 今考えると、あまりに能天気な考えで呆れてしまうな。



 実際には、里の長老衆には把握されていたが、危害を加える事もなさそうだという事で黙認されていただけであったのだけれど。

 夫も何も言わなかったが、きっと気付いていただろう。

 あの人はそういう人だ。



 そう、彼の存在は《《一部の人間》》には知られていたのだ。




 可愛い可愛い娘のリリィを産み、何食わぬ顔で里に戻った。

 もちろんあしげく通って娘の世話をした。

 夫は喜んで世話をしてくれたし、何も問題も無いように思っていた。



 今考えると、おままごとのような夫婦だ。

 そういう所までヴァイス達と似ている。


 それでも、幸せだった。

 穏やかな日々だった。


 娘のリリィは素直で明るい子にすくすくと育った。

 友達がいない事を寂しがったが、夫がペットとして狼を拾ってきて無二の親友となった。


 本当に、本当に素晴らしい日々だった。










 あの日が来るまでは。








 忘れもしない、あの日ははっきりしない重苦しい灰色の雲が空を覆っていた。


 里に戻って娘と夫のための品を市場で揃えている時に、声を掛けてきた男がいた。


 私はすっかり忘れていたが、以前私に求婚してきた男の一人だったらしい。


 そいつはニヤニヤ嗤いながら今からでも遅くないから、自分と結婚する気はないかと世迷い事を言った。


 鼻で笑ってやった。

 お前となんて死んでも嫌だと答えた。




 それを聞いて、奴は、顔を歪めて、嗤った。






『お前の夫の存在を、奴等にばらしてやったぞ』




 何を言っているか理解できなかった。

 とっさに言葉が出なかった私に対して、奴はへらへら笑って続けた。



『もうそいつは要らないから、餌にするって言ってたぜ』




 手にもっていた荷物をそいつに投げつけ、夫と娘の元へ走った。

 いつもはつけられているかを警戒しながらいくのだけれど、なりふり構わず走った。


 何かの間違いであってくれ。


「どうした、そんなに慌てて」と優しく夫が迎えてくれることを、祈った。


「おかーさんどうしたの?」と娘が呼んでくれることを、願った。











 祈りは、届かなかった。


 願いは、叶わなかった。









 私達の《《家》》に行く途中に、娘の亡骸を抱えて瀕死になった夫がいた。


 すまない、護れなかった。


 滂沱のごとき涙を流して、夫が私に詫びた。

 震える腕で娘を、受け取った。


 彼はどんどん小さくなる声で、魔王同盟所属の魔王に強襲されたこと、娘を人質に取られどうしようもなかった事、取り返すために争い、娘が殺された事を告げた。


 私は全く理解できなかった。

 昨日まであれだけ幸せだったのに。



 


 そして夫は、震える手で銀で作られた短剣を私に渡して言った。


「このまま俺が死ねば、あいつの力の一部になってしまう。それだけは、嫌だ。娘を殺したあいつの一部となることだけは、ごめんだ」


 咳き込み、血を吐く夫の姿に現実味が感じられなかった。


「だから、君が、俺を殺せ。俺の魔王としての力を、君に、渡す。せめて、君の、中で、生き続けたい」


 絶対に、嫌だった。

 冗談ではない、自分の幸せを自分で壊せというのか。


「もう、時間がないんだ! 頼む! 俺が、君に残せるものは、これしかないんだ! 殺してくれ、《《ブランカ》》!」  


 夫が、泣きながら、私の名を叫び、頼んできた。


 彼の、最期の願いだ。









 短剣は、胸元に吸い込まれるように突き刺さった。


「そうだ、それでいい。あぁ、ブランカ。愛しい人。君は、君だけは、生きてくれ……───」










 私に宿った夫の力。


 勇者スキル「月夜に吼える(ルー・ガルー)


 この身を狂える人狼に変え、敵を屠る力。


 あぁ、私は……エルフのブランカは、ここで夫と共に死んだ。


 今から私は、狂える人狼(ルー・ガルー)だ。


 夫と娘の無念を晴らす、怒りの化身だ。




 二人の亡骸を丁寧に埋葬した後、私が最初にやった事は、敵に夫の居場所を密告した奴を殺す事だった。


 簡単だった。

 簡単すぎて、泣けた。


 こんな奴のせいで、私の幸せは壊れたのか。

 



 密告者の首をぶら下げ、長老に報告に行くことにした。


 この時点で私は壊れていたのだろう。


 長老は血まみれの私の姿を見て、すべて理解したようだった。


「お前の無念は理解する。何がしたいのかも理解する。しかし、掟により同胞を殺したお前は、里から追放になる……」


 望むところだ。

 私はこのまま、里でのうのう暮らせるほど薄情ではない。


 やつらを、くびり殺してやる。


 そんな私を見て、長老たちが深く深くため息をついたのを覚えている。

「忘れろとは言わん。だが、お前がすべてを忘れて暮らせる日が来ることをワシらは祈っておるよ」


 あぁ、長老たちは私の事を案じてくれていたのだな。

 今更ながら、理解した。


 そして、私は里を出て仇を討つために走り回って。


 今、ここに居る。







 路地裏から見える狭い空を見る。

 あの時のような、灰色の雲が見える。


 私は、どうすればいいんだろう。


 ぼんやりとしていると、誰かが背中にくっついてきた。


「んなはは! ボス、何で一人でたそがれてるのさァ~」

「ウルル……」


 きっと団員に頼まれて探しに来たのだろう。

「まーたそんな顔してさァ! ロッテちゃんから聞いたよ、家族の団らんをみて逃げちゃったんだって?」


 答えに詰まっていると、ウルルがヤレヤレという風情でため息をつく。

「ボスが家族を亡くしたってことは知ってるけどさ、あたしもそうなのは知ってるよね? でもね、今のボスにはあたしたちって言う家族がいるじゃん!」


「あ……」

 思わず声が漏れる。


 そうだ、私には団員達とウルルがいる。



『何が大事か、もう一度考えてみるといい』

 ヴァイスの言葉が脳裏によみがえる。


「すまない……」

 ウルルの頭に手を乗せる。


「んなはは! いつもと立場が逆だねぇ! じゃあ、帰ろうよ。みんなのところにさ!」

 ウルルが手を伸ばす。


「あぁ」

 手を掴む。


 あぁ、まだまだ子供と思っていたのだけれど。


 おおきくなったね、ウルル。





 二人で手を繋いで、夕暮れの道を歩く。



 大事なものは、すぐ近くにあった。


 

 夫と娘の仇を討つという目標は、変わらない。



 だけど。



 この子を守ることも、同じくらい大切だ。


 優しく、手を握った。











 その夜、ウルルが倒れた。

 団長の過去編、しっかり書こうとしたら10万字くらいいきそう。

 でも悲劇に終わる事を10万字も書きたくないので……。

 そう、俺はハッピーエンド主義者だからな!


 団長と旦那さんの元ネタはお察しの通りです。


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