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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
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第58話 教導者、あやまる

「─────……! ロッテか!」


 俺たちがとっさに身構えたことに気付いたのだろう。

 両手を広げ、こちらに危害を加える気がないという意思表示をしながら、ロッテがこちらに歩いてくる。


 ……いつもより足取りがしっかりしている?

 体調が回復しているのは嬉しいが、なんで髪の色とか変わってるんだ?

 いくつもの疑問が浮かんでは消えていく。


「おかえりなさい」


 どう反応していいか分からない我々を尻目に、ペタペタ歩いて俺の腰にへばりついた。

 体温を感じる、平熱だ。

 熱が引いたのは間違いないだろう。



 あぁ、この子は間違いなくロッテだ。


 身体から力を抜く。

 警戒する必要は無い、大丈夫だ。


 そんな俺を見てルー・ガルーも戸惑いながら警戒を解く。

 頭をぐりぐりと俺の腹に押し付けているロッテの頭を撫でる。

 うん、色が変わっただけで手触りも変わらないな。


 むしろ前より髪質が良くなっている気がする。

 そんなことある?


 そんなロッテの脇に手を差し込み、持ち上げる。

 抱き上げられた猫のように、力を抜いてされるがままになるロッテと目が合う。


 瞳の色も変わっとるやんけ!

 アリスを思わせるカラーリングになっちゃって! この子は!


 にへらと笑うロッテ。

「おきたら、かわってた」

 本人的にも問題は無いらしい。


「そうかー、体調はおかしくないか? 熱とかないか?」

「げんき!」


 うむ、いつものロッテだ。

 元気なのはいいことだ、いつもだるそうだったからなこの子。

 根本的に体が弱い、小さい頃に栄養が取れなかったことが原因だろう。


 とりあえず問題はなさそうだと安心してロッテを地面に下ろすと、アリスが音もなく近寄ってきた。


 そしてしゃがみ込み、ロッテと目を合わせた。


「…………──────────!」


 びくんとロッテが跳ねる。


「…………」

「…………」


 沈黙。




「あらあら、あらあらあら! 旦那様! 旦那様!」


 急にアリスが立ち上がり、こちらに顔を向けて興奮したように叫ぶ。

 白い頬に朱が差している。

 珍しい。


 彼女は両手を広げ、陶然とした表情で声を上げる。



「芽吹くことがないと思った種が、芽吹きましたわ! 芽吹いてつぼみまで付けましたわ!」


 滅多に見ないほど興奮している。

 彼女の興奮に、空間が色づく。


 色づき、ねじれ、さざめく。


 ぎちり、ぎちり。



「孵る事がないはずの卵が孵りましたわ! 生まれるはずのない雛が殻から出ようとしていますわ!」


 ぎちり、ぎちり。


「なァ!? これはッ!?」

 ビビり散らかすルー・ガルー。


 大丈夫だよ、興奮してるだけだから。


 パチンと指を鳴らす。

 周りにまで波及すると騒ぎになるので、意識逸らしの術を使う。



 再びアリスが、驚いて身動きが取れないロッテの前にしゃがみ込む。


 目を合わせて、語りかける。



「《《ロッテ》》」


 アリスが、名を呼んだ。


 個を認識しない彼女が、名を呼んだ。

 

 それはすなわち、アリスという魔王がロッテを対等であると認めたのだ。



「は……い……」

 ロッテがアリスの興奮と狂喜にてられつつも返事をする。


「貴女はもうすぐ独立した個となります。わたくしの眷属ではなく、世界から認められた個ですわ」


 謳うように続ける。


「わたくしの見立てでは、次の満月に、貴女は花開くでしょう。その日をもって、あなたは人からはみ出します」


 そして、優しくロッテの銀色に染まった頭を撫でる。

 アリスがそうしているのは初めて見る気がする。

 一緒にいる事は多かったが、触れ合うことは無かった。


「未完成ながらそこまで成長できるとは思っていませんでしたわ。褒めてあげます」


 ロッテはどうしていいか分からない、と助けを求める目でこちらを見ている。


 すまない、俺にはどうしようもできない。

 そうゼスチャーすると、ロッテはがっくり頭を落とした。


 気にすることなくアリスが続ける。


「旦那様の魔力とわたくしの魔力で成立した貴女は、言わばわたくしたちの娘のようなものになります」


「!?」

 驚いて再び顔を上げてこちらを見るロッテ。

 すまない、俺も知らなかった。


「人は同じ血が流れている他人の事を家族と呼ぶのでしょう? それならば、わたくしたち3人は同じ魔力が流れる、家族です」


 そういうものなのか?

 血が繋がってたら家族なのか?

 それが家族の定義なのか?


 俺にはよくわかんねぇや。


 でも。


「幸せになりましょうね、ロッテ。旦那様」

 微笑むアリス。


 その顔を見ていると、細かいことはどうでもよくなってきた。


 そうだな。

 それは、きっと良いことだ。


 たぶん、俺が死ぬほど欲しかったものだ。


 死んでも手に入らなかったものだ。


 それがやっと、手に入ったのだ。



 アリスが手招きする。

 俺は誘われるようにふらふらと近寄り、その手を取る。


 3人で手をつなぎ、ぎこちなく微笑み合う。


 まるで子供のおままごとだ。




 でも、悪い気はしない。





 アリスがロッテを抱き上げ、頬擦りし始めた。

 ロッテはどうしていいのか分からない猫のように、全身に力がはいったままされるがままだ。

 可哀想に顔が引き攣ってる。


 ……それは娘に対する可愛がり方じゃなくて、ペットに対するものでは?



 まぁ、急に家族って言ってもよくわかんないよな。

 実は俺もよくわからん。


 ゴメス達にとって俺は親父みたいなもんらしいが、実感はなかった。



 でも、最近夫婦ってのはちょっと分かるようになってきた。


 お互いを愛し、尊重し、慈しみ合うものだ。


 利害を超えたものだ。


 先導するのではなく、共に歩むものだ。

 


 だからさ、ロッテもアリスもやってたら分かるようになると思う。


 少しずつ慣れていこう。


 幸い、俺達には時間だけはあるんだから。



 












 悲痛な叫び声が、聞こえた。













「わ、私はどうすればいいのか!? こんなものを見せられて私はどうしたらいいんだ!?」

 ルー・ガルーが青ざめた表情で頭を抱えている。

 ふらふらと後ずさる。


「私への当てつけか!? 何でこんなひどいことをするの!? ふざけるなッ!」

 持て余した感情を空に向けて吠える。


 その声は怒りと哀しみが入り混じった、酷く心に響く声だった。


 


 その叫びを聞いて、俺も青ざめる。

 

 俺はなんて物を、彼女に見せた!?


 家族を失って苦しんでいる女に、新しい家族が生まれる瞬間を!?


 なんて、なんて惨いことを。




 アリスとロッテがきょとんとした顔でルー・ガルーを見ている。

 そうか、事情とか全然知らないからな……。

 


「……すまない。俺も予想外だった。いや、それは言い訳だな。すまない」


 地面に膝と手をついて、ルー・ガルーに頭を下げる。



「あああアああああァああアあああァ!!!!!あ゛あアああああァあああァ!」


 頭を掻きむしる音が聞こえる。

 悲しみの叫びが聞こえる。




 数秒が何時間にも感じられた。

 

 頭を下げつづける俺の腕を引いて無理矢理立たせて、ルー・ガルーが小さく呟く。


「……いや、彼女たちは私の過去なんて知らないわけだしな……。配慮しろとはいえないさ。それに、純粋に、うらやましいとも、思う。だから、謝罪は、いらない」


 訥々《とつとつ》と、絞り出すような、言葉。


「そう、か」

 俺はそれ以上、何も言えなかった。


 俺の謝罪では、彼女の心は癒えない。

 それが分かったから。



「私もな、お前たちには、幸せになってほしいと思うよ」

 そう言って、彼女はどこか陰のある空虚な微笑みを俺に向けた。


 そして、俺の背中をぽんと叩いてから歩き出した。


「さぁ、報告が終わるまでが遠征だ! さっさとやるぞ!」


 明るく、寒々しいほど明るい声だった。


 顔は、見えなかった。










 この出来事が、少しずつ彼女を壊していくことになる。

大型地雷起爆!

なんか行動だけみたら浮気相手に詫び入れてるみたいですね。

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