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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
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第57話 教導者、問題に頭を抱える。

 クランベル領の領都の外壁が見えてきた。

 見えてから到達するまで結構かかるが、それでもやはりほっとする。

 なんだかんだでここがホームになってから長いからな。


 領主からの依頼も無事こなせたし、魔王同盟の盟主とのパイプもできるという望外の結果を得る事が出来た。

 そういう意味では成功と言える。


 ただ、今後の事を考えると頭が痛い。

 ものすごく痛い。

 激痛である。



 あの様子だと、妲己は前触れもなく顔を出すだろう。

 「もうわらわ達はマブダチじゃもんな!」とか言ってたし。

 直前のしおらしさは何処に行った。


 魔王同盟の拠点に戻ると発言した次の瞬間、ヤツの姿は搔き消えた。

 そこにいた痕跡すら残さず。

 いや、多少の抜け毛は残した。


 一瞬だった。


 アリスによると魔王スキルの「神出鬼没いないいないばあ」らしい。


 《《どこにでも現れ、どこからでも消える》》。


 それを聞いた時、俺は己の力の使い方がまだ甘かったことを思い知らされた。


 いいものを視た。


 思わず笑みを零した俺を、呆れた顔でアリスが見ていたのが印象的だった。





 それはそうとあいつが来るとなると、魔王と分からなくても騒ぎになるのが予想できる。


 俺にはわかる、あれは生粋のトラブルメーカーだ。

 周りをめちゃくちゃに引っ掻き回す台風の目だ。

 しかも自覚がないタイプだ。


 絶対制御したり、抑え込もうとすることはできないし、やろうとすると被害が大きくなる。

 ……あいつがお飾りやらされていた理由が、なんとなく見えてくるな。

 たぶんそれが一番被害が少なかったんだろう。


 あいつこそ破滅の匂いがする気がする。

 脱退させるよりそのまま盟主にいたほうがダメージが大きそうだ。



 まぁ、俺に対する敵意は……多分ないだろうし、二人きりにならないようにすれば意思の疎通に問題はないだろう。


 お願いだから食べないでほしい。


 お菓子でも与えておけば静かになりそうだし、準備だけはしておこう。





 そして。


「《《破滅》》」


「《《女》》」


 あの時(魔王ゴブリンキング戦)、あの場所にいた女はそんなに多くないはずだ。

 領兵は全員男であったし、女はウチのクランの人間しかいなかったはずだ。

 


 そして、その中に一人だけ行方が分からない女がいる。



 《《モニカだ》》。



 正直、もう確信と言えるレベルで間違いないと思う。

 全てが繋がった瞬間、めまいがした。


 足取りが全く掴めなかった原因にもつながっていそうだ。


 ……はァー………──────────


 深い、深いため息をつく。


 ……昔からなんか変なところで運が良くて、運が悪いんだよなあ。


 ガシガシと頭を掻いて考える。





 探さねばなるまい。


 話さねばなるまい。


 問わねばなるまい。


 場合によっては……。


 不意に浮かんだ恐ろしい考えを、振り払う。



 元々探すつもりではあったが、なるべく急いで探す必要がある。


 最優先だ。


 とにかくどこにいて、何をしているかを早急に掴む必要がある。

 問題が大きくなる前に。


 ……領主にも報告が必要か。

 もうクランだけの問題ではない。



「元カノの行方が気になりますか?」

 アリスが俺の腕をぐいと引っ張る。


 アヒルのように唇を突き出し、機嫌が悪いですよと主張してくる。



 まぁ、確かにアリスにとっては面白い話ではないだろう。

 逆の立場で考えると気分が悪くなるしなぁ。


 アリスの元カレか。

 殺したくなるな。

 うん、これは俺が悪いわ。


 なので、しっかり伝えておく。


「元カノではなく、昔馴染みが面倒事になってそうだからだ」

 正直、複雑な感情があることは否定しない。


 その感情を整理するためにも会っておきたいのだ。

 

 万が一勇者スキルを持っていなかったら、そこでさよならだ。

 その場合、破滅の匂いを持つ女の捜索は振り出しに戻るわけだが、俺はその方がずっとありがたい。


「……まぁ、いいですけどぉー?」


 あきらかに良くない声で言う。

 ごめんよ。

 これは俺のわがままだ。


「後始末だよ。俺の人生の」


 きゅっと抱き寄せて、アリスの頭を撫でる。


「それが済んだら、《《あとはすべてお前の物だ》》」


「なら、我慢します。すこしだけ、我慢します」

 機嫌を直したらしいアリスがふいっと離れる。


 そして少し前に進み、振り返って俺に微笑む。

「約束ですわよ?」


 そしてアリスはふらりと立ち去った。

 いや、何処に行くんだよお前。




「お前らどこでもイチャつくんだな」


 帰り道の間ずっと深刻な顔をしていたルー・ガルーが、呆れた表情で声を掛けてきた。


 めちゃくちゃ悩んでるのが見ていて分かるから、誰も話しかけなかったレベルだ。

 ウルル嬢に聞くと「たまにあーなる。ほっとくと治る」だそうだ。

 

 だけどなあ。

 悩みがあるなら話くらい聞くのだが、あんまり踏み込むのもなあ。

 こいつ《《も》》内にため込むタイプみたいだし。


 ……よし。


「なぁ、何をそんなに悩んでいる?」


 ルー・ガルーの動きが止まった。


 そしてしばらく呆然と俺の顔を見た後、ゆるゆると動き出した。


 色々な感情でぐちゃぐちゃになった瞳がこちらを見ている。

 なんか地雷踏んだ気がする。


 彼女はしばらくもごもごと口を動かした後、意を決したように俺と目を合わせて言う。



「お前は……復讐を、どう思う?」


 呻くように、吐き出された言葉。

 自分でもどうしたらいいか分からない感情を、そのまま載せた言葉。


 だから、俺は即答した。



「《《否定しない》》」


 目を見開くルー・ガルー。


「俺は復讐を否定しないよ。まさか復讐は何も生まないとでも言うと思ったか?」


 にやりと笑う俺を見て、彼女は戸惑うように頷く。

 まぁ、教導者だしな。

 いつも綺麗事を言ってる自覚はある。

 「教導者」というジョブは、精神性に正しくあろうとする働きが加わる。


 だが、それは俺の精神の根本を捻じ曲げるには至らない。


「復讐は、再び自分が立ち上がるための儀式だ。何も恥じることは無い」


 彼女はまだ目を丸くしている。


「復讐が悪いことだと誰が決めた? 己の尊厳を取り戻す行為のどこが悪いんだ?」


 いつも教え子に説いていたように、語る。

 悩んでいる人間に対しては否定をしないのが基本だ。

 まぁ、俺の本心でもあるんだけど。


「まぁ、なるべく人に迷惑を掛けないようにするとかそういう配慮は欲しいがな。あとやりすぎない事。それに命を懸けてやるものでもない。そこらへんを踏まえてやるなら、俺も手を貸すことはやぶさかじゃないぞ」


「そう……か……」

 よほど意外な返事だったのだろう、視線が定まっていない。

 心なしか足取りも怪しい。


 どんだけ予想外だったんだよ。


 こいつの中で俺はどんな聖人なのか。


「俺だって復讐を考えた事は、一度や二度じゃないぞ」


 実家の連中は今でもぶっ殺したいし、クランを家出した時も見返してやる!という気持ちでいっぱいだったからな。

 あれも一種の復讐だろう。


「……意外だな」

 そう言ってぎこちなく笑う。


 お、ちょっと持ち直したか?

 無理にでも笑顔が出るのはいいことだ。

 立て直そうという意志の表れだからな。


「ただ、俺にとって復讐の優先順位が低いんだよ、すごく」


 ルー・ガルーが不安定なままでは困るので、そんな打算も込めつつ優しくゆったりとしたリズムで話す。


「お前が復讐に燃える理由も理解している。そりゃあ家族が殺されたなら恨みもするだろうし、復讐も考えるよな。それは当たり前のことだ」


 視線を空に向ける。

 いい天気だ。


「だけど、あんまり気負いすぎるな。考えすぎるな。やらねばならないと思い込むな」

「……私の半分も生きていないくせに生意気だな」


 ちらりと目をやると、少し力が抜けた表情をしているように見える。

 少しはマシになったかな。

 思考のループからは脱することができたように感じる。


「何が大事か、だよ。やるべき事じゃなくてやりたい事で考えてみるといいんじゃないかな」


「何が《《大事》》か……か……」

 彼女がそう小さく呟いた言葉が、妙に印象に残った。




 それから教会の秘跡についてなど話しながら道を進み、何の問題もなく領都の門をくぐることができた。

 門番に心づけを渡し、荷物確認の時間を短縮したりしつつクランハウスへの道を急ぐ。

 門番の連中に関してはあとで領主にチクっとこう。

 あいつらはもうちょっとしっかりしててほしい。


 そんなことを考えつつ、歩きなれた道を進む。


 あの角を曲がれば楽しい我が家だ。




 クランハウスの入口に誰かが立っているのが見えた。


 銀色の髪を持つ小さな女の子のように見える。


 あの背の高さは……ロッテくらいか?


 あれだけ幼い子は他にいなかったはずだが……。

 だがロッテにしては雰囲気が……。



 無意識に魔力を探り、凍り付いた。


 この魔力は……!



「おい、ヴァイス! あれは……」

 ルー・ガルーが眉を顰めながら俺の肩を掴む。

 腕から戸惑いが感じられる。


「あぁ、アレから《《魔王の魔力》》を感じる」


 かすかだが、はっきりと脈動する力だ。


 身構えた俺たちに静かに近づいてきた彼女は、柔らかく微笑みこう言った。


「おかえりなさい、せんせい」

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