第54話 教導者、弟子と論ずる。
その後の調査は、嘘のように滞りなく進んだ。
夜の騒ぎはアリスが何か小細工をしたようで、勇者・魔王だけしか認識できていない。
ありがたいんだけど、どうやったのアリスさん。
朝起きたらなんか金色の狐美人が増えていた事に教会騎士団の面々は
驚き、フェアトラークの面々は「あぁ……またか」という顔をした。
ゴメスからは「元居た場所に返してこい」とか言われる始末。
解せぬ。
魔王戦の調査のついでに付近の植生や新しくできそうな池の水質、地盤の調査などもこなした。
このあたりの調査結果はギルドを通して領主へ回され、新しい町の場所の選定に使われる。
こういったデータ取りができるクランなどめったにないため、報酬はかなりの物となるだろう。
金だけでなく、コネも。
まぁ、コネ自体は元々結構あるけど。
この功績はクラン「フェアトラーク」ではなく、人員を引き継いで作られる新しいクランの物として扱われるように手配している。
また、基本的な資産も大部分は移譲される、クランハウスとかな。
新しいクランのクランマスターになるゴメスは断ろうとしたが、無理矢理押し付けた。
元クランメンバーは自由に使っていい、という条件だから今と何も変わらんだろうに。
勝手に出ていって、勝手に戻ってきて、勝手に壊したことに対する詫びだ。
他のメンバーもそれで問題ないと言ったのだから、素直に受け取れや。
金とコネは無いと生きていけないという事は、ゴメスもよく知っている。
だから最終的には渋々受け入れてくれた。
遠慮はしないでほしい。
俺が与えられるものは、もうほとんどないのだから。
「先生とこうして仕事をこなす事は、もうないかもしれませんのゥ」
調査も一段落して、焚火の傍でお茶を飲んでのんびりしている時にゴメスがしみじみと漏らす。
「なんだ? 元々最近は全然一緒に動いて無かったろうに」
最後に一緒に仕事したのはもう1年以上前の気がするぞ。
「それはそうですけど、近いうちにアリス姐さんと旅立つ訳ですよね? そうなると顔を合わせるのもなかなか難しいでしょうよゥ」
ゴメスが携帯食料を齧りつつ茶を飲み、複雑な表情で答える。
俺の新たな門出は嬉しいが、自分がトップに立つことが不安ということかね。
そもそも俺がトップを張っていたのは最初期だけだったろうに。
「遅くても来年の春ごろには出る予定だな。リーダーになって人を引っ張っていく時の不安な気持ちはわかる。俺だってずっとそうだった」
「え? 先生が、ですかィ? いつだってむやみやたらに自信ありげじゃなかったですかィ?」
驚いた顔をするハゲ。
俺が自信満々だと?
「ばーか、お前たちみたいな連中を引っ張るんだ、自信ある様にみせないと駄目だろうが。いつだってこれでいいかどうか悩んでいたよ。自分が正しいかなんて、その時にはわからないんだから。結果は残酷だ、どれだけ努力をしても必ず着いてくるものじゃないんだよ」
そうさ俺は最初から、村から出てきてモニカと二人で明日の飯も怪しい生活だったのだ。
後悔だけはしたくない、させたくない一心だった。
色々苦労して生活を安定させた後はスラムの子供たちを教育し、今の形を作り上げた。
結果としては成功したように見えた。
成功したと思って、ジークに譲り渡した。
そしてこの状況だ。
本当に成功したかなんて、時間がたってからしか分からないのだ。
俺はいつだって迷い、悩んでいた。
「お前たちだって、トップが思い悩んでばかりいたら着いて行くことに不安を覚えるだろう? 思い悩むことは必要だ。リーダーという立場は常に自分が正しいかどうかを考えていなければならないんだ。自分の背中に載っている物について、責任を持つんだ。そりゃあ苦しいよ、投げ出したくなるよ」
そういう意味ではジークも思い悩んでいたんだろうなあ。
あいつも俺と同じように、相談相手がいなかったのかねえ……。
変なところが似た師弟だ。
茶を飲み干す。
アリスが黙ってお代わりを注いでくれた。
感謝の念を心でおくり、ゴメスにずっと自分が背負っていたものについて話す。
ゴメスも注いでほしそうにしたが、アリスは完全無視だ。
注いであげて?
「だが、それは自分についてくる人たちにはなるべく見せないほうが良い。常に自信がある、俺は間違っていないという姿勢を見せるんだ。そうすればみんな安心してついて来てくれる。そりゃ相談することは必要だよ? だが、胸の内をすべて語る必要は無いんだ、まぁ相談できる相手はいたほうが良いがな。というか、無理しても作れ」
「で、でも人間のやる事だから失敗することもあるのではないんですかィ?」
禿頭をぺたりと撫でてゴメスが問いかけてくる。
ゴメスが動揺している時の癖だ。
変わらんなァ。
「そりゃそうだ。俺だって何度も失敗してきたよ。その時は成功と思っても、あとで失敗だったと分かることもある。すべてを上手くやろうとするな。失敗を恐れすぎるな。そうしなければ自分の重みでつぶれてしまうよ、俺みたいにな」
自嘲する。
俺はもっとみんなと話し合うべきだったんだ。
失敗をして、何が原因が話し合い、解決するべきだった。
できるから、と自分ですべて完結させたのは失敗だった。
隣に立つ人間を、一緒に背負ってくれる人達を作るべきだったんだ。
それに俺は自分の悩みをうまく隠しすぎた。
ゴメスはそのあたりが俺よりずっと上手い。
人に頼る事が出来る人間だ。
見た目はアレだが、彼は上に立つ人間の資質がある。
おそらく俺よりも、ずっと。
「失敗した時はどうするか? それはな……」
「それは?」
ゴメスが前のめりになって聞いてくる。
あぁ、こっちの話を真剣に聞いているんだなと相手に伝わる態度だ。
こういう所が人に好かれるのだろう。
「ごめんなさいって謝るんだ。そのうえでどうすればよかったか話し合う。次も同じ失敗を繰り返さないためにな」
「理想論としてはそうでしょうけどよゥ……」
納得できない様子のゴメス。
「まぁ、言いたいことも分かる。それで上手くいったら誰も失敗しないってな。だけど、そうするしかないんだ。失敗を積み上げて大きな成功に繋げていくしかないんだよ。そのために日々仲間と絆を作り、小さな失敗で壊れない関係を作るんだ」
自分の手の平を見る。
そして自分に言い聞かせるように、続ける。
「人間関係を作り上げるのはな、魔法のような一言ではなく、積み上げた万の言葉なのさ」
それを聞いてゴメスはため息をつく。
「はぁ……気が重いですワィ……」
悩め悩め。
それで、いいんだ。
「何言ってるんだ、大丈夫だよ」
ゴメスの肩にポンと手を乗せ言う。
「《《俺がお前を選んだんだぞ》》? お前なら上手くいくと思って、お前を選んだんだ。だから大丈夫だ。ダメだったら選んだ俺が悪いとでも思っておけ」
笑って、続ける。
「お前は俺の事をすごいと思ってくれているんだろう? そのすごい人間がお前を選んだんだ。胸を張れ! 自信を持て! しっかりしろ、ゴメス!」
バチンと背中を叩く。
目を真ん丸にしたゴメスが笑う。
「ハハハハハハハハ! そう言われちゃあ、やるしかないでしょうよゥ!」
ゴメスにパァン!と背中を叩かれる。
痛い。
「その意気だ」
大丈夫そうだな。
安心した。
きっと、彼は大丈夫だ。
俺の失敗と成功、ジークの失敗と成功を間近で見てきた彼は、俺達より上手くやるだろう。
「ありがとう、ございやす」
ゴメスは大きく伸びをして背を向け、調査作業に追加で指示を出すために歩いて行った。
「なかなか良い師弟関係のようだな」
そんな俺たちを楽しそうに眺めてルー・ガルーが言う。
居たんだ?
「まーな、教育が俺の本職だしそれなりに力を尽くしたつもりだ」
「教会で教鞭をとるつもりはないか? お前なら歓迎されそうだが」
笑いながら勧誘される。
「魔王を教会に誘うなよ……」
もしついて行ったら、魔王であることを隠しながら教えないといけないんだろう?
そんなの面倒くさい。
教会の蔵書には興味はあるが、そんな不便な生活をする気はない。
「さて、先ほどウルルから報告があった」
雰囲気ががらりと変わる。
俺は軽く頷き、指を鳴らして遮音結界を張る。
「魔王ゴブリンキングを殺した者の痕跡を発見した」
早いな。
流石というべきか。
「殺したのは、おそらく《《人間》》」
あぁ、一番当たってほしくない予想が当たった。
「人間の、《《女》》」
女……?
何故か分からないがひどい胸騒ぎがする。
なんだ? 何を見落としている?
「得られたスキルは不明だが、ウルルが嗅ぎ取った情報によると────」
ルー・ガルーが深刻な表情で告げる。
「《《破滅の匂いがする》》、と」