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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
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第52話 獣人、探す。

「ウルル、ヴァイスを探せ」


 良い感じに爆睡していたあたしを叩き起こしたボスは、簡潔すぎる言葉であたしに命じた。


 切羽詰まってるのはよぉく分かった。

 でも待って欲しい、最低限度の情報はよこしてほしい。


 そうはいってもすぐには頭が働かない。

 猫獣人は寝起き弱いんだよ……。


 クシクシと手で顔を撫でつつ欠伸をする。

 ゆっくりとボスの言葉が頭に浸透していく。


 なに? あのお兄さんどっかいったの?

 状況が分からん。

 よく見るとアリスさんもいる。


「ほれ、水」

 焦れたボスにカップに注がれた水を渡される

 えぇーそこまで急ぐの……?


 仕方なく頭からかぶる。


「ピャっ!」


 眠気が飛ぶ。

 んもー。


 ブルルルルルル!


 全身を震わせ、水気を飛ばす。

 近くにいたボスが水でべしょべしょになる。


 いやそうな顔しないでよ、ボス。

 解ってたでしょ、こうなること。


「それで、お兄さん探せばいいの? いつくらいにいなくなったの? どの辺で?」

 矢継ぎ早に質問を投げかける。


「はい。 気付いたら姿が見えませんでした。 探すのはこの付近からお願いします」


 アリスさんが簡潔に返事をしてくる。

 あらま、この人がこんなに切羽詰まった表情するの初めて見たわ。

 笑ったりしょんぼりしたり赤くなったりはしてたけど、こんなに心配そうな顔もできるんだねえ。


 まぁ、あんだけ仲の良い旦那さんが行方不明ならそうもなるかァ。

 いいね、うらやましいねえ!

 愛されてるねえ、お兄さん!


 というかなんでボスもそんなにオロオロしてんのさ。

 え? 自分の立案した作戦のせいでこうなったかもしれない?


 一応あの人?は魔王なんだよ? 分かってる?

 まぁ、ここ最近の付き合いで悪い人じゃないのは解ってるけどさ。

 てーか、素直に友達が心配って言え!


 あたしも最近知ったんだけど、それは恥ずかしいことじゃ無いんだよ。


 まぁ、お兄さんはご飯も奢ってくれるし、その恩くらいは返さなきゃね!

 だからしゃっきりする!

 団長でしょ!


 なによりあの人は、あたしの友達の大切な家族でもあるからね。



 猫は意外と恩を忘れないんだよ?

 任せなさい。


 あの人の匂いを思い出す。

 と言っても、体臭ではない。

 魂が醸し出す、においだ。


 お兄さんの匂いはかなり特徴的で、よく覚えている。

 くさいわけじゃないよ?


 例えるなら、手入れがしっかりされた古い本みたいな匂いがするんだ。

 ちなみにボスは雨が降った後の森の匂い。

 ロッテちゃんは図書館の匂いだね。

 アリスさんは無臭。怖い。


 まぁ、それはいいとして。


 スンスンと鼻を鳴らすが、うっすらとしか感じられず特定が難しい。


 常時起動だと嗅ぎ取れないから、ここはちょっと出力を上げますかねえ!


「しかたないなーボス、完全開放するよー」

「……なに!? そこまでしなくて……」

 ボスが慌てて止めようとするが、無視して続ける。


 あした一日、あたし使い物にならないと思うからよろしくゥ!



 近寄ろうとするボスを視界の隅に捉えつつ、大きく息を吸って、吐く。

 体感時間がゆっくりになる。



 さてと、じゃあ。



 本気で探しますかねェ……。







 全身の魔力を鎮め、集め、錬る。


 あたしの全身から静かに魔力が燐光となって、浮かぶ。




 風よ


 大地よ


 空よ


 汝らの子 ウルル・ルーが願い、奉る


 遍く在る世界を巡り


 求め願う


 我が 探し物は いずこに ありやなしや?



 勇者スキル・《《偽》》「常世の遺香(あれはどこ?)」 




 ガチン。


 あたしの中に何かがかみ合った音が聞こえる。



 大きな、大きな存在に接続したことを感じる。

 それが何かは分からない。

 分からないし、理解できない。したくない。


 それは自らをアカシックレコードと呼ぶが、あたしはそれがなにか分からない。

 分かってはいけない。


 あぁ、よかった。


 成功した。


 《《最近ちょくちょく失敗するんだよねえ》》。


 全てを識ると頭が焼き切れるから、匂いだけに制限した情報を受け取る。


 スンスン……


「こっちだよー」


 ふらふらと案内する。

 視界も閉ざされた、匂いだけで構成された世界を歩く。


 見えないけど、よくわかる。


 あぁ、ここで沢山の命が散ったんだねえ。

 大地の記憶が流れ込む。


 視界が閉ざされているからこそ、よくわかる。


 すぐに見つかった。


 《《いた》》。



 思ったより近くにいたねえ。


 静かに指をさす。

「この辺からお兄さんの匂いがする!」


 なにかと、いる。



 強烈な魔力がすぐ近くで踊る。


 近くにいた銀色の魔力が燃え上がる。

 いつもは静かに輝いている、《《銀色》》が猛っている!


 り、り、


 ぎらり ぎらり ぎらり ぎらり ぎらり 




 あぁ、怒っている。

 すごく、怒ってる。


「ちょっと下がっててください、ウルルさん!」


 アリスさんが魔力を込めて、振りかぶる。

 尋常ではない魔力が集められている。

 見えない筈の魔力が見えるって、ちょっとおかしいよ。



 陽炎のように、ゆらりゆらり揺らめく銀光。



 アレがこっちを向いてないことに安堵する。

 こっちに向いてたら心臓が止まると思う。



「ふっ!」


 裂ぱくの気合とともに、それが叩きつけられた。


 腕の振りは、見えなかった。





 ギギギギギギギギギギギギャリン! ギャッキィィィィン!




 名状しがたい音とともに、何かが割れる。


 結界!?

 不可視の結界とか何者の仕業なの!?


 お兄さんは何に巻き込まれたんだ……。

 面倒事を引き付けるとか言われてたけど、あれ本当なんだ……。

 あたしも大概だけど、あの人は本当にトラブルメーカーだねぇ。


 ばらばらと結界を構成していた魔力が砕け散る。

 きらきらと魔力に戻り、虚空に消えてゆく。


 めまいがするほどの濃密な魔力があたしに吹き付ける。

 スキルがビンビンに反応している、魔王の魔力だ。

 お兄さんの魔力じゃないなあ……。

 嫌だなぁ。


「旦那様! ご無事ですか!」


 アリスさんが悲痛な叫び声をあげる。


 金色の女に押し倒されたお兄さんがいた。


 なにやってんだあの人。



「ア、アリスたすけてー! 食われる!」

「ちい! 邪魔が入ったか!」


 このシチュエーション、普通は男女逆じゃね?


 情けない悲鳴を上げるお兄さんに圧し掛かっている金色は、綺麗な狐耳を持つ女の子だった。

 うっわ、美人!

 でもスキルは言っている、あれはただの女の子ではない。




 魔王だ。





 うえええええええええええええええええええええ!!?


 なんでこんなに魔王がいっぱいいるのおおおおおおおおお!?

 最近、行く先々に魔王がいるんですけどおおおおおおおお!


 尻尾が自然と股の間に収納される。

 もちろん耳はペタリと寝ている。


「クカカカカカカ! 銀色! お前の旦那はわらわが貰うぞ!」


 金色の魔王がニヤニヤ嗤いながら、アリスさんを挑発する。


 ぐったりしたお兄さんを尻尾で持ち上げて、見せつけるように頬擦りした。


 ちょ、やめ!


 思わず青ざめた次の瞬間。






 銀がはしった。






 パ ァ ン !


「この女狐がァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

「ぎゃぶっ!!」


 瞬きする間に、アリスさんの拳が金色の顔面に突き刺さった!

 ほれぼれするような美しいフォームだ!


 人間?を殴ってあんな音出るんだなあ。

 あの音ってあれでしょ、音速超えた音。


 現実逃避気味にそんなことを思う。



 殴られた金色が、バウンドしつつ数十メートル吹っ飛ぶ。


 どんな威力だよ。


 そしてそんなの喰らって、すぐ立ち上がるあいつはなんだよぅ!?

 魔王だったね!


「何をする! わらわの美しい顔に!」


 確かに綺麗な顔だけどさあ!

 あれ喰らってちょっと赤くなってるだけって、丈夫とかそういうレベルじゃないなあ。


「黙れ女狐ェェェェェェェ!」


 ズ ド ン !


「ぐぶっ」

 今度は蹴りが金色の腹に突き刺さって空を飛ぶ。


 きらきらと光る軌跡が美しい。



 うーんアリスさん、おこである。

 かなりおこである。

 まぁ、怒るよね。


 べしゃっと受け身も取らずに落ちた金色が、ダメージも感じさせない動きですっくと立ち上がる。


「き、貴様……女の腹を蹴るとか外道か!?」


「あなたがその程度でどうにかなるとは思ってませんわ、女狐」


 いつの間にかお兄さんを腕に抱きかかえたアリスさんが、冷たい目で金色を見ている。

 お兄さん、奥さんと立場が逆では……?


 というか、この二人知り合い?

 面識あるみたいなやり取りだけど。


 あたしとボスは完全に置いてけぼりである。

 帰っていい?



「女狐、あなた封印されてたのでは?」


「銀色、お前こそどうやって出てきた!」


「わたくしは! 旦那さまに! 助けていただきましたの!」

 アリスさんが自慢気に抱きかかえたお兄さんを掲げる。

 お兄さん生きてる?

 

「ズルいぞ! わらわもそうしてほしかったぞ!」

 キィー!と地団太を踏んで悔しがる金色。


 うーん、しょうもない会話だぁ!


 規模は大きいけど、これはただの痴情のもつれでは?

 あたしは訝しんだ。


 でもまあ、お兄さんが無事に見つかってよかった。

 そう思って気が抜けたのか、視界がぶれる。




 ぐらり。



 あ……スキル使い過ぎたからな……?

 いつもより随分はやいなぁ。


 ゆっくりと意識が闇に閉ざされていく。

 ボスが慌ててこっちに来るのが見える……。


 ボス、大変だと思うけどあとよろしくね……。


 そこまで考えて、あたしは気を失った。

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