表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
50/183

第50話 教導者、金色と問答す。

 目が離せない。


 金色に輝く艶やかな髪、大きな狐耳、愛嬌も感じる大きな金の瞳。

 手入れが行き届いた美しい九つの尻尾。


 全てが完璧な美しさと愛らしさ、妖艶さすら感じられるのにどこか幼さも感じられる。

 未熟で未完成な危うい美しさと、妖艶な色気を併せ持つ存在がそこにいた。



 これが伝説に謳われる美しさか!

 心の内で感嘆する。

 

 アリスにバレたら殺されるかもしれん。




 いや、待て。


 魔王妲己と言えば、傾国テンプテーションで国を幾つも滅ぼした厄災。

 まさか、俺の今の感情は傾国テンプテーションによるものか!?


 だとしたらマズい、さすがにそんなスキルへの対策はしていない……。


 気圧されたように身動きが取れない、どう動けばいいのか正解が分からない。

 妲己は静かにこちらを眺めている。


 これでは援軍を呼ぶための笛も吹けない。


 一応、他の手も打ってはいるが……。

 味方がこの状況に気付くのを願うばかりだ。



 そんな俺を視て、妲己は呆れたように溜息とともに吐き出す。


「なんじゃ、お主もわらわが傾国テンプテーションを持って人をあやつるなどと勘違いしておる口かの? この顔は自前じゃ、自前! 生まれ持ったものじゃ!! 美しいであろ? 見惚れるであろ? 赦す、好きなだけ見惚れるがよい」


 絶対的な自信をのぞかせて、妲己はニィと笑う。

 その笑顔さえ美しく、恐ろしくなる。


 だが、怯えてばかりはいられない。


「いや、しかし傾国テンプテーションはお前の……魔王妲己の代名詞ともいうべきスキルだと記録にはあったぞ!」

 尋ねるべきことはこれではない気がするが、どうにも思考が纏まらない。


 やっぱこいつ傾国テンプテーション使ってんじゃねぇのか?


 それを聞いて妲己は面白くなさそうに答える。


風評ふーひょー被害じゃ! なぜわらわが人と人が争うためのスキルなんぞ行使せねばならんのだ。わらわに人に媚びる趣味はない。確かにあれを使えば国を興すことも滅ぼす事も容易であろうよ」


 そう言って手に持った扇子をパチリと鳴らす。


「しかし、そもそもわらわは人の国になんぞ少しも興味ないわ!」


「!?」


 予想外の言葉ばかりで混乱が大きくなる。

 伝説に謳われる妲己は、人と人を争わせて喜ぶ邪悪な存在とされていた。

 本や伝承がすべて正しいとは思わないが、違いすぎるとなると判断に困る。


 混乱する俺を見て、妲己はさらにため息をついて続けた。


「おおかた教会の連中が自分たちの失敗を隠すために、白色のすべての悪行をわらわに押し付けたのだろうよ。不愉快じゃ、実に不愉快じゃ」


 そう言って面白くないといった風に、ふんと鼻を鳴らす。


「白色……?」

 俺の知らない何かヤバい事を口にしている気がするぞ、この魔王。


「すべてをここでつまびらかにしてもよいのだがのう……惚けて居るがお主、その懐の笛を吹かんでよいのかの?」

 その金の瞳を意地悪そうに細めて妲己が囁く。



 思わず飛び上がりそうになる。


 とっさに胸元を押さえ笛の存在を確認してしまう。

 全てが後手後手だ。


「どこまで、知っている……? 何を、知っている?」

 掠れる声で問いかける。


 あぁ、これは悪手だ。


 事実と認めてしまうだけの、つまらない言葉。




 妲己は、嗤った。











「ぜぇんぶまるっと知っておるぞぉ? ぜぇんぶ視ておったぞぉ? クランハウスで生徒たちと戯れる姿を視た。書類仕事に追われる姿も視た。小さな娘と話している姿も視た。あの銀色と睦み合う姿も視た。エルフから笛を受け取った姿も視た」


妲己は、恍惚として嗤った。


「過去視でお前の産まれを視た。何をして育ったかを視た。兄や家族に抑圧される姿を視た。幼馴染と逃げる姿を視た。その幼馴染に裏切られる姿を視た。自棄になって魔王と戦う姿も視た。《《銀色》》にそそのかされて魔王になる姿も視た。お前が正しくあろうとしている姿を視た。お前の怒りも悲しみも喜びも絶望すらすべてすべて、全て! 視たぞ」




 ねっとりと質量すら感じる粘着質な視線がまとわりつく。

 その美しき相貌に似つかわしくない、狂気を感じる言葉に背筋が震える。


 これは最初に感じた恐怖とは別の恐怖だ。

 こわい。



「人間の人生をまじまじと微に入り細を穿ち、全て視たのは初めてじゃった。矮小な人間風情と思っておったが、なかなかに面白い! 試しにお主以外の人間の人生も眺めてみたが、お主の物が一番よかった! たったの20年程度で良くもあれだけ濃い人生を送ったものよのお!」


 勝手に俺の人生見て面白かったよって言われて、俺はどう答えればいいのか。


 妲己が小首をかわいらしく傾げ、続ける。

 なお、しゃべっている内容は全くかわいくない。


「その上で認めよう。わらわはお主に一目置いておる。もがいている姿がよい、苦しんでおる姿がよい、絶望の深さがよい、好意に対して不器用で上手く反応できない姿がよい、その行いからは想像もつかない闇を抱えている姿がよい!」


 褒めてるようで褒めてないよな、これ。


 その美しい目を見開き、八重歯をのぞかせた口でうっとりと囁く。


「同盟の下っ端から見たことない完全なる魔王が現れたと聞いて、調べたらお主のような興味深い存在だとは思わなんだ! 隣に銀色がおるのは気に食わんが……まぁ、よかろう、赦す」 


 妲己がゆったりと、優美にこちらに手を伸ばす。

 この手を掴めと、まっすぐ伸ばす。


「わらわの下につけとは言わん。味方しろとは言わん。愛せともいわん。仲良くせよとも言わん」








 その美しい金の瞳でこちらをしっかりと捉え、告げた。











「《《わらわと対等な存在になると、誓え》》」







「《《わらわとともに在ると、誓え》》」







「《《わらわの傍に侍ることを、赦す》》」












 これは契約だ。


 アリスと同じ、契約だ。


 なんで俺のところにはこんな重い契約を持ちかける奴ばかり来るのか。


 誰か助けてくれ。

 俺が何をしたって言うんだ。

 俺のどこがいいんだよ。




 しかし、答えは決まっている。



 手を伸ばされたのなら、その手を掴むのが俺の信条ではあるが───


「申し訳ないが先約があってな。その手は取れない」


 きっぱりと断る。

 

 同じ契約は二つも結べない。

 あと、純粋に怖い。


 たとえこの場で妲己と戦うことになっても、それは譲れない。


 それは不義理である。


「それにお前は魔王同盟の盟主で、友の家族の仇だ」


 アリスは裏切れないし、友達も裏切れない。

 だから、その手を取ることはできない。


 こちらを認めてくれた相手を拒否するのは、少々心苦しいが仕方がない。

 素直に諦めて帰ってほしい。

 勘弁してください。

 かえって。





「ふむ? 先約のう……それに友とはあの成りかけのエルフの小娘か? あやつの家族の仇のう……」


 扇子を開き口に当てて視線を彷徨わせる、あきらめの悪い妲己。



「先約というのはあの銀色のであろ? ならばわらわがなんとでもしよう」


 どうするつもりなんだよ、すごく嫌な予感がするからやめてください。




 気付くと身動きが取れなくなっていた。



 そして妲己は、いいことを思いついたと美しい笑顔を浮かべて。



「加えて、魔王同盟の方であるが」



 美しく輝く金色の九つの尾を揺らしながら。




「魔王同盟とは蟲毒の壺よ」


 近づいてくる。


「わらわの無聊ぶりょうを慰めるためだけの、箱庭よ」


 近づいてくる。


「わらわの同類が産まれる可能性を願って作られた、玩具よ」


 近づいてくる。


「つまりはその程度の代物よ」


 俺の顎をほっそりとしたしなやかな指で掴み、顔を覗き込んできた。


「故に、お主がこの手を取るならば」


 金の双眸が俺を視ている。

 妲己の吐息を感じる。


「魔王同盟の盟主の座など、お主にくれてやろうぞ?」


 妲己はどうだと言わんばかりに笑い、そう囁いた。








「いりません……」

 秒で断った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ