第49話 白魔導士、友を得る。
山奥の村の存亡の危機を救い、村長さんと神父さんから紹介状までもらえた。
村長さんからの紹介状は冒険者としての身分で町に入りたくない私にとって、とても有用だ。
遠くの町ならともかく、近隣の町や村ではある程度の身分が保証される。
私は冒険者ギルドから手配されている可能性が高いと考える。
あれだけ目撃者がいたのだ、おとがめなしとはいかないだろう。
だからと言って確かめるために「私、手配されてます?」と聞きに行くのはアホの所業だ。
いや、いずれ罪を償うことに異論はないのだ。
それで死罪になろうとも、受け入れるつもりではある。
だけど。
だけど今の私は裁かれるとなると、きっとスキルを使ってしまう。
山賊たちに力を振るってみて分かった。
この力は、私には過ぎた力だ。
軽く使うだけでも、私に対して絶対的な忠誠を誓う死を恐れない兵士が作れてしまう。
試しに山賊の頭目に自殺を指示してみると、《《ためらいなく喉を掻っ切った》》。
さすがに背筋が寒くなった。
それと同時に、どこか高揚している自分がいる事にも気づいて愕然とした。
これは、よくない。
とても、よくない。
飲まれるな。
力に飲まれるな。
一生懸命自分に言い聞かせなくてはならなかった。
そのこと自体に恐怖を覚えた。
ヴィーは言っていた。
『大義のない力は、ただの暴力だ』
だからこそ我々冒険者は己を律しないと、世界からつまはじきにされてしまうとも。
あぁ、あぁ。
貴方と別れてから、貴方の言葉ばかり思い出す。
会いたいよ。
確かにこの力さえあれば国を滅ぼすことも簡単だろう。
余り賢くない私でもわかる。
数回の使用で国の中枢部にもアクセスできるだろう。
でも、私は権力なんて欲しくない。
ずっと前から欲しかったのは、小さな幸せだけだったはずなのに。
だけど。
私は、私の弱さをよくわかっている。
心のどこかでそれが出来ると思ったら、手を伸ばしてしまいそうな私がいるのは間違いないのだ。
だから、ごめんなさい。
そうなる前にこの力を封じてから、罪を償います。
少しだけ時間をください。
必ず、必ず戻ります。
どれだけ代償を払っても。
「モニカさま、どうかなさったんですか?」
くりっとしたかわいらしい目をした、素朴な顔立ちの女の子が心配そうに声を掛けてきた。
彼女は紹介状をくれた村長の娘のリリーアちゃんだ。
大教会を目指しているという事を聞いて、近くの町まで道案内を買って出てくれたのだ。
土地勘も何もない私にはとてもありがたかったし、何より歳の近い女の子とおしゃべりできるのはとても嬉しかった。
ここ最近は、意思のない従うだけの木偶人形みたいな小汚いオッサンしか周りにいなかったからね……。
リリーアさんも最初は驚いていたけれど、こっちに危害を加えないと分かると気にしなくなった。
つよい。
凄い適応能力だと思う。
私、まだ慣れないよ。
とにかくよくしゃべる子《《だった》》。
私がクランベル領の領都から来たと聞くと、町での生活について聞きたがった。
まぁ、村での生活も知っているから聞きたくなる気持ちはよくわかる。
田舎は時間の流れがゆっくりしているからね。
今となってはそれも懐かしく感じる、決して戻りたいわけではないけれど。
他にも冒険者としてそこそこ成功していると分かったら、彼女のテンションはブチ上げになった。
魚料理を目にしたチトセみたいだった。
なんでもそういう英雄譚みたいなのが大好きだったらしく、冒険者になりたかったが親に止められたとぶーたれていた。
わかる。
すごくわかる。
でも今なら親御さんの気持ちも分かるんだよね。
もし、もし私に子供が出来て。
その子が冒険者やりたいって言いだしたら、止めると思う。
そんなふうにおしゃべりしつつ、40人くらいの山賊(途中で増えた)を引き連れて旅を続けて、一週間ほど経った頃。
おしゃべりが、減った。
と言っても、険悪になったわけではない。
リリーアちゃんはいつもニコニコしている。
話しかければちゃんと答えてくれる。
リリーアちゃんから「モニカさま」と呼ばれるようになった。
最初は「モニカさん」だったのに。
やんわりと「さま」はやめてねって言ったんだけど、「お話していると、モニカさまがすごい人だとわかったので!」と笑顔で返されてしまった。
なんだか溝を感じてしまい悲しくなった。
身の回りの世話をしてくれるようになった。
最初はありがたいなと思ったけど、だんだん侍女のような振る舞いをするようになってしまった。
そこまでされるのは申し訳ない、と言ったけど「私がやりたいからやるんです!」と言われてしまっては拒否もできない。
そして一番変わったのは。
目だ。
段々、《《後ろに控える壊れた山賊たちと同じような目》》になっている気がする。
話は変わるが、私は片頭痛もちである。
これは昔からであり、ヴィーから痛み止めの薬をもらったりしていた。
私にとって慣れ親しんだ痛みであり、気にしてもいなかった。
ほっといても治るしね。
最近もたまに頭が痛むことがあった。
もし。
もしこれが片頭痛じゃなくて。
スキルの代償だとしたら?
血の気が引いた。
震えが止まらない。
仲良くしたい、その程度の願いでも自然に発動するって言うの!?
「モニカさマ、ドうしましタ?」
リリーアちゃんの心配そうな顔。
私の事しか考えていない、そんな顔。
あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
ダメだ!
これ以上、彼女を傍に置いておけない!
考えろ!
最善は何か考えろ!
友達が、友達をこれ以上壊さないようにするにはどうしたらいい!?
「リ、リリーアちゃん! お願いがあるの!」
「はい? なんでしょウ? なンでもお申し付ケくださイ!」
嬉しそうに、笑う。
「こ、この辺りにも村あるんだよね? そこも物資足りなくて困ってるんじゃないかな? そこに私の持ってる物資を配ってきてほしいの!」
震えを必死に押さえてお願いをする。
その言葉を聞いてリリーアちゃんはぱっと笑顔を浮かべた。
「素晴らしいお考えですモニカさま! きっとみんな困ってると思います! でも私にはモニカさまを案内するという使命が……」
使命!?
なんか彼女の中で私の道案内がえらいことになってる!
私はあわてて付け加える。
「み、道は大体わかったから! それより困ってる人たちを助けるほうが優先だよ!」
そう言って反論が返ってくる前に、山賊から奪った空間拡張鞄に物資を移し替えてリリーアちゃんに押し付ける。
「そうですか……わかりました! それではモニカさまのお名前を人民に盛大に広めてまいります!」
なにいってんだこいつ!
いや、違う!
「いや! あの! 私目立つのはちょっと困るから匿名でお願いね! リリーアちゃんの村の名前でもいいから!」
「でも……いいことをしてそれを秘密にするなんて……」
リリーアちゃんは不満顔。
あ、そういう素朴で人のいいところは変わってないんだね。
完全にねじ曲がってしまったわけではないと分かって、少しだけ安心する。
私と距離をとれば……きっと元に戻るはず……悲しいけど、折角できた友達だけど……。
友達だからこそ、スキルなんかで仲良くなるのは間違っている!
「リリーアちゃん! 配り終わったら村に戻ってね! 教会で用事が済んだらまた遊びに行くから!」
友達だからこそ、ここで別れよう。
「わかりました……待っていますね」
ちょっとしょんぼりしながら、リリーアちゃんと別れる。
何度もこちらを振り返っている彼女に手を振る。
涙を流しながら、手を振る。
リリーアちゃん、ありがとう。
こんなお別れになって、ごめんなさい。
短い間だったけど、貴女は大切な友達だった。
貴女とのおしゃべりでどれだけ救われたか。
急がないと。
長引かせると、どんどん状況が悪化する気がする。
私は涙を拭い、元山賊達45人(また増えた)と大教会への旅路を急ぐことにしたのだった。
結果的にリリーアちゃんに頼みごとをして別れた事も、事が大きくなることに拍車をかけることになった。
リリーアちゃんは、私との約束をきちんと守ってくれた。
色んな村を支援をするにあたって、私の名前は出さなかったのだ。
ただし、それ以外の情報は何も隠さなかった。
「新しき白の聖女様からの贈り物です」
白の聖女を名乗る(名乗っていない)白髪青目の女が、困窮した村を救いながら大教会を目指しているという噂が熾火のように、この地方に広がっていくことになるとは私は夢にも思っていなかったのだ。