第48話 教導者、待つ。
パチ……パチ……。
静かな闇夜に、焚き火にくべた枝が音を立てる。
消えないように昼間集めた小枝を追加で投げ入れる。
うーん、風情があっていいねえ。
魔法で消えない光源出すこともできるけど、焚火はなんていうか男の子って感じだ。
最近はデスクワークが多かったし、星空の下過ごすのも久しぶりで楽しい。
ずっとやってると嫌になるがな。
天にはずっと昔から変わらない星々が瞬いている。
壮行会も無事終わり、魔王戦現地調査の為の遠征は滞りなく進んだ。
資材調達もクランの贔屓にしている商人から仕入れられたし、嘘みたいに順調である。
順調なのが逆に不安だ。
教会騎士達との共同訓練なども挟みながら、なんらトラブルなく現地に到着できた。
なんの問題もなく着いた時、思わず嘘だろと口に出してしまってウルル嬢から呆れられた。
「どれだけトラブルに愛されてるのかね、お兄さんは?」
遠征に出るたびに100%予想外の出来事が起きます……。
参加メンバーは教会騎士団全員と、クランからは俺とアリス、そしてゴメスを始めとしたベテラン中心の合計30人前後となかなかの大所帯だ。
調査がメインなので、戦力というより探し物が得意なメンバーが多い。
今回、ロッテはお留守番だ。
珍しくついていく!とめちゃめちゃ抵抗したんで連れていくか悩んでいたが、出発前に熱を出して寝込んでしまった。
医者の見立てだとちょっとした風邪だという事で、やはりお留守番になった。
ちょっと心配だが、アンナとマルティナがつきっきりで看病してくれるらしいから大丈夫だと思う。
物わかりのいい子だから、熱出したことで本人も諦めた。
最近は割と身体強くなったんだけど、昔はよく体調を崩して心配したもんだ。
出掛けにウルル嬢と一緒にお見舞いにいくと、しょんぼりしつつ手を振っていた。
……なんかお土産持って帰ろう。
何がいいかな、さっき拾ったよくわかんない綺麗な石とかどうかな。
そんな益体のない事を考えながら辺りを見渡す。
真っ暗なはずだが、暗視の魔術を使っているんで結構しっかり見える。
それでも火を焚いているのは「ここに来ると人間が居て危ないよ」と動物や魔物に警告するためである。
まぁ、頭のいい魔物とか頭の悪いゴブリンは来ちゃうんだけど。
少し先にはアリスがぶち抜いた大穴が空いており、何処からか水まで流れ込んでいる。
もしかしたらでかい池になるかもしれんな。
まぁ、開拓には水場があるに越した事はないし、アリだろう。
飲めるかどうかわかんねーけど、そこはまあ飲めなくても使い道はあるし。
最高に暇そうな俺が何をしているかと言うと、不寝番だ。
到着後、調査は明日からと言う事で天幕を張り早々に休むことにしたのだ。
無理に動いても仕方がないしな。
そうなると夜間の見張りをどうするか、と言う話になる訳だ。
俺は基本的に睡眠は必要がない為、立候補した。
まぁ、ほかにもローテーションを組んで見回りとかやってるんだけど、警戒などもできる俺が専任となる。
危険度も低いだろうし、他にも思惑はあるしな。
「お前は何でもできるな、器用貧乏め」と呆れたようにルー・ガルーが言っていたが、教えるにはできるようにならなきゃいけないんだよ。
本当のプロには敵わんし。
自分が出来ない事を教えるやつは信用ならんのが俺の持論だ。
自分が分かっていないのに、さも全部わかっているように人に教えるやつは教師失格だと思う。
虫の声が聞こえる。
あー、もう季節感覚もめちゃくちゃだがそろそろ秋になるのか。
冬に教会に向かうのは雪の事を考えると、ちょっと厳しいかもしれんな。
そうなると俺たちの旅立ちは来年の春になるか。
……冬で思い出した。
リケハナの案件、放置してるな。
やべえ、完璧に忘れてた。
色々ありすぎた。
モストル爺さんとメイリアさん怒ってるよな?
メイリアさんに至っては顔も合わせないで失踪しちゃったからな……。
今度あの場所をもう一度でぱっと行ってぱっと帰ってくるか。
おみやげ抱えていけば許してくれるだろ……たぶん。
一人でいると、思考があっちこっちに飛ぶ。
たまにはこういうのもいいものだ。
俺と同じく睡眠が必要ないアリスさんは、いつものごとくふらりとどこかに行った。
魂の繋がりは感じるから心配はしていない。
もうみんなアリスのそんな動きに慣れてしまって、何も言わなくなった。
つよい。
べたべたくっついたり、ふらりといなくなったり猫のような奴だよ、まったく。
パチ……パチ……。
一人静かに焚火を眺める。
……そろそろ来てもおかしくないと思うんだけどなあ。
ここまでお膳立てしているのだ。
来るはずだ。
虫の声が止んだ。
火が翳った。
闇が濃くなった。
《《来た》》。
「なんじゃ、待っておったのならもっと早く声を掛ければよかったのぉ」
鈴の音を転がすような、蠱惑的な声が鼓膜を震わす。
ぞわりとうなじの毛が逆立つ。
《《金色》》。
先ほどまでの暗闇などなかったかのように居た。
闇に佇むのは金色。
鮮やかな、燃えるような、黄金色。
それは密やかに笑い、告げた。
「はじめましてじゃな、新しき魔王」
圧倒的な存在感と、儚い幻のような相反する存在がそこにいた。
「わらわは、魔王同盟の盟主」
金の瞳を輝かせ、俺を視ている。
興味深い、楽しい、面白いという感情を隠しもせず、視ている。
こいつは……。
こいつは……!
汗が頬を伝う。
これはちょっと予想外だった。
こんな、こんな大物が出てくるなんてなぁ!
知っている、俺はこいつを知っている!
御伽話にも出てくる、滅びを振り撒く災厄!
こいつの名は……。
「魔王 妲己である」
赫赫たる金色の魔王が闇夜に顕現した。