第46話 司書、獣人を識る
ウルルが語る。
彼女の物語を。
私はそれにただ耳を傾けるだけだ。
新しき友の物語を。
彼女の哀しみに満ちた物語を。
あたしはね、今でこそ教会騎士なんてやってるけど元々は野盗だったんだ。
あ、勘違いしないでね、別になろうと思って野盗やってたわけじゃないんだよ。
あたしが生まれ育った一族が、野盗を生業にしてたんだ。
これだけ聞くと、とんでもない話に聞こえるけど定住してない獣人の一族だと、割と珍しくない形態らしいよ。
まぁ、獣人ってあんまり畑を耕したりそう言うのは得意じゃないからね。
どちらかというと狩猟が得意かな、あたしも。
それで食べていければ良かったんだけどねぇ。
まぁ、獣人は国によっては排斥されるような立場だし、もしかしたらそうやってのけ者にされた結果だったのかもしれないね。
今となってはもう調べようがないんだけど。
ん? そう、《《あたし以外もうみんな死んじゃった》》。
まー散々暴れて恨みも買ってたとおもうしね。
遅かれ早かれそうなってたと思うよ。
多分いなくなって悲しんだ人はいないんじゃないかな、あたし以外。
野盗なんてそんなものだよ。
あたしたちだって野盗に出くわしたら全部殺すもん。
根絶やしだよ。
人民に仇名す神敵め!ってね。
んなはははははは。
はあ。
それにね、どんな理由があっても人の荷物を掠め取っていく生き方はいずれ破綻してたと思う。
ボスが「人から奪うだけでは何も生み出さない」っていってたね。
そうだね、その通りだと思う。
でも、小さい頃のあたしはそんなことわからなかった。
小さいから直接の略奪には参加しなかったけど、それで手に入れた食べ物や道具で育ったから同罪だね。
一族の誰もそれが罪深いことだってわかってなかったけどね。
知らないって怖いよね。
お父さんが沢山取れた!って言って笑顔で持ってきた袋に血がついていても、それが何を意味するかとか考えたことも無かった。
大好きなお父さんやお母さんが、どこで何をしてそれを持ってきたか分かんないよね。
知らないから仕方がない、それもまた正しいとは思うんだけどね。
じゃあ罪がないのか?って言われると考えちゃうよね。
にゃはは。
まーそんな感じで一族……お父さんやお母さん、おじいちゃんとかみんな基本的に血が繋がってる血族だったんだけど、あっちこっちで略奪してやりすぎて兵隊が出てきたら逃げるって生活だった。
みんな優しくてあたしは大好きだった。
イトコのリーゥーとかグーカとかいたけど、あたしが一番年少だったなあ。
可愛がられてたよ、うん。
山に潜んでる猫獣人を見つけるのは至難の業だからね。
基本的に見つかったりしなかったよ。
しょせん人間、あたしたちを捕まえることはできない!とかお母さん笑ってたなあ。
まぁ、運が良かっただけだったんだけど。
今考えるとかなり無謀だと思うんだけど、教会領でいつもみたいに略奪しててね。
んで当然ながら教会騎士が出てきたんだ。
当たり前だよねえ! 今ならわかるよ、自殺行為だよねえ。
それも分かんないから野盗なんてやってたんだけど。
何度も言うけど、知らないって怖いね。
本格的にヤバイってなって、逃げまわって。
みんな結構焦ってたけど、それでも心のどこかでは何とかなるだろうって思ってたんだ。
今までもそれで何とかなってたからね。
逃げ回った結果、魔王の巣に突っ込んじゃった。
そこにいたのはね、魔王「ジェヴォーダンの獣」。
え、ロッテちゃん知ってるんだ、すごいね!
うんそう、でっかい黒い狼みたいな獣。
凶悪な、魔獣の王。
教会騎士も手を出しあぐねていた強大な魔王だったんだ。
だから包囲に穴が開いてるように見えたんだねえ、狙ってたのかな?
もう、めちゃくちゃだったよ。
みんな次々死んでいった。
ヴェル叔父さんも、ギイ叔母さんもルーウもジェルもギウーもガウイも。
イトコのリーゥーとかグーカも。
みんなみんな。
食い殺された。
もちろん無抵抗じゃなかったんだけど、それでも装備も整っていない獣人の群れなんか鎧袖一触だよ。
無謀だよね。
でもお母さんお父さん、それにおじいちゃんがあたしだけでも逃がそうと頑張ったんだけど、だめだった。
いまでも夢に見るよ。
みたくないけど一族と会えるからちょっと嬉しいかな、んなははは。
一族の決死の抵抗でそれなりに手傷を負わせたけど、生き残ってたのはあたしと何人かの子供だけだった。
もう駄目だ、と思ったとき。
ボス達、教会騎士団の明星分団のみんなが戦場に来たんだ。
そのタイミングで意識を失ったからどうなったのかは見てないんだけど、あたしたちの一族が負わせた傷もあって無事滅ぼせたみたい。
みんなが無駄死にじゃなかったのは嬉しいかな。
命が助かったのは良かったんだけど、仇も取れなくなったのはちょっと残念。
それで教会に連れていかれて、野盗として裁かれることになったんだけどね。
ちょっと苦しいけど魔王討伐に功在り、そしてまだ幼いという点で縛り首は免れたんだ。
ボスたちが子供だけは助けようと動いた結果なのは、後で知った。
枢機卿のところに連れていかれて、なんか儀式?をやったらとんでもないことが分かってね。
あたしに、勇者スキルが宿ってるって。
なんでだろうね。
正直大した力じゃないんだけど、情報を匂いで知るみたいな感じの力。
それ自体はいいんだ。
便利な力だよ、ボスたちの役に立つしね。
それは感謝してる。
でも問題があってね。
そのスキルが常に発動しっぱなしなんだ。
普通はオンとオフできるらしいんだけど、あたしのはその切り替えができない。
知ってる? 勇者スキルって使うには代償がいるんだ。
人によって何が代償なのか、違うらしいけど。
あたしは、常に代償を払い続けてる。
人の何倍も早く、歳を取る。
だからあたしは今、こんななんだ。
ボスはそんなあたしを何とかしようとしてくれてるんだ、それはとても嬉しい。
なんとかする目処がついたとか言ってて、それにはもうちょっと魔王を退治する必要があるんだって。
だけどね、あたしはボスたちと一緒に過ごせることが一番嬉しいんだ。
毎日がすごく楽しいんだ。
だから例え間に合わなくても、ボスを恨んだりしないよ。
今回もロッテちゃんみたいな素敵なお友達ができたしね。
そう言って、どこか寂しそうにウルルが微笑んだ。
あぁ。
この子は諦めている。
自分が生き残って幸せになることを、諦めている。
まるで生贄になるあの時の自分を見ているかのようだった。
許せない。
そんな悲しそうに笑うことが許せない。
「ウルル、だいじょうぶ」
ウルルの手を握る。
「ロッテちゃん?」
キョトンとした顔をしているウルル。
「あきらめないで。きっとなんとかなる。なんとかする。だから、らいねんも、その次もずっとずっと」
手をぎゅっと握る。
「わたしと、おしゃべりしよう」
「……ありがとう、ロッテちゃん」
今度は憂いのない、素敵な笑顔が返ってきた。
そう、それでいい。
絶望して、諦めて物事が好転する事なんて無いのだ。