第44話 団員、撃退される。
「ワシが今回、教会騎士団サマとの打ち合わせを押し付けられ……担当することになりました、ゴメスと申しまス。こちらは補佐のロッテ嬢ですワ」
団長の交渉で、クラン「フェアトラーク」の協力が得られることになりクランハウスに来てみると蛮族がそこにいた。
なんなの、このオーガの親戚みたいなやつは。
デカい。
身長はおそらく2mは軽く超えている、筋骨隆々のハゲがそこにいた。
シャツから覗く上腕二頭筋がなかなか艶めかしい。
いや、違う違う。
思わず口をあけてアホヅラをさらしてしまったが、蛮族の咳払いで我に返り挨拶を返す。
「私は教会騎士団 明星分団所属メリッサ・ベルであります! この度はご協力ありがとうございます!」
聖印を切り、教会式の敬礼を行う。
蛮族はちょっと嫌そうにそれを見た後、冒険者式の敬礼を返してきた。
何で嫌そうなの。
こいつも教会嫌い系冒険者か。
「わたしは……ロッテ。司書のロッテ」
わぁ、珍しい! 野生の司書だ!
かなり希少なジョブだからすぐに囲い込まれちゃうのよねー。
いると書類作成とかそう言った事務系が捗るらしい。
ウチに来ないかな?
……ん? ジョブ持ってるってことは10歳以上……?
み、見えない……小さくてかわいいけど、ウチのウルルみたくなんか訳有かな?
「まぁ、この子は小さいですが司書なだけあって色々と話し合いには便利ですケェのぉ。同席をお許しくださィ」
頭を下げる蛮族。
意外と礼儀をわきまえてるわね、この蛮族。
「こちらから押し掛けた身ですので、お気になさらないでください! あの、先にこちらにきているはずの団長は……?」
先に団長が来て話し合ってて、その隣でぼーっとしてればいいと思ってたのだがどうも様子がおかしい。
これでは私が働かないといけないではないか。
働きたく無いでござる。
蛮族はぺたりとその禿頭に手をやり、困ったように眉をひそめた。
「それがですのォ、うちの先生……クランマスターと領主サマの所に話を聞きに行きましたワィ。後から来る団員としっかり打ち合わせやっておけと……もしかして話聞いておられない?」
初耳である。
うおおおおおお! めんどくせええええええ!
え、つまり私はこの蛮族&幼女と打合せするの!?
できるの!? こいつらと実りある話できるの!?
んもー、適当に流すかぁ……しょせん冒険者だし大した情報持ってないでしょ。
本命は団長の方と見た。
はぁ……と小さくため息をつく。
それを見て幼女がピクリと反応したがスルーする。
「……まァ、とりあえず会議室でお話しましょうや」
ハゲも微妙な顔をして、そう言って部屋に通される。
使い込まれた黒板が掛けてある、なかなかしっかりした会議室だった。
壁一面にファイルが保管されており、大きな地図まで貼ってある。
え、あの地図の精度やばくない!?
なんで田舎のクランがあんなのもってるの!?
もしかして、壁一面のこのファイル全部資料!?
教会の書架レベルの量なんだけど!?
思いっきりキョドっている私を見て、幼女が嫌な笑いを浮かべる。
こいつ……!
「そちらにお座りください。それで早速ですが、こちらが魔王ゴブリンキング戦の報告書になりますワィ」
ドサリと書類の山が机の上に置かれる。
「ヴぇ!?」
思わず変な声が出る。
ちょっとまって、数百枚くらいありそうなんだけど!?
「そしてこれがそれを要約したものですワ」
小冊子が渡される。
最初からこれ渡せや!
ペラペラとめくると、図入りで分かりやすく作られている。
あらま、色付き!?
色とりどりで視覚的に頭に入りやすい。
これ凄い。
「まァ、それはロッテ嬢の力で作られておりますので、時間経過で消えますワィ」
どうだ、と言わんばかりの表情をする蛮族。
ぐぬぬ。
こんな芸術品みたいな書類見た事ない。
司書やばいな……。
だが貴様の力ではなく、そこのかわいい子の力であることを忘れるなよ!
説明を受け疑問点を聞くと、司書さんから資料のページ数で返ってくる。
……もしかして、全部把握してるの?
優秀過ぎない?
そのまま向こうのペースで打ち合わせは進んでいった。
考えてみたらこっちが持ってる情報ほとんどないんだから、もうちょっと謙虚にしておくべきだったわ……
侮っていた事を反省する。
ボスも人は見かけによらないんだから、ちゃんと向き合えっていってたね……。
3時間ほどで必要な情報は概ね揃った。
後は現地での調査が必要となるだろう。
蛮族……ゴメスさんが書類をトントンと片付けながら言う。
「こちらがお出しできる情報はこんなもんですワ、いかがですかィ?」
私は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「御見それしました。当初の態度をお詫びします。申し訳ありませんでした」
私は恥ずかしい。
この町でトップを張るクランがいい加減なものであるはずがないだろうに。
謝って許されることではないかもしれないが、これはけじめだ。
あとで団長に報告して罰を受けよう。
私はそれだけの事をやらかした。
ゴメスさんはにやりと笑いながらぺたりと禿頭に手をやる。
「いやァ、割とよくある事ですからのゥ。交渉のときはやり易くもありますワィ。お気になさらず」
うーん、人間性でも完敗だ。
私はなんて小さいんだろう。
「ロッテちゃんもごめんなさい、貴方たちの事を見くびっていたわ。あなたたちは凄いわ、敬意に値します」
ロッテちゃんにもしっかりと頭を下げる。
「だいじょうぶ。ちいさいのはじじつだし」
むふーと息を漏らしロッテちゃんも満足したようだ。
あらかわいい。
おっと違う違う。
とりあえず悪感情は持たれなかったようで良かった。
関係が悪くなったら現地調査でも困ることになっただろう。
「まぁ、休憩にしましょうや。お茶とお茶菓子出しますから待っといてくださィ」
ゴメスさんが立ち上がり、会議室から出て行った。
お茶出なかったのはやっぱり私の態度のせいかぁ!
反省する。
頭を抱える私をロッテちゃんがじっと見ている。
観察されてる動物の気分だ。
「そういえばロッテちゃんは、ここのクランマスターの娘さんなの?」
なんかウルルがそんなこと言ってた気がする。
「うん」
1点の曇りもない眼でロッテちゃんが即答する。
なるほど……ゴメスさんもロッテ嬢って言ってたしやはりお嬢さんなのね……。
ちょっと舌足らずだけど質問には的確に答えてくるし、やはりただ者ではない。
その時、外から団長と誰かの声が聞こえてきた。
「わははははは! ぼっこぼこだったな!」
「《《ヴァイス》》! お前あんなのが居るとか言ってなかっただろ!?」
「言ってたらなんか変わったか?」
「ぐぬぬ……でも心構えはできた!」
「それくらいでどうにかなるような相手じゃねーだろ、マリアベル様は」
そんな会話をしつつ会議室に顔を出したのは、団長とフェアトラークのクランマスターだった。
「おう、メリッサ打ち合わせは済んだか?」
団長が不機嫌そうに聞いてくる。
不機嫌そうな顔だが、私にはわかる。
あの顔は内心、楽しんでる顔だ。
「ここの人たちは優秀ですね、とても分かりやすく説明してもらいましたよ!」
ひらひらと渡された小冊子を振る。
それを受け取って、ぺらぺらとめくり感嘆の声を上げる。
「ほう!……良くまとまってるな、お前のとこはいつもこんなん作ってるのか」
クランマスターに団長が呆れたような声で尋ねる。
「まぁな、きちんと作って冒険者ギルドに売るんだよ。結構評判いいんだぜ?」
クランマスターが軽く笑いながら答える。
あらま、かなり仲良くなってる。
団長があんな態度取ってるの初めて見るかもしれない。
部下と上司しかいないから仕方ないのかもしれないけど、あれだけ気安い態度をする相手はいなかったはずだ。
同僚の団長達とはピリピリしてるし、枢機卿はカスだし。
まぁ、上司の機嫌が良くて困ることは無い。
普段張りつめている団長が、この町にいる間だけでもあんな顔をできるようになるのはいいことだと思うのだ。
特にしょっちゅう怒られている部下の立場からすると、ね?
今回の仕事は、いままでになく快適なものとなりそうだ。
他の団員にもこの情報は共有しておくべきだな!