第43話 白魔導士、戸惑う。
「貴女のおかげで村は救われました、聖女様!」
「えぇ!? いや、聖女なんて柄ではありません! やめてください!」
目の前で頭を下げる村長さんを慌てて止める。
ほんとうにやめて。
私はそんな上等な人間じゃないの。
聖女というのは数百年前に現れたという、教会に改革を促したとされる慈悲深い女性だ。
教会のシスターだった彼女が、上層部の腐敗に心を痛め立ち上がって各地の民衆に施しを与えたという言い伝えのようなものだ。
人々が困窮するときに必ず現れるという伝説が、まことしやかに語られているのだ。
その時の聖女は、白銀の髪に空色の目をしていたと伝わっている。
「いいえ、モニカ様。あなたは間違いなく、この村の救い主なのです」
村長さんの隣にいる頬のこけた神父さんが、聖印を切りながらそんなことを言ってくる。
山賊一味の精神を破壊してお供にして、北のセイリオンの大教会を目指し始めたところまでは良かった。
だが、自分の現在地も怪しいのにたどり着けるわけがないと思い人里を探すことにしたのだ。
すると出るわ出るわ、合計5組の野盗や山賊に襲われた。
《《全部、壊した》》。
一人残らず、潰した。
スキルの力加減を覚えるのに丁度よかった。
こいつらは世の中に必要ないものだ。
ヴィーも常々言っていた。
『そうならざるを得なかった事情があったとしても、それは他者を傷つけて良い理由にはならない』
私もそう思う。
今なら、そう思う。
彼らには罪悪感も覚えずに済んで、感謝さえしている。
お礼に恐怖も感じないようにしてあげた。
度重なるスキルの行使で、気付けば自慢だったはちみつ色の髪が真っ白になっていたが、その程度ささやかな代償だろう。
ヴィーが綺麗だと言ってくれた自慢の髪がこうなることは悲しいが、これは私に対する罰だと思う。
スキルを封印して、全てを償ったら……いつか戻るといいな。
あぁ、確かに今の私は容姿だけ見れば伝説の聖女のように見えるだろう。
そんなことありえないのに。
まぁ、そういうわけで壊れた連中を護衛代わりにぞろぞろ引き連れて人里をさがしていたんだけど、やっと見つけた村でものすごい警戒された。
ちゃんと考えたら当たり前だよ!
私だって30人くらいのゴロツキ連れて歩いてる女がいたら、山賊団のボスと思うよ!
ゴロツキたちを全裸にしてうつぶせにさせて、ようやく私だけ村に入れもらえた。
村長さん宅に通されて話をきくと、この村は付近に野盗が住み着いて物資が届かなくなり二進も三進もいかない状況だったらしい。
そう、私が壊したやつらである。
塩などの生活物資も足らないし、薬もなく子供が病気にかかって死にそうだということだったので、見て見ぬ振りもできず空間拡張鞄に入っていた資材からまとまった数を提供した。
ジーク、ごめんなさいちゃんと返すから。
でもいいことに使ったから許して。
子供の病気もヴィーが対処していたのを見たことがある病気だったので、魔法と薬の合わせ技で容態を落ち着かせる事が出来た。
そう言った一連の出来事を無事に済ませる事が出来て、一息ついていると村長さんと神父さんが来て私に頭を下げているというのが現状だ。
正直、困ってしまう。
ヴィー達と冒険者をやっていた時は、こういった村を救ったことは幾度となくある。
それでもメンバー全体に感謝をされることはあっても、その前面に立つことは無かった。
ヴィーがお礼を言われて困っていたのを見て不思議に思っていたんだけど、こういう気持ちだったんだね。
確かに嬉しいのだけれど、困る。
私がやったことは八つ当たりと盗品を配っただけだ。
確かに病気の子供は助けたけど、これもやり方を前に見た事があったからだけだし。
だから、私に聖女なんて言われる資格はない。
「……ふむ、モニカ様は何かわけありのようですな」
村長さんが頭を上げてこちらを見ている。
さすがに村人を纏めているだけあって、こちらを見透かすような目をしている。
思わず目をそらして俯いてしまう。
そうだ、私はとんでもないことをしてしまった女なのだ。
礼を言われる資格なんてない。
「ワシらは貴女が何をしてきたのかは知らないし、《《どうでもいいのですよ》》」
村長さんの言葉に驚き、顔をあげる。
「貴女がここにきてくれたおかげで、病気の子供の命が助かった。
塩などの必需品がなくなって倒れる村人もいなくなった。
近くの野盗も排除してくれた。すべて、貴女の行いです。
そこに貴女の過去は関係ないのですよ、モニカ様」
隣の神父さんも頷きながら笑顔で優しく言う。
「たとえ貴女が大罪人であろうとも、ワシらの命を救ってくれた貴女は救い主なのです。誰が行っても、善行は善行です。少なくともワシらはとても感謝しております」
「私たちには貴女に返せるものがありません。だからせめて、せめて感謝だけでも受け取っていただけませんか?」
二人が再び頭を下げる。
村長宅の入口から見ていた村人たちもこちらに頭を下げてきた。
あぁ、あの人は病気だったあの子の母親か……。
私が、救った。
「……そんなこと言われたら断れないじゃないですか……。
私は……ただ……私が見ていた人の真似を……」
涙が零れる。
あぁ……あぁ! 私、知らなかった。知ろうともしなかった!
ぽろぽろこぼれる。
ヴィー、貴方の行いはこんなに素晴らしいものだったんだね。
零れる涙をそのままに頷く。
「ありがとう……ございます……」
「それはこちらのセリフですよ、モニカ様。
貴女が真似したという方はとても素晴らしい方なのですね。
ですが、《《それをここで成したのは貴女なのです》》」
神父さんが優しく手を握りながら伝えてくれる。
「今夜はこの家でお休みください。夜にささやかなお食事を用意いたしますので」
「はい……」
なんとか笑顔を作り、涙をぬぐった。
その後、乏しいながらも精一杯の歓待を受けた。
町でのごちそうとは比べ物にならなかったが、今まで食べたどんな食事よりもおいしく感じた。
あぁ、私が……この私がこんな素敵な思いをしていいのでしょうか。
もし、神が……神が本当にいるのならば……感謝します……。
久しぶりのベッドはとても心地よく、ゆっくりと眠りにつくことができた。
久しぶりに、あの日の夢を見た。
生まれ故郷の村から出たあの夜の夢を。
二人で見た、あの満天の星空を。
私は勘違いしていた。
傾国を甘く見ていた。
こんな山奥の排他的なはずの村が、私を好意的に迎えてくれたことのおかしさに気付くべきだったのだ。