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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
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第42話 団長、苦悩する。

後ろ手に音をたてぬよう執務室の扉を閉じ、歩き出す。


 焦るな。


 決して早足になるな。


 手の平にじっとりと汗がにじみ出ていることを自覚する。


 背中も汗でぐっしょりになっており、酷く気持ち悪い。

 しかしそれもどうでもよくなるような強い感情に支配されている。


 走り出してしまいたくなるほどの焦りを隠し、フェアトラークのクランハウスの外に出る。

 受付の女がのほほんと見送っている。

 気楽なものだ、すぐそばに魔王がいるというのに。


 さっきまで居た空間が嘘のようだ。


 呆れるほどの日常が、そこに広がっている。



 さらに15分ほど歩いて、人通りの少ない路地裏に飛び込みようやく緊張を解いた。



 化け物どもめ……!


 心の中で吐き捨てる。


 私たちは今まで何度も絶望的な戦場を巡ってきた。

 グストの大迷宮を、リーベンガルドの峡谷を、ラスタルテの凍土を!

 

 死ぬ寸前まで追い詰められたこともある。

 逃走を選び、死ぬ気で殿しんがりを務めたこともある。


 だが、全ての戦場で生き残ってきた!


 しかし……しかし! ここまで死の恐怖を感じたのは初めてだ!

 ぶるりと全身を震えが襲う。

 己の身体をぎゅうと抱きしめる。


 大丈夫だ、ここまで彼らの手は届かない……はずだ。

 落ち着け……落ち着け私……私は明星分団の団長、この程度で動揺するわけにはいかない。


 すくなくとも、動揺している姿を団員に見せるわけにはいかない!



 クラン「フェアトラーク」は、私も名前を耳にしたことがある程度には有名だ。

 スラムの子供たちを集めて教育し、あれよあれよという間に勢力を拡大したと聞いたときは耳を疑った。


 確かにそれは理想ではある、非の打ちどころもない美談である。

 だがそれは、そんなにうまくいくものではないという事も少し考えればわかる筈だ。


 話半分に聞いていたが、アレが……あの男がクランマスターなら理解できる。


 人間に交じってごっこ遊びか!


 人はお前たちの玩具ではない!



 目の前の壁を力一杯殴る。


 打撃音に驚いた近所の犬が吠えている。

 ……人の家の塀を破壊してしまったな、あとで詫びに来よう。



 いかんな、なかなか動揺が収まらん。


 しかも、あの後ろの女は……女の形をした化け物はなんだ。

 魔王なのは間違いないだろう、この前見たときはあそこまで力は感じなかった。


 ……隠蔽までできるってことか。

 そんなものをどうすればいいのか。

 上層部に報告を上げるべきか……?


 いや、下手に刺激したくない。

 奴らがやらかした場合、私たちも敵視される可能性がある。

 

 冗談ではない、自殺に付き合う気はないぞ私たちは。



 子供までいたな……ウルルの話だと娘か?

 ……ん? 考えたことも無かったが、魔王の娘も魔王になるのか?


 待てよ?


 以前目にした禁書に、そんな記述が無かったか?

 あの女……銀の髪、紅い目そして作り物じみた美貌……まさか……あれは《《災厄の》》……もしそうならあいつは「傾国テンプテーション」……


 なら、あのクランマスターは……魔王は操られている?


 いや……あの二人には信頼関係があった。

 上下関係ではない、愛情が見て取れた。

 まがい物ではない、絆の形があった。


 人前でいちゃいちゃするとか新婚夫婦かお前らは。


 魔王の夫婦か……とんでもないな。

 きいたことないぞ、そんな事例。


 思考が迷走する。




 はぁ、はぁといつの間に上がっていた呼吸を整える。


 だが。


 だが、話は通じる。

 言葉を交わし、相互の利益を調整することができた。


 なにより、こちらに害意がないことは伝わってきた。

 これが何より確認したかった点だ。


 私一人なら逃げることもできるが、騎士団のメンバーはそうもいかない。

 なによりウルルが狙われる可能性もあった。

 あの子は直接の戦闘能力はほぼないからな……。


 そして足手まといになることを嫌う。


 ウチにきた経緯を考えるとそれも仕方がない、か。


 

 正直あの魔王は、教会上層部のクソどもの100倍は話が通じた。

 上層部はマジで何考えてやがるって指令出すからな。

 なんだよ、15人でオーガの群れを滅ぼせとか。

 普通死ぬぞ。


 ……いつの間にか上層部に対する愚痴になってた。

 

 違う違う、今考えるべきはあの魔王たちのことだ。



 ……あいつは魔王の癖にやたら人間臭かった。

 

 喜びがあった、悲しみがあった、思いがあった。

 

 なにより、情があった。


 

 それを持たぬ人間も多いのに。

 彼らには、あった。



 なんでクランハウスで書類整理やってんだよ。

 かっこつけてたけど、顔にインクついてたぞ。


 大体、幼女膝に乗っけておいて威厳なんか出るもんか。

 良いお父さんじゃないか。


 なにより仲間の死を悲しみ、悼み、嘆いていたあの表情は。


 

 だめだ、考えすぎるな。

 



 ぎりっと奥歯を鳴らす。


 私の直感が、あいつは悪い奴ではないと言っている!


 なんの冗談だ!



 話が通じる町の人にも評判のいい、苦労人の魔王!?


 ただの善人じゃないか!


 いや、魔王だから悪人とかそういうわけではないんだが……。

 くそ、調子が狂う!



 魔王がすべて敵対的な存在ではないという事は、知っている。


 そもそも私が里を出たのはそれが原因だからな……。



 己に宿る勇者スキル……「月夜に吼える(ルー・ガルー)」は今日も静かに私の中に在った。


 これがすべての始まり。



 初めて出会った魔王を思い出す。


 あいつに似ているなァ……。


 髪の色も、目の色も性格も何もかも違うはずなのに。


 それでもどうしても似ていると思ってしまう。



 あぁ……あぁ……もしかして彼なら……彼らならウルルを救えるかもしれない!


 あの子の運命を覆してくれるかもしれない!

 

 すべてを解決できる奇跡のような手段を持っているかもしれない……!


 そんな世迷い事すら頭に浮かぶ。



 だめだ、弱気になるな。


 あの子は、私が、救う。


 今度こそ、私は救わなければならない。


 でも、もし……もし、私が届かなければ……その時は。


 その言葉の続きを考えないようにする。

 少なくとも今は、まだ。


 まだ多少は時間がある筈だ。

 枢機卿はそう言っていた。


 あのクソの言葉を全面的に信じるわけにはいかないが……。

 

 壁に頭を付ける。

 ひんやりとした冷たさが、私の冷静さを少しだけ引き戻してくれる。


 焦るな、焦りはミスを産む。

 ミスが重なるとそれはさらに大きなミスとなる。



 あと一歩のはずだ。


 魔王ゴブリンキングのスキルを継承したモノは、まだ近くにいる可能性が高い。

 それが魔物ならば討滅してしまえばいい。


 それで何も問題はない。


 ないはずだ。


 ただ、あいつが言った通り人間が継承していた場合の対処も考えておかねばならないだろう。



 情報が、足りない。


 領主に教会の名で要請を出すつもりではあるが、それで正直にすべてを話してくれるとは私も思っていない。


 領主に黙って兵士が継承してる可能性もある。

 勇者スキル持っているかの確認は、ウルルに任せるしかないが……。


 地道に聞き込みをする必要があるだろう。


 あぁ、まだるっこしい!


 でもこれが一番の近道だろう。

 全てを一足飛びに解決する手段なんて、この世には存在しないのだ。



 少なくとも、フェアトラークの魔王は頼めば力を貸してくれるだろう。

 あれは頼まれたら断れない質だ。

 私にはわかる。


 頭を下げてお願いして、カネも払えば無碍むげにはしない筈。

 ウルルと一緒に行けば間違いないだろう。

 

 私がやられて断れない風にやれば、大丈夫。


 お人よしってのはそういうものだ。


 ふふ……。

 


 お人よしか……人でなしのくせに、お人よしか!


 そして私はかすかに笑っている自分に気が付いた。

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