第41話 教導者、語り合う。
翌日、早々にエルフの教会騎士はクランハウスにやってきた。
まぁ、確認しないと落ち着かないこともあるだろうし理解はできる。
知らないって怖いよな。
来たのは団長のルー・ガルーさんだけだった。
ちょっと意外。
総員、臨戦態勢出来てもおかしくないと思ったんだけど。
……ウルル嬢の口添えが効いたのかな?
やるではないか、見直したぞ。
またご飯奢ってやろう、今度は酒抜きで。
ロッテも気に入ってたしな。
執務室に通して軽く人払いをした後、俺たちは顔を合わせた。
「今日はウルルさんは連れてこなかったんですね」
「……二日酔いです」
団長さんは眉間に皺を寄せて答えてくれた。
あぁ……。
そうだよね。
「そ、そうですか。お大事にとお伝えください」
「すいません、うちの子が……」
「いえいえ、こちらも楽しい時間を過ごさせてもらいましたんで……」
ペコペコとお互い頭を下げる。
保護者会かな?
微妙な空気になったのをごまかすように、団長さんは咳払いをして話し始めた。
「んんッ! えー……我々《《も》》あなた方と敵対する気はありません」
いいね、話が早い。
にやりと笑い指をパチンと鳴らし、遮音結界を張って答える。
「話が早いな。そうだな、俺も勇者や教会騎士達とやり合うつもりは毛頭ない」
ジークみたいに襲い掛かってくるなら話は別だが。
そもそもお互い偶然の遭遇であったはずだ。
俺も驚いたが、こいつらはもっと驚いたに違いない。
旅先の町でいきなり魔王とばったり出くわすなんて、どんな冗談だ。
「ギルドや近所で評判を聞いたが、随分上手くやっているようだな魔王」
ニィと笑うエルフの勇者。
「そうさ、普段の行いの賜物だよ。清廉潔白が身上さ! この町で俺を殺したら、お前が悪者になるぞ勇者」
にやりと笑みを返す。
「全くだ、割に合わん。とてもじゃないがここでは手が出せんな」
「まぁ、意図した結果ではないんだがな」
二人で顔を見合わせて笑い、ため息をつく。
こいつとは上手くやれそうだ。
なんだか苦労人の気配がする。
「しかし、よく魔王と分かった上で話し合いを持ちかけたな?」
大した度胸だ。
敬意に値する。
「まぁ、理性ある魔王とは以前少し縁があってな……あの子……ウルルの話からも大丈夫だろうと思ったんだよ。あの子はそういう勘はハズさないからな」
団長さんは首を左右に振って、一つ大きなため息をついてから続ける。
「それに、あの時お前の後ろにいたメイド服の女も魔王だろ? 勝てんとは立場上言えんが、戦いたくはない」
ばれてーら。
「呼びましたか?」
アリスがロッテを連れて、ぬるりと部屋の隅の影から出てくる。
いつからいたの……?
ごく自然にロッテも出てくるのな。
「ひゃあ!?」
可愛い声を上げて、めちゃくちゃビビる団長さん。
まぁ、怖いよね。
「あら、あなたもうちょっとで《《あがり》》ですわね?」
ビビらせて満足げなアリスが、団長さんを観て興味深げに尋ねる。
ほう? 力ある勇者とは思ったがそこまでか。
俺はまだまだアリスほど正確に読み取れない。
こればっかりは年の功……
「は?」
びりびりと肌を刺すような魔力の波動がアリスを中心に放たれる。
なんでもないです……調子に乗りましたごめんなさい……。
アリスの威圧に硬直する団長さん。
ロッテは意に介さず、俺の膝によじよじと登り始めた。
こいつら自由だなあ!
ウチの嫁と小さいのがごめんね!
「そ、そうだな、あとほんの少しで極致に至るはず……です。
実はここの近くで発生したと聞いた魔王ゴブリンキングを倒して、あがりのつもりだったんですけど……」
俺の方をちらりと見る団長さん。
ほう、なるほど。
それが目的でここにきたのか。
色々偶然が重なった上での来訪だったんだな。
しかし、残念ながら少し遅かった。
なかなか旅の最中では情報を更新できんだろうし、仕方のないことではある。
「残念ながら、もう魔王ゴブリンキングは滅ぼされてしまったようですね。いえ、邪なるものが滅ぼされることはいいことなんですけれども」
「あ、俺たちがやったわけではないです」
手を振って否定する。
「でも冒険者ギルドでは、こちらのクランの勇者殿が倒したと……」
団長さんが困惑したように疑問を口にする。
「あー……」
そういうことになってるんだよなあ。
あんまり公言するようなことではなんだけど、ある程度は教えないと話が進まないな。
「んー……そうですね、団長さんには事のあらましをお伝えしましょう」
ところどころぼやかしつつ、一連の出来事を伝える。
まぁ、この人なら言いふらしたりはしないだろう。
「……なるほど、魔王ゴブリンキングの死は確認されているけれども、誰が倒したのかは分からない、と」
深く考え込む団長さん。
「領主から魔王ゴブリンキングの死体が見つかったという話は来ています。撲殺痕があったから、人間にやられたのか魔物にやられたのかも不明。もし魔物がやったのなら、新しい魔王になってるはずですが……なんともいえませんね」
ロッテを床に降ろし椅子から立ち上がり、窓の外を見る。
クランの連中が修練している様子が見える。
平和な風景だ。
「俺が懸念しているのは山賊や野盗あたりがやっていた場合、非常に面倒な事態になるという事です」
勇者スキルは人外の力だ。
スキルによっては大きな被害をもたらす。
それに、ジークのように勇者スキルにあてられて暴走する可能性もある。
使い過ぎて人里で魔王顕現なんぞが起きたら、それこそ大惨事だ。
「……勇者スキルを得た場合、教会に届け出なければ討伐の対象になります」
団長さんが耳をへにゃりとしながら答える。
まあ、野盗とかが馬鹿正直に届け出るわけないしなあ。
団長さんも分かってはいるんだろう。
「……届け出ない奴は、結構いたりするんですか?」
ちなみにジークは俺が届け出を出した。
「……全くいないわけで……はありません」
眉間に皺を寄せて団長さんが答える。
……ふうん、歯切れの悪い返事だな。
なるほど、教会騎士はそれの検挙も仕事の内なのか。
ならば次にでる言葉も予想できる。
「魔王……いえ、クランマスター殿、頼みがあります」
団長さんが俺の目を真っすぐ見て、声を上げる。
「魔王ゴブリンキングが殺された辺りに案内してくれませんか? 現地調査を行いたいのです。なにか痕跡があるかもしれません」
まぁ、そう来ると思った。
「……その場所で、まだ見つかってない仲間がいるんだ。彼らを探しに行こうと思っているから、それのついでで良ければ案内しよう」
そう言うと団長さんは小さく微笑み、頭を下げた。
「ご助力、感謝します」
そのあと、アリスの淹れてくれたお茶を飲みながら世間話をして、今日はお開きにすることになった。
なかなか有意義な時間だった。
「まさか魔王の痕跡を追うために、魔王の力を借りることになるなんて思いませんでしたよ」
そう言って団長さんはお茶をのみつつ、ゆったりと微笑んだ。
「必要ならなんでも使うべきです。それが真に必要だと思うなら、ね」
「村の長老のようなことを言いますね……数十年ぶりに思い出しましたよ……」
うへえといった顔をする。
二人で顔を見合わせて、笑う。
「数日中に共同作戦の打ち合わせをしましょう」
団長さんが椅子から立ち上げる。
「はい、こちらも準備しておきますね。ウルルさんにもよろしくお伝えください」
「あの子も元気になったら連れてきますので」
「お待ちしております」
「では、また」
最後にもう一度微笑んでエルフの教会騎士にして勇者、ルー・ガルーは去って行った。
話が通じる相手で良かった。
教会の連中は頭が固い奴らばっかりだと思っていたけど、その認識も改めるべきだろうか。
ぼんやりとそんなことを考える。
「なんか楽しそうでしたわね、旦那様? ちょっと妬けちゃいますわ」
彼女を見送った後、アリスが後ろから覆いかぶさってきた。
「そうか?」
「うん、せんせいたのしそうだった」
机に座って足をぶらぶらさせながら、お茶菓子をサクサク食べていたロッテもそんなことを言う。
そんなに楽しそうだったのかな?
顔をさすりながら考える。
普段はなかなか対等な立場の人間と話すことがないから、そのせいかもしれない。
ああいう冗談を交えた遠慮のないやり取りは、子供の時以来か?
そう考えると、自分の人生がちょっと寂しくなるから不思議である。
「あぁ、旦那様は友達いませんもんね」
「ぐはあッ」
心無い一言で、俺は死んだ。
大人になって友達作るの難しいよね。