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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
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第40話 教導者、天を仰ぐ。

「んなああああああ! おなかいっぱいー! ヴェヒッ(げっぷ音)」


 し、信じられん。

 こいつメニュー全制覇しやがった。


「すげぇな……俺もこの店やってそこそこ経つが、全メニューを全部食われたのは初めてだわ……」

 山賊……マスターが包丁片手に呆然としている。

 包丁は置いてこい。


「何人分だよ……手持ちの金で足りるか……?」

 流石にそんな大金は持ち歩いていない。


「オウオウオウ、有り金全部おいてけや」

 包丁片手に眉間に皺を寄せて凄んでくるマスター。

 こわい。


「そんなんだから山賊って言われるんだぞ」

「ガハハハハハハハ! もう店じまいしちまうし今度もってこい、今度!」

 包丁片手にカラカラと笑うマスター。


「すまんなあ」

 予想外とは言え、迷惑を掛けてしまうことを詫びる。

「いいもの見せてもらったし気にすんな! それよりあの嬢ちゃん大丈夫か?」


 教会騎士の猫獣人……ウルル嬢は流石に動けないらしくぐんにゃりしている。

 食事と同時に酒も飲んだのだが、なんとウルル嬢は《《酒を飲むのが初めて》》とのこと。

 美味しい美味しいとかぱかぱ飲んでいた。

 割とザルの予感がする。


 だが、確かにあの呑み方は慣れていない奴の呑み方だ。

 多分、明日は壮絶な二日酔いに襲われるだろう。

 明日のウルル嬢に幸あれ。


「あー、さっき人やって教会騎士を呼んでもらったから、彼らに回収してもらうよ」

 途中でこうなると予想できたからな……。

 流石にクランハウスで世話するのはちょっとはばかられる。


 こうなる前のやり取りで分かったのだが、ウルル嬢は勇者スキルを持っている。

 俺は勇者スキルを持っている人間と魔王になってから会うのは2回目なんで、確たることは言えないのだが、ウルル嬢の持つ勇者スキルはなんというか……弱弱しく感じる。


 ジークの奴が飛びぬけて強かった可能性もあるが、アレに比べるとかなり《《儚い》》とすら感じてしまう。

 何が違うのだろうか。

 力の質? それとも倒した魔王の力? 

 と言うか、この子どうやって魔王倒したんだ?


 まだサンプルが足りない。

 機会があったら研究してみたいものだ。


 だから気付くのが遅くても仕方ないよね!


「精進が足りませんよ、旦那様」

 口を押さえ、ニヤニヤ笑うアリス。


 ぐぬう! しかたねーだろー!

 教え子と飯食ってて油断しないほうがおかしいだろ!


 ……そういやアリスもやたら食ってたな……太るぞ?

 ただでさえ最近お菓子とかよく食べてるんだからさあ。


「あーあーあーあー! ふーとーりーまーせーんー!」

 耳を塞いでしゃがみ込むアリス。


 ……明日ちょっと運動する?


「……はい」


「あ! あれが教会騎士の皆さんじゃないですか?」

 俺とアリスのじゃれ合いを、ニコニコしながら見ていたマルティナが声を上げる。


 つられてそちらを見ると、旅装の数人の人間がこちらに向かって走ってきているのが見える。

 あー、あれっぽいな。


「……おや?」

 アリスが彼らを見て声を上げる。


「どうした?」

 嫌な予感がして尋ねる。


「うふふ……なんでもありませんわァ……」


 笑っていた。

 アリスは、その美しい目を細めて嗤っていた。



 あぁ……多分面倒ごとだァ……。





「ウールールゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

 怒声が響き渡る。

 聞き取りやすいよく通る声である。

 上に立つ人間にとって得難い資質だ。

 俺には無い資質だから羨ましい。


 それはそれとして、近所迷惑にならないかな……大丈夫かな……?

 もう割と夜更けなんだけど。


 アリスの態度からもう間違いなく面倒ごとになるとわかって、軽く現実逃避する。


「はぁッ! はぁッ! ウ、ウルルがここに居ると聞いたのですがッ!」

 フードを被った教会騎士のリーダーらしき人物が、息を切らせて声を掛けてきた。


 おこである。

 かなりのおこである。

 見るからに、おこである。


 まぁ、ウルル嬢から話を聞く限り仕方がない気もする。

 彼女、何も言わずにふらっと出てきたらしいからね……。

 一番困るやつ!


 ちょっと前に俺もやったね! ごめんなさい!


 トラブルメーカーが身内にいると苦労するよね……。


「あぁ、ウルルさんならこちらに……ウルルさん、お迎えが来ましたよ」

 うつらうつらしていたウルル嬢を起こそうと軽く揺すった。


「ヴぇっ 揺らさないで…………ヴロロロロロロロロロロロロオロ!!」


「うわーッ! 吐きやがったァァァァァァァ! 放せッ! なんで俺の服から手を離さないんだよッ!」

「ヴええええええええええええええええええええええ!!!!」

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!! やめろおおおおおおおおおお!!!!!!!」

「ウルルッ! 放しなさいッ! 放してあげてッ! ああああああああああ!!!」


 地獄絵図である。







「ウルルがご迷惑をおかけしましたァ! 申し訳ありませんんんん!」


 リーダーさん、平身低頭である。

 地面に額をこすりつけんばかりに謝られた。


 山賊屋(さっき食べてた店)の一室を、マスターの厚意で貸してもらいようやく落ち着くことになった。


 吐しゃ物まみれの上着を脱ぎ、後片付けを終えてから我々は改めて顔を突き合わせることになったのだ。

 人数自体はそこそこいたため、片付け自体にはそんなに時間がかからなかったのが幸いか。

 ごめんね、マスター(山賊)


 とりあえず時間も遅くなったので、マルティナにはロッテを連れてクランハウスに帰ってもらった。

 騎士団のみなさんも付き合せるのは申し訳ないので、宿に戻ってもらっている。


 なのでこの場にいるのはゲロ猫と彼女がボスと呼ぶ人物だけである。



「あはは……いやまぁ……あははは」

 口が裂けても迷惑じゃないですよとか言えねえ。


 もうあの服捨てるしかないよね……。

 気に入ってたのに。


 諸悪の根源たるウルル嬢も、思いっきり吐いてすっきりしたようである。

 まだちょっと酔いが残ってるらしく、ふらふらしているが動くことに支障は無いようだ。


 なんか腹立つなァ!? スッキリした顔しやがって!


 ……ん? なんでウルル嬢、俺達を見てニヤニヤしてんの?


 ちょっと嫌な予感がする。


「改めましてご挨拶させていただきます。私は教会騎士団 明星分団所属、団長のルー・ガルーと申します」

「これはこれはご丁寧に! 私はこの町でクランを率いております、冒険者のヴァイスと申します」


 そこで俺たちは、初めてお互いの顔を見た。






「「あ」」


 声がハモった。


 団長さんは女性のエルフだった。










 そして、《《勇者スキルの保持者》》だった。









 思わず額に手をやり、天を仰ぐ。

 おおう……なんてこったい……。


 ウルル嬢と違って、くっきりはっきり分かる力の強さだ。


 ハッとする。


 アリスのさっきの態度はこれかァ!

 ウルル嬢がニヤニヤしてたのもこれかァ!


 エルフの団長さんは目を見開いて驚いている。

 そしてはっとしたように、飛び退き半身を引いて腰の剣に手を添えた。


 マズい! さすがにこんなところでドンパチしたくねぇぞ!?

 お世話になってる人の店を壊すのは流石に困るっ!


 仲介してくれないかと、すがるような気持ちでウルル嬢に視線を向ける。



 猫娘、大爆笑。


「んにゃははははははは! 言ったでしょ、《《あたしは黙ってる》》って!」


 確かに言ってた。


 変な言い回しだなって思ってたけど……あーもう、どうしよ。

 流石にこのクラスをごまかすのは難しいだろ……。

 おとなしく話聞いてくれないかな……。

 これだけ強いと引きずり込むのも難しいぞ。


「大丈夫だよ、お兄さん! そんな情けない顔しないでよ! 奢ってもらったご飯の分くらいはちゃんと仕事するよぅ」

 ウルル嬢はふらふらと団長さんに近寄り、耳元でボソボソと何かつぶやく。


 団長さんが腰の剣に手をやったまま、その綺麗な顔をしかめる。

 ゲロ臭いんだろうか。



「油断大敵ですわよー」

 アリスがニヤニヤしながら耳元で囁く。


 勇者スキルの持ち主が二人もいるとは思わんだろ!

 こんなに高頻度で出会うもんじゃねーぞ!


「魔王と勇者は惹き合いますからね」

 なにそれ聞いてない。


 俺たちがボソボソと会話していると、向こうも話が済んだらしくこちらに向き直った。

 ……警戒が緩んでるな。


 団長さんは大きなため息を一つついて、俺に頭を下げて言った。


「今日はウルルが大変お世話になりました。後日きちんとお礼に伺いたいのですが、どちらに伺えばよろしいでしょうか?」


 ん?

 これはこれはこれは。


 なかなか融通が利くじゃあないか。

 いいぜ、話し合いができるやつは大好きだぜ。


 少なくとも斬り掛かって来ない分、ジークより穏当である。


 ウルル嬢がニヤニヤと笑いながら親指を立てる。

 なかなか油断ならねぇ猫だ。


 でも確かにいい仕事をしてくれた。

 ゲロ猫と呼ぶのはやめよう。


「でしたら、後日クランハウスに来ていただければ大丈夫ですよ。冒険者ギルドでフェアトラークのクランハウスはどこかと聞いていただけたら、すぐ教えてもらえると思います。私も色々お話しを伺いたいですし、ぜひおいで下さい」


 にっこりと笑みを返し、手を出す。

 敵意はないよ、本当だよ。


 エルフ団長さんはちょっと困った顔をして頷き、俺の手を握った。

 

 仮初の休戦は成った。

 

 団長さんは手を離し、後ろのウルル嬢に声を掛けた。

「わかりました、では後日お会いしましょう。ほら、ウルルいくよ!!」


「お兄さん、アリスさんまたね~」

 団長さんに耳を引っ張られながら、ひらひらと手を振ってウルル嬢が引っ立てられていく。


 嵐のような女だった。




 俺とアリスは、彼女たちの姿が見えなくなるまで見送った。


「……疲れた」 

 大きなため息を一つ。


 戻ったら彼女たちのお出迎えの準備もせにゃならん。

 教会騎士の目的も探らねばならん。

 やれやれ、考える事がいっぱいだ。


 でも、争うことにならなくてよかった。

 それだけは、上手くやれたと思う。



「ため息をつくと幸せが逃げちゃいますわよー」

 アリスがしな垂れかかり、楽しそうにからかってくる。


 俺はもう一度ため息をついて答える。

「俺の幸せは隣にいるからいいんだよ」

「……急にそういう事言うのは卑怯ですわよ」





 そして早くも翌日に、彼女をクランハウスに迎えることになったのだった。

 簡単な用語説明

 ・エルフ

 みんな大好き美男美女種族。

 クソ長生きで森に棲んでるよ。

 ハーフもいるよ。

 耳も長いよ。

 乳は小さい。

 乳は小さい。

 乳は小さい。


 ・勇者スキル保持者と魔王スキル保持者の認識

 個人差があります。

 顔合わせてようやく気付く奴もいるし、匂いで分かる奴もいる感じです。

 基本的に強い力を持っていると気付きやすい傾向があります。

 視覚、嗅覚などなど、どれで気付くかも個人差が大きいです。

 ジークは魔王殺し(ジャイアントキリング)という魔王特化のスキルがあったので、かなり敏感でした。

 気配自体は隠すこともできます。

 ただヴァイスは魔王としてはかなり若いので、その辺が下手です。

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