第39話 獣人、邂逅する。
あ、やばいかも。
動きが止まったお兄さんを見てそう思った。
すぐに否定の言葉が返ってこないという事は、心当たりがあるという事だ。
正直、確信が持てるほどはっきり匂いが嗅ぎ取れたわけではないのだが、あたりを……ある意味はずれを引いてしまったかもしれない。
あたしのチカラは戦闘用ではなく、索敵用だ。
つまり、戦えない。
ポカだ。
大ポカだ。
そもそもよく考えてみると、対象の目の前に出て言う事ではないね!
でも思わず口から出ちゃったんだよ!
お腹すいてたら判断力鈍るから気を付けろってボス言ってたね!
あたしのアホー! アホー!
うおおおおおおおおおおお!!!! あたしピンチ! 助けてボス!
勝手にふらふら出歩いてごめんなさい!
ヘルプミー!
じりじりと後ろに下がろうとするが、足が縫い止められたように動かない。
自慢の耳が勝手にペタンと倒れてしまう。
ぬああああああ! 尻尾が勝手に股の間に入るゥ!
おいこら、そこの幼女尻尾を掴もうとするな! デリケートなんだよ! 触るなら優しくね!?
「ア、アリスさんなんで私の耳塞ぐんですか!?」
「定期的に女の子の耳を塞がないとわたくし死んじゃうんです」
「どんな誤魔化し方なんですかそれ!?」
後ろで連れの女の子たちが騒いでいる。
魔王の関係者の割には普通の女の子のような……。
「ふむ、仕方ないか」
お兄さんがぼそりと呟き、指を鳴らした。
その瞬間、あたしは満天の星空が広がる大地に立っていた。
あ、あれ!? ここは!?
声を上げようとしたが、出せない。
んなあああー!! あたしが何をしたっていうのさ!?
魔王に気軽に声を掛けました!
んなあああああー!!!
見渡す限り何もない。
いや、精巧な石像らしきものがふたつ、見える。
一つは大きな鼠の像。
全てを食らい尽くす獣。
禍々しい気配を放っている。
一つは天使の像。
教会で見るものより神聖で力強い、見るだけで寒気がするような迫力がある。
神々しくも恐ろしい。
その像の間から、先ほどのお兄さんが静かに歩いてくる。
身構えようとしたが、身体がピクリとも動かない!
声も出せない!? ぬああああああ! やばいやばいやばいやばいってこれェ!?
ぜってー魔王でしょこいつゥ!
なんで魔王が町中の食堂で魚食べてるのっ!?
しかも子連れで!
コツ……コツ……コツ……
ゆっくりと、こちらの恐怖をあおる様に近づいてくる。
ふんぬああああああああああああ! 動けあたしの身体ぁぁぁぁぁ!
魔王があたしの前まで到達し、顔をのぞき込んでくる。
眼が、合う。
漆黒の闇が広がっている。
ふかい、ふかい、そこのみえないくろ。
「俺は、君と敵対する気はない」
黒々とした瞳が心の底まで見通すようにこちらを見ている。
「危害を加えるつもりもないから、安心してくれ」
既に加えてますぅ!
動けないから全く安心できないですっ。
「まぁ、そうだな。分かる」
そう言ってクスクス笑う魔王。
「ただ、看破されてそのままというわけにもいかないんだ、申し訳ないけど。俺にも生活があるからね」
あ、この町で普通に生活してるんですね……。
「おう、きちんと税金も納めているし、近所付き合いも問題ないぞ」
意外と庶民的な魔王だ……。
「そういうわけでな、騒がれると困るんだ。分かるよね?」
はあ……つまり見逃せと……?
「うん、まぁそういう事だ。君をそのまま消してしまうのが一番丸く収まるんだけど、俺はそういう事あんまりやりたくないんだよ……」
情け無い顔の魔王。
魔王なんて人殺しの化け物でしょ、なんでそんな顔するのさ!
なんか調子が狂うなあ……。
この人、普通の人じゃん。
言ってることはアレだけど。
どうしようもなく、普通。
「そうだよ、俺は普通の人間なんだよ。魔王だけどな。君は一人でこの町に来たわけじゃないだろう?」
……黙秘しますゥ!
15人の教会騎士団とボスの合計16人で来てるなんて言わないからね!
「あぁ……うん、まぁいいや。まぁ、君がいなくなったら彼らは悲しむだろう?」
……た、たぶん。
おそらく……そうだといいなぁ!
「なんでちょっと自信なさげなんだよ」
魔王がため息をついて頭を押さえて、呻くように言う。
「……ちょっと前に仲間を亡くしてな。悲しんだばかりなんだ」
魔王の仲間って魔物?
だいたいの魔王ってその辺の魔物を従えてるし。
「いや、人間だ。従えてるというか、俺が育て上げた教え子たちだよ」
えぇ……教師でもやってんの……?
魔王なのに?
「どっちかというと、教師が魔王になったんだよ」
どういう組み合わせなの、それェ!?
何があってそうなったの!?
「……色々」
本当に色々あったんだろなあという声色だった。
魔王が真っすぐこっちを見て言う。
「だからさ、俺は君を殺したりしたくない」
あぁ、これは本心だ。
まぎれもない、この人《魔王》の心からの声だ。
こんな声聞かされちゃ、もう何も言えないなあ。
この人の悲しみは本物だ。
あたしを気遣う気持ちも本物だ。
魔王って問答無用で人間を殺しに来る化け物だと思ってたんだけど……。
こりゃあ、今後の魔王討伐で色々考えちゃうかもなあ。
やりづらくなっちゃうかも。
……まぁ、生殺与奪の権利握られてるわけだし贅沢言えないよね。
「お、つまり?」
魔王の顔がぱっと明るくなる。
うーん、この人はなんていうか……。
ボスにどことなく似てるなあ。
……いいよ、あたしは黙っとく。
一応後で裏を取るけど。
完全に信用したわけじゃないからね!?
「十分だよ、ありがとう」
嬉しそうにぺこりと頭を下げる魔王。
変な感じ! んもー! 人を拘束しといて謝るな!
謝るならそもそもするな!
「違いない」
柔らかく笑う、魔王。
この人の普段の笑い方は、きっとこうなんだろうな。
あ、そうだ。もう一つ条件があるよ。
「なんだい? できることなら何でもいいぞ」
お、言ったね?
ご飯奢って。
ぎゅるるるるる、と腹が鳴る。
限界だ。
おなかすいた。
「いいよ、好きなだけ食うといい」
魔王が微笑みながら、指を鳴らした。
「っは!?」
喧騒が戻ってくる。
「う、うおおおおおお!?」
手をわきわきと動かす。
腕、動く! 尻尾、動く! 耳、ついてる! ヨシ!
帰ってこれたああああああああ!!!!
「旦那様、説得は終わりました?」
紅い目をした、ぞっとするほど綺麗な銀髪の女の人が、魔王に声を掛けてきた。
……この人さっきいたっけ?
小さい子は、いた。
赤毛のあの子も、いた。
でもこんな銀髪の女の人は……
「ずぅっと、いましたわよ?」
目を細めて嗤う。
!? 今、心を……!?
ざわりと毛が逆立つ。
耳が再びペタンと倒れる。
尻尾も膨らんでるはずだ。
「……! しっぽ!」
なんか幼女が目を輝かせている!
やめろよその手つき! 触る気だこいつ!
「マスター! 適当に追加もってきてー!」
魔王……お兄さんが店主らしき山賊にオーダーしている。
「食うんだろ? ここは魚が旨いんだ、好きなだけ食え」
そう言って微笑みながらあたしに椅子を引いてくれた。
うーん、これは勝てませんねぇ!
そもそもあたし斥候だしィー!
仕方ないって言うかー!
情報を持って帰るのが斥候だしー!
まぁ取引しちゃったし、おなか一杯食べさせてもらおう!
獣人は義理堅いのだ!
酒飲んで更新わすれてました……。