第37話 教導者、後片づけをする。
出奔したクランハウスに戻ってきて、早くも1か月が経過した。
クラン「フェアトラーク」は解散するつもりではあるが「じゃあ今日で解散ね」なんてことはできない。
遠征に出てまだ帰ってきてない奴らいるしな。
帰って来て家が無かったら悲しいだろ?
徐々に縮小し、残る人間に業務を振り分けて独立してもらう必要がある。
現時点での筆頭候補はゴメスだ。
あいつ割となんでもできるんだよ。
俺が出て行ったときのようにすべてを放りだしていくわけにはいかないのだ。
はい、反省してます。
もうしません。
しかし、出奔していた期間がこっちの時間だと1か月だったらしいから、マジで家出レベルではある。
ちょっと恥ずかしいな……。
俺の主観だともうはるか昔の話なんだが、そうも言ってられない。
ジズの結界内部で過ごし始めてしばらくは日数をカウントしていたんだが、アリスから「それ何か意味がありますの?」と問われてやめた。
確かに意味はない。
魔王は成長が止まるし、外と内で時間が違うのならそれは何ら意味を持たない。
最後にカウントしたのが800日ちょっとだったな。
最終的にどれだけあの空間にいたのか……。
うん、考えても仕方ねぇな!
ぬるま湯のような、穏やかで静かな満ち足りた日々であった。
書類仕事もなく、ただひたすらに研鑽を積む日々。
飽きたらアリスととりとめのない話をして過ごす。
考えれば考えるほど、なんで出てきたのかわからんな。
なぜ出てきてしまったのか。
なぜ俺は一人でこの山のような書類を処理しているのか……。
ゴメスはどこに逃げたのか……。
アイツおやつ抜きだな。
まぁ、帰ってきたことで教え子たちのピンチを救えたのだからよしとしよう。
そう言えば、なんでピンポイントにあの戦場に着地できたのか不思議に思い、アリスに尋ねると意味ありげな笑いを浮かべて一言だけ答えた。
「目印がありましたの」
それ以上は答えてくれなかったが、彼女なりに何か考えがあったのだろう。
その結果として俺は間に合ったのだから感謝してもしきれない。
「なら口に出してくれてもいいのですわよ?」
心を読まないで。
あと書類手伝ってくれない?
「嫌です」
結局、ジークは戻ってこなかった。
クランベル伯爵家から使者が来て、マリアベル様の世話になるという通達がなされた。
そのままクランに戻らずに彼女の新しい領地に同行するらしい。
いったいどういう経緯でそうなったのかは分からないが、一つ確実なことがある。
ジークは生きている。
その事実だけで少しだけ心が軽くなる。
ほぼ抜け殻になっていたはずのジークが何故生きているのかわからないが、それでも嬉しい。
色々あったが、彼も俺の教え子だ。
甘いかもしれないが、俺はそこまで非情になれない。
「まぁ、旦那様ですからねえ……」
呆れを含んだ声を上げながらアリスが背中にべったりくっついてくる。
インクついちゃうから離れたほうが良いよ。
書類を片付けながら、あの戦場を思い出す。
解き放たれた魔王は俺がスキルで作った世界に取り込んだ。
代償を支払いきれなくなった宿主から出てきたところを、俺が即刈り取った形になる。
あの二柱が全盛期の力を持っていたら、とてもじゃないがあんなに簡単に勝てなかっただろう。
特に鉄鼠は大量の鼠を運用する事が強さに繋がっていたからな……単体だとデカい鼠だ。
ウリエルは数で押し切った。
「ひっどい泥仕合でしたわよね」
勝てばいいんだよ、勝てば。
最期に死んでなければ勝ちだ。
だから、死んではダメなんだよ。
ジークとギデオンに面会を申し入れたが、今は合わせる顔がない、合わせたくないとのことだった。
ジークの気持ちも分かるし、ギデオンがジークを大切に思っていたことは知っている。
マリアベル様との婚約を一番喜んでいたのも彼だった。
だからこそ、ジークがああなった原因である俺に対して複雑な気持ちを抱くのも仕方がないだろう。
だが俺は信じている、いつかあの二人と笑って話せる日が来ると。
だから1通の手紙を託した。
『10年後、また会いにくる』
俺にとって時間はもうあまり意味を持つものではない。
この身朽ち果てるまで、アリスと共に在るのみだ。
だからこそ俺が今関わっている人達との縁は大切にしたい。
伝え聞いた所によると、手紙を受け取ったギデオンが微妙な顔をしていたらしい。
なんでだろう。
そんな変なこと書いた覚えはないんだが。
「不思議ですわね!」
……あれ、こいつなんか知ってるな!?
ものすごくニコニコしているアリスさん。
こういう顔してるときは大体質問に答えてもらえない。
まぁ、実害は無いから……たぶん。
アリスもここの生活で少しだけ変わった気がする。
端的に言って丸くなった。
身体ではなく、性格がだ。
奇行も減ったし。(なくなってはいない)
コミュニケーションに飢えてたのが満たされて落ち着いたのかもしれない。
今はアリスもクランハウスで一緒に暮らしている。
たまにロッテと入れ替わりでふらっと遊びに行くが、基本的に一緒にいる。
何処に行ってるかは知らない。
少し心配であるが、その辺の人間にどうにかできる存在でもないし。
むしろ人間がやらかして町が吹き飛ばないかが心配である。
更地にするのはやめようね?
現世での生活を満喫しているようで何よりである。
人当たりもよく、ご近所さんにも人気者になっていた。
正直めちゃくちゃ意外である。
「まぁ、儚い矮小なる生き物にちょっと優しくするくらい簡単ですわ」
うーん、発想が旧支配者。
でもそれで上手く生活が回るのなら問題はないとも思う。
内心は基本的に見えないものだし、言い方は乱暴だが綺麗に見えるものは綺麗なのだ。
よく見たらはりぼてとかそういう点は見えるかもしれないが、アリスはそういう距離感を保つのが抜群に上手い。
「そうじゃないと生きていけませんでしたからね」
ちょっと闇が見えた。
でもなんだかんだ言って、アリスは人間好きだよな。
だからあまり心配はしていない。
一応、アリスは対外的には俺の新しい恋人ってことになっている。
近所のおばちゃんには祝福された。
「嫁ですわ」
はい……。
とにかく一緒にいる人には幸せでいてほしい。
モニカについて尋ねてくる人がいないのがちょっとだけ悲しい。
皆から見てももう終わってるように見えてたんだね……。
はぁ……知らぬは俺ばかり、か。
モニカの行方は杳として知れない。
戦場でジークを刺したという事実は、その後の混乱でうやむやになった。
色々起きて、それどころではなかったともいう。
そもそもジークが女に刺されて死んだみたいな話になってもマズいと伯爵家は見たらしい。
そういうわけで彼女は行方不明者に数えられている。
近隣のギルドに探し人として依頼を出してはいるが……有力な目撃情報はない。
死んでいないと思いたいが……。
継続して探す形になるだろう。
彼女は何処にいて、何をしているのだろうか。
生きる術は教えたはずだが、それでもやはり心配だ。
例え恋人でなくなっても幼馴染なのだから。
チトセもやっぱり行方不明だ。
案の定である。
なぜか隣国に向かう馬車に乗っていたという目撃情報があったりした。
あいつは何処へ向かっているんだ……?
西と東が分からないし、たまに右と左を間違えてたからな……。
でも不思議と半年くらい経つと帰ってくる、帰巣本能かな?
あの子に関しては心配していない。
イーストエンドから流れ着いた生命力は伊達じゃない。
あの子どういうルートで来たか自分でもわかってなかったからな!
いつか帰るらしいけど、どうやって帰る気なのか。
そんな方向音痴を野に放ってしまったジークには反省して欲しい、紐で結んどけ。
変なもの食べてお腹壊してないか心配ではある。
人一倍食い意地張ってたからな。
他にもはぐれたメンバーは見つかっており、結局のところクランからの死者は26人で確定となった。
最初から逃げて俺を探しに行くつもりだったらしいヴァネッサとルッコラも、俺が戻ってきたことを知って帰ってきた。
どうやって知ったんだと聞いたら「勘」と言われた。
勘……?
怪我をしたのメンバーの傷もある程度は癒え、冒険者を続けられないメンバーには新しい仕事をあっせんした。
ウチのメンバーなら冒険者ギルドで大歓迎のはずだ。
マリアベル様の領地にも何人かついていくらしい、いいことだ。
ジークに近しかったメンバーは非常に複雑そうな顔をしていたが、それはそれこれはこれである。
困っている時に助け合わなくては何のためのクランなのか分からない。
俺はこういう時にためにクランを作ったのだ。
冒険者はケガをしたり、戦えなくなった時の生活が大変すぎる。
ギルドは自己責任で押し通すし、それは将来の事を考えると悪手だと感じている。
生きていて、幸せに暮らす道があるなら冒険者にこだわる必要はないと俺は思うのだ。
道は一つではない。
冒険者をやめた先に幸せが待っているかどうかも分からない。
だが、それを怖がって進まないのもまた違うだろう?
俺は彼らの先生だ。
先に生きると書いて、先生だ。
教育者の使命は、将来の希望と喜びを与えることだ。
だから少しでもいい道を示してあげたい。
それが先生と呼ばれるものの《《義務》》であり、《《権利》》であると信じている。
死者に関してはクランで合同葬儀を行い、領主より許可を得て町はずれに弔った。
新しく作られる「ジークリンデ」の町には彼らの名が刻まれた石碑が作られるという話だ。
ジークは魔王と戦い散った英雄として扱われるようだ。
俺は石碑に刻まれる名誉より、彼らに一杯の酒を奢りたかった。
とても、とても残念だ。
あの決戦の場を改めて確認すると、数万のゴブリンの死体が見つかっており一歩間違うと大惨事になっていた可能性が高いという。
報告を受けた領主はさぞや青くなっていただろう。
なかなかの人物であるが、魔王をやや甘く見るところがあったからな。
今後は安全第一で進めていただきたい。
彼らが失敗して最初に被害を被るのは弱者であるのだから。
貴族の思考を否定する気はないが、利益を優先する姿勢はいただけない。
マリアベル様がいるなら、そう心配する必要もないかもしれないが。
彼女は一線を越えない。
そのバランス感覚はかなりのものだ。
そこは信頼している。
戻ってきて一か月でやったことは、概ね上記のとおりである。
もうクランを抜けた身だが、さりとて放置もできず困り切って冒険者ギルドに相談に行くと、なんと俺の籍がまだクランに残っていた。
受付のリアーチェさんはニコニコしながら「あぁ、処理をすっかり忘れておりましたぁ」などとすっとぼけていたが。
タヌキめ。
いや、まぁ助かったけどさ!
でも、なんでみんな俺が戻ってくること前提で話を進めてるの……?
おかげで色々な残作業もすんなりいったが、腑に落ちない。
家出した子供扱いである。
魔王なんですけど! 20歳なんですけど!(?)
そんなこんなで忙しく過ごし、少しだけ余裕がでた頃に。
俺は、彼女達と出会った。