第32話 エピローグ その1 魔王同盟
「はぁッ! はぁッ!」
ねじくれた角を持つ男が、息を切らせながら木々に身を隠しつつ走る。
自慢の角にツタが絡まっている。
何とも小汚くみすぼらしい有様だ。
全身砂塵に塗れているし、蜘蛛の巣までくっついている。
一張羅のタキシードを着てきたのは大失敗であった。
彼は今、ゴブリンを掃討している人間の兵士達から逃げているのだ。
(くそっ! なんであの状況からひっくり返されるんだ……!?)
岩陰に隠れて呼吸を整える。
魔族たる彼は同盟の盟主の指示により派遣され、魔王ゴブリンキングの補佐についていた。
魔王ゴブリンキングは言葉は聞き取りにくいが会話は問題がなく、こちらの意見を取り入れてくれる良い上司であった。
魔王によっては意思の疎通もできない上、こっちに襲い掛かってきたりもする。
そういう意味では彼は運がよかったのだ。
魔王鉄鼠との交渉に赴いた彼の先輩は、帰ってこなかった。
交渉を命じられた時、何か悟った顔をしていた先輩の表情が男には忘れられないトラウマとなっていた。
鼠と意思の疎通をしろって言う方がおかしい。
それを言うと自分が行く羽目になりそうだったんで彼は黙っていたが。
ここに赴任してプレゼンの結果、魔王ゴブリンキングと意気投合し一大勢力を築くことができると考えた。
魔王ゴブリンキングにはその能力があると確信したのだ。
輝かしい未来を夢見たのだ!
そして愚かな人間の冒険者達を追い払い、その後来ると予見していた人間の軍さえも罠にかけた。
完璧な策だと思った。
こちらが地下洞窟に用意したゴブリン兵はおそらく4万以上!
まあ最終的には増えすぎて数が分からなくはなっていたが、まあ多分それくらいはいたはず、多分。
まず直接ぶつかっても勝てる数のはずだ。
勝てるよね?
更に運のいいことにはぐれていた人間の女に制約を掛け、人間のリーダーを刺させることもできた。
上手くいきすぎて怖くなってたのは、彼だけの秘密である。
その上、混乱に乗じ魔族の特殊技能である「幻惑魔法」もきれいに決まり、人間が驚いた顔をしているのを見たときは絶頂しそうになったほどだ。
魔王ゴブリンキングはそんな彼を見てビックリしていた。
彼の人生でこれほど上手くいった出来事は無かった。
俺だってやればできるんだ!と涙を流して、魔王ゴブリンキングから心配された。
全ての策が上手くいき勝利を確信し、魔王ゴブリンキングとニッコリ微笑みを交わした瞬間であった。
空から何かが降ってきてすべてを破壊した。
ゴブリンがギッチギチに詰まっていた地下洞窟は完全に崩落し、吹っ飛んできた岩が魔王ゴブリンキングに直撃し瀕死の重傷を負った。
魔族の男が巻き込まれなかったのはただの運である。
普段は運が悪いのに、こういう時だけはしっかり助かる変な運の強さが男にはあった。
せめて魔王ゴブリンキングだけでもと思い、幻惑魔法を使って逃がしたのだが合流地点に行ったら死んでいた。
しかもケガで死んだのではなく、明らかに殺されていた。
ぼっこぼこのぐっちゃぐちゃであった。
おしっこ漏らすほどびっくりした。
知り合いの死にショックを受けていたら、後ろから兵士がやってきて今に至るわけだ。
(なんど思い返しても自分に落ち度はない! ないよな!?)
魔族の男は半泣きで奥歯を噛み締める。
(何で…何で俺はこんな無様な格好で逃げているんだ……上手くいってたはずだろ……本当なら今頃、勝利の美酒(ゴブリン酒)を飲み交わしていたはずなのに!)
男は天を仰ぐ。
憎たらしいほどの青空。
(誰が想像できるんだよ! いきなり空から《《完全なる魔王》》が2柱も降ってくるなんて!)
完全に彼の手に余る案件になっていた。
田舎で小さな雑貨屋を慎ましく営業してたら、都から大手の商会がいきなり出店してきた感じだ。
しかも二つも!
即、閉店である。
応援を頼もうにも、彼は悲しいことに下っ端なのだ……。
幻惑魔法がちょっと得意なだけの下っ端下級魔族なのだ……。
「今回の案件を成功させてたら昇進して、田舎のかあちゃんに報告出来てたのに……!」
悔しくて涙が出てくる。
(酷すぎる、酷すぎるよ神様! 神は試練を与えるって言うけど、限度があるだろッ)
なお、彼の言う神とは人間にとっては邪神である。
かなり邪悪であり、人が嫌がることを率先してやるタイプの神である。
余談ではあるが、邪神にとっては人間も魔族も同じようなもんであり平等に祟る。
世界は、厳しい。
(とにかく、あの完全なる魔王たちの事を上に報告しないと……ちゃんと報告できたら失敗帳消しになるよね……? 見たことない2柱だったからきっと手柄になる……はず!)
ガサガサガサッ!
決意を新たにしているといきなり後ろの茂みの音が鳴った。
「ひぃ!?」
ビビりまくって男が振り向くと、そこにいたのはウサギであった。
「お……驚かすなよ……」
男が胸をなでおろし、安堵の息を吐いた次の瞬間。
「お、ウサギだ! 晩飯に……」
人間の兵士が茂みから出てきた。
目と目が合う二人。
絡み合う視線。
静寂が場を支配する。
ウサギは逃げた。
「ま、ま、魔族だぁー!」
「うわーッ!?」
二人ともびよーんと飛び跳ね、二人の男の悲鳴が辺りに木霊する。
ちなみに彼は弱い。
とてもじゃないが兵士に勝てない。
頭脳労働者なのである。
幻惑魔法だけが取り柄であった。
とっさに幻惑魔法を使い、気持ち悪い虫の幻覚(でっかい蛾)を見せつけて逃走する。
彼に直接攻撃力は無い。
比較的無害な存在である。
「帰る……! 帰るんだ……! 俺は生きて帰る……! 彼女もいないのに死んでたまるか!」
ホンゲルス・ヌル 26歳独身。
魔王同盟所属、心からの叫びであった。
こいつが魔王ゴブリンキングの背後?にいたやつです。
エピローグはその3までの予定です。
・魔王同盟
世界中の(話の通じる)魔王を集めて完全なる魔王を目指す互助組織。
共喰いじゃなくて協力しようね!っていう建前。
よく参加メンバーが減る。不思議!
盟主と呼ばれる魔王が主催している。
ポ〇モンのR団みたいなもんを想像してもらえればだいたいあってます。