第31話 指揮官、希(こいねが)う。
「……っは!?」
「ギデオン様! お気づきになられましたか!」
目を覚ますと副官のサムが目の前にいた。
「……俺は…一体、何が……?」
頭を振りながら半身を起こす。
なんかとんでもない事があった気がするのだが、よく思い出せない。
辺りを見渡すと我が軍が負傷者の手当などを始めている。
ここは……どこだ……?
なんかの討伐に来たんだよな……?
んん~?
……思い出した!
そうだ!
ゴブリンの罠に掛かり、劣勢での戦闘が始まったと思ったら何かでかい音が……!
俺の悪い癖が出てパニックになりかける。
「ギデオン様! 深呼吸深呼吸!」
サムが手慣れた様子で俺を制止する。
スゥー……ハァー……
「んんんんんんんんー! よし、あー被害状況は!?」
顔をパチンと叩き、何とか落ち着いて状況を確認する。
「ハッ! 幸いにも被害はほぼありません! ゴブリンは大混乱に陥り、大部分は討ち取ることに成功しました!」
ほっとする。
「何が起きたのかさっぱりわからんが、それは良かった……。
サム、お前の方でなんかわかっていることは無いのか?」
俺がそう問うと、サムは困ったように頬を掻き返事をする。
「正直、確定情報として出せるものはあまりありません。
現在確認中ではありますが、何かが落ちてきたのでないかと思われます……。
また、穴の向こう側で何らかの争いが起きているようです」
「争い……?」
思わず眉を顰める。
「あちらです」
サムが指をさすが、今は特に何かが起きている様子はない。
「先ほどまで、魔法が発動したような光が散発的に起きておりました」
魔法……?
はっとする。
もしかしてあっちにいるのはジーク達クランメンバーか!?
向こうで何か起きているのは間違いないようだ。
「サム! ここは任せた! 俺はあっちの様子を見てくる! ジークがどうなったか知りたい!」
そういって俺は一人で走り出す。
「あ、ギデオン様せめて誰か人をつれて……」
サムが何か言ってるが、時間がもったいない。
ジークは助かったのか?
助かったとしたら何と戦っているのか?
もしかして魔王ゴブリンキングか……?
悪い予想ばかりが頭に浮かぶ。
待ってろ、俺が何とかしてやる!
邪魔な兜を投げ捨てながら急いだ。
息を切らし辿り着いた俺を迎えたのは、意味不明な光景だった。
まず、メイド服を着た女が誰かを膝枕している。
その近くに誰かが倒れており、それを連れてきたクランメンバーが遠巻きに見ている。
なんだこれ。
なんだこれ。
誰もこちらに気が付いていないようなので、クランメンバーの方に近づいて声を掛けた。
いきなりあの女に声を掛けるのは怖い。
「おい、ゴメス! これはどういう状況だ!?」
なんとなく小声で話しかける。
「うェ!? ギ、ギデオンの旦那! 大丈夫だったんですかィ!?」
ゴメスがビクリとして答える。
「まぁ、よくわからんが何とかな。それよりあれはなんだ? あの変なの」
メイド服を着た女を指さす。
「先生が連れてきたアリスとか言う変な女ですわ」
ゴメスが困ったように頭をさすりながら答える。
「……え!? てことは、あの膝枕されてるのヴァイス先生!?」
想定もしていない人物の名前が出てびっくりする。
てか、また変な女引っかけてきたのか。
「それで、倒れてるのはウチの大将ですわィ」
「ジーク!? あ、さっきの怪我は大丈夫だったのか!?」
「大丈夫と言えば大丈夫でしたワィ……」
煮え切らない返事だ。
どういうことだ……?
さっきから情報は入ってるが、何もわかっていない。
「なんで倒れてるのに介抱しないのか!?」
「説明しづらいンですが、大将が先生に斬りかかって返り討ちにあいましてナ……」
「なんで!?」
「わかんないですワ……先生が魔王とかなんとか言ってましたけど、よくわからんのです……」
本当に分からないようだ。
「じゃあ、なんでヴァイスは寝てるのだ……?」
ヴァイスらしい人物を指さしながら問う。
「アリスさん曰く、魔力酔いと食べ過ぎだそうですワ……」
食べ過ぎ……?
わからん。
何もかもわからん。
「大将が返り討ちにあったあと、急に苦しみ出したと思ったら魔王が2体出てきて」
またよくわからない情報が出てきた。
「魔王ゴブリンキング?」
「いや、違うやつですね」
……わからん!
「ヤバイ!と思ったら先生がなんかして、消えたと思ったらぶっ倒れて今に至りますワ……」
聞けば聞くほど分からなくなる。
……仕方ない。
とりあえずジークを介抱しよう、何かやらかしたようだがあのままでは可哀想だ。
変な女を刺激しないように近づく。
なんかヤバい気配がする。
女はこっちの事は気にも留めていないようで、見向きもしない。
ちょっとほっとしながらジークを抱き起こし、顔を覗き込んだ。
「なにッ!? ジ、ジーク!?」
確かにジークだが、顔つきが老人になっている!
まだ20前後だったはずの男がしわくちゃになっている!
かすかに呼吸はしているが、か細くいつ止まってもおかしくないように感じる。
「あぁ、力を使い過ぎた結果ですわよ。そのままだともうすぐ《《老衰で死にます》》」
女が眠っているヴァイスの頭を撫でながら、何でもないような感じで声を掛けてくる。
「ち、力……? なんで……なにが……?」
混乱して考えがまとまらない。
視界がぐらぐらする。
弟分が……死ぬ?
こんな訳の分からない死に方を……?
俺のせいでジャンやギッセルフを失ったのに、弟分は自分の命も失うのか……?
「ど……どうにかならないのか?」
呆然自失になりながら、何か知ってそうな女に聞く。
「自分で望んで代償を支払ったのですもの……それを戻すことなんて無粋ですわよ」
冷たく返される。
代償……ジークが焦っていたのはそれか……。
代償……代償か……。
つまり代償は生命力や活力といった類のものか。
顔を上げて、再び問う。
「その代償を、俺が一部支払うことはできるか?」
女が目を丸くしてこっちを見ている。
「なあ、アリスさん。こいつは俺の弟分なんだ。弟がやらかしたことは、兄貴が尻拭いせにゃならんのだ」
女が目を細めながら問うてくる。
「貴方、もしかして旦那様の教え子?」
「ヴァイス先生? そうだ、俺もこいつも教え子だ」
それを聞いて女はクスクス笑いながら答える。
「お人よしはうつるのかしらね……?
わたくしは心底どうでも良いのだけれども、貴方のその覚悟は伝わったわ。
いいでしょう、旦那様の教え子ならば多少の便宜を図りましょう。
その男を連れてこちらにいらっしゃい」
幾分口調が柔らかくなったような気がする。
ジークを抱きかかえて近くまで連れていく。
近くまで来てその女の美貌に気が付いた。
しみ一つない白い肌、輝かんばかりの銀髪。
全てが作り物じみている。
怖気が走る美しさだ。
遠くから見る分にはいいが、近くには寄りたくないタイプだ。
そんな事を考えていると、見透かしたようにニィと嗤う。
また、ぶっちぎりでヤバいの引きましたね先生……。
冷汗が背中を流れる。
「もう一度確認しますわね?
貴方が、この男の代償を一部引き受けるという事でいいのよね?」
ほっそりとした綺麗な白い指先がこちらを指す。
爪は禍々しいほどに、紅い。
メイドの格好はしているが、間違いなくメイドの指ではない。
全てがチグハグで、異質だ。
「あぁ、構わん。さすがに全部は困るがな」
肩をすくめて答える。
女がコロコロと笑いながら告げる。
「そうね、全部払うと貴方も死んじゃうものね。
そうね……じゃあ……10年、貰うわね?」
何を、とは問わない。
静かに頷く。
「ほんっとお人よし! 旦那様が大切にするわけだわ! 似たもの同士ね」
呆れたように、だがどこか嬉しそうに言う。
まぁ、あの人見てたら誰だって多かれ少なかれそうなるさ。
それに俺にだって打算くらいある。
すべてが善意ではない。
「言っておきますけど、それでこの男が10年生きれる訳ではないわよ?」
頷く。
そんなうまい話はないよな。
「はぁ……そこまで覚悟があるなら、なんで事前に止めてあげなかったのかしらね……止めていたら誰も苦しまなかったものを……。
まぁ、その場合わたくしと旦那様が会えなかったから、そこだけ評価してあげますわ?」
痛いところを突かれる。
だが、人はいつだってこうすれば良かった、あぁすればよかったと悩む生き物だ。
「彼に後悔する時間を与えてやってくれ」
それさえできないのは悲しすぎる。
「ま、後からするから後悔って言うんだしそういうものよね、わかったわ」
女……アリスが魔力を込めて指を鳴らす。
白銀の燐光が散る。
魔王スキル「生命譲渡」
「!?」
身体から力が抜け、全身が重く感じる。
ずるりと活力が引き抜かれていく。
それと同時にジークの顔色がよくなり、呼吸が安定する。
少しだけ若返ったようにも感じる。
それでも老人ではあるが。
よかった。
本当に良かった。
こいつの人生が狂った一端は、間違いなく俺にある。
それが親父の命令だろうが関係はない。
こいつの仲間の命を奪った謀に、俺も間違いなく加担していたんだ。
これでいいのかずっと悩んでいた。
自己満足なのはわかっている。
だがな、先生から教わった言葉が頭から離れないんだ。
『自分に誇れる自分でありなさい、それはいつか必ず自分の力になるから』
そうさ、償いとしてじゃない。
俺の《《誇り》》の為にやるのだ。
俺が、俺であるために。
それなら10年分くらいどうってことないさ。
「はい、これですぐ死ぬことは無くなりましたわよ」
アリスがまたヴァイス先生の頭を撫でながら告げる。
「……ありがとうございます、アリスさん」
頭を下げる。
貴族の頭はそんなに軽くないはずだが、この女には抵抗を感じない。
人を傅かせる事に慣れた、高貴さを感じる。
今更だがこの女は一体何者なんだ……?
女が心を読んだように答える。
「大した者じゃありませんわ。あ、今回のことは他言無用ですわよ?」
にこりと笑い、唇に人差し指を当てる。
赤い唇が弧を描く。
女は赤い瞳を細めて、軽い口調で言った。
「誰かに喋ったら、殺します」
一般人視点だと今回はこう見えるよ、って感じです。
ギデオン君が主人公みたいですね。
そろそろエピローグです。