第30話 教導者、織成す。
完全なる魔王とは何か。
俺はそう成ってからずっと考えていた。
アリスから教えてもらった通り、魔王スキルを身に宿すことではない。
魔王としての力を振るうことか?
違う。
魔王スキルを持っただけの人間でも代償を支払えば、それを振るうことができる。
それ以外にできるようになることは何か。
魔力だけで生きていけることか?
違う、魔法生物の一部はそういう生態をしている。
彼らは彼らで強力な存在であるが、完全なる魔王とは言えない。
魂の器を作り替えられることか?
違う、それはあくまでも結果である。
スキルを使い、検証し、学んだ。
その結果わかったことがある。
極論すると魔王とは、己の王国を持つものであると。
己の王国と言っても実際の土地や国民がいると言うわけではない。
誰にも侵されることなき、聖域ともいうべき領域。
王として君臨できる場所。
その場所では何人たりとも侵すことが出来ぬ、至高の座を持つもの。
それを実現できる《《世界を織成す者》》こそが、完全なる魔王だ。
空中に魔力を込めて九字を切る。
自然と小さな魔法陣が出現しては消えていく。
これには何の意味もない。
世界を納得させるための儀式である。
全ての出来事は世界に何の意味もなく、全ての出来事は誰かにとって意味を持つ。
蝶の羽搏きから大風が起きる事もあるだろう。
人が零した一滴の水で滅ぶ生き物もいるだろう。
全ては偶然にして必然。
俺はそれをかき集める。
俺の力は無と有の狭間にある。
どこにでもいて、どこにもいない。
それは矛盾である。
道理に合わない事である。
辻褄が合わない事である。
だからこそ、《《世界を騙せる》》。
指先から淡く光る燐光を散らしながら、世界に拡散する。
さぁ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。
静かに魔力を声に乗せ、口上を切る。
我が齎すのは調和
我が領域、我が領土は全てが無空なり
故に、我は何処にでもいてどこにもいない
空と大地と海の狭間に我は遍在す
我は魔王、有と無の境に在る烏有の魔王なり
領域定義。
《《世界新編》》。
|遍在する調和《どこにでもいて、どこにもいない》
名乗りを上げ、己の世界を編み上げた。
世界を切り取り、我が領土と成す。
魔力をもって世界と成す。
あぁ、世界はこんなに狭く、いずこにも我が腕が届く!!
我が懐で足掻くがよい。
貴様らは既に我が手の内にあり。
世界を新編し、定義が完了し、隔離が完了した。
星降る満天の星空が俺を迎える。
心地よい魔力が俺を包む。
ここは俺の世界。
俺のために編まれた世界だ!
全能感に酔いしれる。
あぁ!あぁ!世界の何と窮屈なことよ!
全身で解放した魔力に浸っていると、アリスが何とも言えない顔でこちらを見ている。
「これだけハイテンションの旦那様は初めて見ますわね」
「あぁ、最高の気分だッ」
この気分の10分の1でも知ってほしい気持ちで答える。
「めっちゃくちゃ魔力に酔ってますわね……。
まぁ、これも経験です。
言っておきますけど、ほどほどにしないと後で酷いですわよ?」
アリスが溜息をついてそうつぶやく。
よくわからんな!
「そうか!」
笑顔で答える。
「あ、これぜってーわかってねーやつですわ」
呆れた顔をしている。
アリスとそんなやり取りをした後、ゲストに向き直る。
いきなり魔力の流れが切り替わり、二柱の魔王が戸惑っているようだ。
俺は世界を織り成した際に切り替えた衣装を翻し、魔王達に告げる。
「ようこそ、不完全なる魔王諸君。
ここは俺の王国、俺の領域。
俺が編んだ世界だ。
歓迎するよ。
ここから出る条件はただ一つ。
自分以外をすべて滅ぼせ。
すべての魔力を自分の色に染めろ。
すべてを支配下に置け。
すべてを殺しても懐柔してもいい。
得られた力は勝者の総取りだ!」
魔力で黒と白に彩られた仮面をつける。
ちなみに黒と白で編まれたこの衣装は、アリスのお手製です。
「見た目のハッタリも魔王の嗜みですわ!」
ニッコニコである。
そういえば当然のようにアリスがいるが、本来ここには俺と俺の敵しか入ってこれない。
魂が繋がっているから同一存在と見られているようだ。
俺が作った世界にもついてこれるのか……。
「離しません」
はい……。
ちょっとテンションが落ち着く。
俺の領域は一面の星空だ。
もちろん元の世界の星空ではない。
配置もめちゃくちゃだ。
もしかしたら違う星系なのかもな。
全てが幻なのかも知れない、誰にも分からない。
ここにあるのは、星空と大地と。
敵のみ。
魔王たちは凍り付いたように、動かない。
様子を見ているのか?
戸惑っているのか?
見ても無駄なのに。
なにもかも無駄なのに。
ここは俺の腹の中だ。
遠慮なく先手を取らせてもらう。
空気中に漂う無色の魔力を引き寄せ、取り込み、編み上げた。
膨大な量の魔力が集められ、陽炎のように揺らめく。
魔王スキル 派生「|個にして群、軍にして個」
俺が苦労して編み出した派生スキルを発動する。
俺の基本スキルの|遍在する調和《どこにでもいて、どこにもいない》を拡大解釈して生み出した決戦スキルだ。
消費魔力量を考えると、領域展開した状態じゃないと使えん。
ただ、効果は絶大だ。
魔力光が一面に散り、そこら中から黒い仮面をかぶった人影が現れる。
音もなく、空間からにじみ出るように。
最初からそこにいたかのように。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ……
音は聞こえない筈なのに、空耳のように響く。
現れしは数千の黒の隊列。
見渡す限りの兵。
彼らは静かに隊列を組み、佇む。
それはまるで鍛え上げられた軍のように。
槍兵隊がいる、弓兵隊がいる、重装歩兵隊がいる。
騎馬隊がいる……ありとあらゆる兵種が、いる。
全てが、俺だ。
全てが、魔王たる俺だ。
見た目はオミットしてあるが、俺ができることはすべてできる。
教導者はありとあらゆる武器・術理が扱える。
ひとりひとりはさほどではないが、それが集まると脅威となる。
現実的ではない軍がここに生まれた。
全ての兵が柔軟に動き方を変える事が出来る。
距離が空けば弓や魔法、近くに寄れば槍や剣。
敵にとっては悪夢だろう。
また、俺の領域の中には俺は何処にでもいて、どこにもいない。
魔力が尽きない限り空間から編まれて現れる。
どれが倒れても滅びず、新しく現れる。
個にして群、軍にして個。
それが俺のスキル。
|遍在する調和《どこにでもいて、どこにもいない》
派生「|個にして群、軍にして個」
ずるい? 卑怯? ここは俺の王国だぞ?
俺が有利なのは当たり前だろう?
俺が編んだこの世界の魔力の総和は、常に一定に保たれている。
発動した後の定義した領域内での魔力の総量は変化しない。
つまり相手の魔力を削ればこちらの魔力に塗り替える事が出来る。
今からやることは、リソースの奪い合いだ。
突然現れた多数の軍勢を見て、ようやく魔王たちがこちらを脅威と見なしたようだ。
判断が遅い! 遅すぎる!
「さあ! やるぞ、魔王諸君!! 全軍、突撃ッ!!!!」
両腕を広げ、指揮者のように振るう。
ただし奏でるのは音楽ではない、戦争だ!
数えきれない黒の軍勢が奔流のごとく、二柱の魔王と激突した。
なんか解り難くなっちゃったから簡単な説明
・|遍在する調和《どこにでもいて、どこにもいない》
世界を騙して、一時的に世界を改変するスキル。
色々できるけど、やることが大きくなると魔力も必要になる。
実はドラゴン殺し振り回したりできたのはこれのせい。
誰だ、こんなややこしいスキルを考えたやつは。
・派生「|個にして群、軍にして個」
魔力の続く限り、自分の分身を呼び出し続けるスキル。
こっちの方がそれっぽいじゃねぇか。