第27話 教導者、壊す。
「ジーク、お前には失望した」
その言葉を聞いた瞬間、ジークがビクリと身じろぎした。
「俺はお前には皆を引っ張るリーダーシップを期待した。
俺がリーダーになると教師と教え子の集団になるからな、それでは上手くいかないんだ。
上下関係が歪になる。
教師に意見は出しにくいだろう?
だからお前に任せた。
お前にはリーダーの素質があると思っていたからな。
スラムの子供たちをまとめ上げていたお前だから、託したんだ。
全て教えたつもりだった。
もちろん足りない部分はあったとは思う。
だができる限りの事は伝えた。
運営のやり方、トラブルへの対処法、金融処理……。
俺が知るすべてだ。
お前は俺の最高の教え子だった。
そして一番大切にするべき事も教えたはずだ。
言ってみろ」
「…………」
凍り付いたように動かないジーク。
幾つになっても変わらんな。
都合が悪くなると黙り込む!
「叱られることを怖がるな、馬鹿者!
俺は失敗してもいいとは確かに教えた!
だが!だが、命が絡む問題は別だと散々言っただろう!
死んだら!そこで終わりなんだよ!もう戻ってこないんだよ!
なんでそこを疎かにした!?
答えろジーク!」
血を吐くように、叫ぶ。
叱りつけるなんていつ以来だろうか。
数々の思い出が頭をよぎる。
知らず知らずのうちに涙が頬を伝う。
「!?」
ジークが動揺している。
クソッ!クソッ!クソッ!
どうすればこの事態を避ける事が出来た?
どうすれば教え子と争う事態を避けられた?
我々は、どこで道を間違えた?
……いや、今は考えるのはよそう。
零れたミルクは戻らない。
嘆いても、死者は蘇らない。
今優先すべきは生き残った者達だ。
これ以上失ってはならない、俺の宝物《教え子たち》だ。
ジークと対峙しつつ、頭の中で幾つかシミュレーションしてみる。
以前から少し考えていた事だ。
……ふむ……。
いけるか。
「決めた」
決意を込めて呟く。
「な、何を……?」
ジークが気圧されたように答える。
俺はそれに答えず行動を起こす。
「取り寄せ!」
指をパチンと鳴らして大判の黒い本を取り寄せる。
ほとんどの資料はクランハウスに残したが、これだけは渡せない。
俺の知識の源でもある。
これについてはいずれまた語ることもあるだろう。
本を開き、ざっと目を通して伝える。
「アンナ!お前はセイリオンの大教会に行くといい。あそこの司教に知り合いがいる。お前にはいい環境だと思う。この町では触れられない秘跡も沢山あるぞ。紹介状を部屋に送っておく。投函!
ロルフ!お前はケツァルの傭兵団がおすすめだ。あそこならお前の腕を磨くのに最適だと思う。団長に俺の名前を出したらあってくれると思う。心配するな、お前ならすぐに馴染めるさ。
ロッテ、君はカッセルブルグの大図書館に行くといい。あそこの司書と書簡のやり取りをしてて、若い弟子が一人欲しいと言っていた。本が好きなお前にはお勧めだぞ。禁書だって読めるかもしれない。紹介状と住所を送っておく。投函!
ユッタ、お前は……」
さらさらと手紙を書いては投函の魔術で送っていく。
あらかじめ決めた場所に手紙を送付する魔術だ。
「待って!待って!何を言ってるの先生!?」
アンナが訳が分からないといった風に聞いてくる。
「何って……新しい就職先の紹介だよ。
もう「フェアトラーク」はダメだ。
お前たちの成長には寄与しない。
それどころか命の危険すら有り得る」
「なっ!?何を勝手なことをしている!?」
ジークが悲鳴を上げる。
俺はジロリと睨みつけて言う。
「お前がクラン運営出来ていないからだ。
それに俺のこれはあくまでも提案だ。
別に断ってくれてもかまわない、俺はそうしたほうが成長を見込めると思っただけだからな。
お前が真にみんなをまとめ上げているというなら、何ら問題はないだろう?」
衝撃を受けたような顔をするジーク。
馬鹿者め。
無視してクランメンバー全員分の手紙を書いては投函で送り付ける。
……例え死んでいても構うものか。
願わくば笑顔とともに送り出したかった。
「……せんせいはいっしょにこないの?」
ロッテがポツリと漏らす。
俺の服の裾を握っている。
この子はさみしがり屋だからなあ……。
「わたくしのほうがさみしがり屋ですわ」
アリスぼそりと呟く。
俺の首を握っている。
張り合うところ、そこなの?
あと首根っこ掴まないで。
「ごめんな、ロッテ。
ちょっとやらないといけないことがあってな。
でも近くに行ったら必ず会いにいくし、月に1度は手紙を出すよ」
近くに寄り、くせ毛の柔らかな髪を優しく撫でる。
うん、あとで撫でるから頭で背中をゴリゴリするのやめなさいアリス。
ロッテは顔を顰めた後、重々しく告げる。
「……週に1どならゆるす」
……結構な頻度だな…。
そんなに報告することないよ……。
「わかった、わたしはだいとしょかんにいく」
返事はしてないがロッテの中では決定事項らしい。
この子は大物になるぞ!(歓喜)
「わ、私もセイリオンの大教会に行きたい! もっと学びたいと思っていたの!」
アンナが声を上げる。
「……俺も行く。自分の力を試したい」
「先生が紹介してくれるならハズレはないだろうしね」
「まあ、確かにそろそろ世界を見てもいいかもしれんな」
「……ちょっとワクワクしてきたよ!」
クランメンバーが次々に声を上げる。
「先生……」
リカルドか。
彼はジークと仲が良かったはずだ。
気まずいのだろう。
「リカルド、お前も俺の教え子なんだ。それを忘れないでくれ」
「先生……俺はジークと頑張るよ……あんなんでも俺らの大将なんだよ」
頭を下げるリカルド。
「いいんだよ、あいつを支えてやってくれ。
もう俺はあいつに付いていってやれないから、頼むぞ」
肩をポンと叩く。
「任せてくだせぇ!」
はにかむリカルド。
なんだ、良い仲間もちゃんと作れてるじゃないか。
「相変わらずお人よしですわね」
アリスが呆れたように漏らす。
「でもそんな俺が良いといったのはお前だろ?」
「それはそうですけどぉー」
頭を背中にぐりぐり押し付けてくる。
猫かな?
教え子たちが凄い目で見てるからやめようね?
たぶん俺が教え子ばっかり構ってたのが気に食わないのだろう。
「そういうのは思ってても口に出さないものですわ!」
出してないよ……心の中で思っただけだよ……。
ジークが顔を強張らせこちらを見ている。
これからどうなるか薄々気付いているのだろう。
恐らく、これでクラン「フェアトラーク」は終わりだ。
少なくとも、今の形では存続できない。
離脱したメンバーの事を考えると、今までのような仕事はできないはずだ。
ジークにとっては大きな打撃になる事だろう。
俺が作り。
皆で育み。
俺が壊した。
これでクラン「契約」は、破棄となる。
苦労して作り上げたけど、壊すのは一瞬だったなあ。
あんなにみんなで頑張ったんだけどなあ。
ただ、もうこれ以上教え子たちを失いたくない。
俺が彼らにしてあげられる最後の贈り物だ。
彼らの前途が明るいものになりますように。
すべての手紙を書き終え、本を閉じて還送する。
これでお別れか。
そう思うと寂寥感に苛まれる。
「大丈夫ですよ、旦那様。わたくしが傍にいます、ずっと」
アリスがそっと横にきて囁く。
ありがとう、お前は本当にできたパートナーだよ。
「そういう時は恥ずかしがらず、口に出してほしいですわ」
「アリス、愛してる」
真っすぐ目を見て伝える。
「……そ、それは卑怯ですわよ……」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くアリス。
よし、勝った。
「ああああああああああああああああああああああ!!!!!
うるさいうるさいうるさいうるさい!
そんなことどうでも良いんだよ!こいつは!ヴァイスは魔王だ!
だから俺が!
俺が先生を殺すんだ! 死んで! 俺の! 糧になれ!」
追い詰めすぎたか。
まあ、そうなるよな。
正直予想はしてた。
「お前らは手を出すなよッ!
ヴァイスを殺した後、そこの女も殺してやるッ!」
血走った目で叫ぶ。
「あら怖い、旦那様守ってくださいね?」
アリスがすすっと後ろに隠れて言う。
よく言うよ。
「お前と本気でやり合うのは初対面以来かな?
いいさ、模擬戦ではない殺し合いのやり方を教えてやろう、ジーク」
腰を落とし、緩やかに精神を戦闘状態に移しながら告げた。
「俺からお前に贈る、最後の授業だ」