第24話 教導者、破壊とともに現れる。
その日、この国では大規模な地震が発生した。
幸い死傷者は出なかったが、資金横領疑惑のある大臣宅や豪華絢爛な教会が崩壊した為、神の怒りでは?と噂されたと言う。
けほっけほっ……
着地の衝撃で巨大な砂埃が舞い散り、むせる。
魔王もむせるんだなぁ……などとしょうもない事を考えながら周囲を見渡す。
地面がえぐれて数百メートルレベルのクレーターみたいになっている上、砂塵が巻き上げられて何も見えねえ……。
というか思ったより破壊が大規模なんだけど、もしかして地下に空間とかあったのかね?
穴が空いたと言うか、陥没したって感じがする。
アリスが「着地は任せてください!」とかいうから任せたら、地面にぶつかる直前に莫大な魔力を叩きつけて衝撃を殺すというゴリラも真っ青な方法だった。
「誰がゴリラですか」
心を読むな。
てか、ほんとにこれ心読めてるよね?
「契約で結ばれてるので、なんとなく伝わってくるのですわ!
これが本当の以心伝心ですわね!」
多分ちょっと違うと思うよ。
まさか、アリス怒らせたらこの威力で殴られるのか……?
気を付けよう……。
チラリと視線をやると、アリスさんニッコニコである。
こわい。
やる気である。
そんな事をやってると、ようやく砂埃が落ち着いてきた。
辺り一面、ゴブリンの死体だらけである。
地面が3分、ゴブリンが7分である。
「え、なんなのこれは」
大困惑。
どこかのゴブリンの群れにでも突っ込んだのか……?
それにしても多すぎるだろ。
ちょっと悪いことしたかな……。
まあ、ゴブリンだからいいか!
生存競争って厳しいよね。
世界は全ての生き物に対して平等に厳しいものだ。
安らかに眠れ。
そんなことを思っていると、穴の上からいきなり声をかけられた。
「先生!!!」
尋常ではないデカい声だ。
む!?俺を先生と呼ぶ奴は1,158人しかいないはずだが……。
「めちゃくちゃ多くないですか?」
アリスが心の声に突っ込んでくる。
なんとなく読めるとかじゃなくて、完全に筒抜けだよねこれ。
アリスと二人で呼ばれたクレーターの縁まで行くと、ガタイのいいこん棒をもったハゲ男がこっちを見ている。
なんか泣いてる。
夜道であったらこっちも泣くビジュアルである。
俺はこの蛮族を知っている。
「お、ゴメスじゃん。元気だった?」
俺の主観だとかなり久々だったので、軽く手を上げながらそう答える。
結界の中と外の時差、あとで確認しとかないとなあ……。
この分だとあんまり経ってない感じかな?
そんなのんびりとした俺に対し、ゴメスはわたわた身振り手振りを交えつつ叫ぶ。
「いや、元気ですけどね!?
どこ行ってたんですかィ先生!?
なんで空から降ってきたんですかィ先生!?
隣の美人のメイドさんは誰なんですかィ先生!?」
いかん、興奮している。
どうどう。
静まり給え。
よく見ると他にもクランメンバーが揃っている。
懐かしい顔ぶれだ。
結界の中でのアリスとの生活が長かったせいか、クランメンバーを見ても負の感情は湧かない。
以前なら良くわからない焦燥感と劣等感を刺激されていただろうが……。
時間が薬という言葉は合っていたんだな。
時間を置いて冷静になってみると、俺はもっと彼らと話し合うべきだったと思う。
少なくとも何も言わずに出て行ったのは間違いだった。
とても心配をかけたはずだ。
当時はモニカの件もあって精神的にかなり参ってたのだと今更気付かされた。
……彼女ともしっかり話し合ってお別れをしないとな。
それが《《けじめ》》というものだ。
俺がやるべきだったのは逃げる事ではなく、対話する事だったんだ。
全て話し合いで解決できるなんて事は口が裂けても言えないが、この件に関してはより良い結論が導き出せたはずだ。
俺は彼らをそう出来るように教育したつもりだ。
今はそんな彼らと分かり合う事ができる幸せを噛み締めよう。
「おう、みんなも元気そうだな。なによりだ」
何故だか固唾を飲んで見守っている彼らに、軽く笑って手を振る。
するとクランメンバーが一斉に寄ってきて話しかけてきた。
「先生! どこいってたんですか!?」
「先生! お元気ですか!?」
「せんせい、となりのおんなだれ?」
「先生……」
「先生! 私! 私ここにいますよ!! こっち見て! こっちこっち!」
「まーたヴァイス先生、知らない女連れてるよ」
「何人目だ?」
「わからん、でも多分変な女だ」
「違いない」
「絶対そうだ」
「なんで毎回、的確に地雷女引き当てるんだろうな」
「そういうフェロモンでてんじゃねぇの?」
「センセ! ごはん奢ってください!」
「先生! トイレ!」………………………───────
「大人気ですわね」
アリスがおもしろくなさそうに言う。
お? 嫉妬か?
「違います」
ぷいと顔をそむけるアリス。
かわいいやつめ。
その銀に輝く髪の毛を、そっと撫でてやる。
目をとじてうっとりするアリス。
でっけえ犬撫でてる感じだなあ……。
女性陣から黄色い声と怨嗟の咆哮が上がる。
ん?変なの混じってなかったか?
「ロルフ、ちょっと遠いところに行ってた。具体的に言うと空の上。
アンナ、まあ概ね元気だよ。今日もいい笑顔だな!
ロッテ、うん……目のハイライト消すのはやめなさい、怖いから。
カール、心配をかけたな。すまなかった。
ユッタ、大丈夫見えてるよ、元気そうだな。だから服を引っ張るのはやめような。
ギュンター、アリスが誤解するからそう言い方はやめろ! 止めてください!
クラウス、人聞きの悪い事をいうのはやめろ!
ドミニク、バート、デニス!
アリスが睨んでいる! やめろ! これは忠告ではない! 警告だ!
ヴィリ、エルゼ、お前たちとは一度きちんと話し合う必要がありそうだな……。
マルティナ、また今度な。先生はお魚が食べたい。焼いたやつ。
ウィッテ、先生はトイレじゃありません……───────」
アリスが目を真ん丸にしている。
「どうしたアリス、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
「……もしかして教え子の顔と名前と声、全部覚えているんですの?」
「当たり前じゃないか! 1,158人みんな等しくかわいい教え子だ!」
両腕を広げ、教え子たちを指し示す。
「困った子、問題児もいるがそれでもすべて可愛い教え子たちだ!
みんな違ってみんな良い! 俺の自慢の弟子たちだ!」
それを聞いて幾人かははにかみ、幾人かは喜び、幾人かは泣いた。
「うわぁ……うわぁ……」
そんな俺達を見てアリスが慄いたように、声にならない声を漏らす。
おかしなものを見るような目でみないでくれ、まるで俺たちが変人みたいじゃないか。
「ところでお前たち、こんなところで何やってるんだ?」
なんかやたらぶら下がってくるロッテの相手をしつつ、話が通じそうなゴメスに尋ねる。
「魔王ゴブリンキング討伐でさァ……」
顔をしかめながら言うゴメス。
「あー? あー? あー!」
俺にとってはかなり昔の話だったので、思い出すのに時間がかかった。
なるほど、時差は一か月くらいか。
……あれだけ過ごして一か月かあ……。
「それで、戦況は?」
「さっきまでゴブリンにだいぶん押し込まれていたンですけど……」
ゴメスが辺りを見渡す。
元々どんな地形だったか分からないレベルで滅茶苦茶である。
「先生が落ちてきて、ほぼ一掃されましたィ……」
何とも言えない半笑いで言う、ゴメス。
ゴブリンの生き残りをリカルド達数名が狩っている姿が見える。
よく見ると穴の反対側でも、装備が統一された人間たちがゴブリンとわちゃわちゃやってる。
あれは……領軍か……?
加勢した方が良いかと思ったが、ゴブリン達も混乱している様で事態は収束に向かっているようだ。
大丈夫そうだな。
ギデオンもあそこにいるかな?
あとで挨拶だけでもしておくか。
期せずして俺とアリスは教え子たちの危機を救ったようだった。
教導の神の導きだな!
ひとしきり元クランメンバーたちと戯れた後、当初の目的を思い出した。
そうだ、アリスと一緒にいなきゃいけないんだった。
だんだん機嫌が悪くなっているアリスを撫でまわし、みんなに挨拶をする。
「これならあとは残党をつぶして回るだけだな。頑張れよ。いこう、アリス」
「はい、旦那様!」
アリスさんニッコニコである。
ちょっろ。
「え……?先生戻ってこないんですかィ!?」
何故か驚いているゴメスとクランメンバー達。
「まぁ、一応クラン抜けたわけだしな……。
けじめだよ、けじめ。
今生の別れという事でもないさ、近くまで来たら顔を出すよ……ッ!」
そう話していると急に殺気を感じ、アリスを抱きかかえて飛び退った。
白い魔力の光を纏った剣閃が、俺がいた場所に走った。
「先生……いや、ヴァイス! なんでお前、魔王の力を纏っているッ!?」
そこにはゴブリンの血で汚れた、抜き身の剣を構えたジークがいた。
ちょっとした補足。
・1,158人ってのはカクヨムでこの話書いてた時のフォロー数です。
なにかしら意図のある数字ではありません。
・この物語は全て登場人物の主観なので分かりづらい為、補足しておきます。
クランから出奔した時のヴァイスくんはかなり精神的に不安定でした。
いわゆる《《うつ》》に近い感じ。
ジークが打った孤立策が綺麗に決まった上、モニカのアレを見ちゃったからですね。
みんなから侮られてるって感じたのも結構被害妄想入ってます。
あの時残ってたメンバーは大体ジーク派閥だったし、そういうのはあったのは間違いないとは思いますが。
相談する相手もいない上に過労も重なって、最初の話につながるわけです。
つまり、だいたいモニカちゃんとジークが悪い。
ジズの結界内でアリスちゃんにいっぱい甘やかされた数年間の生活をした結果、ヴァイスくんは心も体も元気になりました。
・誰か俺も甘やかしてくれ。