第23話 聖騎士、目覚める。
─────────────暗い……。
暗い暗闇。
静かな闇。
あァ……穏やかだ……
俺は……なにを……
冥府とはこういう空間のなのかもしれないな……。
ただひたすらに、ねむい。
ぼんやりと揺蕩っていると、急に魂に火が入った。
浮上する…。
浮上する。
夜の海のような、そんな場所をゆっくりと浮上していく。
──────四肢に力がゆっくりと戻っていく。
まず触覚。
────地面を感じる、寝かされているようだ。
次に嗅覚。
──────戦場の匂いだ。
血と泥とはらわたが混じり合ったクソみたいな匂いだ。
そうだ、俺は戦っていたんだ……。
……何と……?
何と戦ってたんだっけ……?
次いで味覚。
─────泥の味がする。
くそっ。
聴覚。
「大将!?」
────ゴメスのクソデカい声が聞こえる。
うるせえ。
最後に視覚。
眩しい……。
───青い。
雲一つない空だ。
ゆっくりと意識が覚醒していく。
──────────あぁ……俺は……?
ぼんやりとしながら目を開く。
目の前には口をあんぐりを開けたゴメス。
ゴメスのアホヅラをみて俺は悟る。
あぁ、俺は死んだか。
状況からして……あぁ……。
怒りがわいてくる。
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
地面を力一杯殴りつける。
「ど、どうしたんですか大将! さっきまで死んで……?」
ゴメスが訳が分からないといった顔で混乱している。
「そうだ! 俺は死んだ!」
跳ね起きて全身を確認する。
くそッ装備まで全部燃えてやがるッ!
戦場で素っ裸だ!
空間拡張鞄を探そうとするが、無い。
そういやさっきも無いって言ってたな。
どこに行ったんだ?
クソッ!クソッ!クソッ!
大損だ!
股間を風が撫でる。
「服と装備をよこせッ!ゴメス……お前のサイズだと着れんな。リカルド!」
近くで戦っていたリカルドに装備を要求する。
「う、うえ!? 俺ッスか……? あとで返してくださいよ……」
ものすごく嫌そうなリカルド。
なんでそんなに嫌がるんだよ。
俺が死んだというのにマイペースな奴め。
「んで、説明してもらえるんですかい?」
着替えているとゴメスが腰に手をやりながら、呆れたように聞いてくる。
「勇者スキルだよ、前ぶっ殺した魔王フェニクスから得たスキルだ!」
怒りが再来して地面を殴りつける。
勇者スキル「一握の奇跡」
それがさっき俺が失った力の名だ。
「一度だけよみがえる事ができるスキルだ」
「……いちどだけ?」
「そうだ! 一度だけだ! もう発動はできない!」
ずっと秘密にしていたが、もう使えないのでぶちまける。
魔王フェニクスは不死鳥の魔王だった。
何度でも甦る非常に厄介な魔王だが、俺の魔王殺しと異常なまでに相性がよかった。
なにせ斬り付けた傷が癒えないのだ。
甦っても甦っても怪我が治らないことに、奴は混乱していた。
魔王フェニクスの攻撃力は大したことがない、火に耐性を持った装備なら余裕だった。
かの魔王の最大の武器は殺しても死なないという一点だからな。
事前に情報を揃え、先生に攻略法を選定してもらい挑んだ。
大成功だった、笑いが止まらないほど楽勝だった。
まぁ削りすぎて得られたスキルが、かなりスケールダウンしていたのは計算外だったが。
それでも俺のような稼業の人間が得られる力としては破格のものだ。
なんせ、一度だけ死ねるのだ。
安心して戦いに赴ける。
相打ちに持ち込まれても俺だけ生き返られるのだ。
俺の大きな心の支えだった。
この力は誰にも話していなかった。
本当に、本当の最後の1枚の切り札だったからだ。
最悪、「至る」最後の戦闘で使って無理やり魔王を攻略しようと思っていたくらいだ。
それが……それがまさかこんな事で……まだ魔王戦だったら格好もつくのにッ!
イライラしてリカルドから借りた剣を地面に叩きつける。
リカルドが悲鳴を上げているが無視する。
「クソがッ!俺の最後の!最後の切り札が!
《《女に刺されて》》使う羽目になるなんてッ!」
なんか半笑いでゴメスがこっちを見ている。
ちっとも笑えねぇよ!
「なんて間抜けな使い方なんだ!
絶対もっと有意義な使い方あっただろ!
ふざけるなモニカァァァァァァァ!」
どれだけ良い目を見せてやったと思ってるんだ!
恩を仇で返しやがってェェェェェェェ!
怒りに任せて近くに来たゴブリンを、リカルドから借りた剣で真っ二つにする。
「あぁッ! もっと大事に扱ってくだせえ!」
リカルドが悲鳴を上げる。
うるせえ。
「まぁ、死んだらそこまでですからよかったじゃぁないですかィ?
間抜けだろうが何だろうが、普通はそこで終わりなんですぜ?」
「まぁ、それはそうだな……」
ゴメスに宥められて少し頭が冷える。
「少なくともワシは安心しましたわィ……大将まで居なくなったらこのクランは終わりですワ」
頭を搔きつつゴメスがため息交じりに呟く。
「悪いとは思ってるさ……」
バツが悪くなり顔を逸らす。
改めて己の魂の器と向き合う。
クソッ!器にたまった力がごっそり減っちまった!
ようやく6割超えたのに、3割ほどにまで減ってしまった……。
魔王「鉄鼠」、魔王「ウリエル」そして魔王「フェニクス」
3体も狩ったのに!
3体だぞ! あの強大な力を持つ魔王を3体も!
クソッ!クソッ!クソッ!
狂おしいほどの焦燥感。
頭がおかしくなりそうだッ!
この苛立ちにも似た感情は、勇者スキルを宿してからずっと続いている。
『魔王を狩れ、そして糧にせよ』
そんな声が聞こえてくる。
俺の力の源である、勇者スキルが俺に囁くのだ。
うるさい! 黙って力を発揮すりゃいいんだ!
この力は俺のもんだ!
奪え! 奪え! 奪え! 奪え! 奪え!
ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
頭を振る、駄目だ冷静になれ。
このままだと「至る」までかなり時間が掛かっちまうな……。
あと4か5体か……?
どれだけ狩れば俺はこの焦燥感から抜け出せる?
いつまで俺はまともでいられる?
力が強い魔王を狩れればいいが、もう俺の命の保証は消え去った。
つくづく惜しい力だった。
予定を練り直す必要があるだろう。
とりあえず魔王ゴブリンキングは、殺す。
必ず殺す。
惨たらしく、殺す。
そしてその後はモニカも殺す。
探し出して、殺す。
命乞いしても許さねえ。
絶対に許さねえ。
俺を一度殺したんだ、殺されたって仕方がないだろう?
「とりあえず、ギデオンと合流して立て直すぞ!」
「あいよォ! みんなもうひと踏ん張りだァ! 気合いれてくっぞォ!」
ゴメスが吠える。
うるせえ。
リカルドの服に袖を通す。
「くそッ! くせえッ! ちゃんと洗濯しとけ馬鹿がッ!」
「ジーク理不尽すぎない!?」
リカルドが衝撃を受けた顔をしている。
うるせえ。
切り替えるんだ、死ななければまた同じ様なスキルを得る機会もあるかもしれない。
大丈夫だ。
まだやり直せる。
俺はまだ生きている。
自分に言い聞かせる。
そう言った瞬間、天より爆音とともに何かが戦場に突き刺さった。
簡単な用語説明
・勇者スキル「一握の奇跡」
文字通り、一度だけ蘇生する。
ただ身に着けているものは全部燃える。
同じ系統に「輪廻」や「復活」がある。
一回だけすぐに傷も癒えてデメリット無しで復活できるのはこれだけ。
ほかはまあ、デメリットがいろいろある。
蘇生するけど能力半減とか、記憶無くなるとか。