第20話 指揮官、叫ぶ。
元々準備はしていたため、領軍とジーク達クランメンバーは翌日に町を発つことができた。
ほぼ槍持ち歩兵だが、3,000人規模の軍を動かすにしては破格の速さだ。
領軍とクランの共同作戦とは銘打ってはいるが、実質は領軍による討伐だ。
再度の魔王戦に挑めるクランメンバーは50も居ない。
全体的に後衛が多く、女が大半だ。
よく見るとヴァイスと仲が良かったメンバーばかりだ。
……ジークの奴、追い詰められているな。
これは討伐が無事終わったとしても、これではクランの弱体化は避けられない。
新人を加えて戦力の補充を図ろうにも、鍵となるヴァイスがいない。
そもそも残ったメンバーが素直にジークに従うか?
尚且つ先生大好きクラブと揶揄されたメンバー達は、未だ遠征から戻らず、か。
……詰みか?
クランハウスで下男に聞いたところ、ジークはかなりイライラしているようだし本人も分かっているのだろう。
これからは奴の手腕次第だが……正直望み薄だな。
……謀略が効き過ぎたか。
何事も予定通り進む事は少ないとは言え、顔見知りから多数の怪我人や死者を出してこのザマか。
下を向き、臍を噛む。
あぁ、俺は一体何をしているんだ。
俺が主体で行ったことではないが、それを止められる立場にいたのに。
……くそ……。
貴族の地位なんて捨てて、市井で生きていきたくなる。
ジーク達が聞いたら憤慨しそうだが、貴族もそんなに良いものではない。
下らない政争、つまらん政略結婚、極め付けは友を罠に嵌める手伝い!
反吐がでる。
だが、捨て去る訳にはいかない。
俺には青き血が流れているのだから。
責務から逃れる訳にはいかない。
それが貴族の責務というものだ。
必死に青き血に混じろうとする弟分の為にも、な。
軽く頭を振って思考を元に戻す。
為政者側としても力を持ったクランが縮小するのは、あまり有り難くない結果だな。
なんにせよ、被害が大き過ぎる。
今回のメンバーのうち何人かに、軍に来ないか声を掛けておこう。
以前は「先生が行かないなら行かない」とにべもなかったからな。
ジークは魔王ゴブリンキングの兵力を見誤った。
恐らく数百、多くても千前後と誤認していたのだろう。
伯爵家で確認した結果、おそらく5,000匹に届くとみられていた。
そりゃあ、どれだけの腕利き冒険者だろうと押されるだろうよ。
クランとぶつかった今ならさすがに多少は減っていると思われる。
今回は兵を3,000名連れてきた。
流石に一人一人はクランのメンバーに劣るが、集団による戦闘なら軍の方が上だ。
ゴブリン風情なら1万までは何とかなるだろう。
ゴブリンのバックに付いていると思われる存在がいまいち見えないのが気になるが、問題はないはずだ。
ある程度統制がとれていようが、そもそもゴブリンは弱い魔物だ。
奇襲に気を付ければ大丈夫だろう。
数には数でぶつかる、これが鉄則だ。
多少の問題は発生したが、遺憾ながら概ね親父殿の思惑通りではある。
まあ俺が勇者スキルを得る事だけは、回避させてもらうがな。
魔王はジークにやる、決めた。
そもそも俺ぁ、そんなに戦いは好きじゃねぇんだよなあ……。
先生にも機転が利かないお前は戦いに向いてないって、はっきり言われたしなァ……。
ちょっと予想外が重なると途端に動きが悪くなる。
自覚はあるが、克服はなかなか難しい。
それを補うためのジークの婿入りなのだが……。
ままならない世の中だ。
人知れず溜息をついた。
夜襲を避けるためにゴブリン達の生息範囲の手前で一泊して、決戦に挑むことになった。
斥候を出して確認したところ、多少は減ってはいるがゴブリンの群が確認できた。
残り3,000匹程という報告があった。
魔王ゴブリンキングの姿も確認できたようだ。
ジーク達、なんだかんだでかなり削ったんだな。
これはいい知らせだ。
失った命の対価としては、割に合わないが。
だが、これなら問題はない。
ゴミクズどもめ、人間がきっちり戦闘行動に出た場合はもう終わりは見えているということを知るがいい。
モニカ達の弔い合戦だ。
「お前たちが戦ったのはこのあたりか?」
傍らを歩くジークに尋ねる。
「そうですね……あ!
あの辺りは俺のスキルの痕跡がありますから間違いないです!」
唖然とした。
数百mにも及ぶ焼け野原だ。
一体どんなスキルを使ったのやら……。
事前の打ち合わせ通り指示をだす。
「全体!陣形を整えろ!おそらくそろそろ来るぞ!」
「盾構えーっ!亀の陣!」
兵長達の声が響く。
鍛え上げられた軍が、生き物のように動く。
あぁ、俺はこの動きを見るのが好きなんだ。
殺すことに最適化された人間の動き、たまらんね。
以前そんなことを先生に漏らすと、ちょっと引かれたことを思い出す。
……こう言った兵の動かし方も先生に教わったんだが、あの人はどこで学んでどこで使うつもりだったのやら。
本人は児戯だと謙遜していたが、田舎の平民が持っていて良い知識じゃないぞ。
今回はクランメンバーは後詰と言うことで後方に控えさせている。
まぁ、賑やかしだな。
基本的に何もさせる気はない。
そんな事をぼんやり考えていると、兵から報告がきた。
「報告いたします!森から女が1人出て参りました!」
……女?
ゴブリンだらけの森だぞ?
どこかから迷い込んだのか?
いや、どう考えても怪しい。
何かの罠か?
クランが壊滅した時もゴブリン共は稚拙ながら戦術らしきものを駆使してきたようだし、気を付けるに越した事は無い。
視線を森側にやると、確かに誰かがフラフラと歩いて来ている。
より詳しい情報を得るように指示を出そうとしたところで、隣のジークの叫ぶ声が聞こえた。
「モニカ!モニカじゃないか!」
モニカ!?
生きていたのか!?
正直とっくに死んだものと思っていた。
……あいつ白魔導士だよな?
胸騒ぎがする。
いや、違う。
逆だ。
なんで生きている?
「モニカ!」
ジークが居ても立っても居られないようで、飛び出す。
「おい、ジーク待て!」
引き留めようとしたが、本気を出した奴には追い付けない。
兵達がぽかんとした表情で見ている。
「モニカ!大丈夫だったのか!?ほかのみんなは知らないか!?」
ふらふらと歩いてくるモニカを、ジークが抱きとめる。
震えている……?
少し遠いため表情は見えないが、小刻みに震えているように見える。
……考えすぎか?
しかしあの親しげな感じ……モニカめ、まさかジークに乗り換えたのか?
なるほど、あぁ先生がいなくなった理由がなんとなくわかったぞ。
そりゃあ出たくもなるなァ!
自分の女を弟分に取られるなんてなァ!
ジークの奴も何考えてんだ。
後で話を聞かねばならんな……場合によっては叱らねばならん。
女に手を出すなとは言わんが、相手はちゃんと選べ馬鹿者め。
くそっ!頭が痛い!
モニカはジークにがっちり抱きついている。
熱烈な抱擁だ。
クソ女め。
モニカに対する評価を一段階下げる。
まぁ、未婚の男女だ。
そう言う事もあるだろう。
先生の気持ちを考えるとやるせなくなるがな。
とりあえず問題は無さそうだ。
帰ってきたこと自体は喜ばしい。
軽くため息をつき、歩いて近づく。
その時だった。
「もう大丈夫だ。とりあえずお前だけでも助かってよか────────────」
ジークが後ろによろめいた。
「ぐっ……」
短い呻き声。
そしてゆっくりと、倒れた。
「ジィィィィク!?」
急いで駆け寄る。
慌てて近寄り抱き起そうとする時、気付いた。
血だ。
抱き起した手にべっとりと血がついている。
怪我……?一体いつ……?
混乱する。
その時、誰かが走り去る音がした。
顔を上げると、モニカが背を向けて走って逃げていた。
一体何が……どうなっている!?
指揮官としてあるまじき事であるが、頭が真っ白になり動けない。
ぼんやりとジークを見る。
ジークの腹に、ナイフが刺さっている。
唐突に理解した。
「モニカァァァァァァァァァァァァ!貴様ァァァァァ!」
奴がやったのだ!ヤツが!刺したのだ!
激昂して叫ぶ。
「ギデオン様!落ち着いてください!」
兵が数名慌てて近寄ってくる。
「そんなに大振りのナイフではありません!致命傷ではないはずです!」
「とりあえず治療だ! すぐに癒者を呼べ!モニカは放っておけ!」
慌てて指示を出す。
「はっ!」
兵が走っていく。
「ジーク!大丈夫か!?」
酷い出血だ、気ばかり焦る。
癒者はまだか……!
「ガフッ・・・かは・・・」
ジークが血を吐き痙攣しはじめた。
刺されただけでは、こうはならない。
「毒かァ! ふざけるなよモニカァァァァァァ!」
ただひたすらに叫ぶ。
怒りのあまり視界が真っ赤に染まる。
あの女!恩を仇でしか返してないぞ!
その時だった。
ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
一斉に何処からかゴブリンどもの雄叫びが聞こえてきた。
どこだ!?
慌てて周囲をみると、あちらこちらに穴が掘ってあることに気付いた。
穴から続々とゴブリン共が現れる。
なぜ気づかなかった!?
さっきは穴なんてなかったはず!
先から掘ってきた……?
いや、それならもっと前兆が……。
まさか幻惑の魔法かッ!?
ならば、背後にいるのは……!
違う!考えるのは、後だ!
剣を抜き放って構えて、叫んだ。
「全軍、迎撃用意ッ!」
兵が一斉に構える。
俺にとって予想外のタイミングで、軍と群が激突した。
簡単な用語説明
・幻惑魔法
とある種族だけが使うかなり特殊な魔法。