第17話 指揮官、訪ねる。
「ジークか……会うのは久しぶりだな……」
練兵場で兵が動き出す準備でばたばたしている中、領主の息子である俺、ギデオン・フォン・クランベルはクラン「フェアトラーク」のクランハウスに向かっていた。
勝手知ったるクランハウスを、すれ違ったメンバーに手を上げて挨拶しつつ執務室に向かう。
軽くノックし、中に入るとジークが疲れた笑顔で迎えてくれた。
「あぁ、ギデオン様!
お元気そうで何よりです!
此度の援軍、誠にありがとうございます」
「ああ、敬語はいらん。
今日はただのギデオンとして来た」
適当な椅子を引っ張ってきて、座りながらジークの顔を観察する。
……化粧をしてごまかしているつもりなのだろうが、目の下の隈が隠しきれていないぞ。
さもありなん、先の戦いではクランメンバーにもかなり被害が出ていると聞く。
口は悪いが、この男は意外と仲間思いだからな。
悪ぶっているが、バレバレだ。
顔を出して正解だったな。
実は此度の遠征、こうなる事はなかば予想されていたのだ。
ジークが我が伯爵家に婿入りするのは既定路線だ。
婿入りさせた上で開拓地に向かわせ、そこで町を開いてそこの領主にするという計画だ。
今回の遠征は、その付近に巣くう魔王ゴブリンキングの撃退であった。
我々の調査の結果、あれはただのゴブリンキングの魔王ではない。
恐らく何かが背後にいる。
それが何なのか測る意味での、いわば囮だった訳だ。
まぁ、囮の役目も果たせなかったのは、悪い意味で予想外だったが。
先生……ヴァイスの不在の影響がここまで大きいとは。
クランそのままをジークに与える領地の私兵にされると、パワーバランスが崩れてしまう。
結婚後しばらくは問題ないだろうが、将来の事を考えると力を削いでおきたい。
そんな伯爵家の意向が働いている。
個人的にはクランの連中は、顔見知りだし死んだり怪我をして欲しくないのだが、そこは貴族と言う生き物の習性と言うしかない。
これは禁句なのだろうが、先生が婿入りするのであれば少しは違う展開になったかもしれんな。
恐らくあの人は余程の不義理をしない限り裏切らない。
仕えてくれるのなら、さぞや忠臣として尽くしてくれるに違いない。
まあ、自分には大事な人がいるとあっさり袖にされたが。
もちろんジークが悪い訳ではない。
ジークはジークで優秀だ、平民にしては教育も良く届いているしある程度は腹芸もできる。
これも先生の手腕によるものか……。
恐ろしいな。
先生は別格だ。
もし伯爵家に来てくれたら、親父殿は国からの独立すら考えたろうな。
言い過ぎかもしれんが、俺はそれだけあの人を買っている。
出奔したと聞いて四方に馬を走らせたが、今だに足取りが掴めない。
さすがと言うべきか、影も形も見つからないのは参った。
門からでた後の行動が一切不明など、良い間諜や暗殺者になれるぞ。
まさか何処かの間諜だった……?
いや、あんなお人好しには無理か。
付近の街全てを探しても痕跡すら出てこないと言う事は、意外に近くに潜んでいるのか?
いや真偽は不明だが、女が絡んだ問題とも聞いてるからそれはない、か。
そう言う時、男は遠くに行きたがるものだ。
以前、一時期行方が分からない時期があったが、その時と同じような手段で移動したのやもしれん。
まあ、何処にいこうがおそらくなんらかのトラブルに巻き込まれ、貧乏くじを引いているだろう。
そして地雷女にまとわりつかれる。
そういう御仁だ。
逃した魚は大きいが、どこかで諦めねばなるまい。
……戻ってきてくれると嬉しいのだが。
そんな事をつらつらと考えつつ、軽くため息をついてジークに伝える。
「ジーク、共に先生の元で学んだ友として言わせて貰う。
少し休め」
「それは……」
ジークは自分でも疲れていることが分かっているのだろう、口ごもる。
馬鹿者め、先生を逃すから仕事の量が増えるのだ。
クランが上手く回るといっても、仕事を一番こなしていた人間が居なくなるのだから仕事が増えるのは自明の理であろうに。
ここで言い争っても時間がもったいない。
少し強めに言う。
「これから戦いに行くのだ、遊びに行く訳ではないのだぞ?
先生もよく言っていただろう?」
『休むのも仕事だ、上の立場なら尚更だ。
下のものが休めなくなるからな』
俺とジークの声がハモった。
やっと少し笑ったか。
「分かってるじゃないか、あまり長時間は無理だが、兎に角休め。
俺も手伝うし、ゴメスあたりに仕事を引き継げ。
あいつは体力お化けだからいけるだろ」
「……わかった。すまない、ギデオン。
少しだけ頼む」
ジークはそう言って頭を下げ、寝室に向かっていった。
やれやれ、手のかかる弟分だ。
執務室の書類を手に取る。
相変わらずしっかりした形式の書類だ。
下手したらウチの文官がつくる奴よりしっかりしてるぞ。
どうなってんだここは。
俺とこのクランの関係は割と深い。
キッカケはやたら教えるのが上手い教官がいると聞いて、色々行き詰まりを感じた俺が先生……ヴァイスを招聘したのだ。
俺は「指揮官」のジョブを得ていたが、スキルの発現が出来なかった。
まぁ、割とレアなジョブだからな。
藁にもすがる思いで先生を招聘したのだが……。
先生は何が悪いかあっさり見抜いた。
『スキルの対象は自分ではなく、小隊単位……25人から50人くらいで考えるといいですよ』
あれだけいた家庭教師でも見抜けなかった問題を見事に見抜いたのだ。
親父は喜んで先生を囲い込もうとしたが、やんわりと断られた。
ただ、クランハウスでたまに指導する分には歓迎だといってくれた。
そこで出会ったのがジークだ。
当時は実力も伯仲しておりいいライバルであったのだ。
今は差をつけられたが、俺とジークでは役割が違うからな。
そんな思い出を懐かしみつつ、思う。
お前が、先生を尊敬しつつも鬱屈した物を抱えているのは知っていた。
俺は止めてやるべきだった。
まあ、今更言っても仕方あるまい。
しかし、モニカやチトセさんも行方不明か。
チトセさんは……純粋に迷ってる可能性が高いが、モニカはなぁ。
彼女も難儀なものだ。
所詮田舎の小娘にすぎぬのに過保護な男に大切にされ、成長しきれなかった。
人を愛する事が下手な男と、大人になり切れぬ女。
正直な話、あまり相性がいい二人ではないと以前から思っていた。
そんなモニカが行方不明か……。
生きていればいいが。
そんなに好きではないが知り合いが死ぬのは、やはり嬉しいものではない。
さて、他のクランメンバーに挨拶でもしてくるか。
出陣の準備が整う頃、ジークが起きて来た。多少は顔色がマシになっている。
「どうだ?少しは疲れは取れたか?」
「助かった、ギデオン。もう大丈夫だ」
ふむ、まぁいけそうか。
「そうだお前、親父から魔王のとどめを俺に譲るように言われたろ?」
ジークが表情を暗くし、頷く。
「……あぁ」
やはりか。
「俺はいらん。お前が斬れ」
「……何故だ?」
ジークが訝しげな顔をしている。
ふむ、冒険者にはわからん価値観か。
「俺は勇者の肩書きなぞ要らん。
あったら前線に引っ張り出されるだろ?」
おどけるように笑う。
半分くらい本気だ、何が悲しくて魔物と好き好んで戦わねばならんのだ。
そもそも俺は「指揮官」だぞ?
前線で戦ってどうする。
「ジーク、お前は魔王を斬りたいんだろ?」
切り込む。
「!」
ため息をつく。
「いつまでも誤魔化せると思うな。
魔王ゴブリンキングでも多少の足しにはなるだろう?」
「! 知っていたのか……」
呆然とするジーク。
正直、細かくは知らん。
あまり表ざたにはならないが、勇者と呼ばれる連中は総じて短命だ。
なかでも激しく戦うものほど老いるのが早い。
それでも何故か勇者たちは、魔王を必死になって狩ろうとするのだ。
そこから導き出されるのは、魔王を倒すこと自体に意味があるのではないか?ということだ。
具体的にどうなのかはわからんが、弟分が困っているのなら助けてやりたい。
歪でも、家族になるのだ。
「まぁな。伯爵家に婿入りするんだ、妹を悲しませるな」
「…わかった、すまない。恩に着る」
俯くジーク。
「親父には、まぁ上手く言っておく、心配するな」
軽く頭を撫でてやる。
「俺はお前の兄貴分だからな」
マントを翻し、戦場への第一歩を踏み出す。
義弟よ、今度は俺がいる。
安心して着いてこい。
「さぁ、行くぞジーク。
ゴブリン共を鏖殺しにいくぞ。
一匹残らずな!」
簡単な用語説明
・指揮官
部隊指揮に特化したジョブ。
よく通る声や部隊強化、士気高揚などが使える。
軍だと歓迎されるジョブだが、冒険者としてはちょっといまいち。
・チトセ
クランメンバー。
ジョブは「侍」
すごい方向音痴。
気付いたらはぐれてて、半年以内に帰ってくる。
多分そのうち出てきます。
ちなみにギデオンはチトセの事が好き