第15話 教導者、知る。
「魔王スキルは不可能を可能にする力ですわ」
「不可能を……?」
俺という新しき魔王の生誕を祝う生命の収奪が引き起こされる中、アリスは何でもないような顔で答える。
「未来を失う代わりに、ね?」
この空間にはアリスしかいない。
全ての矛先はアリスに向かっているはずなのに、小動もしない。
あぁ、彼女は俺と格が違うのだ。
言葉ではなく実感として悟らされた。
「これも一種のわからせ……?」
はっとした顔でアリスが変なことを言っている。
そうこうしているうちに生命の収奪が収まった。
「あら、もうおなか一杯ですの?」
「多分……一応安定したのかな……」
軽く手を握ったり開いたりする。
不思議と満たされた気分だ。
今の俺にはさっきアリスが言ってたことが分かる。
俺の魂の器が完全に破壊され、作り直された。
黒々とした魔力が器に満ちている。
俺は確実に人の範疇からはみ出した。
人外への第一歩を踏み出した。
もう後戻りはできない、するつもりは更々ないが。
「ふふ、見違えましたわ。完全なる魔王になった気分はいかが?」
「……悪くはない」
今の俺には魔力の流れが見える。
ここは魔力が満ち溢れている。
あぁ、今まではこれを感覚で使ってたんだな。
何と不完全で、不自由だったのだろうか。
新しく、鋭くなった感覚に酔いしれながらも考える。
「魔王になった事って、人間に会ったらすぐバレたりする?」
「言わなきゃバレませんわよ、人がベースですし。
そもそも旦那様も私のことに気付いてなかったじゃないですか」
それもそうである。
「でも野生?の魔王は威圧感すごかったぞ、前やりあった生まれたての魔王も鉄鼠もこっちを殺す気まんまんだった。
人間の常識だと魔王は無条件で人間の敵だったんだが」
色々思い出しながら問うてみる。
「当たり前ですわ、旦那様。元々人間を敵視している生物が魔王になったら、そりゃ敵視するでしょうに」
アリスはことなげもなく答える。
そういわれると確かにそうである。
「知られてないだけで、魔王になった人間は結構いるはずですわよ?」
とんでもないことを聞いてしまった。
「現に旦那様もなっているではありませんか、魔王に」
説得力がありすぎる。
アリスは空中に視線をやり、少し考える。
「旦那様には少し知識が必要ですわね」
「知識?」
「勇者スキルや魔王スキルというものの知識ですわ」
「なんで知ってるのかという疑問はあるが、知っているなら是非教えてほしい。頼む、アリス先生」
「アリス先生」
目を丸くしてこちらを見ている。
「人に教えを乞うんだ、その相手は先生と呼ぶべきだろう?」
「せんせい……いい響きですわぁ~!いいでしょう!アリス先生が教えてあげますッ」
急にイキイキしてきたな……。
「よし、じゃあ教えてくれ!俺の魔王スキル|遍在する調和《どこにでもいて、どこにもいない》って何だ?」
「何それ……?知りませんわ……?」
こいつ……!
「まあ本来魔王スキルにしろ勇者スキルにしろ、それは各人の魂の在り方ですからね。個々で違うものですから自分で理解を深めていくものですの」
「そうなのか……ん?ならさっきの契約は詐欺では……?」
「まぁまぁ、旦那様には基礎的な知識が足りておりませんの。それをまず教えて差し上げます」
指をぴんと立てる、軽く小鼻が膨らんでおり教えるのが楽しくて仕方が無いようだ。
まあ、教えるのって楽しいからな。
分からないことは分からないと素直になったほうが良い。
「そもそも旦那様の勇者スキルの認識は、なんか知らんが強力なスキルですわよね?」
「まぁ、そうだな。違うのか?」
「乱暴に言えば間違いではないのですが、それでは本質が理解できませんの」
アリスがすすっと空中に指を走らせる。
「勇者スキルは未来を示す力です。先に進むための力ですわ」
未来と書かれる。当たり前だが魔法文明文字だ。
勉強しててよかった。
「逆に魔王スキルは過去を示す力です。再現または再生のための力ですわ」
過去と書かれる。
俺は深く頷いた。
「なるほど、解らん」
分からないということが分かった。
無知の知である。
そんな俺を見てアリスはちょっと笑って言う。
「まぁ、この辺りは魔法文明の考え方ですからね、概念的なお話になってしまいますの。だから知っておくべき事はそれぞれが起こしうる事象についてですわ」
「勇者スキルも魔王スキルも、只人が使おうとすると相応の魔力と代償が必要となります」
「代償……?」
「人によるので一概にこうだ、とは言いづらい部分はあるのですが……。
勇者スキルの代償は時間の場合が多いそうです。
つまり、使えば使うほど老います」
衝撃である。
……そういえばジークの奴が勇者スキルを手に入れてから、やたら体格が良くなったと思ったが……あれは急激な老化によるものか!?
そしてハッとする。
「なら……まさか魔王スキルは……」
アリスがニィと嗤う。
「ええ!えぇ!そうです!若返ってしまいますの!」
「それデメリットになるのか……?」
一部の婦人は大喜びして使いそうだが。
「長命種だったらそうでもないですわね。ただ旦那様みたいなひよっこだと使いすぎると胎児になっちゃいますわね……連発できないのは勇者スキルに比べて大きな弱みですわ」
「あ、そっか!え、それやばくねぇか!?俺全然使えねぇじゃん!?」
頭を抱える。
折角手に入れた力なのに使いどころが難しいとは……。
なんかこう、抜け道無いかな……?
「そこからまた続きの話がありますのよ。
先ほど旦那様が『魔王スキルを持っていたら魔王になるのか?』と質問された時、わたくしは何と答えたか覚えておられますか?」
思い出す。
「────それだけでは魔王たりえない?」
「大正解ですわ!花丸あげちゃいます!」
いらん。
「ひどい旦那様ですわ……。簡単にいうとスキルを持っているだけでは《《半人前》》ですの」
「半人前!?」
あの強大な力を持ったモノが半人前!?
「力を使うたびに代償が必要となる存在なんて、半人前と言わずして何というのですか?」
「ぐぬぬ……」
ぐうの音も出ない。
「ただ、自然発生した魔王に関しては代償を必要としておりません、理由はお分かりになります?」
「……そう言うモノとして産まれたから?」
少し考えて答える。
アリスは拍手をして喜ぶ。
「素晴らしい!
その通りですの!
そのスキルを使いこなすのに最適な魂の器をしているのですわ!
そして、実はヒトも後天的にそうする事ができるのです!
それをわたくしたちは極致に至ると呼びます」
「極致……?」
「魔王スキル持ちや勇者スキル持ちを殺し、彼らの力を集めて己の器を一杯にすれば。
あがりですわ。
魂の器が、スキルを使うのに最適な形に作り変えられます。
そこに至った存在を私たちは『完全なる魔王』と『真なる勇者』と呼びますの」
そういえばさっきからアリスは俺をそう呼んでいた。
「あっ」
気付いた、気付いてしまった。
ジークの奴が魔王鉄鼠を殺してから、魔王殺しに執心し始めた理由がこれか!
どうやってか知らないが、ジークはソレを知った!
知ったならアイツがそれを追い求めない筈がない!
真なる勇者に至る為!そしてその力を独占するため、俺が邪魔になった!
ようやくたどり着いた事実にため息が出る。
そんなモノの為に、俺は追い出されたのか……。
「まあそういうわけで、完全なる魔王に至った旦那様は代償いりませんわよ。
もう、作り変えられておりますわ」
「……さっきのアリスの魔王スキルは……」
契約が成った瞬間、アリスの力が俺の器に流れ込んで来た。
まさか。
「ええ!ええ!伴侶と認めた相手の器を強制的に極致に至らせる、わたくしの魔王スキルですわ!限定1名様ですけれどもね!」
ニコニコしているアリスを尻目に、俺は別の事を考えていた。
あぁ、なるほど……アリスが殺されずここに封じられた理由も朧気ながら見えてくるな……。
正直、危険すぎる。
完全なる魔王を増やすことができる存在など。
そして、殺してしまうには惜しいと。
今も昔も、ヒトは変わらんということか……。
簡単な用語説明
・極致
ちょっと分かりづらいと思うので解説。
魔王を倒すとスキルと言う名の力のカケラが貰えてます。
手にいれたスキルは使えるけど、無理矢理使う感じになるから代償が必要となります。
カケラが魂の器一杯まで溜まると魂の器が、手に入れたスキルを使う為の専用の形に変わる。
これが極致に至ると言う状態。
こうなるとそのスキルが完全に自分のものになるから代償がいらないわけです。
だから、極致に至るまでに沢山のスキルを集めれば集めるほど色々できるようになります。
そう言う意味ではヴィーはスキル一つしか無いまま極致に至っちゃいましたね。
ただ、それが単純に強さに直結するかは別の話です。
至った後に魔王を倒してもスキルは得られません。
この辺の話を会話で全部やるとテンポが悪くなりそうで文末で解説させて頂きました。