第14話 教導者、成る。
「落ち着かれました?」
アリスの胸から顔を上げる。
彼女の胸は豊満であった。
モニカよりでっけーな。
「……うむ、その……すまんな」
気まずくてちょっと顔を逸らしながら礼を言う。
最後に人前で涙を流したのは、いつだっけか……。
もしかして俺は、自らの行いを初めて他人に褒めてもらったかもしれない。
その事実に愕然としながらも、気を取り直して話題を戻す。
「えーっと、魔王はとにかく倒せたんだよ、多分。スキル貰えたしな」
「なんていう勇者スキルなんですの?
龍殺しとか神薬とかみたいなのですか?」
目をキラキラと輝かせて言うアリス。
うっ、すごく期待されている……!
眩しいッ
「龍殺し」は読んで字のごとしだな、ドラゴンに対する圧倒的な力をもつ。
「神薬」は瀕死の人間でも癒すことができ、四肢の再生すら可能にしたと言われる勇者スキルだ。
両方とも有名で、当たりと言われる部類だ。
たまに何に使うかわからんスキルがあるからな。
聞いたことある奴だと「宇宙猫」とか。
すごそうな名前だが、何なのか本人にも分からないらしい。
悲しすぎるだろ。
宇宙猫……?猫とは……?
本来勇者スキルの取得は他人に話すものではない。
それは強みであると同時に、明確な弱点になりえるのだ。
「……なんて言うかそのな……」
言葉を濁す。
ただ、正直ここまで絆されるとしゃべってしまってもいい気がする。
お、それがお前のスキルなんだな?死ね!ってやってくるようには見えない。
されたらいろんな意味で死んじゃう。
なにより訳が分からん「魔王スキル」というものについて、何か知っているかもしれない。
「言いづらいスキルなんですの?『性技』とか?」
「え!?そんなのあるの!?」
世の中の広さに驚愕する。
なんてスキルなんだ!
……ちょっと欲しいな……。
「ありませんよ?」
シレッとした顔で返すアリス。
こいつ……!
返せよ……!俺の純情を返せ……!
「実は勇者スキルじゃなくて、魔王スキルなんだ……」
隠してもしょうがないので正直に言う。
ちらりと上目遣いになって、アリスの反応をうかがう。
アリスの顔に浮かんでいたのは、驚愕。
そしてすぐに理解になり、最後は納得に切り替わった。
「なるほど」
あぁ!間違いない、アリスは魔王スキルについて何か知っている!
「これについて何か知っているのかッ!?これは何なんだッ!?どうやって使えばいいんだッ!?これを持っていたら魔王になるのかッ!?」
「そうですわね……魔王スキルを持っているだけでは魔王足りえませんわ」
アリスは先ほどの動揺などなかったかのように、ティーカップに口を付ける。
俺はたまらず立ち上がって、アリスの肩を掴む。
「これについて知ってるんだろッ!?教えてくれッ!なんだってする!」
その言葉を聞いた途端、アリスの雰囲気が変わった。
ニィ、と嗤う。
その深紅の唇が弧を描く。
「なるほどなるほど、なんでもすると……教えて差し上げてもよくってよ?」
目を細めながら、先ほどとは違う笑みを浮かべる。
「本当かッ!」
勢い込んで言う、こんな機会もうないかもしれない。
代償はいくらでも払おう!
死ぬところだったんだ、もうなにも怖くはない。
「但し、条件が一つあります」
アリスが指を一本立てる。
「わたくしと契約を結んでほしいのです」
あぁ、おそらくここが分水嶺だ。
今までの経験がそう言っている。
ここでどんな答えを出すか、それで俺の人生が変わる。
そんな確信を持つ。
「どんな契約だ?」
食い気味に尋ねる俺に対し、アリスはくすりと微笑む。
「せっかちですわね……早い男は嫌われますわよ?」
「はい……そうですね……。そのとおりです……」
スン……となる。
その言葉は俺に効く、やめてくれ。
「そこでそんなに落ち込まれると困るのですけど……じょーだんですよじょーだん」
アリスが苦笑いしながら俺に近づいてくる。
「わたくし、あなたのことがとてもとても気に入りましたの。
あなたのお話には嘘がない。
あなたの生涯は面白い!
波乱万丈と言っても良い!!
傷つきやすいお人よし!!!
多少ひねくれてるけれども心根は真っすぐ!!!!
あなたはきっとこれからも沢山の人を助けて、沢山の人から傷つけられるのでしょうね!!!!!」
至近距離で目が合う。
深紅の瞳が爛々と輝いている。
あぁ、美しい瞳だ。
そこに浮かぶのは期待、喜び、楽しさそしてほんの僅かな怯え。
断られる事に怯えているのか。
「わたくしはそんなあなたを傍で見ていたいのです。
傍で支えてあげたいのです。
あなたが傷つくことを厭わずに人を助けるというならば、わたくしはその為の智慧を授けましょう。
人を守るために闘うのならば、その為の力を授けましょう」
「だから、わたくしのそばにいて」
あぁ……なんとなく気づいていたが、アリスは人間なんかではない。
ヒトより高位の存在だ。
だが中身は俺たちと変わらない、こいつはずっと寂しかったんだな。
彼女が善きものか、悪しきものかは今はまだ判断がつかない。
だが。
だが、彼女は俺の話を聞いてくれた。
俺を知ろうとしてくれた。
ならば、それが例え悪だとしても。
俺に助けを求めて、手を伸ばしてきたのなら。
「いいだろう。
俺は俺を理解してくれたモノの為なら、なんだってできる。
君と共に在ろう」
いままで、俺は必ずその手を掴んできたのだ。
それが、それだけが俺の誇りであり同時に矜持でもある。
それが、俺……ヴァイスがヴァイスである為に自分で課した誓いである!
その答えを聞いた時のアリスの表情を、俺は一生忘れないだろう。
顔をくしゃりと歪ませ、涙を一粒零した。
それは喜びである、歓喜である。
その笑顔は、福音である。
思わず、見惚れた。
良かった。
こんな美しいものがあるなんて。
受け入れて本当に良かった。
「わかりましたわ!
あなたの決意はとてもとても……とても心地よいですわ!」
パンと手を合わせて微笑む。
そして俺の手を取り、囁く。
「契約、成立ですわね。」
柔らかい笑顔で微笑んで、顔を寄せ唇を合わせてきた。
初めにしたようなものではなく、触れるだけの優しい口づけだった。
魔王スキル「華燭の典」
暗く明るい矛盾した光が辺りに満ちる。
あぁ、これは星の光だ。
満点に輝く星空を幻視した。
これは祝福である。
新たな門出を祝う聖なる儀式である。
歪なれど相応しき二人の前途に光あれ。
天に在らば比翼の鳥、地に在らば連理の枝とならん。
星の中、声が聞こえた。
『あぁ、とうとうこの子にも伴侶ができたのね』
『あぁ、やっと共に生きる相手が見つかったのだ』
『この子の事をお願いします』
『とても傷つきやすいけれど、優しい子なの』
『おねがいします』
『おねがいします』
優しい言葉だった。
誰の言葉だったのだろうか。
あぁ……いつか、アリスに聞いてみよう。
星が収まる。
線が引かれた。
俺とアリスに明確な魂のラインが繋がった。
繋がってしまった。
「こ、これは……!」
己の変化がわかった。
力が、注がれる。
俺の器いっぱいまで、黒々とした魔力が。
俺を中心とした猛烈な力の渦が巻き起こる。
俺はこの現象を知っている。
「おめでとうございます、旦那様」
魔力が荒れ狂う中、アリスがにこりと笑う。
華のような笑顔だった。
「あなたは人の身でありながら、魔王となりました」
「わたくしと同じ、完全なる魔王に」
「共に、生きましょうね?」
アリスはうっとりと微笑んだ。
簡単な用語説明
・『性技』
あります。
・魔王スキル「華燭の典」
隣に立つと決めた存在を同じ階位まで引き上げるスキル。
魂と魂が線で結ばれ、一つになる。
器を満たす、力の譲渡である。
器の共有である。
片方が死ぬともう片方も死ぬ、二人で補いながら生きていく魂の契約である。
ちなみに華燭の典って結婚って意味です……。
綺麗な言葉で素敵!ってなりました。
ヴァイス君はもう逃げられません。