第13話 白魔導士、逃げる。
ガァ!ギャア!ギャア!グァ!
後ろからゴブリン達が追いかけてくる。
私は必死に逃げる。
最初は何人かと一緒に逃げていたのだが、気付くと私一人だ。
対魔王用に張った陣にいきなりゴブリンの集団が襲撃をしてきたことは驚いたが、大したことにはならないだろうと、その時その場にいた全員が思っていた。
ジークは舌打ちしたあと、すぐに連れてきた新人冒険者たちに迎撃に出るように指示をだした。
それですぐ終わると思ったのだ。
私たち用に建てられた天幕で、荷物を降ろし軽く着替えでもしようと思ったのが運の尽きだった。
クレイジーボアに騎乗したゴブリンライダー達に強襲されたのだ。
天幕はひっくり返され、大混乱になった。
その騒ぎで私の空間拡張鞄はどこに行ったか分からなくなり、武器や食料などの荷物を全部失ったのだ……。
普段の冒険用の装備を身に着けていたのなら、ヴィーが「怪我をしてほしくないから」と良い物をそろえていてくれていた為、ゴブリンに攻撃されても大した被害は出なかっただろう。
だが、今の私は旅装だ。
動きやすさと見た目優先の《《ひらひらした目立つ服》》である。
ゴブリンから追いかけまわされる際、それはとても目立つ獲物に見えただろうことは想像に難くない。
『モニカ、かわいい服だね。でも、君は白魔導士でみんなの傷を癒す大切なメンバーだ。だからなるべく今度から目立たない服を着てきてほしいな』
以前、そういわれたことを思い出した。
私を守るためだったんだね。
ヴィー、ごめんなさい。
私《《また》》間違えた。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。
ひたすら逃げ続けた。
気付くと、夜の森に一人だけだった。
……どうしよう。
いつの間にか追いかけてきたゴブリンはいなくなっていた。
……冷静に考えたらゴブリンくらい蹴り飛ばせばよかった……。
普段ならヴィーが「こっちだよ」って優しく先導してくれてたのに……。
何でいなくなっちゃったの……?
ちいさな子供に戻ったように心細い。
あぁ、あの時はヴィーが来てくれたのに……。
「うう……どっちに行ったら森出れるのかな・・・荷物、何にも持ってこれなかったのは厳しいな……」
本来なら夜の森で一人迷子になったら、動いてはいけないのは鉄則だ。
ただし、それは助けがくる前提だ。
ジーク達はきっと私を助けに来ない。
私は一人ぼっちなんだ……。
涙が出てくる。
弱気になっちゃダメよ!
私はクラン「フェアトラーク」の一員!
大丈夫!なんとかなる!
今までだって何とかなったんだから!
一生懸命自分に言い聞かせる。
顔を軽くパチンと叩いて気合を入れる。
もう私は小さな子じゃない、森で迷って一人泣いてる子供じゃないんだ!
よし!いこう!
立ち上がった瞬間、気付いた。
木々の間から、私を見つめる無数のゴブリンの目が光っている事に。
やっぱりだめかもしれない。
ごめんなさい、ヴィー……。
四方を数え切れないゴブリンに囲まれていた。
流石にこの中を突っ切って逃げるのは無理だ……。
ゴブリンは夜目が効く、森に追い込まれた時点でもう駄目だったのだ。
あまりの絶望感に全身の力がぬける。
わたし、ここでしぬんだ。
どうしようもなく、怖くなった。
歯がガチガチと鳴る。
いやだ、ひとりさみしく森のなかでしぬなんて。
だれにもみとられず、ひとりでしぬなんて。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない…………
耳を抑えへたり込んだ私の前に、ひと際大きいゴブリンが森の闇の中から静かに出てきた。
「─────お…オまえ……ユウしゃの……ナかまか?」
酷く聞き取りにくい言葉が聞こえた。
「え……?」
空耳かと思った。
「き……キコえないのカ?オまえ……ユウしゃの……ナかまか?」
あぁ、なんてこと。
「は……はい……ゴ……ゴブリンが喋った……?」
ゴブリンが喋るなんて聞いたことがない。
その時気付いた。
ああ……あぁ……!
こいつだ!
《《こいつが魔王ゴブリンキング》》!
「あ……あぁ……」
貧相なはずのゴブリンの王がこんなに恐ろしいなんて!
怖い!怖い!怖い!
ずりずりと腰が抜けたまま後ずさる。
そんな怯える私を見てゴブリンの王が嗤う。
「ユかい!ゆカい!ヒトが!ワれらヲみて!オ、おびエテいるゾ!」
ギッギッギッギッギッギッギッ……。
一斉にゴブリン達が嗤う、嗤う、嗤う。
「ヒ!ヒ!ヒ!コ、こワイか!ヨい!ヨイ!よイぞ!
ワレはキ……きぶンがヨいゾ!!!」
ゴブリンキングが醜悪な顔を歪ませる。
嗤っているのだろう。
亜人の王は一頻り嗤い、囁いてきた。
「ヒ……ひとヨ、シ……シにタクナいのダろウ?」
「し……死にたく……ないです……」
「イタいのは……イヤだロう?」
「い、痛いのも……嫌です……」
プライドなんてなかった。
とにかく、死にたくない。
赦して欲しい。
しにたくない。
「なんでもするからころさないで」
王は笑った。
「ナ……ならバ……《《うらぎれ》》、ヒトを……ナカまヲ」
魔王が、節くれだった手を差し出す。
あぁ……かみさま……わたしはいったいどこでまちがえたのでしょう。
あぁ……かみさま……わたしは、どうすればよかったんでしょう。
ヴィー……わたしのあいしたひと、たすけて。
あのほしふるよるのように、たすけにきて。
わたしは。
ゆっくりと、その手を。
握った。
簡単な用語説明
・勇者
勇者スキルを持ってる人を一般民衆は「勇者」と呼びます。
「勇者」はジョブじゃなくて肩書です。
冒険者たちは自分はこれが出来ますって意味で「ジョブ」を名乗ります。
「勇者」はそれぞれできることが違うので本人は名乗りません。
一部の変な奴は「~の勇者」とか名乗ったりもします。
ジークなら近隣諸国で「退魔の勇者」の二つ名で呼ばれていたりもします。