第12話 教導者、泣く。
自己紹介を無事?終えた俺たちは、ようやく対面に座りなおして話し始めた。
「それではヴァイス様、いくつか質問してもよろしい?」
「構わないが、お互い交互に質問し合うってのはどうだ?」
「それでよくってよ!」
ニコリと屈託なく笑う。
笑うと一気に幼く見えるな。
こいつの口調なんか……こう、安定していないというか……丁寧語とお嬢様風の言葉が交じり合っているというか……一生懸命丁寧にしゃべろうとしている感がある。
背伸びした女の子と言った感じで、妙齢の美女といった見た目とギャップを感じる。
「じゃあ、わたくしが先に質問いたしますわね」
ぐいぐいくるなあ……。
「どうして……どうやってここにいらしたの?」
居住まいを正し、深紅の瞳でこちらをじっと見つめてくる。
その目に宿るのは、興味。
顔の造形が美しすぎるため、ややもすると冷たく感じられそうであるが意外と表情豊かである。
エキセントリックで突拍子もないことをするが。
どう答えるか少し考える。
どうやってここにきたか、か。
どう話すのが正解なんだろう。
信じてもらえるかなあ……。
『仕事で行った山に生まれたての魔王がいたから退治したら、爆発して吹き飛ばされてでかい鳥の上に飛ばされました』
俺だったら馬鹿にすんなって怒る。
でも事実だし、その鳥の上に住んでる人だから信じてくれるよね……?
なのでそのまま話した。
「馬鹿にしてるんですの?」
ダメでした。
「どう考えても端折りすぎですの。
何がどうして、そうなったの部分が抜け落ちてるからそんな訳の分からない説明になるんですの」
そうかなあ……?俺は訝しんだ。
ひじ掛けに肘を付き、リラックスした様子でアリスが言う。
「幸い時間もありますし、ゆっくりお話ししましょう?
身体、もう痛くないですわよね?」
はっとした。
そうだ、吹っ飛んで目を覚ましたあとは全身が痛かったんだ。
ダメージの大半は「スケープドール」に肩代わりしてもらったはずで、骨折もしてないのに何でだ、と不思議に思っていたのだが……。
ペタペタと身体を触る。
「……痛くない」
頭から足の先までの酷い痛みも、倦怠感も全てなくなっていた。
一体いつからだ……?
「間に合ってよかったですわ。
あのままでしたら、貴方今夜死んでましたからね」
のんびりお茶を飲みながらアリスがとんでもない事を言う。
俺は飲んでいた茶を思わず吹いた。
「は!?なんでぇ!?」
「きったないですわね……」
アリスは吹いたお茶を、いつの間にか持っていた布巾で拭いながら言う。
「貴方、ここに来るまでに随分無茶をしましたよね?魂の器がガタガタでしてよ」
「魂の……器……?」
「人間という器は大きさが決まっていますの。
普段使える力はその器の範囲内の力だけのはずですわ」
アリスはお茶で口を湿らせて続けた。
「でも貴方の器は罅だらけ、一部は欠けてすらいましたの。
つまり、無茶な出力を出そうとしたことがある筈。それも何度も」
「……………………」
「心当たりがあるって顔ですわね。
先ほどわたくしが目を覚まして貴方と会ったとき、こいつもう死ぬなーって思いましたからね。
びっくりですわよ、起きたら死相の浮かんだ人間と目が合うなんて。
久しぶりに会った人間ですし、もうちょっと遊びた……お話したいなって思ったので、勝手ながら修復させていただきましたの」
そう言ってアリスが悪戯っぽく笑いながら唇に手をやる。
「なっ……修……復?まさかあの口づけは……」
思わず唇に触れる。
意味があることだったのか・・・振りほどこうとしたりして申し訳なかったな……。
一言欲しかったなとは思うが、やはり何かしらの理由があったのだ。
まぁ、何にも無しにあんな事しないよな。
納得である。
「あれは特に意味はありませんわ!
触れてさえいればどこでもいけますわよ?
ただ、お姫様はキスで目覚めるものでしょう?」
こいつ……!
あとアレはそういう可愛いキスじゃねぇだろ……!
アリスはそんな俺の反応を楽しむように、唇をペロリと舐めてうそぶく。
「まあ、あくまでも応急処置ですわ。大したことではありません」
本人はあくまでも大したことではないと言うが……。
「いや、痛みが消えたのは事実だ。その点だけでも感謝する。ありがとう」
立ち上がり、頭を下げる。
どこまで事実か分からないが、俺を助けようとしてくれたことだけは分かる。
善意には感謝を。
それが俺の生き方だ。
真っすぐお礼を言われると恥ずかしいのか、アリスはそっぽを向く。
可愛いとこもあるじゃないか。
「ならその分、貴方のお話を聞かせてくださいな!
お礼はそれと、頂いたお茶で十分ですわよ」
そういうアリスはちょっと耳が赤い。
こいつの恥ずかしがるポイントがわからん。
そのあと促され、村を出てからの事を一から話すことになった。
アリスは意外と聞き上手で、冒険者をやってて楽しかった事や悲しかった事もすべて話してしまった。
とても楽しそうに聞いてくれる為、ついつい話し過ぎた感もある。
(見た目は)綺麗なねーちゃんが楽しそうに話を聞いてくれるのだ、そりゃ喋るよね……。
幼馴染の恋人が寝取られたというどうしようもない話とか、顔真っ赤にして怒ってくれたしな……。
そして話題は魔王戦へと戻る。
「そう言うわけで、魔王を切り札の模倣した勇者スキルでぶち抜いたわけだ」
「あ、それですわね」
話を聞いていたアリスが指摘してきた。
「何が?」
「貴方の器がダメになった決定打です」
・・・そんな気はしていた。
アリスは真面目な表情で告げる。
「悪いことは言いません、その身体でもう二度と勇者スキルを無理やり模倣して使うのはおやめなさい。
おそらく、次は耐えられません」
「そうか……俺も無理に使おうとは思わないよ。でも、守りたいものを守るときはきっと……」
アリスは静かに目を伏せる。
「そうですわね、過去のお話を聞く限り貴方はおそらく……いえ、必ず使いますわね」
俺は自嘲するように笑い、言う。
「悪いな、性分なんだよ。お人よしと笑わば笑え」
解っているんだ、全部俺がやる必要は無いって。
お人よしだって笑われてることだって知っている。
だけど、しょうがないじゃないか。
俺はそれをどうにかできてしまうのだから。
何とかできるって思ったら、俺は必ず動く。
だって、そうやって今まで生きてきたんだから。
どれだけバカにされても、これだけは変えられない。
そんな俺を見てアリスは軽くため息をついた。
そして笑いながら、俺と目を合わせて言った。
「いいではないですかお人よしで。言わせておきなさい」
アリスは静かに立ち上がり、近づいてきた。
「わたくしはあなたのその姿勢に敬意を表します。
あなたのその気高き意志に憧れを抱きます」
柔らかく抱きしめられる。
「あなたのその性分に救われた人は沢山いるはずです、だからそんなに自分を卑下しないで」
「あなたはまちがっていない」
俺は、泣いた。
簡単な用語説明
・魂の器
ゼ〇ダでいうところのハートの器みたいなもん。
魔力は身体の中からじわりじわりと器にたまる。
普通の人はその中の魔力でやりくりする。
過負荷は器に過剰な負荷をかけ、無理やり魔力を絞り出す技。
器が破損するため、禁忌とされており表に出てこない。
定期的に使い手は出てくるが、やりすぎて早死にする奴らばっかりなので問題にならない。
ヴァイスの器はかなり大きめ。
ただ、酷使しすぎてぼろぼろ。
あと一回スキル使ってたらバラバラになった。