第103話 穏やかな冬の日々 21 教導者、寝る。
腕の中で塵となって消えた災厄の魔女を想う。
彼女は、満足できただろうか?
その寂しさを、心細さを少しでも埋めることが出来ただろうか?
アリスは今、何をしているのだろうか。
ものすごく、彼女の顔を見たくなった。
抱きしめたくなった。
それが叶わない事が、酷く悲しい。
一緒になってそれなりの時間は経つが、こんな気持ちは初めてだ。
よく分からない感情に戸惑っていると、後ろから声が聞こえた。
>|Congratulation……! |Congratulation……!
>おめでとうございます……!
>ムッシュは無事に5連戦を勝ち抜きました、ミッション《《は》》クリアです……!
ゆっくりと無表情でアルスナルが歩いてくる。
ちっともうれしくなさそうな祝福である。
かなりご立腹のようだ。
>なお、全くデータは取れませんでした……!
>徒労……! 完全なる徒労……!
心なしか疲労感さえ漂わせながら、アルスナルがそんなことを宣う。
「なんでだよ!? お前はデータを取るために試練を課した! 俺は全力をもって試練を超えた! なんの問題もありゃしないだろうが!」
吠える。
俺は徒労という言葉が嫌いです!
>違うのです!
>戦闘方法のデータというか、全部違うやり方だったじゃないですか!
>あれから何を読み取れと!?
「仕方がないじゃねえか……アレが俺の本気なんだからよ……。てか、メイリアさん返せよ……! たった一人の姉なんだ!」
そもそもこいつが人質とか取らなかったら、あのような戦い方はしなかったぞ。
全部裏目にでてねぇか?
メイリアさん身柄の返還を強く求めると、アルスナルが虚空に視線をやってふんふんと頷く動作をした後、答える。
>別室でご飯食べてるから、しばらく待てと言っておられます。
分け身みたいなので連絡取ったのかな?
何でもありだな。
「あぁ、危害は加えてないのは本当だったんだな」
予想はしてたが、ほっとする。
処分しましたとか言われたらどうしようと思ってた。
てか、飯食ってんのか。
あの人も肝が太い。
アルスナルが俺に向き直り、頭を下げる。
>……災厄の魔女対策の件は感謝致します。
>ムッシュは見事にワタシの願いに応え、「可能性」を見せてくれました。
>それが例え、ワタシが持つことが出来ない『愛』というものだとしても、それがあることを知れたことはこの上なく報われた気分です。
>災厄の魔女の打倒は可能。
>それが分かっただけで、ワタシが産まれた意味はあったのでしょう。
>深く、深く感謝いたします。
何と言うか、決して善性の存在ではないアルスナルだが、この感謝は本物だ。
「俺がやりたいからやっただけだ。できるからやっただけだ。やるべきだから、やった。それだけだ」
笑って、答える。
>ワタシ知ってます、そう言うのを照れ隠しって言うんですよね。
うるせえ。
「あ、ヴァイス! 血が出てるじゃねぇか!?」
食事を終えたらしいメイリアさんが、突如として虚空から現れて俺に駆け寄ってくる。
……空間が連結されていて、一方通行に設定してあるのか?
興味深い。
「うわ、結構ひどい! すぐに手当するからな!」
ボロボロになった俺のケガを見て、鞄から布と薬を取り出すメイリアさん。
「この程度ならすぐに治りますから、大丈夫ですよ。なにせ魔王ですから」
そう言って落ち着かせるために、笑った。
痛いのは痛いが。
魔王とは空気中の魔力を少しずつ吸収して、人間の何倍もの速さで傷が癒える変な生き物なのだ。
「怪我を甘く見るな! それが原因で病気にもなるでしょ! 黙って治療されてろ!」
彼女はがう!と吠えて俺をころりと地面に転ばせる。
気付くと膝枕の体勢になっていた。
頭の下に張りのあるしなやかな筋肉を感じる。
柔らかくはねぇな。
「ほら、怪我を見せて!」
そう言って、メイリアさんはてきぱきと怪我の治療をはじめた。
そんな俺達を生暖かい眼差しで眺めながら、アルスナルがため息とともに告げる。
>油断するとお二人はすぐイチャイチャしますね……。
>まぁ、いいです。
>ワタシ、今からムッシュの武器を作ってきますのでしばらく休んでてください。
予想外の言葉が飛び出た。
「え!? でも、データが取れなかったってお前言ってなかったっけ?」
貰えないかと思ってた。
>データが取れないというのも、大きな判断材料の一つなのです。
>大丈夫です、ワタシの願いをかなえてくれたムッシュには、それに相応しいものを準備致します。
>楽しみに待っていて下さい。
そう言って、微かに笑いながらアルスナルは音もなく姿を消した。
……専門家がそう言うんだ、任せるしかないな。
少し嫌な予感はするが、新しい武器は楽しみだ。
やることがなくなった俺は、全身から力を抜く。
久しぶりに無理をしたから、少しだけ休ませてもらおう。
「手前ェはアタシがいない間になーにやってたんだよゥ……?」
呆れの成分の多く含まれた言葉が飛んでくる。
まぁ、何があったかなんて知らせる必要はないよな。
「……メイリアさんが無事でよかったですよ。急にいなくなってびっくりしたんですから」
そう聞くとメイリアさんは一瞬嬉しそうにした後、頬を掻いて答える。
「アタシもびっくりしたけど、すぐに済むってェ話だったからな。アタシは手前ェの事信じてたから、不安は感じなかったぜ?」
どう答えるのが正解なんだ?
そしてしばらく無言のまま、治療が続けられた。
メイリアさんとの沈黙は心地よく、ゆっくりと意識に靄が掛かってゆく。
「よし、これで応急処置は終わりだ。帰ったら本格的にやるからな……って眠いのか?」
ゆっくりと優しく頭を撫でられる。
「うん……少し……」
ぼんやりと応える。
「いいぞ、アイツが帰ってきたら起こしてやる。今は休め」
瞼がゆっくりと落ちていく。
眠い。
声が聞こえる。
「ごめんなさい、素直になれなくて」
声が聞こえる。
「初めて会った頃、アタシは母上とオヤジを亡くしたばっかりでさ……」
声が聞こえる。
「じじぃも……アタシとどう接したらいいか分かんなかった……たいでさ……」
声が聞こえる。
「……あなたのお世話をし……うちに、私も祖父も元気に……いったの……」
「……弟……であり……友……で……───」
「……だいす……だよ……───」
「………───♫」
歌が聞こえる。
あぁ、これが。
…………───♫
子守歌というものか……。
意識が、闇に落ちる。
おやすみなさい…………───