第102話 穏やかな冬の日々 20 教導者、答えを示す。
「再帰ねえ……」
結果だけを見ると、攻撃すると攻撃したものに死に至る反撃を返すスキルである。
少なくともアルスナル達はそう理解しているようだった。
その効果に際限がないのなら、戦場にふらりと現れて立っているだけで両軍が壊滅するだろう。
決戦の場に現れようものなら、主力が壊滅するという悪夢が見れそうだ。
あ、なんとなく間違ってない気がする。
多分お互いの主力が壊滅して、なし崩し的に侵略作戦が失敗に追い込まれたんじゃないかな?
……うん、それなら確かに戦争を終わらせた女だ。
それを危険視されて、ジズの背に封印されたと考えると筋が通る。
いつの時代も、人が考える事は変わらんからな。
「華燭の典」も同じような魔王を誕生させると考えると、怖くてたまらんだろう。
なんで大人しく封印されたんだ、という疑問もあるがそっちも想像はつく。
きっと胸糞悪い事実がそこに眠っているのだろう。
まぁ、とりあえずそこは考えても仕方がない。
帰ってからアリスに目一杯優しくしてやるくらいしか、俺にはできない。
今は無事に帰る為に、攻略せねばならない。
嫁に再会するために、嫁を攻略するとかちょっと意味が分からないですね……。
「ふー……っ」
溜息をついて、どっかと座り込む。
>おや? 休憩ですか?
アルスナルのからかうような言葉が聞こえる。
「お前の願いを叶えるんだ、もちろん協力してくれるんだよな?」
>もちろんですとも。
>何をすればよろしいので?
喜びを含んだ声だ。
こいつも教えたがりだよな。
「今から言う事例に近いものについて、垂れ流しでいいから聞かせてくれ」
そう言って幾つかの事例を挙げる。
例えば、長距離からの攻撃や直接攻撃でない呪術による攻撃、そして偶発的な攻撃などなど。
普通に考えたら試すだろう案件だ。
>はい、もちろん記録にございますとも!
>ではまず……──────────────
そして始まる戦闘結果の羅列。
超超距離からの狙撃。
狙撃した瞬間に狙撃手死亡。
呪術での遠隔儀式。
儀式成立と共に、参加者の頭が吹き飛ぶ。
存在する一帯を丸ごと攻撃。
発動した瞬間死亡。
何も知らない人間を使っての攻撃。
指示した人間が即死。
自分が何をしたのか気付いた瞬間、攻撃した人間も死亡。
精神汚染攻撃。
普通に反撃が飛んできて死亡。
などなど。
実験事例がつらつらと出てくる。
勿論全部失敗で、攻撃した奴は全て死んでいる。
……何人死んだんだろうなあ?
背筋が寒くなる。
ただ、今のアリスと比べるとなんて言うか受ける印象が違うんだよな。
彼女はここまで無差別な事をするように思えない。
……俺と出会って変わったのならいいのだけれども。
アルスナルからもたらされる情報を聞きながら考える。
ここまで強力な力なら、必ず穴がある筈。
絶対無敵の力なんて、存在しない。
例えば物理攻撃を一切受け付けないスキルがあるが、魔術による攻撃に滅法弱くなる。
逆もまた然りだ。
再帰ほど強力なスキルなら、穴を突かれたら使用できなくなるくらいの制約があってもおかしくない。
強大な力を持つ神ですら封じる力があるのだ、神に届かぬ存在ならばきっと付け入る隙はあるはずだ。
>……癒しの力を使っての攻撃 失敗。
>術者死亡。
……癒しを使った攻撃?
身体に良いとされる力でもダメか。
となると、攻撃であるという術師の意思に反応している?
やはり、攻撃するという意思がトリガーなのは間違いないか。
それが無意識であろうとも、被害が発生する可能性があると発動する、か。
幾つもの方法を考え、打ち消していく。
……駄目だ、この考え方はきっとアルスナル達と同じだ。
彼らは文字通り、ありとあらゆる方法を試したはず。
短時間でそれを凌ぐ方法を思い付く筈がない。
そこまで自分が優秀だとは思わない。
ならば、彼女のパートナーと言う唯一無二の立場からの視点で考えるべきだ。
アルスナル達と俺の最大の違いは、アリスと言う個を知ってるか否かだろう。
仕切り直しだ。
考えながら鞄に手を伸ばし、残っていた焼き菓子を取り出して齧る。
思考には糖分が必要だ。
ぼりぼりと齧っていると、事例をひたすら読み上げていたアルスナルの声が止まる。
「……どうした?」
>それ、お菓子ですよね?
>美味しいんですか?
「んまいぞ。食うなら出すが」
鞄に手をやる。
まだ残ってたはずだ。
>いえ、食べられませんから遠慮しておきます。
>でも食べるという行為には少しあこがれるんですよね、美味しいってどんな感じなんですか?
興味津々といった感じだ。
なんかちょっと意外だな。
そして、やっぱり食えないのか。
「そうだな、幸せを感じる……かな? 美味しいものを、気心知れた人間と笑いながら取ると満たされた気分になる」
みんなと囲む食卓は、楽しい。
>……なるほど……。
>そう言われると、食事がとれないこの身が少し《《寂しく》》なりますね。
ポツリと漏らすアルスナル。
ずっと一人だったみたいだしなぁ。
「でも食べないといけないというのも煩わしく……────────」
ん?
なんか今、ちょっと引っかかったぞ?
何に引っかかったんだ……?
>ムッシュ?
>どうしました?
「すまん、ちょっと考える」
親指の爪を噛みながら、己の心を探る。
なんだ?
直感というか、そういうものが今確かに働いたぞ?
俺はこう言う気付きを看過しないようにしている。
視線を動かして災厄の魔女を見る。
相変わらず茫とした表情だ。
……いや、ちょっと待て。
《《あの表情は》》。
「再現している災厄の魔女の表情は、当時の物で間違いないな?」
アルスナルに確認を取る。
前提が間違っていたら、導き出される結果も間違ってしまう。
>??? そうですね、記録ではいつもあの表情だったようです。
よく分からないという感じで答えが返ってくる。
災厄の魔女……いや、アリスのあの表情を、俺は知っている。
あれは、《《寂しさを感じている時の顔だ》》。
不安を感じ、頼るべきものがないと思っている時の顔だ。
ジズの結界から外に出る時に俺に見せた、あの表情だ。
……今のアリスは再帰を使っていない。
使う機会はいくらでもあったはずだが、使う所を見たことがない。
災厄の魔女がアリスであるという事実が正しいならば。
……今はもう、《《使えない》》?
あの表情を浮かべた彼女に、俺がしたことはなんだ?
試してみるしかない。
立ち上がる。
焼き菓子のカスがパラパラと零れるが、無視だ。
>ムッシュ?
困惑する声が聞こえる。
これが正しいなら、アルスナル達は根本から間違っていたことになる。
ゆっくりと歩いて彼女に近づく。
災厄の魔女はなんの反応も示さない。
記録によれば、攻撃するつもりがなくても近づくと反撃が来るとあった。
気にせず近づく。
>ムッシュ、それ以上近づくと……。
なんだよ、心配してんのかよ。
かすかに笑う。
確固たる意志を持ち、彼女の前に立つ。
攻撃は無い。
あぁ、やっぱりだ。
>!?
>なんで、反撃が来ないんですか!?
慌てるアルスナルの声に軽く滑稽さを感じながら、言う。
「必要だったのは、敵意でも害意を持たない事でもなかったんだ」
両腕を広げる。
「必要だったのは、この子に対する《《純粋な好意》》だ」
柔らかく、抱きしめた。
好意だけが、彼女を止められる。
再帰は彼女を守る棘。
ヤマアラシが持っているような、身を守る為の棘。
優しく触れば、痛くない。
あぁ、やっぱりこの子はアリスだ。
作り物でしかない筈の表情が、ほんの少しほころんだ様に感じた。
敵に対して敵意ではなく好意を持つことが鍵なんて、分かる訳ないよな。
アルスナル達がどれだけ調べても分からない筈だ。
そして、災厄の魔女の模造体は静かに崩れた。