第101話 穏やかな冬の日々 19 教導者、覚悟を決める。
「災厄の、魔女……?」
どこかで聞いたことがあるな。
……あぁ、アリスが初対面で口にしたアレか。
となると、彼女の本当の名前は……。
いや、違う。
彼女は俺にアリスと名乗ったのだ。
だから、彼女はアリスだ。
>そうです。
>我々の侵攻計画は、彼女達によって中止に追い込まれたと言っても過言ではありません。
「……侵攻計画、ねえ?」
ものすごいキナ臭い言葉が出てきたぞ。
どんな勢力がどんな勢力と争っていたのか?
そういえばコイツ、最初に俺たちの敵とか言ってたな。
となると、魔王と敵対する勢力?
勇者達はそれに該当すると思うのだが、なんか少し違う気がする。
>ま、それはどうでも良いのです。
>生まれる前の話ですし、気にしないでください。
>ワタシ自身は、ムッシュ達に何かされたわけじゃないですしね。
微妙にはぐらかされた気がする。
だが、突っ込んでもこれ以上情報は出てこない気もするし、必要でもないだろう。
興味はあるけどな。
>ワタシは、彼女に打ち勝つ武器を作るために産まれました。
>長い演算の結果、ワタシの手持ちの方法では不可能という結論に達しました。
まぁ、元気にしてるからそうだろうな。
何をするでもなく、茫と立ち尽くす 災厄の魔女の模造体を見る。
服装はメイド服じゃなく、なんか変わったデザインの服だが間違いなく、俺のよく知っている相手だ。
「……そこまでなのか」
確かにアリスは強い。
いまだに底が見えない。
考えてみると、彼女のスキルさえ碌に見たことがない。
とことん謎な女だが、ようやくその一端を知れたということか。
彼女に対抗するというアルスナルが何者なのか分からないが、おそらくずっとずっと昔から存在しているはずだ。
そんなアルスナルが言うのだ。
災厄の魔女を倒す事は無理だ、と。
>ええ、だからワタシは外に答えを求める事にしたのです。
>答えを出せそうな相手を誘うよう、招待状をばらまいたのです。
>ワタシが求める答えが、きっとどこかにあると信じて。
その声には深い深い想いが籠っていた。
そして、僅かな諦観も。
>……誰も来ないのは予想外でしたが。
しょんぼりした声が聞こえる。
哀しいなあ……。
「人を呼びたいならもっと利便性が良いとこに建てろよ、ここ立ち入り禁止になってるぞ」
普通の人は入れません。
>なんですと!?
驚く声を上げるアルスナル。
知らなかったんか……。
「こういう謎の遺跡は、基本的に一般人は立ち入り禁止だ」
>……通りで泥棒みたいなやつらしか来ないと……。
>まぁ、ムッシュが来てくれたから、ヨシとしましょう。
>予定通り動いてくれないのはちょっとイラつきましたが、全てワタシの想像を超える結果を出してくれました。
イラついてるんじゃねぇか。
コホンと咳ばらいを一つして、アルスナルが続ける。
とことん人間臭いヤツだ。
見た目は人形なのにな。
>ムッシュ、ワタシに答えを。
>答えならずとも、ヒントになるものを見せてください。
>ワタシが産まれ持った命題に対する、希望を見せて欲しいのです。
その言葉には、切実な願いが込められていた。
《《願い》》、か。
俺にとってアリスは家族であり、魂の繋がった一心同体の存在だ。
彼女と敵対することなど、あり得ない。
あの時結んだ契約を反故にする気など、更々無い。
だが。
《《それでいいのか》》?
彼女のパートナーたる自分が、彼女と対等な存在でないままでいいのか?
いつまでも、その強さにおんぶに抱っこでいいのか?
否。
断じて、否である!!
俺は、越えねばならない。
アリス……災厄の魔女シャルロッテを、打倒できる存在にならねばならない。
そうでなければ、《《きっと彼女は安心できない》》。
俺は彼女の子供ではなく、パートナーなのだ。
目を閉じる。
暗闇が満ちる。
己の魂の器に紐づけられし魔力を手繰る。
遠く離れてはいるが、アリスとのつながりを感じる。
彼女の柔らかくて静かな銀の魔力を感じる。
きっと彼女はこうなる事が分かっていて、俺をここに誘った。
自分を識ってもらうために。
……回りくどいことをする。
自分の口で言え。
溜息を一つつき、意識を切り替える。
ならば、応えよう。
応えてみせよう。
彼女のパートナーたる価値を示そう。
「アルスナル、貴様の願い聞き届けた」
伸ばされた手を、掴む。
これは契約である。
己に課した縛りである。
ヴァイスという存在の宿痾である。
ついでに、貴様も救ってやる。
貴様を孤独と言う檻に縛り付けた、命題とやらを跡形もなく消し去ってやろう!
>…………お願いします。
俺の雰囲気が変わった事に気付いたのだろう、どことなく神妙な声で返事が返ってくる。
>では、説明します。
>先ほど言った通り、あれは災厄の魔女の模造体です。
>見た目は再現していますが思考能力などもありませんし、能動的に動くこともありません。
>言わば、ガワだけですね。
……人形か。
アルスナルがどういう存在か、少しずつ見えてきた気がする。
>ワタシの能力では、彼女の全てを再現することはできませんでした。
>しかし、《《とある能力》》に関しては本物に限りなく似せたつもりです。
>ワタシのデータにある限り、ですけど。
「とある、能力?」
聞き返す。
恐らくそれがこの話の肝だろう。
>災厄の魔女の持つスキル。
>ここまでくると神の権能に近い気がしますけどね。
>正式名称は分かりませんが、ワタシ達はこう呼んでいます。
>「再帰」と。
知らないスキルだ。
いや、コイツらが呼んでるだけだから当たり前か。
>理屈は不明ですが、攻撃が戻ってくるんですよ。
>故にカウンター攻撃の一種ではないかと推測されます。
「……カウンターか、例えば矢を放ったら矢が返ってくるのか?」
それくらいならそれほど攻略は難しくない気がするが。
達人にはそれくらいやる奴は普通にいるし、程度によるが俺にもできる。
>矢なら放った瞬間に、自分に刺さる感じですね……。
意味不明な返事が返ってくる。
「どういうことだってばよ……」
理解できない。
>ま、攻撃してみたら分かりますよ。
なんかちょっと引っかかるんだよな。
その程度で、侵攻計画とやらが終わるか?
とりあえず、軽く試してみる事にする。
「フッ!」
鉄針を、投げ…………───────────
ドンッ
気付くと俺は宙を飛んでいた。
視界がくるくると回転し、自分が吹き飛ばされていることに気付く。
!?!?!?!?!?!?!?!?!?
何が起きたのか分からず、混乱して思考が定まらない。
バキンバキン!!
懐に入れていた魔道具が砕ける音がする。
これは……!
「ぐゥっ」
そして、そのまま地面に叩きつけられた。
なんとか受け身が間に合い、衝撃を軽減する。
呆然としながら、立ち上がる。
懐に手を入れる。
……致死ダメージを受けた際に発動するスケープドールが、綺麗にバラバラになっていた。
……カウンターって言うレベルか、これ?
大部分のダメージはスケープドールで軽減できたが、それでも全身に痛みが走る。
……とりあえず、骨折とかは無いか。
全身のチェックを終え、一息つく。
>言い忘れていました。
>すべての攻撃に対して、《《必ず致死ダメージが返ってきます》》ので気を付けてくださいね。
ほんの少し喜悦を含んだ声が聞こえる。
悪戯が成功した子供のような無邪気さを感じる。
……虫の羽を捥いで楽しむような、邪悪な無邪気さだが。
>それでは、健闘をお祈りします。
くくく……。
……いいだろう、攻略し甲斐があるじゃねぇか。
最近はそれほど追い込まれることも無かったからな。
これが俺に課された試練というなら、乗り越えてやろうじゃねぇか。
砕けた奥歯を吐き捨てながら、俺は口をゆがめて笑った。