第100話 穏やかな冬の日々 18 教導者、先手を取る。
振り下ろされた大振りの一撃を誘い、魔術を使って地面から生やした棘でそのままその手を縫い留める。
慌てて引き抜こうとするサイクロプスの腕を駆け上がり、その大きな目を棍で突く!
スキル「儀形」「爆撃」
棍の先端から格闘家のスキルを発動する。
本来は身体から離れたところから発動できるスキルではないが、この棍は10年以上使い込んで自分の身体の一部のように馴染んでいる。
故に、拡大解釈させて発動を《《可能にした》》。
俺の現実改変能力による合わせ技だ。
こじつけが出来る場合は消費が、ほぼなくなる優れものだ。
身体を傷つけないように発動させるため、本来の爆撃は扱いが難しいスキルとして有名だ。
だが、これなら気にせずに発動させることが出来る!
指向性を持たせた爆発が引き起こされ、サイクロプスの後頭部から脳漿とともに衝撃波が吹き出す。
グラリとその巨体が崩れ落ちる。
巻き込まれぬように着地してから、スキルを放った棍を見る。
先端が焦げて炭になっており、もう武器としては使えない。
代償としては安い物だろう。
少し悲しかったが。
地面に伏したサイクロプスの死骸は、不思議なことにどろりと溶けて消え去った。
……後処理考えなくていいし素材の事も考えなくていいのなら、いくらでも方法があるな。
>35秒!
>très bien! 言う事なしです!
>ただ、データを取る暇がないと言うか……もうちょっと時間掛けられません?
称賛の声が聞こえる。
相変わらずどこから聞こえているのか分からない。
しかし、ふざけたことを言う。
「手早く倒せと言ったのはお前だろう? 俺はそれに従ったまでだ。 さぁ、次だ!」
イライラしながら吐き捨てる。
いかんいかん、少しは頭をクールにしなくては。
目的はあくまでもメイリアさんの救出だ。
棍を投げ捨てて鞄に手を突っ込み、手持ちの武器や道具を思い浮かべる。
次はなんだ、どんな敵だ?
>うーん、こういうスタイルかー。
>じゃあ、次は少し面倒くさいのを出しますよー。
そんな呑気な声を共に、大きな影が眼前に姿を現す。
>次は、ワイバーンです! 大型の亜竜!
>一人で戦う魔物ではありませんが、ムッシュならいけると判断しました。
>空を自由に飛ぶ魔物とどう戦いますか!?
喜悦を含んだ声が俺に届く。
楽しんでやがるな、くそったれな野郎だ。
GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!
目の前の地面にワイバーンが現れ、咆哮を上げてこっちを威嚇する!
これだけ巨体の魔物からの咆哮は、それだけで物理的な衝撃波となるのだ。
まぁ、そんな事は百も承知なんで、障壁を張り凌ぎつつ、鞄から球状の魔道具を取り出して投げつける。
使いどころは限られるが、この手の相手には効果的な道具だ。
勿体なくてなかなか使えないでいたが、ここは惜しむことなく使うべきだろう。
ワイバーンは「え、何?」みたいな顔でそれを目で追っている。
相手が予想外の動きをしたときに、其れを目で追うのは悪手だぞ、クソトカゲ。
放物線を描き、ワイバーンの上に到達した瞬間にコマンドワードを叫ぶ。
「展開! 刃の網!」
コマンドワードに反応し、光の網がワイバーンに絡みつく!
そう、今投げたのは古代魔法文明の遺跡から発掘された、遺失魔法「刃の網」が封じられた魔石だ。
ちなみに非常に貴重な品の為、お値段はこれ一個で屋敷が建つ。
その上、使い捨てである。
GAAAAAAAAAAAAA!?
慌てて纏わり付いた光の網を振り払おうとするワイバーン。
その瞬間、網が刃となりその強靭な皮膚を切り裂く!
強力ではあるが、値段相応の効果とは言えない。
まぁ、高価な品はそんなこと気にしてたら使えないからな……。
GAAAAAAAAAAAAAAAAA!?
悲痛な叫び声を上げるクソトカゲくん。
飛んだら厄介な奴を、飛ばすわけないだろ!
ヤツは突然、自分を襲った痛みに混乱しながら暴れまわる。
とてもじゃないが、これだけの巨体で暴れていると、近寄って攻撃などできそうもない。
さすがの俺も、大質量に巻き込まれたらどうなるか分からん。
じゃあどうするか。
そんなもん、回答は一つしかないだろ。
遠くからの攻撃だ。
血を吹き出しながら暴れるワイバーンに狙いを定め、鞄から取り出したジャベリンをスキルを乗せて投げつける!
ドス!
GAAAAAAAAAAAAAAAAA!?
上手く胸部に突き刺さるジャベリン。
うむ、以前の俺だと突き刺すほどの威力が出なかったからな。
やはりこの身体になってから、以前はやりたくてもできなかったやり方が可能になっている。
そう言う意味では、俺は完成されているのだろう。
だいぶんコンパクトにだが。
そしてもちろん、ワイバーンほどの魔物が槍が刺さって終わりなどにはならない。
いまだに混乱して暴れているが、冷静さを取り戻せば無理矢理にでも空中に飛び立とうとするだろう。
つまり、決めるなら今だ。
スキル「儀形」過負荷
「連鎖電撃」
突き刺さった槍へ目掛け、電撃を放つ!
GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!
臓器を直接、焼く。
内部から焼かれて平気な生物など、いない!
ビクン!と大きく痙攣し、ワイバーンが動きを止める。
やったか!?
ズン……。
巨体が轟音を立てて地に伏せ、数秒後に静かに消え去った。
無事に打倒できたようだ。
よし!
思わずガッツポーズを取る。
亜竜とは言え、単身での龍殺しに成功した!
クランで狩るような魔物の単身討伐は、物語の中でしかありえないと思っていた。
だが、俺はそれを成し遂げるようになれたのだ。
あぁ。
俺は、強くなった。
そして、まだ強くなれる。
それが嬉しかった。
>220秒ジャスト!
>いやあ、空を飛ばせないようにするのは予想外でしたね……。
>流石魔王といったところですか。
>でも、なんて言うか……思ってたのとちょっと違う戦い方だなーって……。
戸惑いを含んだ声が届く。
なんだよ、なんか文句あんのか。
「次だ!」
鞄に手を突っ込み、吼える。
>はいはい、分かりましたよ。
>なんかもう武器要らないんじゃないかなって気がしてきましたよ……。
んなわけないだろ。
最初から短期決戦を狙っていて、後先を考えない戦い方だからだ。
それに相手が分かっているという事は、弱点も分かっているという事だ。
そう言う相手には、俺は滅法強い自信がある。
>じゃあ、4戦目いきまーす。
>次はエルダーヴァンパイアです。
>多彩な魔術と、強大な不死性!
>ムッシュはどう立ち回りますか!?
アルスナルの言葉と共に影が現れ……────
────────きる前に、鞄から取り出した大量の銀貨を投げつける!
出てくるのがヴァンパイアって分かってるなら、対処は簡単だ。
アイツのやべー所は、人と見分けがつかない隠密性なわけだからな。
対ヴァンパイア装備なんて、冒険者なら準備してるに決まってるだろう!(個人の感想です)
聖水も混ぜて投げつけ、エルダーヴァンパイアとして成立した瞬間に近寄って、止めとばかりに白木の杭をブチ込む!
喰らえ! 対ヴァンパイアの飽和攻撃だ!
…………音もなく、サラサラと灰になるエルダーヴァンパイア。
なんかちょっと恨めしそうな顔で見てた気がするが、気にしない。
「ヨシ!」
指差し確認する。
>ノーカウントノーカウントっ…!ノーカン!!
アルスナルが叫ぶ。
>酷すぎます!
>出現して1秒経ってないですよ!?
>いや、対応としては間違ってないんですけど!
アルスナルが困惑を含んだ声で抗議してくる。
「はよ倒せって言ったのお前だろ。それにヴァンパイアって言ったのもお前だ。それなら弱点を突くのは当たり前だろ」
正論パンチで返してやる。
>ぐぬぬ……。
>……わかりました、いいでしょう。
アルスナルの声に交じる感情が切り替わる。
「怒った?」
>怒ってないですよ、ワタシを怒らせたのなら大したものです。
怒ってる。
絶対怒ってるよ。
……やりすぎたか?
少しは譲歩するべきだったか?
いや、まともにやるとどれくらい時間が掛かるか分からんしな。
俺の戦い方が上手くハマっただけで、本来はかなりの強敵だらけだ。
>5戦目、最終戦です。
>ただ最終戦は少しルールを変えさせてもらいます。
……ここは譲歩のしどころだろう。
「構わん」
短く、応える。
>いやまぁ、ムッシュには選択権がないんですけどね。
>最終戦のルールは、相手に一撃入れる事。
……ん? ルールが甘くなった?
あぁでも、滅茶苦茶嫌な予感がする。
うなじがピリピリとする。
かなり、ヤバイ雰囲気だ。
やや鈍感な俺でもわかる。
《《死》》が近づいている。
アルスナルが続ける。
>一撃いれるまで、死なない事。
>ルールは、これだけです。
ぞくり。
急に寒気を感じた。
なんだ?
気付くと、《《それ》》はいた。
《《銀の髪と紅い瞳を持つ女》》。
>我々でも打倒が叶わなかった、完全なる魔王が1柱。
俺は知っている。
この女を知っている。
纏う雰囲気は違うが、よく知っている顔だ。
>最終戦の相手は『災厄の魔女』シャルロッテです。
>模造体ですけどね。
祝100話。
長い話になったなぁ……。