第10話 聖騎士、戦場にて思う。
「クソがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
自慢の業物だったへし折れた剣を投げ捨てながら叫ぶ。
ぶん投げた剣がゴブリンの顔面に突き刺さるが、そのゴブリンを押しのけて次のゴブリンが押し寄せてくる。
『武器は切れ味より頑丈さで選ぶべきだ、折れる武器など戦場ではなんの役にも立たないからね』と、ヴァイス……先生の教えが脳裏によぎる。
先生、あんたは正しかったよ!ちくしょう!
先生が出て行って一か月が経った。
なんだかんだ人望はあった先生だが、離脱者はほとんど出ず安堵したのは秘密だ。
心配していたクランの運営も、仕事は増えたが問題なく回っている。
ただ、先生の受け持っていた案件の多さには驚かされた。
あれを一人で捌いていたのか……。
約一か月の訓練でクランメンバーの練度も高まり、装備などの資材も整い意気揚々と出陣した。
今までの経験上問題はないはずだ。
先生が居なくなった事で小言も言われなくなり、実に快適な一か月だった。
さっさとこうすべきだったか?
いや。このタイミングしかなかった。
先生の派閥が遠征に出ているこのタイミングだ。
奴らが帰ってきたら少し厄介だが、まぁなんとでもなるだろう。
先生曰く、水は低きに流れ、人は易きに流れる。らしいからな。
上手い事言ったもんだ。
まぁ、何を勘違いしたのかモニカの奴が抱けなくなったのはちょっとした誤算だったが、まぁ金さえ出せば女なんかいくらでも抱けるしな。
先生のことは嫌いじゃぁないし、世話になったのも間違いない。
だが俺はもっと上に行く、悪いが踏み台にさせてもらう。
立場は俺が上のはずだが、先生の方を評価する声は依然多い。
でも、それじゃ困るんだよ。
弱い奴が悪い、俺はスラムをさ迷い歩いていた時に学んだんだ。
後悔は、していない。
してはいけない。
遠征に当たって、領主も権勢を誇示するためにパレードまで開いてくれた。
まぁ、娘婿になる人間のお披露目も兼ねていたんだろうが。
勇壮な音楽に、民衆からの声援。
クランメンバー達も誇らしげだった。
それがまさか、こんなことになるなんてッ!
クソッ!クソッ!クソッ!
このままだと夢にまで見た貴族生活がご破算だッ!
苛立ち紛れに右手からきたゴブリンを殴り飛ばす。
「リック!武器をよこせッ!」
俺の付き人をやらせているリックに武器を渡すように命令する。
奴には武器を詰めた空間拡張鞄を持たせたから、いくらでもあるはずだ。
「リックのやつァ、さっき死にましたぜ!ゴブリンに頭殴られてなッ!」
隣で戦っているゴメスが叫ぶ。
「なんだとッ!?クソッ!クソッ!」
振り返ると確かにいない。
『ジーク、武器の予備を含めて最低限の荷物は必ず自分で持つんだ。普通の鞄ならともかく、空間拡張鞄なんて便利なもんがあるんだからね』
「ゴメスッ!予備の武器をかせッ!この際お前のこん棒で構わんッ!」
「やれやれ、わがままなお人だァ……」
ゴメスが溜息をつきながら腰の空間拡張鞄からこん棒を取り出し、こちらに放る。
受け取ると同時にスキルを発動する。
「食らいやがれェェェェ!」
聖騎士スキル「神の鉄槌!」
10m四方のゴブリンどもが肉塊と化す!
きたねぇ体液が撒き散らされ、近くのゴブリンが慄く。
『大きなスキルを使うときは必ず仲間にカバーに入ってもらうんだ、威力の高いスキルはだいたい隙も大きいものだからね。敵もそこを狙ってくるはずだ』
スキルを撃って一息つこうとした所、石が飛んできた。
「がッ!?」
運悪く頭に当たり、意識が飛びかける。
「ふざ・・・けるなああああああああああああああああ!!!」
奥歯に仕込んだ気付け薬をかみ砕き、意識をはっきりさせ体勢を立て直す。
クソッ!相変わらずひどい味だッ!
……この気付け薬も先生が教えてくれたんだったな……。
先生ならこの状態からなんとかできたりするのかねえ……。
ベトベトのゴブリンどもの体液を拭う。
ひどい匂いだ。
殺しても殺しても殺しても!
ゴブリンが湧いてくる!
数えてねぇがもう数百はやってるはずだぞッ!
誰だ、100か200だとか言ったやつはッ!
魔王が居るとされる森近くに陣を張り、休息を取っている時にいきなりゴブリンの小集団が襲い掛かってきた。
ちょっと殺せば逃げるだろと、付き人やら肉壁に使うつもりで連れてきた初心者冒険者に追い払うよう指示した。
しかし奴らちっとも逃げやしねえ。
逃げるどころか続々と森から出てくる始末だ。
設置した天幕も引き倒され、大混乱に陥った。
歴戦の戦士でも疲れている時に襲い掛かられると立て直しに時間がかかるものだ。
慌てて応戦し始め薙ぎ払ったが終わりが見えず、気付くと四方をゴブリンに囲まれていた。
魔王と言えどゴブリン風情と油断していた。
これは罠だ。
考えてみたら遠征してきて疲れているところを強襲するのは、先生から習った兵法の基本だ。
クソッ。
ただのゴブリンキングじゃねぇな、コレは!
あたりを見回すと、徐々にほかのクランメンバーと分断され始めていることに気付いた。
モニカをはじめ、何人か姿が見えない奴もいる。
まあ、簡単に死ぬ奴らじゃねえとは思うが、一応抱いた女だし心配だ。
……まだ、体力や魔力には余裕があるが……。
『ジーク、まだいけるは、もう危ない、だ』
……わかったよ先生。
「てめぇらッ!一旦引くぞッ!俺が血路を開くッ!各自バラバラに逃げろッ!集合はクランハウスだッ!死ぬなよッ!」
俺の叫びに承諾の声が上がる。
『切り札はね、敵を倒すためだけじゃなくて生きるために使うんだよ。だから誰にも知られていない切り札は何枚か常に持っておきなさい』
切り札を、切る!
クソッ!代償がきついからぜってぇ使いたくなかったのにッ!
でも死ぬよりましだッ!
勇者スキル「|主がお前を戒めてくださるように《神に似たるものは誰か》」
炎を纏った剣を持つ巨大な天使が戦場に顕現する。
白き鎧を纏う神々しくも恐ろしき、怒りの化身!
勇ましき堕天使の魔王から得た力だ!
そうだ、俺たちはあの魔王にすら打ち勝ったのだ!
たかだかゴブリンキングの魔王に負ける訳がない!
一旦引いて、立て直す!
ゴブリンどもが怯むのがわかる。
そうだッ!お前らは俺たちに怯えていればいいんだよッ!
「薙ぎ払えッ!」
キュボッ
天使の一撃でゴブリンがひしめいていた一角が完全に消し飛ぶ。
恐らく消炭すら残っていないだろう。
「今だッ!引けッ!」
「ウオオオオオオオオオオオオオ!」
代償が体を蝕み始めていることを感じながら俺は走り出した。
簡単な用語説明
・先生の教えシリーズ
子供にもわかりやすいように平易な言葉で綴られた心得100訓。
事あるごとに唱えさせられたからクランメンバーはみんな暗記してる。
覚えさせられたときは嫌だったが、生活でも冒険でも役に立つので実はみんな感謝している。
・勇者スキル「|主がお前を戒めてくださるように《神に似たるものは誰か》」
ジークの切り札。
なんかでっかい神々しい奴を呼び出して敵を薙ぎ払ってもらうスキル。
超火力。
もちろん代償が必要。どんな代償かはまた今度。