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憲兵神楽坂冴子の事件簿  作者: 葛城マサカズ
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「変わらない者達」中編

 広島東洋大学は昭和の中頃に創設された私立大学だ。


 「東洋の共栄に貢献できる人材を育成する」と言う理念を掲げたこの大学は日本の同盟国や友好国などからの留学生も多数受け入れていた。


 なのでこの大学は大陸系や南方系のアジア人が多く希に満州から来た白系ロシア人やドイツやイタリアから来た欧州人も居る。


 まさに多様な学生がこの大学に来ていると冴子は事務局へ向かうまでに実感する事になる。


 とはいえ交わされる言葉の基本は日本語だ。


 昭和の大東亜戦争でなんとか東アジアの覇権を残したまま戦争を終えた大日本帝国


 覇権が及ぶ地域を大東亜共栄圏と指定し、公用語を日本語と規定した。


 同盟国や友好国は自国では独自の言語を使いながら日本と接する外交などの公の場では日本語の使用が求められた。


 また日本社会もアジア各国の言語の通訳の必要性を認めつつも「日本に来たからには日本語を話してくれ」と言う態度を堂々と見せていた。


 東洋大学もはそうした背景から留学生への日本語教育には熱心であった。また学ぶ方も日本での就職または日本に関わる仕事を得ようと熱心だ。


 「オハヨウゴザイマス」


 そんな留学生に冴子は挨拶をされる。


 声の主を見るとショートの金髪の白人女性だ。


 「おはようございます」


 冴子は挨拶を終えて去ろうとすると白人の女は「チョット、イイデスカ?」と冴子との会話を求めた。


 「なんでしょう?」


 冴子は何の警戒心も無く会話に応じる。


 「勘違イシテイタラ、スミマセン。貴方ハ久シブリニ学校ニ来マシタカ?」


 「そうですよ。病気で長く休学していたので」


 「名前ヲ聞イテモイイデスカ?」


 「いいですよ。高野祐子です、よろしく」


 冴子は潜入捜査で使う偽名を名乗る。


 「私ハ、<ゾーヤ・カリモフ>デス。<ゾユーシュカ>ト呼ンデ下サイ」


 ゾーヤと名乗る女は愛称も一緒に紹介した。


 「ゾユーシュカ、貴方はロシアの生まれかな?」


 「ロシア人ダケド生マレタノハ、ロシアデハアリマセン。満州デス」


 冴子はゾーヤがどんな背景の人物か分かった。


 ロシア革命により帝政が倒されると帝政側のロシア人達は革命軍と戦うものの敗れてロシア国外へ逃れた。


 その逃れた先の一つが満州だった。


 白系ロシア人と呼ばれた彼らは満州で暮らし時には関東軍など日本軍に協力してソ連との戦いもしていた。


 21世紀になった現在も白系ロシア人の多くは満州で暮らす一方で日本本土や日本の勢力圏である太平洋に台湾や東南アジアへ移り住む人も居る。


 「貴方ハ何処ノ生マレデスカ?」


 「福山よ。ここから少し遠い街でね」


 冴子は高野祐子としての演技をしながらロシア人ゾーヤとの親交を深めた。


 (この子は協力者になってくれるかしら)


 話をしながらゾーヤをこの捜査での協力者にできないか見定めてもいた。




 ゾーヤと分かれてから冴子はようやく大学の事務局で手続きを終えた。


 時刻は正午を過ぎていた。


 昼食を採ろうと大学の食堂へ向かう。


 うどんを注文して座る場所を探している時だった。


 一団と言うべき人の集まりが食堂へ入って来た。


 一団の数は十人ほどだ。


 一団から三人の男子大学生が空いている席を見つけるやウェットティッシュとハンカチでで机と椅子を拭いた。


 どれだけ潔癖性なのかと冴子は呆れた。


 拭き作業が終わると「神崎様、どうぞ」と促す。


 促されて出て一団の中から出て来たのは一人の女子大生だった。


 髪は整えられたボブカットでアイシャドウや赤い口紅は濃い。


 「ご苦労同志」


 女子大生は拭き仕事を終えた男子を労う。


 労うと椅子に座るが周囲の男子は座らず立ったままだ。まるで運動部の応援団のようだ。


 (どれもひ弱そうだ)


 やっている事は体育会系なのだがどの男子大学生も筋肉があるようには見えない。


 細い体型だから精悍と言う訳でもなく、体格が大きいと言ってもデブと言う男ばかりしかいない。


 とはいえ目は何かに陶酔している怪しさが宿っていた。


 それは他の学生も分かっているようでその一団を遠巻きにしている。


 「あれですよ。あれ」


 いつの間にか冴子の隣に校門で最初に会った軟派男が牛丼を載せたトレイを持って立っていた。


 冴子は僅かに顔を横に向けて軟派男を一瞥した。


 「あれが神崎結衣です」


 軟派男が監視対象の名前を口にして冴子は内心で驚いた。


 「俺は同業者ですよ」


 小声で軟派男は言った。


 冴子は無言で頷くと軟派男と共に食堂の隅にある、空いている席へ座った。


 「ここでは連中に近過ぎる。早く食べて場所を変えよう」


 軟派男がそう言うので五分で昼食を済ませると二人は食堂から出て中庭に出る。


 「貴方は特高なの?」


 周囲に他人が居ないのを確認してから冴子は切り出す。


 「そうです。アルバイトみたいなもんだけど、君は?」


 「憲兵隊よ」


 「憲兵さんが来たか」 


 軟派男は最初会った軽さは無く落ち着いた雰囲気で話している。


 「俺は警察の厄介になった所を特高に拾われた大塚稔です。よろしく」


 軟派男もとい大塚は自己紹介をしながら冴子へ握手を求めた。


 「貴方が特高だと言う証拠は?」


 冴子は差し出された手を無視して尋ねる。


 「さすが、連中のスパイとちゃんと疑っている。俺は特高のオヤジから合い言葉で正体を明かせと言われたんだ。合い言葉は<鯉のぼり>これでどう?」


 大塚は少し心配そうに冴子に尋ねる。


 「確認できた。私は中国憲兵隊の神楽坂冴子大尉、よろしく」


 冴子は合い言葉で確認できて握手を返せた。


 「大塚さんは現役の大学生?」


 冴子は大塚の正体をもう少し探る。


 「そう二年生だ。二ヶ月前に流川で警官と喧嘩して捕まった。その時に特高に協力するなら無かった事にすると言われてこうなった」


 「なるほど」


 冴子は大塚が協力者である事を納得した。


 「じゃあ神崎結衣について教えてくれる?」


 


 神崎結衣


 広島東洋大学の二年生である彼女が大学構内でも変わり者として有名人になったのは半年前からだ。


 神崎がサークル「文化革新研究会」の会長になると雰囲気は変わった。


 あたかも会長である神崎を崇拝するようになったのだ。


 神崎が歩く時はサークルの男子達がSPのごとく囲みトイレと更衣室以外はどこでも供をした。


 そして座る場所の確保と掃除に食べ物や飲み物・本や化粧品など神崎が求める物を買いに出るのも彼らは率先して行った。


 神崎はいわゆるサークルの姫と言われた存在だった。


 それ自体は他の大学にも居て平正の日本では珍しくない。


 「それだけじゃ特高が監視する理由が分からないわ」


 「それがね神崎がヤバいのは変な事を言うからなんですよ」


 「変な事?」


 「俺だとよく分からないからコレ見て」


 大塚は携帯電話を取り出す。


 平正の大日本帝国も米英独と同様に携帯電話は普及している。平正では米英ではスマートフォンと呼ばれる薄型の携帯電話と同じ物が普及し主流となっている。


 大塚もそうした時流に乗り薄型の携帯電話を持っていた。


 その携帯電話のカメラで撮影した動画を大塚は冴子に見せる。


 そこには大学校舎内の階段に立ちサークルの男子達を前に演説する神崎の姿があった。


 「資本主義は腐っている!労働者を搾取する事しか考えていない!」


 神崎がこう言うとサークルの男子達は「そーだ!そーだ!」と合いの手のように声を上げる。


 「我々には革命が必要である!革命に命を燃やすのだ!」


 「おおお!」


 まるで政治集会のような事を神崎達は大学構内でしていたのだ。


 「こんな事をしていたら、そりゃ特高に睨まれるわね」


 冴子はようやく自分が何者と対峙しているかを知って呆れた。


 「でも大学内に賛同者は神崎一派以外は居ないようね」


 大学の食堂に現れた神崎と男子達を見る周囲の視線を冴子は思い出す。


 「その通り。変人扱いだよ」


 「けどね。過激派って言うのは仲間が少なくても危険になるわ」


 「それ、特高のオヤジも言ってた」


 特異な思想を持つ集団は同志となる仲間が少なくても逆に自分達と他者は交われないと自覚して先鋭化に向かう傾向がある。


 「変人でも危険かどうか見極めるのが私と貴方の仕事よ」


 「了解であります」


 大塚はおどけたように言った。

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