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憲兵神楽坂冴子の事件簿  作者: 葛城マサカズ
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「姉妹」前編

 フィーネとレーナが出会ったのは深夜の港だった。


 そこは鉄のコンテナが高い壁のように囲まれた薄暗い場所でフィーネとレーナは大人達と共にそこに居た。


 「次の移動の手配ができるまでこの街に居て貰う。隠れ家でしばらくはお前さん達は一緒に暮らしてくれ」


 キツネ顔みたいな細目でスーツ姿の男が言うとフィーネとレーナを連れて来た大人であるクリストフとユリヤは分かったとそれぞれの言葉と頷きで示した。


 スーツの男はその返事に少し困りながら「ほじゃ行こうか」と車へ乗るよう指示する。


 フィーネとレーナにクリストフとユリヤは日本では小型貨物車と称し日本の同盟国ではハイエースの商品名で販売されている自動車に乗り込む。


 運転席と助手席にスーツ姿の男達が乗り後部にフィーネら4人が乗り込む。


 皆が乗り、発進する。


 少し気持ちが落ち着いたところでフィーネはレーナに話しかける。


 「私はフィーネ。あなたは?」


 するとレーナは「ドイツ語?何と言ったの?」とロシア語で少し困った様子で言った。


 レーナはようやく同い年の少女と話せると思ったが違う言語に戸惑う。


 だがフィーネは相手がロシア人だと分かっても困る様子はない。


 「ロシア語で話すね。私はフィーネ、あたなは?」


 フィーネはロシア語に変えて話す。レーナは話せる言葉で話しかけたフィーネに「私はレーナよ。ロシア語上手いね」と笑みを出しながら答えた。


 「お嬢ちゃん達、ちと静かにしてや」


 助手席からスーツ姿の男が低い声で注意する。


 クリストフとユリヤは慌ててフィーネとレーナへ静かにするように注意する。


 車は港の正門にある警備の詰め所の前を通過していた。


 「これで一安心じゃ、ようこそ広島へ」


 スーツの男はそう言うとクリストフとレーナが一息ついたのがフィーネとレーナにも分かった。


 「ヒロシマ?」


 フィーネとレーナは顔を見合わせ問い合う。


 フィーネもレーナも広島がどの国の何処にある街なのかは知らなかった。





憲兵大尉の神楽坂冴子は輸送機で広島に降り立った。


 広島市西区吉島にあるこの飛行場は軍民共同の広島空港でもあり空軍広島飛行場(陸軍吉島飛行場より改名)とも呼ばれる場所だ。


 広島湾へ三〇〇m突き出した二五〇〇mの滑走路が一本しか無いが広島県にある唯一の空港として活用されている。


 冴子は同行している三宅軍曹と共に空軍の施設を通り正面玄関へ出る。


 「神楽坂大尉ですね?お迎えに来ました!」


 冴子を呼び止めたのは憲兵の腕章を付けた初々しい少尉だった。


 「出迎えご苦労」


 冴子が敬礼して労うと少尉は乗って来た七三式小型乗用車へ案内する。


 軍用らしい角張った車体にカーキ色の車は冴子と三宅に少尉が乗るとゆっくりと走り出す。


 「変わっとらんね広島の街も」


 七三式が紙屋町に入り冴子は百貨店「そごう」のビルを見上げながら言った。


 「大尉は広島の出身ですか?」


 少尉は冴子の広島弁を聞いて運転しながら尋ねる。


 「ほうよ。比治山の近くに実家がある」


 「では今回は里帰りみたいですね」


 「仕事じゃあなけりゃ一番良かったんじゃけどね。ところで少尉の出身はどこ?」


 「私も広島です。実家は横川にあります」


 「でも少尉はえらい標準語じゃね」


 「陸軍に入隊してから標準語を叩き込まれまして」


 「ほうね」


 会話をしている内に七三式は広島市中区にある中国管区広島憲兵隊本部に到着した。


 ここは広島県内の憲兵隊を指揮すると共に中国地方各地の憲兵隊を指揮下に置く本部だ。


 「中央憲兵司令部から極秘の任務だと聞いている。またできる限りの支援もせよと命じられている」


 広島憲兵隊司令官である世良義範大佐は憲兵隊の総司令部である中央憲兵司令部からの受けた命令を冴子へ言う。


 「任務の重要性は分かるが何をするか少しは教えてくれないか?私の部下を貴官へ預ける場合もあるからな」


 世良は自分の縄張りで余所者が何をするのかを知りたかった。


 だが同じ憲兵である。時には諜報戦や謀略戦にも投入されるのは経験もしていて知っている。


 冴子は何も語るまいと世良は半ば諦めてはいたが任務について尋ねていた。


 「詳しくは言えませんが人探しです」


 冴子はそれだけ答えた。


 「そうか」


 世良は納得した。


 「神楽坂大尉、広島に居る間はあそこの末松少尉を使ってくれ」


 世良が指したのは冴子と三宅を迎えに来た少尉だった。


 「お目付役ですか?」


 冴子は冗談ぽく言う。


 「案内役だよ。地元でも最近の広島は不案内だろう?」


 世良は世話を焼いていると言う風な態度で言った。


 だが実際は冴子の言うとおり末松はお目付役であった。


 「東京から来る連中が何をするか分からんが、県警と揉めるかもしれん。少尉は同行して問題が起きた場合に対処してくれ」


 冴子が来る前に末松は世良からこう言われた。 


 お目付役でありトラブル対処の役目を末松は与えられていた。


 「ご配慮感謝します」


 冴子はそんな裏事情はあるだろうと察した上で素直な態度で末松少尉を与えられた事を世良に感謝した。


 




「この少女を保護するんだ」


 東京の中央憲兵本部で冴子はフィーネの写真を見せられた。


 見せたのは冴子の上官である大原大佐だ。


 「憲兵が迷子の相手ですか?」


 冴子は写真を見て感想を述べた。


 「迷子かもしれないね。何せドイツからはるばる来ている」


 大原は韜晦するようなのんびりした物言いをする。


 「この子はユダヤ人ですか?」


 冴子はドイツから逃げると言えば弾圧を受けているユダヤ人かと思った。


 「違うな。信じられん話だが、このお嬢ちゃんは米英で言うクローン技術で作られた人間らしい」


 「ドイツは人種改良を実現する為に人体実験を繰り返していると聞きます。人間を作れたとしても不思議では無いですね」


 冴子は同盟国でも僅かにしか知れないドイツの暗い内幕からフィーネがクローン人間である事を否定しなかった。


 ナチスドイツは独特の優生学からアーリア人が優れた民族だと定義していた。より優れたアリーア人を増やすべく知能または運動能力が高いアーリア人の男女で能力の高いアーリア人の子供を生む「命の泉」と称する計画があった。


 また同時に劣等人種とレッテルを貼られた人種に対する排斥や絶滅を目指したおぞましい計画もナチスドイツは実行している。


 「ドイツの科学力はどの分野でも我が国を上回る。学者さんは日本に来ているらしいこのお嬢ちゃんを貴重な情報源として欲しいそうだ」


 写真だけみるとまだ幼さが顔に見えるものの賢そうな少女だ。そんな子を技術の情報源に獲得したいと言う話にさすがの冴子もおぞましさを感じた。


 「憲兵に頼む学者さんは身内の技研ですか?」


 「そうだ。小田原にある第十一技術研究所からだよ」


 「医療研究機関ですか。よくこの子の情報を知っていたものですね」


 「あの機関はいつも被験者になる人間を探してる。やたらと耳聡い連中でもあるよ」


 第十一陸軍技術研究所は別名を小田原研究所と言う。


 戦国大名北条氏の本拠地であった小田原城の城下町である小田原市にあるこの研究所は医療技術・身体機能を研究していると公表されている。


 文字通りに戦場での医療の研究や戦傷による身体の欠損を義足やリハビリにより身体機能を回復する研究をしている。


 だが一方で薬物による戦意高揚や高い集中力の維持に捕虜などの自白や転向をいかに行うかと言う後ろ暗い研究もしている。


 「どうやら広島にこのお嬢ちゃんは来ているらしい。君の地元だから土地勘がるだろう。輸送機を手配してあるから明日の早朝に広島へ行ってくれ」


 大原の突然の命令に辟易しながらも「了解しました」と冴子は答えた。

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