片脚の人形
「――あっ」
手から人形が滑り落ち、床に衝突する。その衝撃で、人形の左脚が取れてしまった。
幼い頃に買ってもらって大切にしていたその人形は、真っ赤なドレスを広げて、青い瞳を淋しげに上向かせている。
私は彼女を拾い上げて脚を直そうと試みたが、素人の手では難しいようだ。
「ごめんね。今度、修理に出すから」
私は人形の頭を撫で、元あった棚の上に左脚と一緒に座らせた。
それから、一ヵ月。
人形を修理に出さなければと思いつつも、忙しくなった日常に捲かれて、中々行動に移せずにいた。
そんなある日、ふと棚の方を見ると、そこに座っていたはずの人形がなくなっていた。左脚だけはそこに残して、人形の姿だけが忽然と消えていたのだ。
一人暮らしのこの部屋で、物が勝手に移動するはずもない。不思議に思って捜してみると、人形は棚の裏側に横向きになって落ちていた。
何かの拍子に裏に落ちたのだろうと、私は人形を元の位置に戻した。
その日からだ。人形が毎日姿を消すようになったのは。
部屋の中を捜してみると、ある日はベッドの布団の中、またある日はクローゼットの服の裏など、毎日違うところに人形が落ちていた。
最初こそ不思議だったが、こう毎日続くと慣れてしまい、忙しさもあって、あまり気にならなくなった。狭い部屋の中で捜すのは簡単だったし、半ば日課のようにもなっていた。
そして、ある日の夜中。物音がして、私は目を覚ました。
何かを漁るようなゴソゴソという音に、私は泥棒かと思って身を硬くした。音を立てぬよう、ゆっくりと首を動かして、音のする方を見た。
それは実家から持ってきた勉強机で、その一番下の抽斗が開いているのが見えた。人の影はなく、何かヒラヒラとしたものが抽斗の縁にぶら下がって動いている。
見覚えのあるそれに息を呑んで見つめていると、不意に音が止んで、それが床の上に下りた。
片脚で器用に立つそれが手にしているのは、抽斗の中にあった細長いカッターナイフ。
カチカチと音を鳴らしながら、それが振り返った。
『みぃつけた。――貴女の左脚を、わたしに頂戴?』
月光に照らされた人形の青い瞳が、不気味なほど晴れやかに笑っていた。
あらすじでも書きましたが、これは先日放送の「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」の企画「夏のホラースペシャル2021」にて読んで頂いたものです。
自分の作品を下野さんに読んで頂いて、嬉しい限りです! この場を借りて感謝を述べたいと思います! ありがとうございました!!