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リリアは婚約者から逃げ出した

作者: 篠宮かおる

「リリア!」


街を歩いていたら後ろから強く誰かから抱きしめられた。その声に聞き覚えはあるものの、半ば信じられずにいた。だって、こんな所に居るはずがないのだから。


「触らないでください!」


振り向きざまに、相手の頬を叩く。乾いた音が辺りに響き、私たちは注目の的になっていた。


「いきなりなんですか!誰かと勘違いをされているのかもしれませんが、迷惑です!」


「リ、リア?僕だ、よ?間違えてなんかないよ?ずっとリリアを…」


「ナーシェ、大丈夫?知り合い?」


「知らない人。誰かと勘違いされてるみたい。いいですか、私はナーシェ。リリアではありませんし、無関係です。行きましょ、サラ。」


「そう、か。記憶を無くしてしまったんだね。可哀想にリリア。でも大丈夫、記憶なんかなくても君がいさえすればまた新しく始められる。」


「きゃー!」


宙に浮く感じがしたと思ったら、いつの間にか彼に抱き抱えられていた。


「ナ、ナーシェ!?」


「サ、サラ助けて!」


サラは驚いた顔をしているが、私だって驚いているのだ。まさか、人さらいみたいなことを彼がするなんて。


リリア=チルターは伯爵家の次女で、今から3年前、賊に襲われ死んだ、という設定だった。死体は上がってきてないが、リリアが着ていたドレスの切れ端が、川の傍の木に引っかかっており、川に流され死んだとされていた。その日は大雨だったのだ。川の色は茶色く濁り、水量も増えていた。発見されたドレスの切れ端には血液もついており、リリアのものではないかと噂された。例え死体は見つかってなくても、生きていられる状況ではないはずだったのだ。だからリリアの葬儀も3年前に行われていたと新聞か何かでみて、落ち着いた頃合を見計らって、隣国の隣国にと渡ってきたのに。


「降ろしてください!こんなの誘拐ですよ!

「誘拐ではないですよ。僕は婚約者を迎えにきただけなんですから。」


「婚約者って、私と貴方は初対面で、なんの関わりも」


「貴方が忘れているだけですよ。可哀想なリリア。でももう大丈夫、これからはずっと一緒ですし、2度と離さないと誓います。」


「こ、こわいんですけど。」


面識がある私でもそう思うのだ。面識がない男に、いきなりお姫様抱っこされながら連れ去られて、こんな言葉言われたら普通は泣き叫ぶに違いない。いや、顔だけはイケメンだから赤面するのだろうか。


「大丈夫、すぐ慣れますから。」


「本当に離してください!」


「離したらリリアはまた居なくなってしまいそうで、こわいんです。」


「だからリリアじゃないって言ってるでしょ!」


「記憶をなくしているだけなんですよ。貴方はリリアだ。この僕が間違えるはずがない。」


リリアは昔からこの目の前の男が苦手だった。彼が妾の子だからじゃない。リリアの命令ならきっと彼は腕さえも自ら切り落としてしまうだろう。そういうリリアに対する病的なほどの忠誠心が恐いのだ。


リリアが虐められていたら、虐めていたやつに制裁を与えていたのだが、(もちろんリリアに内緒で)令嬢に剣をつきつけ、顔に傷を負わせてしまった。周りはドン引き、令嬢は号泣。本当に子供同士の喧嘩の域を超えている。それもだが、彼の罰も酷かった。1週間牢屋に閉じ込められ、食事は3日に1回、鞭打ちも毎日100回されていたようで、話に聞くだけで、こちらが倒れそうになるほど。


だから、そんな彼だからこそ逃げたのだ。

賊に襲われたのは本当だ。領地に戻ろうとする最中、いきなりの豪雨に、敵襲にあい、1人の護衛を残して全員死んでしまった。


「お嬢様、大丈夫でしょうか!」


「賊は?」


「全員始末しました。ただ車輪がぬかるみにとられ、この馬車で帰れそうにありません…1人では到底動かせそうにも。」


「…私のせいで、ごめんなさい。」


馬車の周りには賊と護衛の者が散らばって倒れている。雨の匂いで薄れてはいるけれど血の匂いもするのだ。


「お嬢様のせいではありません!」


「ねえ、ワウルラ。私、このままここを離れようと思うの。」


「どーいうことですか?」


「あの人に新たな縁談がきていることは知ってるでしょ?彼は反対しているけれど、そんなこと陛下が許すわけが無いし、彼がまた酷い目にあってしまう気がするの。だから、これも何かの縁ってことで、リリア=チルターとしての私はここで終わらせたいなって。反対する?」


「そんなことしたら、もう御家族にも会えなくなるんですよ。きちんと理解していますか!?」


「えぇ。承知の上よ。私にはね、責任があるの。彼に関わってしまった責任が。あの日彼に声なんてかけなければ、私に執着することもなかったし、痛い目にあうこともなかった。それに、陛下が私を殺そうとすることも、私を守って死ぬ人もいなかった。きっとこの選択が1番正しいのよ。」


「……お嬢様が、いなくなった後の殿下のことは考えていらっしゃいますか。」


「えぇ。でも結局は時間が解決してくれることもあるの。どうせ結婚なんてできないのだから、後腐れがない方がいいでしょ?新たな婚約者と幸せに暮らすのでもいいし、例え婚約者と上手くいかなくっても痛い思いはせず長生きは出来るわ。」


「心が死んでしまっては、長生きなんて。」


「じゃあどうすればいいのよ。きっと彼は私との婚約を破談になんてしないわ。そのせいで、陛下の不興を買って彼が殺されたりなんてしたら…私は。」


「…分かりました。お嬢様の言う通りにしましょう。時間が解決してくれることもありますから。殿下が幸せになることを望みます。」


ワウルラは私の思いを汲んでくれて、偽装工作及び逃亡を手伝ってくれた。



という経緯で私はナーシェとして新しい人生を送っていたのだ。



「ナーシェ!」


「お、お兄様!」


少し離れた背後からお兄様、ワウルラが私を呼ぶ声が聞こえる。


「お願いです!止まってください!」


そうお願いして、ようやく彼は足を止めてくれた。お姫様抱っこはそのままだったが。


「お兄様、助けてください!私、知らない人に連れて…」


「ご苦労だったな。ワウルラ、今までよくぞリリアを守ってくれた。」


「へ?」


「有り難きお言葉。」


「ど、どういうことですか、お兄様。」


「詳しいことはまた後で。馬車を呼んできます。」


(ワウルラ、裏切ったわね!)



ワウルラが呼んできた馬車にのり、私達は彼が滞在している宿についた。


「お、に、い、さ、ま?きちんと説明してくれますよね?」


ワウルラは順に説明、し始めたのだが。彼の新たな婚約者についてはどうなったのだろうか。


「リリア、まだ信じられないかもしれないけれど、これは事実なんだ。」


「本当の話だとして、3年も経てば新たな婚約者くらい立てられたのでは?貴族の結婚は政治なんでしょ?」


「確かに婚約話はでたけど、もちろん断ったさ。僕の妻はリリアしかありえないし。」


「…リリアは、死んだって。」


「誰もリリアの死を確認できていないのなら、死んだことにならないだろ?事実、君はこうして生きてるんだから、僕は間違ってなかったでしょ?」


「そんなことをして!そんなことをして、御家族は、大丈夫だったのでしょうか。」


小さい時でさえ、虐待と言えるほどの扱いを受けたのだ。あの陛下が、反抗する妾の子を放っておくわけが…


「殿下は、約半年日も当たらぬ暗い暗い牢に手足を鎖に繋がれ、意志をなくすような、人を壊す薬を盛られていました。」


「ま、まぁ…」


酷い。自分の子供にする行為ではない。暗い所に何日も閉じ込められるだけで発狂しそうになるというのに、加えて自分の言いなりになる人形にしようだなんて。


「ワウルラ、余計なことは言わなくていい。」


「ですが…」


「なんで、なんで、そんな目にあってまでリリアのことを。」


「ふふ、僕のために泣いてくれるのは、やっぱり君だけだよ。」


「なんで笑ってられるんですか!」


「例えね、暗い所に閉じ込められても、僕にはいつも光が見えてたから。君がいたから僕は今まで狂わずにいられたんだ。僕には君が必要なんだよ。一緒に帰ろう?君のための場所も用意してあるから。」



やっぱり、あの時声をかけるんじゃなかった。


『貴方、弱虫ね。男の子なんだから泣くんじゃないの。』


『ふぇふぇ。』


『仕方ないわね。ほら話聞いてあげるから何故泣いてるのか説明しなさい。』


リリアは1度婚約者から逃げ出した。けれど彼はリリアを諦めなかった。なら仕方ない。こんな彼を放っておいて、もう1度にげるなんてことリリアにはできない。彼女には責任があるのだ。あの日彼に声をかけてしまったことへの。ならもう逃げるのはやめだ。あと私にできることと言えば…





「お母様~」


「こら、リド。また授業サボったんだって。」


「だってー。」


「だってじゃありません。次サボったら今度のお出かけはリド抜きにしようかしら。」


「えぇ!そんなー!」


「そうよ、リド。お勉強はしっかりしないと!」


「おねぇ様まで。」


「まぁまぁそう、リドを責めないであげて。」


「お父様!」


「そうやって貴方が甘やかすからリドがお勉強サボるんでしょ!全く。シオラ、リドにお勉強教えてあげて。」


「はーい。ほら行くわよ。」


「うわぁーん。」


「もう、男の子がそんな簡単に泣くもんじゃありません。ほら、さっさと来なさい!」




「はぁー。本当、リドは貴方似ね。困ったものだわ。」


「ふふ、そういうシオラはリリアにそっくりだ。」


「で、貴方は仕事終わったの?」


「あぁー、うん。」


「先程貴方を探し回るファリスに出会ったのだけれど。」


「あー、あはは。休憩だよ。少し休憩。お茶でもしようよ。」


「全く、もう。少ししたら戻りなさいね。」


「はーい。なんだか、今も夢をみているようだよ。こうして君と、子供達に囲まれているのは夢で、本当の僕は鎖で繋がれた牢屋にいるんじゃないかって。」


パシン。


「い、たい。」


「でしょ?これは夢じゃなくて現実よ。でも残念だったわね。夢だったらこんな仕事に追われなくて済んだのに。」


「ううん、今この瞬間が夢じゃないのなら、仕事に追われるくらい、どうってこと。やっぱり君は僕の光だね。いつも僕を明るい所に連れていってくれる。ありがとう、リリア。大好きだよ。」


「ふ。ふん。」


「陛下!ここにいらしたのですね!」


「ファリス、ノックくらいしなさい。」


「すいません、王妃様。しかしノックしたら、陛下が逃げてしまいそうで。」


「そんなリスじゃあるまいし。」


いや彼なら有り得るかも。


「さぁお迎えがきたわよ。」


「まだ10分も経ってないのに。」


「ファリス、次のお出かけ彼は不参加だって子供達に伝えてお、。」


「ファリス、戻ろうか。じゃあまた後でね。」


「頑張って来なさい。ふぅー。全く甘えん坊な所はリドにそっくり。さぁ、私の仕事も終わらせないとね。」


リリアはひと息ついて立ち上がった。






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