「真実の愛」を見つけたから婚約破棄したいと王子にいわれたので、鑑定してもらうことにしてみた結果。衝撃の鑑定価格は、CMのあとでオープン・ザ・プライス!
真実の愛って、マジでなんなんでしょうね…?
考え込んだ結果コノザマですよ。
「アルク・フラレッタ=ヤーク公爵令嬢、貴女との婚約、破棄させていただきたい!」
第一王子ホレッペーが婚約者アルクへそう告げたのは、自身の18歳の誕生日にして立太子の儀のパーティの最中であった。
慶事の祝いに突如水を差した王子の言動に、居並ぶ名士淑女たちがどよめくことも忘れて黙り込む中、ヤーク公爵令嬢は落ち着き払った声で応じる。
「婚約破棄、ですか。わたくしに、なにか不調法がございましたでしょうか、殿下?」
「いや、きみに落ち度はないんだ。しかし……私は真実の愛を見つけてしまった!」
そういうホレッペー王子の斜め後ろで、ピンクブロンドの髪をした少女が王子の裳裾を握っていた。くりくりとした緑の眼は魅力的であり、見ようによっては常に掠め盗るものを探している猫のようでもある。
ピンク髪の少女は、王子のとなりに進み出て場内の人々へ声を張った。
「わたしは、第一王子ではなく、人としてのホレッペーさまを愛しています。地位や立場に縛られているホレッペーさまは、お可哀そう。解放してさしあげるべきですわ」
どうやら余興や冗談ではないらしいと、会衆たちがざわめきはじめた、ところで――
チンドン囃子とともに、大広間の袖から、自走の魔法がかかったステージが滑り出てきた。
ステージ上には、燕尾服に蝶ネクタイをした男がひとり。さらに、講卓のようなものを前に座する、ドレス姿がふたり。
「……な、なんだこれは?」
「出張! 真実の愛鑑定団です」
ホレッペー王子の下問に答えたのは、燕尾服を着た男であった。いかにも司会進行役といった感じの、実直さ3割のひょうきんさ6割に、毅然さ1割の雰囲気である。
「真実の愛を鑑定するだと?」
「左様にございます。われわれは――」
司会進行のセリフとともに、座っているふたりが三角柱の役職標を卓上に音高く据えた。『公認真実の愛鑑定士』の文字が、愛の女神の聖章とともにひときわ輝き、人々の目を奪う。
「あたしたちは、愛の女神フィリアの使徒」
「僭越ながら、ホレッペー殿下の『真実の愛』鑑定させていただきます」
こいつら教会関係者か、と、人々は闖入者たちの妙な態度の大きさの理由を悟った。最高神マグナトに次ぐ第一階梯のひと柱である、愛の女神フィリア、その使徒とあらば、王族といえど無碍にはできない。
「……な、なんなのよ、これ」
といったピンク髪の少女へ、鑑定士のかたわれ、細身のほうが目を向けた。
「そちらの、シリーガル男爵家のご令嬢が、殿下の『真実の愛』のお相手、ということでいいのかしら?」
「……そうだ。彼女、ビッチーナは、私が目を向けてこなかった世界の真実について教えてくれた」
ホレッペー王子が答えると、鑑定士のもうひとり、丸々としたデラックス級のほうがさらに問う。
「ホレッペー殿下、『真実の愛』と口にするからには、たとえ王位継承権を剥奪され、臣籍に落ちようとも添い遂げる覚悟があるということよね?」
「それはどういう意味だ? ビッチーナは王妃にふさわしくないとでもいいたいのか。教会関係者といえど無礼は許さんぞ」
腰の剣に手をやりながらのホレッペーの言に、一部参列者が顔を青くして王子のもとへ駆け寄りかけたが、デラックス鑑定士はピンク髪へと質問先を移した。
「ビッチーナ嬢、あなたはホレッペー殿下の身分がどうなろうと、『真実の愛』を貫ける?」
「わたしは……ホレッペーさまを信じます。わたしとの愛だけが真実だといってくれたこと、わたしを王妃にしてくれるとおっしゃったことを」
大きな緑の眼を揺らめかせながらシリーガル男爵令嬢が言葉を絞り出すと、デラックス鑑定士は口元に笑みを浮かべた。
「なるほど」
鑑定士のうなずきを受けて、司会進行が声を高めた。
「それでは、鑑定結果が出たようです。いってみましょう――オープン・ザ・プライス!」
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……
ビッチーナの頭上に数字が浮かび、その桁を増していく。
じゅうまん、ひゃくまん、せんまん……
「8600万セステルティウス!」
ファンファーレとともに司会進行が鑑定結果を読み上げたが、金額としては莫大ながら、『真実の愛』としてすごいのかすごくないのかわからないので、会場はぽかーんとした沈黙に包まれたままだった。
「真実の愛を金に換算するとは、どういうことだ?!」
案外、まともなことをいったのはホレッペー王子である。
それには、細いほうの鑑定士が応じた。
「8600万セステルティウス、これは、『永遠のプリンセス』の異名を持ち、王国民から生涯愛された、ジュリアナ大后がもたらしたとされる経済効果の総額に等しいものね。彼女が身につけていたのと同じデザインのドレスや帽子、扇子や日傘などの売り上げは、年間200万セステルティウスともいわれていたわ。前王とご成婚されてから亡くなるまでの43年間、しめて8600万というわけね。国民に愛される王妃であり、ファッションリーダーになりたい――ビッチーナ嬢の願望が数値になったものよ」
「……たしかに、ジュリアナ大后はわたしのあこがれですけど」
緑の眼をぱちくりとしながらつぶやくビッチーナだったが、細身鑑定士は『永遠のプリンセス』志望者をスルーして、最前より姿勢を崩すことなく屹然と立ち続けていた公爵令嬢へ目を向けた。
「アルク嬢、あなたとホレッペー王子とのあいだに『真実の愛』はなかった、そう思っているのかしら?」
「殿下とわたくしの婚約は、現王陛下とわが父が取り決められたことです。わたくしは王室を支える公爵家の一員として、私見を差し挟むものではありません」
「みな、聞いただろう。アルク嬢は、私を愛しているわけではないと自ら認めている」
アルクは静かな声で淡々と述べたが、ビッチーナの腰を抱き寄せながら、ホレッペー王子は婚約者の言葉尻をあげつらった。
いっぽう、細身鑑定士は目をわずかに細めてかぶりを振る。
それが合図であったらしく、司会進行が再び大広間中に響きわたる声を張った。
「こちらも鑑定結果が出たようです。まいりましょう――オープン・ザ・プライス!」
いち、じゅう、ひゃく――
アルクの頭上に浮かんだ数値は、すぐに驚くべき数値を示して止まった。
「100セステ……いえ、失礼しました、100アッシス!」
司会進行の告げた鑑定額に、今度はどよめきが上がった。銀貨であるセステルティウスではなく、銅貨のアッシス。5歳児のこづかいといっても通用する、あまりにも安い鑑定額に人々は戸惑いを隠せなかった。
「おまえにとって、私は100アッシスの男だったのか……」
怒るべきなのか笑うべきなのかわからず、しかしビッチーナと1億7200万倍も差があるアルクの『愛』の鑑定額に、ホレッペーはただ呆然となっていた。
そこで、
「あなたの100アッシスの愛、殿下に見せてあげたら?」
といったのは、デラックス鑑定士のほうであった。ため息をひとつついて、ヤーク公爵令嬢は左の手袋を脱ぎ、五指をかかげる。
薬指に嵌まっているのは、その身分からすればありえない、安っぽく光るおもちゃの指輪であった。
それを見たホレッペー王子の眉は最初しかめられ、だが、次第に、顔全体へ懊悩が広がっていく。
「まさか、その指輪は……」
「ええ。あれは、殿下とわたくしが、はじめて顔を合わせた日のことでしたわ。あの日は、たまたま聖祭日でした。聖大祭では参加者の身分を不問とするのが決まり、殿下とわたくしはおしのびで遊びに出かけて……子供だましのがらくたが並んでいる祭りの屋台で、殿下がこれを購いになり、わたくしにくださった。――以来、お会いできるのは年に数えるほどであっても、わたくしはずっと身につけておりました」
「あ……ああ……」
愛の価値は鑑定額の多寡ではない――そのことに気づいて、ホレッペー王子は頭をかきむしった。
だがすべては遅きに失していた。アルクは容儀を尽くした礼をほどこし、口を開く。
「ホレッペー殿下、婚約破棄のご宣告、たしかに承りました。――ビッチーナ嬢、殿下のこと、お願いしますわ」
そして、100アッシスの指輪をはずしてホレッペー王子へ投げ返すと、堂々たる足どりで大広間から退出していった。
先立たぬ悔いにさいなまれる王子は、飛んできた指輪を受け止めることができず、10年以上のあいだ愛の証であった品は、単なる子供だましのおもちゃに戻って床の上に転がった。
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「しばしお待ちいただけまいか、ヤーク公爵令嬢」
と、アルクへ言葉がかけられたのは、王城の大手門を出たところであった。
聞き覚えのある、足を止めないわけにもいかない声に、アルクは振り返る。
「国王陛下――っ?!」
あやうく、これまで平静を保てていた表情が崩壊するところだった。
ホレッペー王子の父であり、現王であるその人の頭上に、鑑定額が浮かんでいたからだ。
その額、実に、36億7000万セステルティウス――
天文学的な価格の『愛』を冠しながら、王ともあろう者がひざを屈した。
「このとおりだ。どうか、愚息の無礼を許していただきたい」
「おやめください、陛下。それは王たる者の態度ではありません」
「王冠など、なんの役に立とうか。この莫大な数字の前には、ひしゃげて潰れるしかない」
王の頭上にのしかかる36億7000万セステルティウスの意味するところは、むろん、聡明なる公爵令嬢アルクにはわかっている。
ヤーク公爵家に対する、王家の債務額だ。しかも、元本だけで利息は入っていない。
ひとり娘であるアルクが王妃となるなら、ヤーク公爵家が王家の債務保証をし、さらに利息支払いを一時免除する――というのが、王とヤーク公のあいだで取り交わされていた約定だったのだ。
当然ながら、アルクが王妃として遇されないなら、ヤーク公には利息を免除する義理も、債務保証をする義理もない。王家の財政危機は深刻であり、債権者は多い。ヤーク公が債務保証を提供しないとなれば、いまのところ様子見をしている借金取りたちが、群をなして押しかけてくるだろう。
そうなれば、領地も城も徴税権もバラバラにはぎ取られ、王家と国の統一はおしまいだ。
現王としては、それだけは絶対に避けたい事態であろう。
「陛下、わたくしとホレッペー殿下の婚約破棄は無効だと、お命じになられるのでしょうか?」
表面上の平静さを保ちながらアルクが口を開くと、王はかぶりを振った。
「あの莫迦息子は廃嫡した。そもそも、立太子の儀を完了させることすらできなかったのだからな」
「……では、第二王子オトナシー殿下と結婚せよとおおせになりますか?」
「オトナシーは、ガメテーラ商会のご令嬢がいたく気に入ってくれていてな。……商会への捧げものだ」
ヤーク公爵家ほどではないが、ガメテーラ商会も王家に対する大口債権者だ。可愛い顔の第二王子は、10億ほどで売られた、ということになる。
アルクとしては、オトナシー殿下まで『真実の愛』に目覚めなければいいけれどね、と思わざるをえなかった。おとなしい王子だから大丈夫ではあろうが。
「では、第三王子カイラーイ殿下でしょうか?」
「カイラーイは、先日オオアレ公国の大公タネナッシ殿下と正式な養子縁組を結んだ。近いうちに次期大公としてオオアレへ旅立つ」
「……お可哀想に」
アルクが目を伏せると、王も肩を落とす。
「父として情けないよ。狼の巣穴とわかっていながら、わが子を投げ込むしかないのだからな」
継承者不在のオオアレ公国は、現在政情不安まっただ中だ。いちおうは国主であるタネナッシ大公に、まだ幼い養子をとらせて継嗣とし、裏から公国を操ろうともくろんでいるロストチルド侯は、銀行家でもあり例によって王国の大口債権者のひとりだった。
第二、第三王子には同情したところで、アルクは話が少々おかしなことに気づいた。
「……陛下、王子は全部でお三方ですよね。ホレッペー殿下を廃嫡され、オトナシー殿下とカイラーイ殿下はすでに身の振りかたが定まっている。王統を継承するかたが、いないのでは……」
対して、王は真剣な眼差しで公爵令嬢の顔を見つめた。
「アルク嬢、わが養子となり、次期女王としてこの国を導いていただきたい!」
「は……?」
あろうことか石畳の上に両手をついて頭を下げる王に、さすがのヤーク公爵令嬢もすっとんきょうな声を上げることになった。
「余の『真実の愛』は、国家に対するものだ。3代続いた放埒財政、ヤーク公の寛大な譲歩のおかげでようやく建て直しの光が見えてきたというのに、ここで水泡に帰させるわけにはいかぬ……!」
王の言葉には強い決意があった。
たしかに、ヤーク公が王家に対し債務保証と利息の一時免除を認めることにしたのも、現王の手腕を評価したからだ。シリーガル男爵令嬢あこがれのジュリアナ大后も、財政面だけを見れば、華やかさの裏で国庫を蝕んでいた金食い虫のひとりにすぎない。
父とともに帳簿をつけてきたアルクは、そのことをよく知っている。
そうはいっても……
「陛下、わたくしを次期王位にというのは、さすがに」
「わが妃がみまかって4年になるが、かといって、余の後妻となってもらいたい、などとアルク嬢へ頼み込むのは、いかにも不純であろう」
「それは、まあ」
ホレッペー王子よりはこっちの父王のほうがいいかもしれない、と一瞬脳裏によぎりながらも、アルクはいちおううなずいた。
人の心が汲み取れなくて、会う機会の少ない家格の高い婚約者より、積極的にアプローチしてくる気安い小娘に『真実の愛』とやらを感じてしまったけれども、ホレッペー王子はアルクと10年以上のあいだ婚約者でいたのだ。4年前まで王妃がいた父王とこのタイミングで結婚したのでは、内情はともかく外聞はかなりよろしくない。
「娘御が次期王妃から次期女王に変わっても、ヤーク公は嫌な顔はするまい。もともと、財政はアルク嬢が見ることになっていたのだ。さっそく、公にことの次第を説明しにうかがうとしよう」
「いまから、ですか?」
「余がホレッペーを譴責し蟄居を命じたのを、儀式の参列者全員が見ておるのだ。明日にはヤーク公の耳にも届くこと。早いほうがよい。そもそも、アルク嬢はこれから公爵邸へ帰るのであろう?」
「左様でございますが」
「それでは、ヤーク公へのごあいさつがてら、ご邸宅までお送りさせていただこう、アルク嬢」
「……は、はい」
王の思わぬフットワークの軽さと押しの強さに圧倒され、アルクはただうなずくのみであった。
・・・・・
こうして、王権は傍系のヤーク公爵家に移り、女王アルクの采配によって財政危機を脱した王国は、最盛期へと向かっていくことになる。
なおのちに女王アルクは、ロストチルド侯との抗争を経て、幽閉されていた王国第三王子カイラーイを救出し、彼と結婚した。
結果として血統は旧王家のものが保たれることとなったが、あくまでも女王アルク以降はヤーク朝と称される。
次回 本格推理小説『蒸発したコメディー要素を追え!』
(……ウソです)
真実の愛鑑定士の名前はケメコ・デトックスとマリーゴールド・マキという設定だったりしますが、話とは関係がない上に鑑定団ネタとも噛み合わないパロ成分だったので本文には反映しませんでした。
……ところでこれ、コメディーでジャンル合ってますかね?