イヤリングは定番だといいますが
飲み会のあと、一人で部屋に戻ってきた女子に舞い上がっちゃう男子と、そんなことは考えずに来ちゃってあとからどぎまぎしちゃう女子のお話です。
「……あ」
寝静まった12時過ぎ。
大学の友人の部屋で宅飲みをした帰りだった。
とうに静まり返った学生アパートから駅までの帰り道にまぬけな声が響いた。
「んー、麻友どしたの?」
麻友の少し先を千鳥足で歩いていた桜が振り返った。
「やばい。イヤリングがない」
「あ、ほんとだ」
「さっきテレビ見てた時はあったのに」
「ってことは黒木んちにあるんじゃない?」
桜はそう言いながら、終電を気にしてちらりと自分の腕時計を見遣る。
麻友は出来上がった桜を送りがてら、駅の向かいにある自宅へ帰るところだった。
「そうかも……お母さんから借りてたのに」
自分の安物なら多少どうなってもあきらめはつくが、母親からの借り物だと失くしてしまうのはまずい。
「すぐそこだし、取りに行くならすぐじゃない?」
桜の提案にでも、と麻友は言葉を濁した。
目の前でとろんとしている桜のこともせめて電車までは送ってあげたいのも本心だった。
「私はこうみえて大丈夫だから。すぐそこだし行っといで」
ほらほら、と桜に背中を押され、もし早く回収できたなら桜を追いかけようと思いなおし、麻友は数十メートル先にある友人宅に戻った。
***
麻友は小走りで数分前にいた部屋へ逆戻りし、インターホンを押した。
ピンポーン。
ドア横にある小窓からはまだ電気がついている。
少し待つと、ガチャリとドアが開き、家主である黒木奏太が出てきた。
「……あれ、麻友」
「ごめん、忘れ物した」
「忘れ物?」
「うん、イヤリング落としたんだけど、無かった?」
こういうの、と着いている方の髪を持ち上げてイヤリングを見せると、心なしか奏太が顔を赤くしてまじまじとイヤリングを見つめた。
「…うーん、わかんないかも」
「そっか」
確かに小さいものだ。注意しなければ見落とす可能性だってある。
……仕方ない、見つかったら返してもらうしかない。
じゃあ、と言おうと、麻友が口を開くと、奏太が電車じゃないよな?と麻友へ聞いてきた。
「電車じゃないなら、ちょっと見てくるから」
「え? 大丈夫?」
「さっきまでいた場所だし。どーせテーブル周りでしょ」
とりあえず玄関で待ってて、といって奏太は麻友を玄関ドアの内側に入れ、部屋へ戻っていった。
そこに腰掛けさせたのは、冬の夜中に男子の部屋に来た女の子一人に対するせめてもの配慮だろう。
こういうことを自然とできると奏太はモテそうだよなあ、と思いながら麻友は玄関で待っていた。
がさがさと物音をさせて探しているが、なかなか見つからないようだ。
「んーないなぁ」
「ない?」
「ちょっと待って、今こたつ探してるから」
「ありがとー」
思ったより一生懸命探してくれているらしく、今度お菓子でもあげよう、と麻友は一人決めた。
「…あったよ」
「ほんと? よかったぁ」
少しして部屋から出てきた奏太の手にはもう片方のイヤリングが載せられていた。
それは無事に麻友の手に乗せられ、その場でしっかりと付け直した。
「奏太、ありがとね。今度お礼するから」
「…え、ああ…」
奏太は虚をつかれた表情を浮かべたまま、ぎこちなく返事をした。
麻友は少し引っかかったが、まあいいかと、ドアノブに手をかけた。
麻友、と奏太は呼び止めた。
麻友はドアノブに手をかけたまま振り返る。
「もう、帰るの?」
「え、うん? イヤリング見つかったし、もう夜遅いし」
「ああ、そう…」
「え、なに、奏太どうしたの?」
ここまでぎこちない奏太の様子にさすがに麻友も怪訝な表情になる。
奏太はじっと麻友に見られ、わずかに顔を赤らめ、しばらく百面相をしたあと、観念したようにため息をついた。
「…イヤリングって、女の子が男の部屋に置いていく定番じゃん」
「え?」
「…その、だから、わざと置いてって、そのあと、戻ってきて…俺に用あるのかと、期待した」
奏太は言葉を紡ぐたびに顔を赤く染めていく。これはもうお酒だけではないのは明確だった。
「…期待したってのは、その、」
「そういうことですけど」
「うん、そうだよね…」
奏太の言葉をかみしめればかみしめるほど麻友の顔を熱を持ち始める。
…いや、奏太はいいやつだ。
友達が困ってると、一番に大丈夫? って声を掛けられる。
逆に大丈夫? って聞くと、少し困ったように、大丈夫、って言っちゃういわゆるお人よし。
見た目だって清潔感のあるショートヘアと、シンプルだけどサイズの合ったTシャツとジーンズ。
いいやつなんだが。これまでそんなことを考えたことなかった。
「…で、どうする?」フリーズする麻友に奏太が焦れたように言った。
「どうするって?」
「このイヤリング、」
奏太は一歩前に出て、麻友の髪に隠れたイヤリングにそっと触れた。
その拍子に首筋に奏太の指先が触れ、ひゃあと麻友から間抜けな声が漏れる。
「ただ忘れただけ? それとも、わざと置いてったことにする?」
……翌日、学食の一角で笑顔の奏太とハイタッチをする男子群の存在があったのは、言うまでもない。
「桜、昨日は大丈夫だった?」
「大丈夫だってば! …それより、どうだったのよ?」
「え、」
「黒木ん家一人で行って、告られたりしかなったの?」
「……」
「ええ、あいつしなかったの!? 信じらんない!」
「いや、あのー…付き合うことになりました…」
「え、ほんと? おめでとー!」
「え、まって、桜はどこまで知って…?」
「そりゃー黒木が麻友のこと好きなのは割と前からだったし?」
「え」
「周知の事実だったし?」
「ええ…」
「丸く収まってよかったわーほんとあの時の私のアシストナイスだわー今度黒木に学食奢らせよっ」
「…もう何も言うまい…」