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ガンメタル・グリード  作者: 刹那
54/60

53:天の光に奴がいる

 ――ギルトの存在が確認されてから、既に半月の時が経過していた。

「世界中に突如として現れたギルトは〈鬼獣〉を上回る物量、速度で侵略。地方の人間はなんとか大きな都市にたどり着いてもシェルターは満員、待っているのは無惨な死。ホント、蜂の巣を突いたような狂乱具合よね」

「そんなに甘くはないだろう。地獄絵図の方がしっくりくる」

「わざとそういったのよ。気が滅入るじゃない」

「それも、そうだ」

 雷華の言葉に、陵 千歳は気のない返事をした。

 彼女に反応したのも単なる反射にすぎず、頭の方はまったく動いていなかった。上の空の千歳は、兵舎の外壁に寄りかかって、基地の様子をぼんやりと目に写していた。

 狂乱であり、地獄絵図であった。

 半月前――千歳はもう何ヶ月も前のように感じているが――に円卓機士との争いが巻き起こったために、ここ神国基地はかなりの打撃を被った。さらに〈鬼獣〉も現れ、三者三様の戦いの舞台とされたのだから、その損害は甚大である。

 だがそれでも、迅速な行動と相手の集団同士も争ってくれていたお陰で、そんな大規模な戦いがおこったにしては、まだマシな損害であったのだ。奇跡的にも。

 無論、兵士たちは皆一様にその有様に落胆していたわけであるが、あの頃の兵士たちにこの場を見せることができたなら、全員同じことをいっただろう。

 ――ああ、確かに、あの時はずっと幸運だった。と。

 神国基地は今や、基地としての機能の大半を失っていた。基地が物理的に機能を失う原因など、説明するまでもなく、察しの通り外敵の存在によるものである。

 千歳の左隣で壁に背を預けている雷華が苦笑しながら諧謔した。

「廃墟マニアが気に入りそうな光景になっちゃって、まあ」

「ここを写真に収めようなんて酔狂な奴がいるとは思えないな。いても今頃瓦礫の下敷きだ」

 半月前までなら、話は違うだろう。今の基地の有様で、仮に放置されていたとしたら、入り込んだかもしれない。しかし、今は半月前ほど平穏ではない。そもそも、以前も〈鬼獣〉により終始命の危機に晒されていた閉塞的世界ではあったが、対象への対処がパターン化していた状況においては、その苦難ですら人は順応してしまっていた。そうでなければ、とてもではないが正気を保っていられなかったのである。

「逆に、今だからこそ死ぬ前に好きなことをやりたいかもしれないわよ」

「こんなどうでもいい問答に拘らなくてもいいだろう」

「こんな話でもしないと、アンタなにもいわないじゃない」

「これを見ていたら口を開く気力なんて沸いてくるものか」

 神国基地は変わり果てていた。世界中に現れたギルト。かの存在が初めて確認されたのは神国であり、よって当然のごとくギルトはこの国にも進行してきた。

 神国、その皇のお膝元である帝都にギルトは現れた。〈鬼獣〉避けの結界も彼らにはなんの効果も得られない。上空から懐に生まれ落ちた彼らは、内側から国を食い荒らした。

 軍の応戦。絶え間ない攻防。踏みにじられていく逃げ場なき人々。

 閉塞だ、と千歳は思った。絶望、と言い換えてもいい。じりじりと、真綿が首を締め付けていた。死が明確に近づいている。

 基地の弾薬の備蓄すら枯渇が目と鼻の先になるほどの攻防で、神国基地は壊滅的な被害を被っていた。〈GA〉の八割は撃墜され、もう全滅といっていいかもしれない。軍という単位すらあやしくなり、もうこの基地による迎撃は防衛戦ではなくゲリラ戦といった方がしっくりくるくらい、戦闘は厳しかった。

 千歳の目がようやくひとつのものに定まる。〈防人〉の頭だ。胴体はない。頭だけが、打ち首にされた罪人のように転がっていた。首から洩れるチューブは血管、機器類は筋肉繊維、オイルは血だろうか。人を護って戦ったにしては、なんとも無惨で哀愁漂うゴミのような姿だ。

「嘘ね。こんなものでアンタが腐るわけないじゃない」

「こんなものとは、またすごい言いようだな。人類は終わりだと嘆いている者が大半の状況なんだぞ」

「大半でしょう。ならアンタは例外の方よ」

「それはまた――たいした買いかぶりだ。この場で平然としていられるほど図太い神経もしていないし、頭もおかしくはなっていないつもりなんだが」

「ええ、どっちでもないわね。アンタはただ、こんな状況よりも気になるものがあるから、そうなっているのよ」

 千歳は黙った。誤魔化す余裕もなく、無意識すら言葉をひねり出すことを忘れた。

「ああ、ほら、図星ね。ポーカーフェイス気取るくらいなら、もっと徹底してみせなさいよ」

「そんなつもりはないんだけどな」

 ただ感情を動かしていないように振る舞うのが、楽だっただけだ。と、そこまで言い切ることはできないほど、千歳も疲労が溜まっていた。前に寝たのはいつだったか、思い出せないせいだろうか。

 今の状態を楽だと感じるなら、もしかすると、三年前から自分は償うつもりで、思考を放棄して安楽の道を歩んでいたのかもしれないと、千歳はふと思った。今となっては、どうでもよいことなのかもしれない。それでも、やはり自分の罪悪がまったくもって拭われていないことには嫌悪感があった。本当に、なにをやっているのだか。ぐるぐると嫌な思考が脳裏を渦巻く。

「裂夜ちゃんから話は訊いたわよ。あの女が〈鬼獣〉の大将に奪われたんだってね」

「大将だったのか、アイツは。あれより上がいては叶わんとは思っていたが」

 納得の強さだ。手も足も出ないのも頷ける。けれども、そんな相手だったのなら仕方ないじゃないか、なんてありきたりな慰めは浮かんでこなかった。そういった常人では手の届かぬ化け物と相対しなければならない血族が、自分であり、陵の者である。滅ぼしてしまった陵の家の使命であるのに――。

「ああ、そうだ。目の前で、わざわざ俺の命のために、自ら腕の中から抜け出した。俺のせいでだ。那殊に奪われたのも俺のせいなら、那殊が奪われたのも俺のせいだ。どうして、くそ、いつも俺はこうも無力で無知で有害なんだ……」

 認めると、途端に怒りが噴出してきた。今までは必死に目を背けて、ギルトに対処して無心になっていたが、こうやって図星を突かれるとそこから偽っていた中身があふれ出した。

「よくもまあ、あんな女のことをそこまで気にすることができるわね。家族を皆殺しにした奴なのに。怒りを通りこして呆れて、理解もできないわ」

 反論も思いつかない。千歳は我ながらどうかしていると思うが、それでも那殊をむざむざと奪われた時の喪失感は拭いがたいものがあった。心臓をえぐり取られたような、そんな錯覚すら抱く。あの時、実は胸を貫かれて死んでいたといわれても信じてしまいそうだった。

 脳裏にちらつくのは別れ際の那殊の表情である。

 なんで――あんなに――満足そうに笑うのだ――。

 歪んでいた。狂っていた。那殊はそういった狂気の産物であった。

 それでもあの笑顔は嘘ではなかった。

 失ってはならないものを守り抜いたという顔、あれが今でも千歳を締め付ける。

「那殊は、許せない。許しちゃいけないことをした。でも、どうしようもなく、辛い」

「好きなの? 愛してる?」

「そういうんじゃない。きっと、違う。今はそんなんじゃない」

 好きか嫌いかと問われれば、好きだろう。抱きしめたいかといわれれば、頷くだろう。でも男女の恋愛感情かといわれれば、今はもう違うのだろう。

「多分、宝物だ。幸せにしたい、宝物。失いたくない、こんな形では絶対に、失ってはいけない宝物なんだろうな」

「それを好きっていうんじゃないの」

「否定しても嘘になるだろう。それに、自分でも言い切れるだけ、確信があるわけでもないしな。裁きよりも、断罪よりも、俺はあいつに一言伝えなきゃいけない。あんな別れ方、あんまりじゃないか」

「やれやれ。アンタって奴は、どうしようもない馬鹿だわ。殴っていいわよね」

 千歳の視界がガクンと揺れた。背伸びをした雷華が千歳のこめかみを拳で殴りつけていた。

「殴ってるじゃないか」

「殴って良いだなんて答える奴がいるわけないでしょ」

「別に構わないと言うつもりだったんだが」

「マゾ野郎」

「お前になら殴られても良いといってるんだ」

「……なにそれ、殺し文句?」

 矢継ぎ早だった雷華がわずかに間を置いて、声を潜めた。

「その権利があるという意味だが。まあ、どちらにしろ、特別だから構わないということだ」

「それは光栄だわ。アンタにゃわからないくらい嬉しいわ」

「特別といって喜ばれるのも嬉しいな。世辞でも」

「……本心だけどね。別にいいけど」

 その言葉の真偽を千歳が訊ねる前に、雷華は壁に預けていた身体をよっと声をあげて離した。踵を突いてドレスの裾を揺らしながらくるりと千歳の方へ向くと、雷華が空を指をさす。東の空が茜色に染まり、真上は薄い藍色に染まっている。黎明の空だ。

「もう一度、会いに行ってみる? ついでに、ギルトの親玉を斃してくれると嬉しいんだけどね」

「どういう、ことだ」

「現状、〈鬼獣〉はギルトと交戦している。敵の敵は味方、ってことかしらね。まあ、依然として〈鬼獣〉は人類と敵対しているわけだけど。で、ギルトの親玉は宇宙にいると推測されている。さらに今、宇宙では時間が狂っていることが観測されている」

「時間が、狂っている」

「そ。人工衛星と地上のクロックがずれているのよね。宇宙の時間だけが、何度も小刻みに戻ったり進んだりしている。で、あたし、裂夜ちゃんから訊いたんだけど、あの式神、時間を操れるんですってね」

 はっとして千歳は空を見上げた。地上の喧噪とは無縁と、鮮やかな茜と藍に彩られた非現実的な混合の蒼。見上げていると意識がおろそかになって斃れそうになる。その深い色合いに心が虜になり、意志が吸い込まれそうになる。

 事実、千歳はその空に吸い込まれた。空の先にある冷たい光なき闇の空に。

「那殊は、宇宙にいる」

「そうよ。さて、どうする。翼なら、アンタは持ってるわけだし」

「翼なら当の昔に手折れた。〈天斬〉はもういない。それも、俺の不甲斐なさ故だ」

 半月前の戦場に動けない〈天斬〉がやってきたこともあったが、神蛇侘の〈輝駆槌〉による一撃で跡形もなく吹き飛んだ。イカロスは蝋で固めた翼を焼かれたのではなく、陽によって身体ごと消し炭とされてしまったわけである。

「さて。あたし、そんなこといったっけ」

「なに?」

「〈天斬〉はある。翼はある。人の意志は神ごときの炎で燃やし尽くされることはない」

 雷華は笑っていた。

「最後のファクターはアンタよ。翼もある、ただ意志を吹き込むにはアンタがいる。どうするの、翼があるなら」

「決まってる。翼があるなら羽撃たくだけだ。空に向かって」

 遠方から、ずしんずしんと地響きがする。ギルトと〈GA〉の戦闘だ。実を言うと、これがなりやんだことはない。ずっと前から聞こえていた。それがさらに近づいてくる。もう遠くの音ではない。すぐ近くの音だ。ギルトが基地へと迫っていた。

 どうやら反撃の時がきたらしい。

 千歳は耳の奥でフィルムの回り出す音を聞いた。映像資料でしか見たことのないフィルムのカラカラとした音は、半月の間、停滞していた千歳の物語を再び始めるための狼煙であった

 フィルムも回し始めたのは雷華で、いつかの再来を感じさせる。人工島の時は、力が至らなかった。

 始まりは同じ。しかし終焉はどうだろうか。

 千歳は雷華の後をついて歩き出す。白紙のフィルムはスクリーンに映像を描きだした。

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