4:your selection?
「騒ぐなっ、静かにしろ!」
短機関銃を両手で保持する方のバラクラバ帽の男が声を荒げて、乗客達に銃口を向ける。と機内は水を打ったように静かになった。みな、恐怖で声が出せなかった。もし騒げば、撃たれるだろうことが容易く想像できたのだ。最初に放たれた一発、あれが乗客を縛り付けていた。
誰か撃たれたのかもしれない、ならば自分も撃たれるだろう。
犯人達の背後からも声が聞こえないということは、おそらく他にも仲間がいるに違いない。わざわざ後部にふたりも来ているのだから。
面倒なことになった、と千歳は吐きたくなる溜息をすんでのところで飲み込んだ。せめて二時間のフライトくらいは穏やかなものであってほしかった。最近は〈鬼獣〉迎撃任務などで休まることがなかったというのに、久しぶりに神国へ帰国しようというときにもこれである。自分は呪われているのかと疑いたくなる。
拳銃を持った犯人が、突然声を張り上げた。
「我々は〈鬼の従者〉! 真の神の御使いである〈鬼獣〉に仇なす愚かな政府に反旗を翻すものだ!」
――いや、呪われているのだ、俺は。
ここでも〈鬼獣〉、どこまであの生物は追いかけてくる気なのか。
うんざりしながら千歳は鬼獣至上主義者を見た。
他の生物と異なり、巨大な体躯を持ち醜悪な外見を持つ〈鬼獣〉。さらに血液による感染など、他の生物とは違うが故にそれを特別視し信奉する者達がいる。それが鬼獣至上主義者。彼らの数はけして多くはないものの上位の〈鬼獣〉が人の形なんかを模しているものだから、一部の人間が非常に過激で狂信的なことが有名である。今千歳の目の前でハイジャックなどやってのけたことが何よりの証拠だった。
厳重な警備や検査をかいくぐってまで銃器を機内に持ち込むバイタリティがあるのなら、それを別のことに使えばいいだろうに、と千歳は呆れてしまう。だが、そんな風に呑気なことを考えているような場合でもなかった。
「〈鬼獣〉とは神が汚れた地上を浄化するために放った聖獣である。それらを害とし、害獣として駆逐する短絡的思考しかできぬ各国の政府達! 奴らは自分たちの利益が減少するからという俗物的な考えで〈鬼獣〉を殺戮するのだ! なんたる愚かさであろうか。……我々は世界に警鐘を鳴らす者である! この行いを以てして、世界に〈鬼獣〉の神聖さを今一度理解させるッ!」
一々語尾を強調するテロリストの主張を右から左に受け流す。長く回りくどいだけで、肝心のなにがしたいかがまったく理解できなかった。要約すると「この機体は乗っ取ります」か。
自分達がいかに正しい行いをし、上の人間がいかに無能であるかを病的に説き続けるテロリスト。それをほぼ聞き流しながら、どうしたものかと千歳が黙考していると、不意に客席のひとつから声が上がった。
「うるさい! 〈鬼獣〉なんかのどこが神様の使いなんだよ! お母さんはぼくを庇ってあいつらに押しつぶされたんだ!」
まだ声変わりもしていない男の子が、涙目になりながら訴えていた。それを横から父親が止めるが、遅い。テロリストがその男の子を濁った目で睨んでいた。
ヤバい、と千歳の背筋が冷める。とっさにシートベルトを音もなく外していた。どうする、と自問する。このままではあの親子が危険だ。
――くそっ……。
危険であるものの備え付けのヘッドホンでも落として気を逸らそうと考え、手を目の前のラックに伸ばそうとした。
「動かないで」
それを、隣に座っていた女性に制止させられる。
千歳は脇腹になにかを押し当てられ、視線を下げるとそれはハンドバックだった。いつの間にか隣の女性が息もかかりそうな距離にまで接近していた。
「……理解した?」
自分の心配をした方がいい。そう囁かれたようなものだった。
――『横、いい』って、そういうわけだったのか。
千歳は己の失態に臍を噛む。普通は指定席である旅客機で隣に座っていいか、など聞かない。丁寧な人間ならば挨拶のひとつくらいするだろうが、口数の少なそうな女性がわざわざいうかといえば疑問である。
「お前の席、そこじゃないんだな」
その女性の沈黙は即ち肯定。
多分この女性は千歳が私服警備員かなにかだと思い、その横に座ったのだろう。そんなのに動かれて万が一ハイジャックが阻止されでもしたら困るから。実際は私服警備員ではないが、千歳の身のこなしは軍人のそれである。この女性は千歳が通路を歩き、席に座るまでの間でそれを見抜いたのか。まさか真横にテロリストがいるとは思わなかった。
あのテロリストの振る舞いは正規軍人からしてみればたいしたことはないが、この女性はかなりの手練だ。少なくともきちんと訓練された人間。そんな相手にイニシアチブを握られている状況に千歳は息を呑む。
そうこうしている内にテロリストは少年に乱暴な歩き方で接近していた。
「小僧ッ、今なんといった!」
「〈鬼獣〉なんて人殺しの化け物だっていったんだ!」
父親がやめないか、と必死に止めようとするものの、子供は止まらない。母親を奪った存在を敬愛する人間が許せないのだろう。
テロリストの短機関銃を持つ手が怒りで震え出す。いつ発砲してもおかしくなかった。
「……貴様の母親は押しつぶされたといったな? つまり、神の使徒たる〈鬼獣〉の聖なる血を浴びて原罪を捨て人から解放されなかったのだな? そうかそうか、哀れな母だ。貴様のような異端児を産んだばかりに浄化されなかったのだからなッ!!」
テロリストが激昂して短機関銃を振り上げた。とっさに父親が我が子をかばうと、その背中に銃床が食い込んだ。何度も何度も執拗に。残酷な肉を叩く鈍い音が機内に響く。乗客の何人かは耳を塞いでふるえ出すほどテロリストの行いは鬼気迫っていた。
千歳も黙ってそれを見ているしかなかった。今下手に動けば、横の女性に無力化される。ハンドバックになにが入っているかわからないが、ずっと膝の上で持っていたのだから、拳銃かなにかがあってもおかしくない。そもそも、横に女性がいなくとも千歳にはあの行為をとめる術はなかった。テロリストの実態がわからないのに単独で立ち向かうなどスクリーンの中だけでしかお目にかかれない。ここで抵抗しても絶対に乗客が死ぬだけだ。
拳銃を持ったテロリストが短機関銃を握る手を掴むことで、ようやく儀式めいた暴力は止まった。静寂の中でひたすらに行われたそれは男性を気絶させるには充分だった。頭も殴られたのか頭部から出血する父親に泣いてすがる子供に舌打ちして、テロリストは叫ぶ。
「いいか! もし他にもこのような不届きな発言をしたものがいたなら、同じく神罰を下すと知れ!」
なにが神罰だ、と吐き捨てたくなるのを堪えるので必死だった。
殴られた男性を確認すると、うめき声をあげていることから命に問題はなさそうだったのが唯一の救いか。
ふたりのテロリストが銃を構えて廊下をゆっくりと歩き出す。バラバラにならず、ふたり一緒になっていた。その一挙手一投足を横目で捉えながら、千歳は隣の女性に問いかける。
「……いったい、なにが目的だ」
「それはこっちの台詞。何故、貴方のようなのがここにいる?」
お互いの声はエンジン音のお陰で他の人間には聞こえなかった。ほんの数センチの距離での虫が鳴くような声だ、他人に聞こえるわけがない。
「……まずは俺の質問に答えろ」
「自分の状況、わかってる?」
ぐっ、とハンドバックがさらに押し付けられる。いつの間にかハンドバックの中に女性の片手が侵入していた。得物は銃か、ナイフか。どちらにしても千歳の命は彼女の掌の中にある。
あくまで、今は。
「……なにかしようとしても無駄。少なくとも、貴方は殺せる」
なにかを感じ取ったのか、女性は念を押すように耳元でつぶやき、生暖かい息が耳にかかる。普段ならば胸を高鳴らせるが、あいにくとそんな状況ではない。
女性は不用意に武器を使ってこない。ハンドバックがブラフでなにも入っていない可能性もあるが、それなら仲間に知らせればいいだけだ。千歳の出方がわからないから様子見をしているのだろう。もしハイジャックを予期して乗り込んでいた警備員なら、たった一挙動を見逃しただけでも危うい。同乗した仲間に合図を送るかもしれないし、なんらかの通信手段で外部に連絡を取る場合もある。
「俺は殺せても、他はどうだ? 仲間を全員相手に出来るなんて思ってないだろ」
無論、ブラフ。仮に私服警備員がこの機体にいたとしても千歳には知る由もない。
どんどん泥沼にはまっている気がするものの、今更後には引けない。最初に武器を突きつけられたのは千歳だ。もうやるしかない。
「貴方以外に際立った動きをする人は見ないけど?」
全員確認していたのか、と動揺をしそうになるのをかろうじて隠す。ここで焦って嘘が看破されれば命がない。
「さて、どうかな」
ふたりのテロリストはもうすぐそこまで来ていた。千歳も女性も口を開かなくなり、沈黙する。女性が音もなく千歳から距離を離した。ハンドバックも離れて膝の上、それでも身体に押しつけていた方を千歳に向けている。バックの中身は拳銃で確定かもしれない。
テロリスト達の姿をもう一度確認する。三歩も進めば女性の真横に立てる距離。
生唾を音を立てぬように呑み込む。
下手をするとここで千歳の命が終わる。本来ならハイジャック犯と交渉しているであろう専門家に任せて傍観しているのが最良の選択肢なのだろうが、隣にいるテロリストの女性に目を付けられてしまった状況ではそれすら選べない。じっとしていても何をキッカケに疑われて撃たれるかわかったものではない。
一か八か抵抗してみるか――それもやはり愚策。乗客が人質であるのに下手に行動を起こせば、どれだけの犠牲者が出るかわかったものではなかった。
八方塞がり。
緩やかに死を待つだけだ。
テロリストが一歩、また一歩と近付いてくる。
死を享受するのも、悪くはない。自分の命が惜しいとも思わないし、尊いとも思えない。だが、やはり受けた任務に一切関わらず殺されるのは、納得いかなかった。
覚悟を決めろ。
この二人、いや三人を速やかに撃破すれば他のテロリストに気取られる心配はひとまずはない。幸い、千歳のいるエコノミークラスやビジネスクラス、ファーストクラスは間に仕切となる壁があり、視認される恐れはない。問題なのは騒がれること。
息を大きく吸う。
拳を緩く握る。
なまってはいないはずだ、千歳は身体を認識する。むしろ軍人として過酷な訓練を受けていたから、技のキレはともかくポテンシャルは上がっている。
人間程度を無力化できるくらいには、健在。そうだとも、訓練を受けていないチンピラみたいな連中に今更怯える必要はない。無力化するなら一瞬。"陵千歳はそのように生きていた"のだから。
問題は自分が通路側ではなく窓際にいるということ。一気に詰め寄れないうえ、この女性がいては身動きがとれない。それが最大の難関。
テロリスト達が女性の隣に並ぶ。アイコンタクトすら交わさない。故に千歳を警戒もせずテロリストは通りすぎようとする。
背中を、無防備に見せて。
今しかない、と行動を開始しようとした瞬間、腰を浮かせた千歳に女性がハンドバックを投げつけた。
「うおっ、」
狭いエコノミークラスの座席では回避するには絶望的なまでにスペースがなく、顔面にハンドバックが命中する。重量も勢いもたいしたことはなかったが、視界を塞がれたのは致命的だった。とっさに片手で弾き飛ばす。
女性が千歳の懐に潜り込んで急所を的確に貫くには充分な隙。
千歳の背中が粟立ち、脳内でアラームが鳴り響く。
続いてくるであろう痛みに備えて歯を食いしばり――目を疑った。
女性は千歳の周囲にはいなかったのだ。通路に飛び出して、今まさに振り返ろうとしているテロリストのひとりの襟首を掴んでいた。体勢を低くして足を払い、自分の肩を支点にすることで窮屈な旅客機の通路で見事に投げ飛ばす。
受け身もとれず背中を通路に叩きつけられ、もんどり打つテロリストには目もくれず、女性は未だに状況を理解出来ていない拳銃を持ったテロリストの手首を掴んで捻りあげる。悲鳴をあげて拳銃を落とした男を引き寄せ、顎に肘を一発。
ぐぇ、と潰れたヒキガエルのようなうめき声を洩らしてテロリストが斃れた。
流れるような一連の動作にかかった所要時間は三秒弱。助けを呼ぶ声すらあげさせずに無力化した女性の手際はいっそ美しくすらあった。
でも千歳は何故、彼女が、と混乱するしかない。テロリストの仲間ではなかったのか。そうじゃなければ、今まで脅されていた意味がない。
「……!」
戸惑いを切り捨て、千歳も通路に飛び出す。女性が振り返って迎え撃とうとするものの、千歳の標的はそちらではない。最初に転ばされた短機関銃の男だった。
まだ意識のあった男が起き上がろうとしており、その顔面を靴底で蹴り飛ばす。骨の折れる嫌な感触がした。
こちらも今度こそ意識を失った。
乗客全員、なにが起こったかわからず、機内がしばし静謐となる。
事を起こした千歳と女性も、状況を理解しきれていない。お互いに目を丸くする。両者ともに、疑問は同じ。
――なんで? だ。
呆然としていたが、前方からばたばたと床を叩く音が複数聞こえてきたことで現状を再認識した。
千歳が昏倒させた男の手元を見てみると、赤いランプを点滅させる通信機が握られていた。それが仲間に危機を知らせる信号だということに気づけないほど、千歳も女性も間抜けではなかった。
「いや、気配がしてから気づくのは、間抜けだよな」
自嘲気味にぼやくが、テロリスト達の足音はすぐそこにまで迫っている。暢気なことをいっていられる時間はない。
「……こっち。死にたくないなら、ついてくる」
逡巡していた女性はハンドバックを回収して、千歳を訝しげに見ながらも後方を指差す。その誘いに乗るか乗らないか僅かに悩むも、罠ならこんな回りくどいことはしないか、と彼女についていくことにした。
「……?」
そこで千歳はテロリストの背中に背負っているものに気づいた。飛行機に搭載されているパラシュート。緊急時に使用するもので、めったに使われるようなものではない。まあ使われるような状況にされても困るのだが。
引っかかるものを感じつつも、それを追求する時間は残されておらず、千歳は女性の後を追うしかなかった。
男女に別れたトイレの扉の前を抜けたところにある扉には、関係者以外立ち入り禁止とプラスチックプレートが貼り付けられている。
これ以上進めないじゃないか、と千歳が発言するよりも女性の足が引き絞られるのが早かった。
女性はそれを華麗に無視した。
蹴破ったのだ、扉を。
盛大に破砕音をあげて一般のものより頑丈なはずの扉がひしゃげて転がった。乗客が小さく悲鳴をあげる。
くの字に折れ曲がった扉を見て、千歳の顔が引きつる。本当にこの女性を信用していいのか、早速判断が鈍りそうだった。
「いくら重要な区画じゃないからって、諸過ぎる」
「そういう問題じゃないだろう……」
だいたい、コクピットなどに繋がる扉でないにしても、旅客機の扉を一撃で粉砕する女性はなんだか間違っている気がする。
「貴様らッ、なにをしている! 止まらんかァッ」
ついにテロリストの増援が到着した。四人の覆面をした人間が各々に銃器を構えている。
「つべこべいってる場合じゃないな!」
女性を先頭に扉の先にある通路を疾走する。角を曲がるまでに背中を撃たれるんじゃないかとひやひやしたが、航空機の中だからかテロリストは遠慮して撃ってこなかった。
背中を壁に押し当て一息吐く。テロリストは斃れた仲間の様態を確認しながら銃口を向けてくるが、安易に近づいてはこなかった。判断として間違ってはいない。これで少しは時間が稼げるはずだ。もっとも、こちらが武器を持っていないことは馬鹿でもすぐにわかるだろうから、本当に少しだけしか猶予はない。
「それで、なんか作戦はあるのか」
ハンドバックから取り出した端末を操作している女性に千歳は尋ねると、パネルを親指で叩く女性は抑揚のない声で応えた。
「ない」
断言だった。
「……嘘だろ、おい」
いきなりテロリストを殴りとばしたのだから、打開策くらい用意していると考えていただけに千歳は頭を抱える。これは、とんでもなく危険な橋を渡っているのではないだろうか。
失望する千歳に、女性は心外だと口をとがらせる。
「貴方が突然動き出すから、私もああするしかなかったの。だいたい貴方、テロリストの仲間じゃなかったの?」
「待て、誰がテロリストだ。俺は軍人だぞ。それはお前のことじゃないのか?」
「私がテロリストなわけがない。任務の帰りに乗るはずだった旅客機がテロリストに狙われてると知っただけの仕事熱心な軍人です」
つまり、
「俺達は互いをテロリストの仲間と勘違いして警戒し合ってたってわけか……」
今度は溜息を堪えることはできなかった。茶番にも程がある。しかも、互いの行動に触発されて動いていたのだからたちが悪い。千歳の身のこなしに不信感を抱いた女性にハンドバックを押し付けられ、追い詰められた千歳は行動を起こすことを強いられることになり、さらにそれが女性にテロリストを打ちのめすキッカケを与えてしまった。
「貴様ら! 両手を頭の後ろで組んで出てこい!」
「……余計に事態を混乱させてるよな、これ」
「後悔先に立たず」
「よく知ってるんだな」
「お母さんが神国と栄国のハーフなの」
金髪で目鼻顔立ちの整った女性の意外な言葉に千歳は感心していた。神国内の飛行機で軍人を名乗るのだから、彼女も国籍は神国なのだろうことがもうわかっていたのだけど。そもそも、神国は過去に移民を多数受け入れたりしているので今では千歳のような純血の神国人の方が少数派だ。
「それで、さっきからなにしてるんだ?」
千歳が端末の画面を覗き込もうとすると、女性が遠ざかる。
「機密情報だから見ないで」
「悪かったな」
肩をすくめて、千歳が通路からテロリスト達の動向を窺う。今にも痺れを切らせて突入してきそうだった。それとも乗客に銃を突きつけ、投降を要求するか。後者を選択されると厄介だ。前者ならまだ抵抗のしようがあるものの、後者では出て行く以外の選択肢がない。自分の性でなんの罪もない乗客――テロリスト曰く、感染者にならぬものはみな原罪があるらしい――が殺害されるのは許せない。それでは自分が軍人になった意味がなかった。
焦りで人差し指が壁をコツコツと叩く。女性は焦燥を募らせる千歳を一瞥すると無表情で黒い塊を投げた。
千歳が反射的に受け止めると、それはテロリストが使っていた拳銃だった。自動式拳銃で過去に鑞国の軍隊でも使われている機種である。千歳は使ったことはないが、確かKingJackのTRO、だったはずだ。九ミリの弾丸を吐き出す、軽量な銃。
「どこかから流失したのか? これは」
「そうじゃない。軽すぎるでしょう、それ」
軽さが売りの機種だが、それにしても鉛玉が詰められているとは思えない。なんとなく、嫌な予感がした。
「まさか、モデルガンか?」
「みたい」
そんな馬鹿な、といいたくなった。このまま床に座り込みたい気分になる。
「最初の銃声は癇癪玉でも潰したのか……」
実際の拳銃の発砲音は、あの手の玩具とたいして変わらない。音量は段違いでも、映画で俳優が振り回す銃のように重厚な音は発しないのだ。
あの親子に激怒したテロリストが銃を使わなかったのも、未だに威嚇射撃すらしてこないのも、突入すらしないのだって、できないだけなのである。
あのテロリストは玩具で旅客機一機を乗っ取っていた。とんだペテン師の集まり。軍人の千歳も騙されていた。怒りを通り越して賞賛を送りたくなる。そして見抜けなかった自分が情けなくてしょうがなかった。いくら千歳の所属するGA部隊が生身で対人戦を実施するところではないとはいえ、だ。
――……なるほど。モデルガンなら上手く行けば持ち込めるんだろうな。
「だったら、なんでこんな所に隠れてるんだ? 逃げる必要なんてないじゃないか」
作業が終わったのか、端末を閉じた女性が首を横に振る。
「カルト集団、〈鬼の従者〉。彼らにはとっておきの武器がある」
「武器? それはいったい――」
千歳の言葉は旅客機が上下にシェイクされたことで妨げられた。
「…………ぅっ!」
奇跡的に舌を噛まずに済んだ千歳は手すりに捕まって息を呑む。乱気流に突入したにしてもこの揺れ方はおかしい。こんな無茶な揺れ方、人為的にでないと起こせない。
揺れが収まると、女性が柳眉を寄せた。
「〈鬼の従者〉が旅客機内部に侵入させる人員は、あくまで見張り。乗務員に軍への連絡をさせないため、自分達の主張をより強烈に乗客へ流布するためだけの存在。真の戦力は、外にいる」
安定飛行中の旅客機がいる高度七〇〇〇メートル以上の天空、その外で千キロ近い速度で飛行し、爆薬も使わず機体を揺らせるものなど、ひとつしかない。
「冗談、キツいぞ」
悪夢の中にいるような気分だった。
テロリストが勝ち誇ったように宣言する。
「さあ出てこい。さもなくばこの旅客機は我らが意志の代行者、ジェネシックアーマー〈防人改〉によってへし折らせて貰う」
通路から顔出して窓を見ると、紛れもないGAの姿がそこにあった。