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ガンメタル・グリード  作者: 刹那
49/60

48:Vortex

「な――」

 〈夜叉姫〉がギルトに呑み込まれた。そのことに、千歳は心臓を鷲づかみにされるほどの恐怖に襲われた。あの〈鬼神〉には、自分の妹が乗っていたのだから。

「裂夜――!」

 こんな、肌が震える程の悲鳴を自分が上げられると千歳は知らなかった。妹が不格好な肉の塊に喰われたことは、形容しがたいほどにおぞましく恐ろしかった。

「裂夜、裂夜、裂夜……!」

 一本一本が〈鬼獣〉よりも大きい歯によって裂夜の身体が押しつぶされ、すりつぶされ、舌の上で蹂躙されて、挽肉となって嚥下された。骨の髄が沸騰して、それが悲しみなのか怒りによるものなのかさえも千歳は判別がつかなかった。ひとついえることは、もう傍観していられるほど落ち着いていられないということである。

 千歳は取り乱しながら周囲を見回した。兵士たちと〈GA〉の駆動音で工事現場以上に騒々しくなった基地の敷地。そこには不用心に一機の〈防人〉が膝をついていた。復興作業の途中で、パイロットが離れたまま放置されたものだ。こんな緊急事態の中で誰もそれに触れようとしないのは、千歳たちのいたところではつい先程まで〈鬼神〉と〈鬼神〉が争っていたためである。

 千歳は〈防人〉を見つけると、一目散にそちらへ駆け出す――が、その肩を掴む者がいた。レムリアである。

「待って。なにをする気なの。落ち着いて」

「あの生物を迎撃する。兵士として正しい判断だ。止められる謂われはない」

「〈鬼神〉にも敵わない相手に準機士で立ち向かうのは自殺するようなもの。それよりも冷静に――」

「冷静でいられるわけがないだろう! 裂夜が喰われてるんだぞ、どうして俺がこんな時まで行儀良くしてなきゃならないんだよ!」

 千歳の言葉は若者のように荒々しく、ナイフを振るうような乱雑さだった。普段の押し殺したような声ではなく、感情むき出しの言葉に、レムリアはわずかに面食らった。声を荒げられると思ってはいたが、親の仇を見るような目で見られるとは思わなかったのだ。本物の親の仇は別にいるというのに、千歳は癇癪を起こした子供と同じで、今は誰でも構わず噛みつく狂犬だった。

「〈天斬〉はほぼ全壊だ、使い物にならない。なら今あるもので戦うしかない、違うか。違わないだろう。だからその手を離せ!」

 千歳がレムリアの手をふりほどいた。レムリアが本気で力を込めれば千歳の力に負けるわけがないのに、レムリアは驚きで手に込めていた力を弱めてしまっていたのだ。

 千歳が〈防人〉によじ登り、解放されていた胸部コクピットのシートに身体を滑り込ませる。〈防人〉のシステムを起動させることにはさしたる手間もかからない。慣れ親しんだ機体だ。機体についてなら〈天斬〉よりも遙かに使い易い。

「雷華は任せたぞ」

「ダメ。それではダメ。絶対に死ぬ。貴方ひとりだと――」

「つまりふたりなら良いというわけかな」

 レムリアの言葉に応えたのは那殊だった。ずっと黙っていた彼女は、〈防人〉の足下まで悠然と歩み寄ると、コクピットにいる千歳を見上げた。

「鬼がひとりくわわれば、このような木偶人形でも少しはマシになると思うがの」

「那、殊?」

 これにはさすがに千歳も躊躇した。突然の、自分を破滅させた相手からの申し出は、マグマのごとく燃え盛る千歳の脳でも、即断することはできなかった。しかし答えあぐねていると、返答を待たずに那殊の身体が浮き上がる。上昇していく那殊に、レムリアは拳銃を突き付けた。

「止まって」

「撃っても無駄ということは判っておるのだろう。近づけたくないなら本性くらい現す覚悟を固めてからにするのじゃな」

「……!」

 結局、レムリアは銃爪を引くことができなかった。那殊は小馬鹿にした笑みを口元に浮かべると、千歳のいる〈防人〉のコクピットまでやってきた。目の前のハッチに危なげなく立った那殊に覗き込まれて、千歳は困惑した。

 目の前に、家族と友人と恩師たちの仇がいる――。

 なのに、千歳は彼女を拒絶しようとする意志が薄れている。そのことに何よりも悩んでいた。

「さあ、どうする千歳よ。ここで妾の首に手をかけてもよいし、受け入れてもよい。どちらを選ぶ?」

「お前は、殺されに来たのか」

「……答えは差し控えさせてもらおう」

 千歳は、感情にさらにこじつけを加え、無理矢理合理的判断へと導いた。つまるところ、敵を斃すためには仇という私情を排して、先程までの敵と手を組もうという判断へ。

 千歳は無言で那殊の腰に手を回すと、自分の膝の上へと引き寄せてハッチを閉じた。密閉された空間がモニターと計器のランプでプラネタリウムのように発光している。控えめにいっても浪漫とは欠片もいえない無骨な空間の中で、那殊はきょとんとしていた。

「なにやら手慣れおって。妾はびっくりじゃ。成長したと喜んで良いのやら悪いやら」

「無駄口を叩くな。舌を噛むぞ。それにこっちはいつ殺されまいかと震えだしそうで堪らないんだ」

 千歳は頭を垂れる騎士のように膝をついていた〈防人〉を起き上がらせる。人が固まった膝を伸ばして音を鳴らすのと同じで、鈍い擦過音を鳴らしながら、〈防人〉が力強く立ち上がった。ただ、〈天斬〉と比べると〈防人〉の力強さはガキ大将程度の頼りなさである。プロアスリートの肉体とは比べるべくもないほどに拙い。操縦桿を握って機体とリンクした千歳は、それを嫌というほどに実感した。

「震えるとはまたかわいい奴よ。無理もない、妾はお主を絶望に突き落としたくてそうしたのだからな。恥じることはないのじゃぞ?」

 千歳の胸が、じくじくと痛む。こうして話していると昔に戻ったと錯覚しそうで、でも那殊の言葉はそれが妄想だと突き付けてくる。ボタンをかけ違えてしまったのと同等の違和感。捻くれていたと思っていた少女がその実狂っていたのだと再認識させられた時の絶望感。那殊の口が開かれる度に、このやりとりは両者の理性という薄皮一枚で保たれた真似事のやりとりなのだと宣告させられた。

 諦めたはずなのに未練の渇きが胸で暴れる。千歳は泣きそうになりながら、操縦桿を握り締めて意識を保った。

「さっきの言葉に間違いはないな。こうしているからには役に立ってもらうぞ」

「ああ、任せておけ。妾は万能じゃからな。……どれ、少し弄ってやろう」

 那殊が操縦桿を握る千歳の手に自分の手を重ねる。

「この手は作り物の手じゃな。完全に復元されておるようじゃから、作り物では語弊があるようじゃが。やれやれ、本物は妾が持っておるというに」

「持っている?」

「千切った腕を復元して時間を凍結したうえで保管しているということじゃ。感覚はお主と共有しておるから、あちらの感覚が伝わってきて、偶に刺激的じゃったろう?」

「悪趣味な話を聞かせないでくれ。それよりも」

「わかっておる」

 操縦桿を経由して、那殊の鬼人としての力が〈防人〉に干渉した。

 生体コンピュータとして膨大な圧倒的演算能力を備えた脳を持っている鬼人は、こうして〈GA〉と直結されることにより、その挙動を向上させる。ロースペックなコンピュータでも、CPUを超々高度なものへと置換し、その装置へ最適化処理を施されれば、その動作効率は格段に上昇する。機体のバランスを無視した、制限時間付きの荒療治ではあることは疑いの余地もないが、この局面においては有効に働いてくれる。少なくとも、先日の戦闘で少なからず損傷のある〈防人〉の基本スペックだけで戦うよりはマシだ。

「うーむ、重機士の仮想無限炉のような補助装置がなければ動力関係の改善は負担が大きすぎて無理じゃな。限定的な慣性及び不要な物理法則の緩和効率は上昇成功」

「前に時間を操作できるといっていなかったか」

「これが〈夜叉姫〉なら存分に使えたのじゃがな。あまり期待はせぬようにの」

 千歳は那殊の介入により操作された〈防人〉のスペックに目を通す。ディスプレイの情報は、〈防人〉のものとは思えないステータスを表示していた。重機士、〈天斬〉には及ばないまでも、機士の〈切人〉ならば部分的には凌駕している。

「……よし、しっかり掴まってろ」

「ちぃとばかし見ぬうちに人使いが荒くなったものじゃな」

 そうはいうものの、那殊は余裕の表情で千歳の首に腕を回した。密着する少女の身体の感触に千歳は眉を寄せつつ、自分の視界と直結した〈防人〉のカメラを下へとずらした。

 そこには〈防人〉を、その中にいる千歳のことを見上げたレムリアがいた。那殊とのやりとりをするうちに冷えた思考が、レムリアへの申し訳なさで一杯になっていた。残念なことに謝罪をしている時間はもう残されていない。裂夜が危険なのだ。そこで千歳は努めて、既に裂夜は原型を止めぬ死体となっているイメージを思い浮かべぬようにした。〈夜叉姫〉は呑み込まれたのだ。噛み砕かれてはない。だからパイロットはまだ間に合う。そう信じた。

 千歳は〈防人〉のカメラにギルトと〈狂剣〉を収めると、陽の落ちた空へと飛び出した。

 かつて那殊の放った〈鬼獣〉相手に格闘した練習機であった〈防人〉と違い、この機体には飛行ユニットが装着されていた。むしろ、飛行機能のないあちらの機体の方が珍しいのだ。千歳と那殊を乗せた防人は、見る間にギルトへと距離を詰めていく。

 眼下でギルトに押しつぶされそうになっていた〈狂剣〉が、短距離転移でその拘束から逃れて白い肉塊に斬りかかっていた。発狂した者の乱雑な太刀だ。なのに、滅多切りにされてもギルトは痛みを感じて声を上げるだけで微動だにしない。

「あれでは、彼奴は斃せぬ。斃せぬのだよ」

 哀れむような声音で、那殊が千歳の耳元でつぶやいた。ヘルメットの装着をしていない千歳の耳に、暖かな吐息がかかった。

「斃す方法はないのか?」

「ある。彼奴の身体の丁度中心に――輪廻核がある。それを潰せば死ぬ」

「輪廻核?」

「紅玉じゃ。見れば判る」

「そうか。……だがまずは奴の腹をかっさばいて裂夜を引きずり出す!」

 しかし――、と千歳はギルトをターゲットに収めて急降下を始めながら思う。何故〈狂剣〉はあれほどまでに取り乱しているのだろう。まるで、呑み込まれた裂夜を助けだそうとするかのように。

 機体と那殊による二重の慣性制御下においてもコクピットの内部にまで襲いかかるGに顎をひいて歯を食いしばりながら、千歳は〈防人〉にアサルトライフルを構えさせた。ついにギルトが〈防人〉に気づいて顔を上げた。その顔に、銃弾をフルオートで叩き込む。頭上からの豪雨のような大口径弾の掃射に白い肉がはじけ飛んだ。蜂の巣でなくペーストされた肉塊が飛び散り、頭を消し飛ばす。――が、それさえも無意味だ。

 暴ッ、と暴力的な風切り音を立ててギルトの腕が蝿を叩き落とさんと〈防人〉へと振るわれた。まるで巨大な壁が迫ってくるような威圧感に戦慄しながら、千歳は〈防人〉を反転させて間一髪でそれを躱す。通り過ぎただけで余波が〈防人〉の表面装甲を叩いた。

「そんな豆鉄砲では埒があかぬぞ」

 確かにこの程度でどうにかなるものではない。輪廻核とやらの場所に目星をつけて掃射しても、肉の壁をかき分ける前にマガジンが空になる。それに千歳の目的はギルトの殺害ではない。なによりも――妹の安否を得ることだ。

 死過重になるアサルトライフルを投げ捨てて、千歳は標準装備のEVナイフを腰部から引き抜く。柄を右手で逆手に握り、石突きに左手を添える。

 赤熱して超高速振動する刀身を落下の速度に任せギルトに打ち下ろした。

 ザクンッ、と根本まで突き刺さり、そのまま縦に肉を切り裂く。鮮血が〈防人〉の保護色を真っ赤なペンキで染め上げる。

「返して、もらうぞ……」

 引き裂いた肉の中に〈防人〉の右手を突き入れる。肉をかき分け、引き裂き、千歳はリンクした〈防人〉の手から肉をまさぐる生暖かい感触を感じながら、その腕を奥へ奥へと伸ばす。

「〈夜叉姫〉は、裂夜はどこだっ」

「いや千歳、離れるのじゃっ」

 那殊の警告に千歳は我に返ってEVナイフを手放し、スラスターとブースターを噴かして後方へと飛んだ。背後へと曲芸めいた低空飛行をする〈防人〉の股の間に無数の触手が突き刺さっていく。

 追いすがる触手。その一本が〈防人〉の足をかすめた。ぐらりと機体が傾ぎ、バランスを崩した。好機とばかりに後続の触手が〈防人〉へと殺到する。

「邪魔をぉ、するなあっ!」

 傾いだ方へと機体を斃し、横にきりもみ回転しながら逃れる。触手たちが貫くのは悉くが〈防人〉の軌跡だ。

 鎖骨部分に設置された機関銃を選択し、千歳は追っ手の触手に向かってばらまいた。触手は紅い花となって振り払われて、月下の彩りと化した。

「キリがないな」

「そう簡単に捕まってはくれぬさ。このような低俗な玩具に意図も容易く屈するようでは、誰も苦労せぬ」

「だとしてもこいつで奴を屈服させる!」

「そうじゃ、それでこそ妾が目をかけた男よ。存分に彼奴を駆逐するとしよう」

 千歳はEVナイフの予備が腰部に収納されていることを確認して、ギルトを睨み付ける。〈防人〉によって与えた損傷など、見た目が派手なだけで敵にしてみれば微々たるものだ。光学センサ越しに見た醜悪な生物は既に修復を始めている。このようなペースで回復されては、蚊ほどの痛みしか敵に与えていないのと変わらない。

『どうやらお困りのようだね』

 いきなり那殊のものではない、場に似合わぬ男の声が聞こえたものだから、千歳は一瞬幻聴かと耳を疑った。すぐにその声が聞き覚えのある男のものであると認識し、コクピット内に設置されたスピーカーから発せられたものだと把握した。この〈防人〉に男が通信を寄越したのだ。

「主任ですか」

『レムリアに話を聞いてね。いやあ、皇ヶ院のお嬢さんを運んできたかと思うとこれだもんなあ。いやホント、面白いことは続くものだね陵くん。新種の〈鬼獣〉相手に特攻とは、ホント飽きないよ』

 通信の主はオーバル・オレニコフだった。どうやらレムリアによって大まかな事情が伝わっているようで、こんな状況下でありながらオーバルは愉快そうにしていた。ある意味、この感情が部分的に欠落したような余裕は那殊と変わらない。得体の知れなさでいってもだ。恐れを知らぬ戯け物と、いってしまえばそれまでだったが。

「そこの男、あんな前衛芸術じみた怪物を〈鬼獣〉と一緒にするでない。別に〈鬼獣〉に愛着があるわけではないが不愉快じゃ」

『おや、聞き慣れないお嬢さんの声が。どうしたことだろうねえ、これは。軍人以外を〈GA〉に乗せたら軍法会議行きじゃないかなー。要救助者?』

「細かい詮索は後で」

『ま、興味もないよ。では本題。キミに力を貸してあげよう』

 いうと、〈防人〉のディスプレイに表示された地形MAPにマーカーが表示された。

『あと一八〇秒後にその地点にコンテナを撃ち込む。その中にある火器を使うといい。どこまで有効かはわからないけどね。威力だけは折り紙付きだから期待してくれていいよ。なにせ昨日、〈切人〉じゃ撃った瞬間にばらばらになるから搭載できなかったって代物だし』

「そんな物を〈防人〉に使わせる気なのか……」

『そこのところはお任せするよ。どうやら基地の方からの増援も難しいみたいだし。じゃ、がんばれー』

 通信を送ってきた時と同じく、これまた一方的にオーバルからの通信は無責任に途絶えた。そのマイペースぶりに千歳は頭が痛くなるが、火力不足に悩んでいた現状ではあって困ることはない。威力だけは申し分ないのなら、裂夜を引きずり出した後にギルトの輪廻核を撃ち抜くために使わせてもらうまで。

「なんとも傍若無人で失礼極まりない者であったな。付き合う者は選んだ方がよいぞ、千歳よ」

「お前がいう台詞か、それは。しかし、増援がないとはな。なにがどうなっているんだか!」

「来れぬよなあ。きっと今頃火消しに奔走していることじゃろうし」

「……なにか知っているのか?」

 危うく触手に捕まりそうになりがら、千歳は自身の膝の上で猫のように身体を丸めている那殊を見る。

 触手のせいで、接近するタイミングが掴めない。〈狂剣〉が〈防人〉に構わずギルトだけを相手にして気を少しでも反らしてくれているのが救いだった。そうやって戦況を確認することを怠らずに、なお詰問口調で千歳は那殊に訊ねていた。

「裂夜が何故あのようなことをしていたと思っておるのやら。あれはの、〈鬼獣〉の毒に感染した者共を発症前に殺しておったのよ」

「……!」

 あれだけ大規模な〈鬼獣〉との戦闘。いかに軍人が感染の予防をしていたといっても、少しの油断が感染を招く。それが発現したと、那殊はいったのだ。

「つまり、また、お前の……」

「そうじゃなあ、妾が直接手を下したわけではないが、妾の放った〈鬼獣〉で間接的にそうなったのは事実じゃなあ。……おや、もしかして基地に〈鬼獣〉を降らせたのは妾と気づいておったのかな。流石に察しがよいな」

「お前ってやつは……っ」

「戦いに彩りを添えてやったまでのことじゃろー? 転移妨害術式がいとも容易く改竄されてしまう不備に気づけておらなんだ人の怠慢が諸悪の根源じゃ。あのように遊ばれてしまうようでは、遠くない未来に死んでおった連中であったろうよ」

 那殊の無礼な、死者すら冒涜する物言いに千歳は眉間に皺を寄せるが、ここで怒っていても仕方がない。なにより、その相手の力に頼っているのが今の千歳だ。ここは彼女に言わせておくしかない。千歳は那殊への怒りと、かつて近い距離にいたと思っていた相手への哀しみと寂しさが複雑に絡み合った感情を噛み殺した。

「それよりも裂夜を引きはがさねば、いささか面倒なことになりそうじゃ」

「つまりそれは、まだ裂夜が無事だと判断していいんだな」

「嘘はいわぬさ。事実を伝えぬことはあるがな。裂夜も〈夜叉姫〉も無事じゃよ、今はの」

 那殊がモニター越しにギルトを指刺した。

「じゃが、いずれ無事でなくなる。あれを見てみよ」

 モニターに映ったギルトに異変が生じていた。〈狂剣〉を吹き飛ばして距離をとったギルトの身体が、徐々に変化を始めたのである。

 ギルトの身体は細身の人型へと近づいていく。その姿は、どこか〈夜叉姫〉を彷彿とさせた。大きな粘土の一部を〈夜叉姫〉の形に指先で整えている、その程度の変化であったが、それは間違いなく異変だった。

「彼奴らは見た目通り真っ白じゃからな。食べたものに染まりやすいのじゃよ。消化されきってしまえば、ほとんど〈夜叉姫〉と変わらぬ姿になるのであろうな。時間はないぞ、疾く早く遂行せよ」

「言われるまでもない。肥料にでもしてやるさ、奴をな!」

 千歳は〈防人〉に予備のEVナイフを掴ませると、一気呵成、ギルトへと全速力で飛び出した。

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