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時間がないのだと雷華はいった。雷華の予測的な言葉に、逡巡したのちレムリアも同意した。雷華がそう直感したのならば、それは見当違いというわけではない。
千歳にはその言葉の真意は理解しかねたが、それでも、雷華がいった?墓守御三家?についてのことだけは了解した。
神国の中核に食い込む、公にはされぬ血筋の家系。彼らとの邂逅を、なさねばならない事態に発展している。
人の知らぬ間に、世界は動き始めているようだった。
墓守御三家と呼ばれる者たちは、ほとんどが辺境で目立たぬように生活をしている。都会で大きな屋敷を持つよりも、地方の方がなにかと便利だ。隠匿性もあるし、なにより、陵家のように危険な式神を封印するといった役目も兼任させやすい。それに、墓守御三家の人間は得てして人外だ。隔離して、関わりたくないというのが人の本音でもある。
陵、石塔、墳墓の三つにより構成される御三家だが、墳墓家だけは例外的に次期後継者などの若い世代を帝都や京の都など、都会で生活させている。これは、彼らが近代兵器に精通し、常に最新の技術を操り、それでいて人間離れした市街地戦を可能にさせるための風習である。
が、そういう例を除いては、すっかり数の減った森林などが現存するほどの田舎に住むのが常である。千歳もその事例からは逃れていない。
ただ、どうやら、千歳が神国から離れている間に少しその風習に変化が生じているようだった。
走る要塞とまでいわれるほどの防御能力を持つ皇ヶ院の自家用車、その後部座席で千歳は窓から後ろに流れていく景色を見た。その景色は、近代的な建造物が所狭しと並んでいるものである。とてもではないが田舎ではないし、基地から車で数時間揺られれば迎える位置だ。距離はたかが知れている。
丁度千歳が神国を離れた頃から、墓守御三家の有力者は一カ所に集まっているというのだ。もっとも、陵家で生き残った千歳は神国を離れ、裂夜に至っては行方をくらませていたようなので、石塔と墳墓しか集まりはしなかったのだが。
「本来なら、神国内でちりぢりになっているはずの有力者たちが、一カ所に集まるほどのことが起きている。つまり、そういうことか」
「そう。だから、千歳も揃ったことだし、これを気に話をききたいわけ。墳墓の乱暴小僧はともかく、石塔の首魁にね」
千歳の言葉に応えるのは、千歳の左隣に座っている雷華だ。雷華の右隣には、さらにレムリアが身体のずっしり沈むクッションの感触を堪能していた。三人並んで座っているのに窮屈さはなく、ゆったりとしている。さすがというべきか、雷華の自家用車は実用性の他に快適性も一級品であった。〈GA〉の硬い暖かみのないシートと比べてしまえば、雑巾と高級羽毛布団ほども違う。レムリアがその感触にのほほんと目を細めているのも当然といえた。
「そうか、石塔家の人間は未来視ができるんだったな」
石塔家は代々、正当な血筋で産まれた女児に未来視という能力が備わる。その能力というのは、まさしく名前そのまま、未来を見ることだ。
未来を見る、などということは所詮本人の主観でしかなく、誰も立証は不可能である。が、石塔の未来視は誤差はあれども、その内容は必ず的中する。故にかつてから信じられた。
万能というわけではない。未来視という現象も、数秒単位でなら自在であっても、数分、数時間、数日、数ヶ月、数年後といった遠き未来になると、見るのに多大な時間がかかる。下手をすると、三日後の予測をするのに四日かかり、既に過去になっている――などということも起こり得る。あとは、突発的に夢に見るくらいだ。それでも、本来なら誰も知ることができない情報を得られるということは、それだけで多大な利益をもたらす。神国という島国が、外的の脅威に晒されてもこうして存続できているのは、縁の下で石塔家の未来視に支えられているという面もあった。
原理は不明、一説には、式神と同じく脳が高度に発達し、周囲の情報を取り込んで、計算により未来予測をしているとのことだが、所詮は仮説でしかない。ともかく、そのような事象が現実のものになっていることが重要だった。
「そうよ。以前から、いくつか頼んでいた未来視があったのよ。裂夜ちゃんのこととか、今後起こり得る事態について、ね」
「……裂夜が、どうかしたのか?」
裂夜の名がここに出てきたことが、千歳には引っかかった。嫌な予感がしているとでもいうのか。部屋に裂夜がやってきたことのことが、ずっと思考の半分を占めていた。
人殺し。人殺し。人殺し。
裂夜による弾劾の声が脳に突き刺さる。叫び出したくなるのを堪えた。そういえば、裂夜は行方を今までくらませて、いったいなにをしようとしていたのだろう。
雷華は幾度か躊躇したが、隠しても仕方がなく、なにより千歳が知らねばならないことだと判断して、話始めた。
「神国でね、頻発してるのよ。人間と式神が斬殺される事件がね」
「……なに?」
「こう、鋭利な刃物ですっぱりとね。しかもね、長い得物でよ。人間を簡単に切り裂ける刃物なんて珍しくもないけど、長物となれば話は別よね」
「ちょっと待て。それで裂夜が刀でやった、なんて、いうんじゃないだろうな。お前にしては浅慮すぎるだろう」
「アンタこそ、随分と思慮が浅いじゃない。普段じゃ考えられないわ。最初にいったでしょ、式神すら殺されているのよ。唯の人にできると思う?」
それは――そうだ。
千歳は式神が〈鬼獣〉のウィルスに感染して暴走した人を殺すところを、よく見ている。式神の戦闘能力は、それこそ暴風を人の形に圧縮したようなものだ。近代兵器を駆使し、複数部隊で包囲し、奇襲をしかければ――なるほど、人間でも式神には勝てる。だが、犠牲は部隊が全滅にまで追い込まれるだろう。それも軍隊での全滅扱いを受けるほどの損害という意味ではない。文字通りの意味で全滅だ。部隊の一割も生きのこれまい。
「……式神の死体の周りに、他の死体はないのか」
「ない。大地震の後みたいな渦中には、被害者の死体しかないみたいよ。世間では犯人不明とされているけど、わたしたちは知っている。単独で式神を殺しうる人間っていうのをね」
ああ、そうだ。だができる。人間でありながら式神を殺せる者がこの世にはいる。千の人間を相手には勝てなくとも、最強と称される単体を打倒できるジョーカーのような存在がこの世には存在する。
千歳にはできなかった。だが、陵の者でそれを可能とする者がいる。
陵家史上最強の人間とまでいわれた少女、陵 裂夜だ。
雷華の云うとおりだ。千歳は敢えてその言葉を聞き逃していた。人間だけなら荒唐無稽な話と斬って捨てられるが、式神まで被害者に含まれているとなっては話は別だ。しかも、裂夜のあの捨て台詞。無関係とは言い切れない。
しかし、それでも、神国にはまだ考慮にいれなければいけないシリアルキラーがいる。
「〈狂剣〉は、どうだ。この間の戦いで基地の中にまで進入していたという話だろう。奴の得物も刀だ。……あれなら、式神殺しも可能だろう」
「そこが問題なのよ」
「……なに?」
「裂夜ちゃんと〈狂剣〉がなんの関連性がないとは、断言できない」
「馬鹿な……。どんな根拠がある」
「まずは〈狂剣〉が初めて観測された時と裂夜ちゃんが行方をくらませた時期がほぼ一致すること。ふたつ目に、〈狂剣〉の目撃者は顔を見ていない。常にフードを被っていて、男か女かもわからない。身体付きが女性にしてはしっかりとしているようには思えたが、男性的とも言い難い中性的体格。そもそも服のサイズに余裕があり、正確な輪郭を捉えた者はいない。とのことよ。便宜上男と扱う場合はあっても、ホントの性別は誰も知らないのよ」
「いや――しかし――」
咄嗟に否定の言葉が口をついたものの、続きは思い浮かばずに吐息だけが洩れた。なにより、千歳にも心当たりがまったくないわけでもない。
千歳は〈天斬〉に乗って、〈鬼神〉の〈狂剣〉と剣を交えたことがあり、競り負けた。あの時、千歳は相手の太刀筋に既視感を覚えていたのだ。どこかで知っている剣だと――。
それでも、はいそうですかと認めることは千歳にはできなかった。言葉を濁して、窓の外から目を外さないようにした。今雷華と顔をあわせてしまうと、情けない表情を見られてしまうから。
雷華も、予想の段階で千歳を追い詰めようとは思わずに、これ以上の言及は避けた。車内に重い空気が訪れて、気まずいムードが漂い始めたが、ひとりだけ、この状況でも口を開くことに躊躇しない女性がいた。
「そんなに怖いなら」
後部座席に深く身を埋めてくつろぎ、話を静観していたレムリアが顔も向けずに千歳にいった。
「信じればいい」
「……信じる?」
「本当に自分の妹が手を汚していないというなら、そうだと信じておけばいい。たったひとりでも、そう思っている人がいたとしても、問題ない。家族が家族を信じるのに、罪なんてないんだし」
「……それも、そうだな」
まだ、そうだと決まったわけではない。ただ、そうかもしれないという段階だ。覚悟は必要かもしれないが、家族が、たったひとりの妹の身が潔白であると信じる分には自由なのだ。レムリアのいう通り、家族が家族を信じてやらなくて、いったい誰が信じてやれるというのか。
気遣いからいった様子ではないようだったが、それでも、レムリアが無愛想につげたものに、千歳はいくらか胸が軽くなったのを感じた。
反面、雷華が不満そうに頬を膨らませている。所在なさげに、両膝を擦りあわせていた。
「なによこれ。まるでわたしが悪者みたいじゃない。わ、わたしだって、裂夜ちゃんのことが嫌いでこんなこといってるんじゃないんだからね!」
「うん。雷華は良い子良い子」
「ちょっとレムリア、なにそのおざなりな子供のあやし方は。そんな不当な扱いをよくもまあ皇ヶ院の次期代表にするもんだわっ」
「そういうことはもう少し胸にお肉をつけてからいって」
「なんでアンタはたまにセクハラ親父みたいなジョークを飛ばしてくるのよ、っていうか表出ろ」
さっきまでの空気はなんだったのかと思わせる騒がしさに、きつく結んでいた千歳の口元がほころんだ。
「わかってる。雷華が意地悪でいったんじゃないことくらいな。わざわざ汚れ役を買ってくれたんだろう。ありがと、助かったよ。さすが俺の許嫁ってところだな」
「ぎゃー、アンタも恥ずかしいこというな! 今までそんなこといわなかったろーに、いきなりそんなこと!」
あってないようなものであるが、千歳もたまにはそんな、かつてあった事実でからかってみたくなることもあったのだ。なにより、そうしなければ恥ずかしくて伝えられなかっただろうから。
そうやって騒いでいるうちに、車は目的地へと近づいていく――。
*
皇ヶ院の自家用車が止まった場所は、帝都内にある寺院のひとつだった。
人口が増加の一途をたどっても、根強く残った宗教的風習が薄れることはない。特に、人の死に関する価値観は、そう簡単に変わるものではない。〈鬼獣〉によって死が身近になった人々は、死者の尊厳を守る。人がゴミのように死んでいくなか、命がそんなに軽いものではないようにと願いながら。そのため、土地不足が叫ばれていても、このような墓地は減ることを知らない。経済的余裕がある国ならではの発展だ。紛争地帯なら、こうはいかない。埋葬に気を遣う余裕などないからだ。
運転手を残して、千歳、雷華、レムリアの三人が車から降りる。斜面に埋もれるように設置された石段を雷華が指さした。
「あそこから、墓地の方へと行けるわ。山門から登っていってもいいんだけど、あんまり目立ちたくもないしね」
そうして三人はなだらかな斜面にある石段を登った。距離としては、たいしたことはない。軍人である千歳とレムリアは息も切らさず登り切り、雷華でさえ登り終えた時にふうと息を吐くだけですむ。斜面が急勾配であったなら疲れもしただろうが、これくらいだと誰も苦には思わなかった。
石段を登り終えると、千歳たちは墓所に出た。山門から入ると境内に出るが、こちらは直接墓所に出る道のようだった。出口として使われているのか、寺院の人間が使用しているのか。それとも、雷華たちのようにあまり目立ちたくない者がこちらから入るのかもしれない。
三人で並んで歩き始めると、千歳は寺院の方に目を向けた。
「おかしな場所にいるものだな」
「石塔家の子がね、こういう霊場の方が落ち着くっていうのよ。墳墓家の悪ガキは、この近くに住んでるってだけでこの寺院にはいないけどね。だいたい、銃を振り回すことしか脳のない奴に、今日は用がないしね」
「……辛辣だな。それに耳が痛い」
陵家も普段は剣を振り回しているばかりだった。それがどれほど名誉ある役割を与えてもらうための修練であったといっても、その技術は石塔家の貢献力には及ばない。実際、墓守御三家で、もっとも国を明確に支えているのが石塔家なのだ。千歳にもある程度跳ね返ってくる言葉であった。
先程から黙っていたレムリアが、静かに千歳の隣までやってくると耳打ちした。
「陵 千歳」
「……ああ、わかってる」
「ん、どうかしたの、ふたりとも?」
千歳とレムリアの様子に首をかしげた雷華を、千歳が引き留める。その間も、千歳の目は注意深く周囲を観察している。
「雷華。少し隠れていろ」
千歳の言葉で事態を察して、雷華は小さく頷くと千歳の指示に従った。雷華が墓石の影に隠れる。
それと同時に、千歳の視界の端できらりと光るものが見えた。
光の正体を判別するよりも早く千歳は近くに立っていた卒塔婆を引き抜くと、それで迫る光を叩き落とした。
金属音を立てて地面に叩きつけられたのは二本のナイフだった。その投擲されたであろうナイフは墓石に隠れようとする雷華の背中を狙っていた。
――栄国の時のような刺客か?
雷華がメディア露出を控えて外見の知名度が低いとはいっても、知っている者は知っている。そして雷華は大財閥の次期代表であり、なにより神国の軍事力にも影響してくるスポンサー、狙われる理由はいくつもある。
初撃が無効化されるのは予想していたのか。襲撃者は最早最初に投擲してきた時とは違う場所へと走り出している。墓石の影を素早く疾駆する黒猫のような人の影。
速度――疾い。
人間離れした疾走能力。墓石から墓石へと隠れるその速度は千歳の目でもってしても視認できない。相当な手練れ。襲撃者の気配に千歳とレムリアが気づけたのも、相手が隠していた敵意を偶然露わにしたからに過ぎない。
千歳は内心で刀を持ってきておくのだったと舌を打つ。武器が戒名の刻まれた卒塔婆では話にならない。懐に軍用拳銃は隠してあるが、千歳の射撃の腕は良くも悪くも並だ。軽業師の動きに命中させられるかはわからない。それでも、戒名の刻まれた卒塔婆を振り回すという罰当たりな方法よりは、よほど頼りになるのだが――。
卒塔婆から手を離そうとすると、千歳めがけてナイフが宙を擦過。
相手も千歳が拳銃を持っていることをわかっている。歩き方で悟られでもしたのか。銃を持つが故の挙動の不自然さは、出来うる限り抑えていたはずだったが、それでも容易く見抜いている。これほどの相手がこちらに気取られるようなヘマをしたことに、千歳は感謝するしかない。完全に不意をつかれていればどうなっていたかわからなかった。
千歳は内心で死者に謝罪しながら卒塔婆でナイフを打ち落とす――ナイフと卒塔婆が触れた時、千歳はそれを手放して身体を捻った。
打ち落とそうと刀身を叩いたはずのナイフが千歳の腕を浅く裂いた。焼けるような痛みが走る。卒塔婆はナイフに触れただけで真っ二つになっていた。
摩擦係数を極限まで落とした、人間用のバイブレーションソード――!
近年、〈GA〉が装備しているEVナイフを人間用に小型化しようという計画が始まったと聞く。人間の目下の敵は人間サイズの相手ではなく、あくまで〈鬼獣〉であることから、その開発は重要視されていなかったと聞くが、いつの間にかこうして形にしていたとは驚きだった。
このナイフは鋼鉄をもバターのように引き裂く。まともに当たれば刃の根本までぐっさりだ。
墓石から墓石へと移る正体不明の敵の口元が一瞬、千歳の目に入る。してやったりと笑っていた。こちらの動揺を嗤っている。
凄腕の凶手にしては感情管理は杜撰――しかし、その腕を疑うことはできない。
静謐なる墓地に響く銃声。
千歳はまだ銃を手にかけることはできておらず、千歳が撃たれたわけでもない。銃爪を引いたのはレムリアだった。
構えた軍用拳銃から、立て続けに二発の発砲。うち一発は、敵の前髪を一房弾き飛ばした。墓石の群れに隠れる敵に対して、レムリアは無表情、それでいて挑発的だった。
「随分と千歳にご執心だけど――次は前髪だけじゃすまさない」
相手は千歳を第一殲滅目標と認定していたようだが、この介入によってレムリアも標的に加わった。
「銃を、使うとは――」
そのくぐもった、性別すら判別できない声は敵のものであったのか。
いったい何本保有しているのかわからないが、敵はナイフを再び投擲してくる。墓石と墓石の間に姿を見せるほんの一瞬で、ナイフは針の穴を通す正確さでレムリアに迫った。
「……っ」
「伏せろっ」
千歳がレムリアの肩を掴んで強引に地面に引き倒す。背後にあった墓石にナイフが易々と突き刺さる。墓石が本当にバターになってしまったと錯覚してしまいそうだった。
レムリアの射撃の腕は知っているが、それでも敵がこのように飛び回っている状況では命中させるのは困難。誰かが相手の動きを抑制する必要がある。
適役――考えるまでもない。
「レムリアは墓石に隠れながら射撃してくれ。隙は俺が作る」
「了解」
即座に立ち上がって千歳は走り出しながら、卒塔婆を引き抜く。なにも手に持たぬよりも、なにか武器も持っていた方がマシだ。
じゃり、という鉄の擦れる音。敵がナイフを大量に取り出したのである。敵も距離というアドバンテージを失わぬために、そう容易に近づけさせるわけがないのだから。
敵の近づかせまいとする攻撃。それらを総て逃れ、敵に肉薄する。こちらも障害物を扱えるのは同等。やってやれぬことではない。
相手がナイフを弾き出そうと腕を引くのと、千歳が卒塔婆でナイフの腹を叩いて叩き落とさんと構えるのと、そして拍手が響くのは同時だった。
「――――!」
突如、ぱちぱちと鳴る拍手の音に、その場の誰もが動きを止めた。
敵から戦意が抜けたのを感じ取ると、千歳はちらりと目だけをその音の先へと向けた。寺院の講堂の方から、巫女服姿の女性が下駄を履いて歩いてきていた。
その巫女服の女性は目を瞑っていたが、それでも足取りははっきりとしていた。むしろ、その足運びは綺麗とさえいえる。年齢とは不釣り合いな清流のような静けさを持った女性は、この緊迫した状況でも口元に優しい母性を感じさせる笑みを浮かべていた。
「そこまでにしてくださいね。ここ、お寺なんですから。ね?」
胸にかかるほどの長さの黒髪を揺らしながら首をかしげると、女性は子供に言い聞かせるようにして、そういった。