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ガンメタル・グリード  作者: 刹那
43/60

42:Trick art

 神国帝都の防衛を成すその基地には、いくつもの戦闘部隊が存在する。そのもっともたるは〈GA〉による大型対象物相手への戦闘班である。対鬼獣用戦闘部隊と呼称しないのは、今回のように人類同士の戦いに用いられるケースがあるためである。国家間で大々的な戦争は、世界の情勢からして、積極におこなおうとするものはいないものの、もしものことを考えると、武力に対抗するための武力を保有するしかないのである。他にも〈GA〉の流通品が過激派組織に流れている場合もあるのだ。そのための対抗手段としても、〈GA〉による部隊は重要である。

 特にこの基地で配備された〈GA〉の数は他の基地の比ではない。地方の基地の三倍以上はあろうかという規模だ。

 それほどの戦力を保有していたにもかかわらず、今の基地の様相は復興を進められている紛争地帯のそれであった。〈GA〉が瓦礫をどかし、修復作業にも従事しているが、その機体もすべて無傷ではない。このような作業をおこなう分には支障はないが、戦闘行動をおこなえるほどではなかった。比較的損傷の少ない機体でも、装甲がえぐれてフレームがむき出しになっている始末である。

 原因はいうまでもなく、先日、突如襲来した〈鬼獣〉と栄国の特殊部隊によるものだ。もっとも、混乱を避けるために、一般の兵卒には敵対行動をとった〈GA〉が栄国のものであるとは公表していない。所属不明機として処理している。安易に公表してしまえば、栄国との関係が険悪になってしまうのである。無論、このような襲撃をかけてきた栄国は許し難いが、そこですぐさま国を挙げて報復行動をとる羽目になっては、神国してもうまみはなく、ここは口をつぐんでいるしかなかった。もっとも、国の上層部や雷華のような権力者は政治的圧力で栄国に制裁をするつもりなのはいうまでもないが――。

 それは兵隊には関係のないことだ。なので、憤懣はあるものの自分の仕事に納得しつつ、真二・トゥファン・不知火は、所属する第七小隊の格納庫で自機の整備をしていた。

 コクピットのハッチを開放したまま、真二は座席に深く腰掛けて眉間に皺を寄せていた。今に煙でも噴くのではないかと思うほどのしかめっ面で腕を組み、ディスプレイを注視していた。

 コクピットの外でも活動をしていたのか、ぼさぼさで手入れをまったくしていないであろう髪は、煤と汗とオイルで汚れていた。普段は乱暴には見えても不潔という印象はないのだが、今はシャワーを浴びる時間的余裕すらない。徹夜でのぶっとおしの作業だった。目の下は、うっすらと青くなっている。

 そこへ、黒い肌をしたドレッドヘアの男が現れた。開いたハッチに手をかけて、コクピットの内部を覗き込む男の顔の彫りは深く、体格もさすがというべきか、ボディビルダーのように大柄だ。筋肉の塊のような男である。だが、その黒人の男性が話す言葉は粗野ではなく、丁寧なものだ。

「どうだ、真二。はかどっているか?」

「そういうツラに見えるか」

「名詭弁を論破してやろうと躍起になってる哲学者みたいな面に見えるな」

「よくわかってるじゃねえか。これ見てみろよ、最悪だぜ。フレームは歪むわ、姿勢制御システムのジャイロが狂ってるわ、だ。関節部の消耗具合もハンパじゃねえ。本格的にオーバーホールでもしねえと使いものにならねえよ。いや、いっそ機体を変えた方がいいんじゃないかってレベルだな」

「どれどれ。……ああ、こいつは酷いな」

 さらに身を乗り出して、真二を悩ませているディスプレイの表示に目を落とした。そうして見るだけで真二の相棒であるところのジャック・モルダー=ブラウンは理解した。エラーメッセージを読むのは一目見て放棄した。それだけ、真二の〈GA〉、〈切人〉の消耗は激しかったのである。

「まあ、あれだけの無茶をすれば当然こうなるだろう、な。むしろ戦闘中によく狙いがつけられていたもんだよ、真二。いっそ狙撃手から砲撃制圧部隊の仲間入りでもしたらいいんじゃないか」

「勘弁しろ。もう二度とあんなのはごめんだ。反動抑制をぶち抜いてきやがる衝撃で内臓まではき出すとこだったんだぜ」

 この損傷は〈鬼獣〉との戦闘で負ったものだが、敵の攻撃による損傷はほとんどなかった。それは狙撃手護衛のジャックの獅子奮迅の活躍があったからこそである。故に、これらはすべて〈切人〉自身の行動によって出来てしまったということだ。

 当時、〈切人〉が装着していた砲撃用換装ユニット。あれは本来ならば準重機士級〈天斬〉が装備することを前提にして開発された兵器だった。火器類はすべて既存兵器の流用品で構成されてはいたが、設計思想と構成が機体の負担を度外視していた。それでも、〈天斬〉ならばなんとか扱いきれるはずではあったのだが、機士級である〈切人〉には文字通り荷が重すぎた。

 重心を安定させるために装着せざるを得なかった増加装甲、単体で小隊クラスあるいはそれ以上の火力を実現するための火器類。およびその火器を掃射した時に襲い来る絶大な反動。それらは機体をおかしくするには充分な負担であった。

 お手上げだと音を上げて、真二はふてくされた表情で自分の頭皮を掻く。シャワーもあびないでこんな作業をしていると、頭が痒くなって仕方がない。

「まったく、あいつらに関わっちまったばかりに、碌でもねえことになるし、散々だぜ。あンの気に喰わねえ野郎が使うはずだった装備でこんだけ不利益被ったと思ったら、それもひとしおってやつだな」

「随分と荒れてるな。なにかあるごとにあの少尉の愚痴ばかりだな、真二は。なにがどうしてそこまで気に喰わないんだか」

 どうやら試作機のテストパイロットになったことが不満、というわけではないらしかった。

 いや、とジャックは以前も真二に云ったその言葉を訂正する。そのことへの不満は、実のところ真二はたいして気にしていない。不快になりこそすれ、それだけで人をここまで嫌うような奴ではない。乱雑に見えて、実のところ人には誠実だ。そうでなければジャックも、わざわざ真二のために生存率の低い狙撃手護衛などやらない。無防備で対鬼獣の戦いにおいて存在を軽視されている狙撃手を守る機体は一機しか配置されないのだ。いざ近づかれれば、ジャックはひとりで真二を守らねばならないのである。嫌みな奴のためにそこまで命ははれない。

「……別に。ただ、ひっかかるのさ」

「なにがだ?」

「奴には生きる気力っていうか、目的がねえ、自己がねえ、自尊がねえ、感情を抑えて、そうしなきゃならねえとでも思ってるみたいに自分を殺してやがる。ああ、わかってる。それは兵士には大事なことだぜ。だがな、奴はそうじゃない。それを自分の意志でやってるんじゃない。まるで周りからそうしなきゃならねえと強要されてるってツラで、そう振る舞ってやがるんだ。

 気に喰わないだろう。自分は不幸じゃなきゃいけねえ、なんも望んじゃならねえ、そう考えてやがる。なにも望まない奴は死者とかわらねえよ」

「なるほど。なかなか思慮が深いな。直球馬鹿では狙撃手はつとまらないというわけだ」

「だぁれが直球馬鹿だよ! 仕方ねえだろ、銃弾は曲がってはくれねえんだから」

「……それ、認めてるよな、馬鹿って」

 微妙にずれたことに文句をいっているような気もするが、本人がそれでいいのなら、わざわざ細かく指摘して怒られる必要もないのだが、いささか相棒の思考回路に興味がわくジャックであった。

「一番腹が立つのは、野郎のあれは後天的なもんだってことなんだろうけどな。やたらと人が群がってやがるしな。ただの根暗不幸自慢野郎なら、なんも思わねえっていうのによ」

「難儀だねえ、相棒」

「うるせえ。もうあいつのことはいいだろ、これで終わりだ。次に見かけてまたあのツラならぶん殴ってやる、それで解決、以上。今の問題は……」

 真二はディスプレイを乱暴に指でつつくと、がくりと首を落とした。

「こいつなんだよ……」

 黙ってみていても、いっこうにディスプレイの表示が好転することはなかった。


     *


 ――本当に、嫌な思い出だった。

 だが忘れてはならない。あれは遠き日の幸せであり、泡沫と消えた世界であり、そして自身への戒めであると。それを忘却して浅ましくも逃げてしまった時、己は息をすることすら許されぬ、畜生以下に成り下がってしまうのだと。

 苦しめ。左の胸で肉塊が蠢き続ける限り、業火に焼かれろ。

 自己満足の裁きでも、それを永遠と受け続けろ。自身の罪を忘れることがないように、痛みで苦しみ続けなければならない。すり減らして痛みを感じなくなってはいけないのだから。何故なら、死した人々は、もう痛みすら覚えることがないのだ。この身は既に人ではなく、一箇の罪悪精算装置なのだ。

 そうして陵 千歳はベッドの上で呻いた。まだあの記憶は鮮明に胸から離れない。永劫にこの傷は残り続けるのだろう。でも、ああも精細に思い出すのは、ここ数年なかったことだ。最初の頃は毎日のように夢に見て嘔吐を繰り返したし、最近も断片的に脳裏へ浮上することはあったが、あそこまでのことはなかった。

 原因はわかっている。きっと、現実となって過去が千歳にやってきたからだ。

 ――いや、あいつに関しては、過去になったのではなく過去にしてしまったのだ。

 何故なら、彼女は死人ではない。でも、忘れてしまいたかった。だって、あわせる顔がない。どの面をさげて会えばいいというのだ。できるわけがない。

 陵 千歳が人工島へと逃げたのは、なにもあの惨劇の地から離れたかったわけではない。そのもっともたる理由は――。

 トントンッ、小気味よく千歳の部屋のドアがノックされた。生活感のない、廃墟のような部屋の中にノックの音は反響して、壁にしみこみ消えていく。

 千歳の他に、この部屋には入居者はいない。試作機パイロットであるところの千歳は兵士としては厚遇な扱いを受けているようで、兵舎の個室を与えられているのだ。おそらく、雷華による計らいだろう。そういう特別待遇を受けるのは居心地の良いものではなかったが、今のように呻いている時、ひとりで痛みを堪えられる空間があるということには素直に感謝した。

 なので、自動的にこのノックの主は千歳に用があることになる。正直、今は誰とも話したくはなかった。だが、部屋に引きこもっていられる身分でもない。握り締めていたタオルケットを脇に除けると、千歳は鉛を背負ったように重い身体を起こした。

 大方、基地の復興作業の手伝いを要求しに来た者だろう。確かに、今の外の惨状からすると、猫の手でも借りたいはずだ。もっとも、狙われたのがこの基地ではなかったら、この程度の被害ではすまなかっただろう。壊滅的といえる被害ではないだけマシだ。三割の戦力を失い、死傷者の数も数え切れないが、それでも、マシなのだ。

 この基地は都市の守りでは重要は拠点のひとつ、一分一秒でも体勢を整えなくてはならない。そう考えれば、千歳もいつまでもこうしていようとは思えなくなった。

 ドアに近づき、ノブを掴み、引く――。

 ちりっ、とうなじに痛みが走り、千歳は右側へと飛び退いた。

 千歳の左側を棒状のなにかが擦過する。間にドアがあるにもかかわらず。

 ドアがあろうがなかろうが、関係ない。それはどんな鋼鉄だろうとも紙きれ一枚の障害にしか過ぎないのだ。

 がらがらっと音をたて、斃れたものは千歳の部屋のドアである。丁度真ん中から縦一閃と斬り裂かれた。壁に立てかけたベニヤ板が風に揺られて床に転がる。そういってもいいくらいの容易さで、両断されたドアはドアノブをがつんと床板にぶつけていた。

 ここまで見事な斬鉄をおこなう剣豪で千歳の心当たりがあるものは、状況的にひとりしかいない。

 鈴を鳴らすような軽快な納刀の音が聞こえて、千歳は再度ドアの前に立った。

 両断されたドアの前に立つと、外にいる者の姿が半分だけ見ることが出来た。左半身は残ったドアに隠れて見えないが、右半身だけはなんの障害もなく目に入る。

 千歳は、悪夢にうなされるようにして、目の前の少女の名前を口にした。

「裂夜」

「気安く呼ばないでいただきたい」

 恨みがこめられた右目が、千歳を射貫いていた。

 垣間見れない左半身。それがどれだけ裂夜が千歳に気を許していないかを表しているようであり、酷く、冷たい。

「その名を呼ぶ資格をわたしは認めていない」

「……すまない」

「そして、容易く謝罪などするな。許すどころか虫酸が走る」

「…………」

 絶望的な距離。そしてこれは千歳がここ数年埋めずにいた距離であり、逃げた分だけ広がってしまった軋轢の証左。

 そうだ、千歳が人工島へ逃げたのは――妹が怖かったからだ。こんな風に剣を振るわれるのがではない。ただ、ひたすらに、申し訳なくて、あの場にいてのうのうと生き残った自分が申し訳なくて、怖くて、逃げた。

 千歳はあの事件の前に会ってから、二度と裂夜と顔を合わせることも連絡をとることもしなかった。

 ああ、だから、これは当然の正当なる恨みである。

「お前がそんな様子だから、わたしは……っ」

 今にも千歳の喉笛に噛みつかんとする勢いで言葉を吐き出す裂夜は、しかし、こんなことをいっても無意味だと判断したのだろう。感情を押し殺して、千歳を睨み付ける。

「一生そうしているといいんだ。わたしは成さねばならぬことを成すのみ」

「成さなければいけないこと?」

「お前と同じことだよ」と裂夜は鼻で笑った。「所謂、人殺しだ」

「な――に――?」

 千歳は瞠目する。その滑稽な様子に裂夜はなにも答えず、身を翻して千歳の視界から消える。

 思わず、千歳は引き留めようと手を伸ばす――のを、やめた。行き場を失って宙をさまよう手から力を抜く。

 今更、どんな顔をして呼び止め、追求するというのだ。それは、彼女の家族や親類であるなら当然のことであるかもしれない。だが、兄であることの義務を放り出した自分が、それを追求する権利を保持しているとでもいうのか。否だ。今の陵 千歳にそんなことはできない。なにより、今更すぎる。

 千歳は、黙って、裂夜の足音が消えていくのを聞いていた。

 しばらくすると、入れ違いに足音が近づいてくる。やってきたのはバッグを肩にかけた雷華と、軍服姿のレムリアである。彼女たちがやってくるまでの間も、千歳はずっと立ち尽くしていた。

 やってきた二人は千歳の部屋のドアを見るなり、唖然と口を開けた。

「なにこれ、どうなってんの。欠陥工事?」

「雷華、もしそうならこれ溶接ミスとかそんなレベルじゃない」

「いや、まあ、少し、な。直さなきゃならないものを増やしてしまったな。

 ……それで、ふたりはどうしてここへ?」

 裂夜のことを話す気にはまったくなれず、千歳は話を変えるためふたりに訊ねる。しかも、雷華は肩にバッグをさげ、完全に外出する様子だ。薄くだが化粧もしている。

「ああ、そうよ。千歳、アンタも今から外にでるわよ。どうしても、行かなきゃならない場所があるでしょう」

「それは?」

「墓守御三家たちの元へ。アンタにも、関係があること。でしょ?」

 墓守御三家。陵家も名を連ねる、神国の中枢の名。

今後は少しづつ書きため、それを数日にわたって掲載する方針です。

一言でも感想やメッセージが入ってると作者が千歳に褒められた雷華みたいに喜びます。

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