31:ペルソナ
大鎌を両手で保持する、ドレス姿の女性を彷彿とさせる悪魔のような機体。名称、〈モルガン〉。その姿、状況、誰が乗っているかなど類推するのは容易い。人を惑わす見かけ、どこかの双子と認識がかぶった。そして、その予想は間違っていなかった。〈モルガン〉のパイロット――アリスとイリスの高い声が〈天斬〉のコクピット内に響いた。
『さっきはよくもやってくれたんだから』
『ふたりまとめて天国に送ってあげる!』
そして〈モルガン〉と共に現れたのは、動物を連想させるような肉付きの機体だった。太く屈強な両手足、その装甲の流れは本物の肉のように生々しく、はち切れんばかりの活力を放っている。鍛え抜かれた軍馬のような風情だった。その力強さは千歳に〈岩砕神〉を思い起こさせる。だが、あれは〈岩砕神〉よりも膂力に劣るものの、しなやかさに長けている。そう判断した。なにより、重機神の〈岩砕神〉に力単体で及ぶものではない。なら、他のスペックを引き上げているはずだ。
「あちらは、デュラハンか……」
黙して語らず、巨大なチェーンソー型の得物を手にしている機体、〈コシュタバワー〉を見た。
〈ガラハッド〉、〈モルガン〉、〈コシュタバワー〉、〈狂剣〉……。
「そうそうたる顔触れだな……っ」
しかも周りには大量の〈鬼獣〉。数はだいぶん減っているが、この四機がこの場にいる限り――無意味だ。この四機、どれも実力は一騎当千。〈鬼獣〉の集団よりも遙かに危険度は高い。
〈狂剣〉は中立としても、〈ガラハッド〉と〈モルガン〉、〈コシュタバワー〉は明確に敵。中立といっても、〈狂剣〉からもひしひしと殺意を感じる。対して〈天斬〉は不完全な武装。遠距離からの〈切人〉による砲撃があるといっても、あちらは〈鬼獣〉を掃討するのに弾薬を消費しなければならない。こちらへの援護は期待できない。
実質、刀一本でこれらすべてを相手にしなければならない。劣勢などというものではない。絶望的戦力差だ。
「レムリア、あの、栄国の三機……戦闘能力はどれくらいかわかるか?」
「過去の戦歴を見るに、スペックは〈天斬〉と大差はない。重機神が製造できない国なりに、かなり無理して設計してるみたい。全部このパイロットのためのワンオフ機みたい。しかも突然現れるなんて、〈鬼獣〉の転移能力を解析して搭載してるようね」
「余計な期待は抱けない、か……」
千歳は生唾を飲み込む。胸が痛い。高鳴る心臓が痛い。さらにそれを超えるのが、胸の内の痛さだ。胸を爪でひっかき、なにかが扉を開こうとする。ここから出せと声を上げている。さっき押し込めたはずなのに、出てこようとする。
――もう勝ちたいなどと思わない。
戦士の自分は黙っているのだ。今の自分は兵士であり、戦士ではない。そのはずだ。
かつて自分がおかした過ちを千歳は忘れない。だから出てこないでいて欲しいのに。
雷華はいった。いつまでそうしているのか、と。
くそ、くそ――。
「千歳、〈狂剣〉が動く!」
レムリアの言葉にはっと我に返る。〈狂剣〉が踏み込む動作――同時に姿があらゆるセンサから消失する。〈狂剣〉の短距離転移。近接武器しかないのを補い、敵を一刀の許に切り伏せる脅威の能力――。
「どこだ――!?」
〈狂剣〉の出現箇所、上空にいる〈コシュタバワー〉、その真後ろ。
『デュラハン!』
アリスとイリスの言葉がくる以前にデュラハンは背後を取られたことを悟っている。〈狂剣〉が人間でなければまた相対するも人外の速度。
ブースターを点火、スラスターを放射。距離をとると同時に振り返りながら振り子のようにチェーンソーを振りかぶる。刀とチェーンソー、リーチは後者が勝っている。刀が届かなくともチェーンソーの刃は〈狂剣〉に届く。そんな絶妙な位置へ。
〈狂剣〉は〈コシュタバワー〉を切り裂こうとした刀をひるがえし、即座にチェーンソーを迎撃。高速回転する刃と刀がぎゃりぎゃりと激突し、火花が激しく散る。
刀は折れない。曲がらない。傷つかない。
膂力も互角。しかし拮抗せず。
〈コシュタバワー〉がカチッ、と持ち手の部分にある銃爪を引いた。チェーンソーにつけられたリボルバーのような弾倉の中で火薬がはじけ、即座にエネルギーが充填――放出。
一過性超高出力BEを受けたチェーンソーから、光子の刃が噴出する。
GU――っ。
〈狂剣〉の姿が天を切り裂く光に呑み込まれた。否、瞬時に短距離転移を発動させ、着地している。だが、肩から胸にかけての焼けただれた切断痕。けして浅くない。
〈狂剣〉にも〈ガラハッド〉との戦闘による影響が出ている。〈ガラハッド〉も〈狂剣〉によると思われる損傷が見られるが、あの〈狂剣〉も相当に疲弊しているのだ。
――GAAAAAYAAAAAAAAA!
〈狂剣〉は咆え、再び〈コシュタバワー〉へと向かっていく。手負いの〈ガラハッド〉と〈天斬〉、そして〈モルガン〉よりもさらに優先してあの機体を落としにかかっている。
『ちょっと、そこにいる〈鬼神〉さん!』
『デュラハンに気を取られすぎてるよ!』
〈モルガン〉が宙に現れた〈狂剣〉にデスサイズを振るう。飛行手段のない〈狂剣〉はそれを受けきれずに、落下して基地の建造物を押し潰す。損傷が増えていく。それに構わず、〈狂剣〉は〈コシュタバワー〉を標的から外さない。
〈狂剣〉があの二機を引きつけていているから、〈天斬〉は予想していた事態に陥らなかった。なにが〈狂剣〉を駆り立てているかわからないが、あれは〈コシュタバワー〉、デュラハンを最優先撃破対象としたらしい。なにを基準にしているのか、何故戦っているのかわからないが、最悪の事態は免れたと喜ぶべきか。
ただ、理由がわからない。未だに首が皮一枚で繋がっていることには変わらない。〈狂剣〉の戦闘理由、いや、そもそも何故この場に〈狂剣〉が現れたのか。そういう目的はなにひとつとしてわかっていないのだ。通り魔的に現れ、暴れていき、人類と〈鬼獣〉に被害をもたらしていく天災のように見境のない〈鬼神〉。それが、神国でとらえられている〈狂剣〉という存在だった。
「……まあいい。今、俺が倒すべきは、お前のようだ。〈ガラハッド〉」
『おやあ、来まスか。ちょうどよいでス、あの〈鬼神〉に邪魔されたせいで果たせなかった破壊任務……ここで完遂させてもらいまショ。
それと、興味もあるんでスよ。その機体のパイロットくんに。どこまで出来るか、ためさせてもらいまスよ――!」
――――なんだ? と彼は思った。
――――なんだ? と相対する者は思った。
おかしい/おかしい。
こいつは/こいつは。
ただの――ではない。
〈狂剣〉の刀が〈コシュタバワー〉のコクピットを切り裂く。だが、デュラハンが直前に機体を後ろに引いたため、刀は装甲を撫でるだけだった。コクピット装甲が削れ、内部が露出する。
コクピットにいる者を目視して――〈狂剣〉はなるほど、と頷いた。異常の正体を見極める。奴は、機械か。
だが、それが隙だった。デュラハンはそれを見逃さない。チェーンソーの弾倉が再び炸裂し、高出力の光子の刃が〈狂剣〉を今度こそ直撃する。
回避は間に合わない。確かに光は〈狂剣〉を喰らいついた。
――――GYAGYAGAAAAAA……!
直撃の瞬間、刀で光を受け止める。極太の光子の刃は、それだけで止められるものではない、はずだった。
同時に短距離転移の力を刀を中心に展開――光を、捩曲げる。
あらぬ方向へと光子の刃を逸らした〈狂剣〉は、〈コシュタバワー〉に機体をぶつける。胸部と胸部が間近に迫る。
〈狂剣〉の胸部も、今の一撃で抉られていた。露出したコクピットには、フード姿の人影がひとつ。
はだけたフードから覗く顔に、デュラハンは驚く。機械の身体でなければそれは外から見てもわかっただろう。
――そうか。お前はそういうものか――。
もつれ合いながら〈コシュタバワー〉と〈狂剣〉が地面に激突する。その際、刀が〈コシュタバワー〉に深々と突き刺さった。動力系統が損傷し、各部の駆動率が低下する。一騎当千、今まで不敗を誇っていた〈コシュタバワー〉の機体に重大な損傷がくわえられた。〈狂剣〉も、かなりの傷を負っているが、その能力――そして執念と呼ぶべき食いつきは、尋常ではなかった。
『デュラハンから、離れて!』
『この、吹き飛んじゃえー!」
傷ついた〈狂剣〉に、〈モルガン〉が襲いかかった。
〈天斬〉の上半身の装甲が無様にひしゃげたのと、〈狂剣〉が〈モルガン〉によって致命傷を受けたのは同時だった。
〈ガラハッド〉の拳――拳をシールドで保護し、関節のスナップをきかせての連打――により、強固なはずの〈天斬〉の装甲が紙細工のように歪む。拳であるはずなのに点ではなく、あまりの速度によって面となって襲来した攻撃。それは〈天斬〉を背中から地面へと斃すには充分だった。
慣性制御があろうが関係ない。そんな衝撃対策の数々を突き抜けて、コクピットの中を振動が駆け抜けた。
「ガッ――」
プロボクサーに本気で殴られたら、これと同じ衝撃が身体を襲うのだろうか。それとも、トラックに追突されたらだろうか。そんなおかしな判断が、千歳の真っ白になった脳裏に最初に浮上してくるほどには、強い打撃だった。
口から飛び出してきそうな内臓を、口内に溜まった唾液を呑み込んで無理矢理定位置に押しとどめる。
「あぁまいでスよォ、〈天斬〉のパイロットくうううんっ!」
〈ガラハッド〉の足が〈天斬〉に迫る。足にまで展開された光子剣と同じ光に、千歳は目を剥いて即座に全推力を解放。〈天斬〉の巨体を一気に加速させる。身体を押しつぶしそうになるほどのGを気合でねじ伏せる。ここで推力を緩めたら、次の瞬間には〈天斬〉は真っ二つになってしまうのだから――!
蒼い人型が宙へ舞い、〈ガラハッド〉の攻撃を躱す。背から生えた翼を広げ、空中で機体を安定させる。それはさながら翼人だ。傷つきながらも闘志を失わず、両目のセンサを煌めかせる。
だが、翼人とは、イカロスとは、多くを望み、そして地に落とされた者。けして、神ではない。
それはまるで自分のようだと千歳は思った。自分は力はある。それはうぬぼれではない。でもそれが誰にもないものかと問われれば――否。天才を神とするならば、千歳は蝋で固めた翼を持って天空に手をかけようとするイカロス。神の怒りをかえば、いや、それ以前に自分の力を驕った時、その総ては終わる。
――勝てるのか?
敵の実力は本物だ。
現に、と千歳は光学センサが捉えた〈狂剣〉の姿を横目に確認して思う。あの〈狂剣〉ですら、あの〈モルガン〉に切り伏せられた。まだ息はあるものの、鎌――おそらく高周波振動ナイフと同じ――で身体を切り裂かれた〈狂剣〉は瀕死だ。どす黒い血を滝のように流していて、立っているのすらやっとという様子だ。今なら〈防人〉に乗った一兵卒ですら討ち取れるほどの深手である。〈コシュタバワー〉を戦闘続行が厳しいレベルまで損傷させているが、そこまでだ。あの〈狂剣〉でさえも。
この巫山戯た神父に、千歳も厳しい戦いを強いられている。そうだ、千歳は実力で確実にこの者たちに劣っている。
「ぐ――」
視界が赤く染まった。点滅する。血を流したのではない。ただ、頭が沸騰している。目に力がはいる。身体が興奮して熱い。この胸を突き上げてくる感情。これは、そうだ、陵 千歳は今、死に恐怖するでもなく、悔しさに怒りがこみ上げていた。
「陵 千歳、まだ動ける?」
「当たり前だ。お前だってまだいけるんだ。俺もこんなところでへばってたまるか」
なにか、返答の調子がおかしい。そうだ、長い。冗長だ。まだいけると、それだけいえばいいのに。なんで、こんなにダラダラと喋ったのか。そんなに自分は苛立っているのだろうか、と千歳は疑問に思う。ああ、その通り。苛立っている。
久しく感じていない。自分の無力さが、こんなにも腹立たしいのは。もう散々自覚させられて、諦観を持っていたはずなのに――まだ、こんな感情が、反骨心が、食らいつこうという気概が残っているとは、自分でも思わなかった。
胸から溢れでる感情の波が〈天斬〉に伝わった。刀を握るマニピュレーターの力が無闇に強くなる。人間らしい、〈GA〉独特のフィードバック。
心の中でなにかが吼えた。
――勝てないのなら、それなら、全力で、食らい付いてやろうじゃないか。自分らしい戦いで。全身全霊で。そうするように、そうできるように、生きてきたんだから――。
ああ、それがいいと千歳は頷いた。
最初から、自分を偽った状態で勝てる相手ではなかったのだ。相手は、栄国が誇る単独戦闘のプロフェッショナルであり、その代表格のような危険人物たち。それに、神国のただの少尉が敵うわけがなかった。
雷華と再会した時にいわれた言葉を思い出す。
墓守御三家。
脳内でスイッチが切り替わる。弾丸をマグナム弾に、火薬を劇薬に、陽を陰に、白を黒に、心を無に。
思考回路が組み変わる。総ては気の持ちようだ。精神の掌握、操作、管理、そんなものは訓練で後天的にいくらでも修得できる。だからこれもたいしたことはない。それに、これはもっと簡単だ。
今まで取り繕って隠していたものを表に出すだけなのだから。
ぞくりと背筋を走ったのは開放感。鎖につながれていた獣が解き放たれた。
この瞬間、陵 千歳は敵を最大効率で倒し、生還し、任務を遂行するためだけの獣となった。
それは、ただ「自分は獣だ」と、言い聞かせたものにすぎない。そんな自己暗示じみたものであったはずなのに――千歳は、別人にでもなったような気分を感じていた。
「レムリア! 両掌部にエネルギー集中、零距離でぶち込む準備だ。〈ガラハッド〉と〈モルガン〉――同時に片をつける!」
「――!? いきなり、なにを……!」
千歳の突飛な発言に、さすがにレムリアが驚いた。それを無視して、千歳は〈天斬〉を疾駆させる。〈ガラハッド〉へ向かって。
レムリアは、それでもエネルギーを千歳の指示通りに操作してくれた。そういうデリケートな操作は彼女に一任する。千歳より優秀であるし、信頼する。だから、千歳はそれを一時的に脳内から除外する。自分の最高率を敵に叩き込むために。
「ガラハッドォオオオオオオオオオオオオオオオ!」
『愚直な特攻! 愚かですネ、〈天斬〉のパイロットォ!」
八相に刀を構えて自分に向かってくる〈天斬〉に、〈ガラハッド〉は両掌をつきだして、そこから閃光を放った。断続的なビーム砲による迎撃。当たれば装甲を融解させ、貫くだろう。
無視した。
『なっ!?』
それを度外視して、〈天斬〉は特攻する。ビームが装甲を焼き、腕を打ち抜いた。胴を焼く。足を射貫く。でも速度はゆるまることなく。
目視でビームを回避するのは人間では不可能。光の速度は現在の人類でも到底察知できるものではない。だから、掌が突き出された角度から見抜いた。ビームの軌道を。そして、ビームが〈天斬〉に着弾するタイミングと位置を瞬時に脳裏で計算し類推した結果、微々たるものだと斬り捨てたのだ。
この損傷で〈天斬〉の駆動率は落ちる。それでも、ここで逃げるか突破するか。取捨選択した結果がこれだった。
「斬――ッ」
一迅の風となって疾走した〈天斬〉が、目にも止まらぬ斬撃を打ち下ろした。それは誰が見ても、腕が消えたようにしか見えなかった。
刀は〈ガラハッド〉の右腕を切り落とす。
『これは、馬鹿な……疾い!?』
「まだ、疾く、もっと、加速――!」
〈天斬〉の〈ガラハッド〉とは別方向のスラスターが火を噴く。人型ではあっても人間では到底できない動き。斬撃を放った瞬間に生まれた隙をカバーし、同時にスラスターを点火して身体を捻ることによって瞬時に打ち出す神速の乱舞の太刀――。
相手が常人であったなら、この二太刀目で勝負は決していた。三秒にも満たない接触で、死んでいた。それを覆すのは、さすが円卓十三機士、世界有数の人外――。
生き残った片腕が拳を刀に叩きつけ、その動きを受け止める。手首が跳ね上がり、受け止めた刀身を外側にはじき飛ばす。
〈天斬〉を殴る際にも行われた関節の特殊仕様だ。さらに〈ガラハッド〉は、関節が多い。人でいう肘に当たる部分が一カ所ではなく二カ所あるのだ。さらに関節が曲がる方向も一方向ではない。全方向。さらに搭載されたバネのような機構により、その拳の軌道と速度と連打力は超常のものである。先程〈天斬〉を倒したのも、それを利用した連打だ。
『ここまで、でスよ!』
片腕となっても、その動きは衰えなかった。左右のバランスの変化など〈ガラハッド〉とキング神父には影響は与えない。感覚共有をおこなう〈GA〉で特殊関節などという人間離れした構造の兵器を扱っているのだ。それを苦もなく動かす時点で、キング神父の技術と精神は異常であり狂気。その程度で動きが乱れるなど千歳も思ってはいない。
「ああ、あんたがな!」
千歳は刀を弾かれたのではない。刀身をわざと外へと流したのだ。柄から離してフリーになった右掌部は、〈ガラハッド〉の胴体へと密着していて――
「ぶち抜け」
エネルギーが解放された。
千歳が機転をきかせて作り出した掌部砲。〈天斬〉のカタログにも載っていない、近接戦用兵器。
それが〈ガラハッド〉の胴体を撃ち抜いた。
『なぁ、んとォ……!?』
キング神父はうめき、〈天斬〉は〈ガラハッド〉を蹴り飛ばす。その反動で、一気に次なる獲物へと飛び移る。
両翼を開き、推力を背中へと集中し、〈天斬〉は驚いて呆然としていた〈モルガン〉へと翔ぶ。
『え、嘘! 神父様が!』
『アリスちゃん、くる!』
二人乗りの〈モルガン〉、アリスとイリスも円卓十三機士団には変わりなかった。その立ち直りは的確、素早く、デスサイズで〈天斬〉を迎え撃つ体勢を整えている。
それでも、倒す。
刀をデスサイズへと叩きつける。〈モルガン〉の力は〈天斬〉に勝とも劣らず、よってその場で力比べに発展する――ことはなかった。
千歳は接触の瞬間、刀を〈天斬〉に捨てさせたのだ。てっきりぶつかると思い、その場に足を固定していた〈モルガン〉のパイロットはそれに意表をつかれた。
〈天斬〉は〈モルガン〉の頭上を抜けて、背後に着地。そこへ左掌部を突き出す。掌部砲、弐発目――。
『それはもう!』
『見たんだよ!』
〈モルガン〉がスカート状の装甲からスラスターを噴かせて、ぐるんとダンスを踊るように回転する。デスサイズと掌部砲が、激突した。
今度こそ、〈天斬〉と〈モルガン〉の両機に衝撃が走る。デスサイズに罅がはいり、無理をして稼働させた〈天斬〉の左掌部は負荷によって熱く赤熱し、駆動部分にエラーがでている。
刀を捨て、隠し武器でもトドメをさせなかった。この時、アリスとイリスは自分たちが有為に立ったと確信した。あと〈天斬〉に残されたのは、ちんけな内蔵機関砲と、もしくは、〈ガラハッド〉の様な拳しか――。
――拳?
〈天斬〉は、突きだした左腕とは別に、右腕を限界まで振りかぶっていて――。
〈天斬〉の足下で地面が砕け散った。踏み込み、その運動エネルギーを総て右拳に集中させるような武闘家の如き動きでもって――
「く、らえっ!」
――打ち出した。
それだけで、数十トンもある〈モルガン〉の巨体が吹き飛び、半壊していた建造物にトドメを刺した。アリスとイリスが悲鳴をあげながら、〈モルガン〉は地面に斃れ伏す。
白熱していた思考が徐々に冷却されていくのを感じながら、千歳は〈天斬〉の光学センサ越しに斃れた〈モルガン〉を見下ろしていた。