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ガンメタル・グリード  作者: 刹那
29/60

28:再装填

 まったく、世話が焼ける。それが、雷華たちを追っていく千歳に抱いたレムリアの感想だった。

 本当に、世話が焼ける。

 なにがあったかは知らないが、陵千歳という男は能動的には動かない。自分から行動をおこすのをまるで恐れているかのように、自己判断を故意に欠如させているような印象がある。それは故意であるから唐突に仮面の下の素顔が露見することもある。だからレムリアも千歳の感情の動きがわかるのだ。本人が自らを殺す理由、未だにレムリアには思い至らない。軍人だから、といったとしてもプライベートでまでできるだけ自我を排除しようとしているのは、いささか異常だ。まるで、自分がそうすることを許されてないかのような、そんな強迫観念に縛られているような――。

 ぼうとしていたら、目の前にはあの三人が立っていた。

 大男デュラハン、ゴシックロリータの双子アリスとイリス。

 思考に没頭していた時間はそれほど長くなかったはずだが、やはり彼らの身体能力は常人のそれを遙かに超越しているようだ。それを改めて再確認して、レムリアは怪訝な表情のアリスとイリスを見返した。

 アリスは処刑鎌(デスサイズ)を肩で担いで、デュラハンの肩から降りると、レムリアを小馬鹿にするように笑った。

「あれれ、ここでなにしてるの?」

「逃げないと、殺されちゃうよ?」

 はあ、とレムリアは溜息をつく。確かに、殺されるだろう。自分の身体能力は、軍人の中では飛び抜けているが、人外というわけでもない。いくら身体の能力に影響をもたらすプログレス因子が奇跡的保有数だといっても、イコールで戦闘能力の高さには結びつかない。体格がいいからといって、無条件で最強であるわけがないように。

「殺されるつもりもないけれど。まあ、答えるのなら時間稼ぎ、かな」

「時間稼ぎ? あは、なにそれ!」

「時間が、稼げるつもりなんだ!」

 ふたりの後ろでチェーンソーを両手で保持するデュラハンの姿が見える。三対一。おそらく数秒も持つまい。隠れる場所もない。いや、あったとしてもデュラハンやアリス、イリスにはなんの役にも立つまい。

 ただ、見晴らしが良い場所で、なおかつこちらを気にする人間がひとりもいないというのはとても好都合だ。この惨状で、こちらに注意を払う人間がいるとは思えない。いたとしても、レムリアという個人を特定できる者はいるまい。

 ならいい。それはとても、レムリアにとっては好都合だ。

「あー……、はじめに言っておくんだけど」

「……?」

「最初の一回だけ。それが今のわたしの全力だから。耐えられたら他の人、追って良いよ」

「なにを――」

「いって――」

 ふたりの言葉が終わるより早く、デュラハンが目の前に飛び出した。


     *


 雷華たちに追いついた千歳は、〈天斬〉の格納庫に通じる道を駆けていた。いつもは解放されている格納庫への扉も、押しつぶされた今では使い物にならない。なにより、戦闘が至近距離でおこなわれている。危険で通れたものではなく、全員は〈天斬〉格納庫に通じる区画に入って、そこから向かっていた。遠回りであるが、これが現在一番の近道であった。

 通路で何人かの整備員たちとすれ違う。この状況でもすぐには逃げ出さずにいる。どうやら、オーバルの命令でも受けているのか、ひとつの目的をもって行動しているようだった。

「……うっ」

 と雷華がうめいた。進んだ先に、血で汚れた場所があった。バケツにいれた紅い絵の具をぶちまけたようだ、と表現するべきだろうか。血の臭いが充満している。そしてその血を流したである警備員たちの死体が移動の邪魔にならないように、通路の脇に積み上げられていた。どの死体も頭部を破裂されたりと、強い衝撃によって身体の一部が欠損していた。

「こりゃ、なんとも胸くそが悪くなるな、おい」

「〈鬼獣〉被害は見慣れてるんだがな……不意打ちってやつだね」

 真二とジャックも、基地内で人為的に殺害されたであろう死体の山に、眉をひそめた。もしかすると、この中には千歳たちの顔見知りもいるかもしれない。真二とジャックは担当が違うので出会ったことはないかも知れないが、頭が破壊されていなければ、千歳と雷華には思い当たる顔の人間がいるのだろう。

「……大丈夫か?」

 千歳が雷華の肩に手を置く。いくら荒波のような人生を送ってきた雷華といえども、こんな凄惨な光景を直接目の当たりにしたことはそうはないはずだ。

 ……自分は、もう慣れていたが。

「ええ、大丈夫。大丈夫よ。先を急ぎましょう」

 雷華は千歳の手に触れて、すぐに気丈な返事をした。それに千歳はうなずき、彼女の手をとって進んだ。

 警備員の死体から格納庫まではすぐだった。一分もせずにたどり着く。ひしゃげて、千歳たちの反対方向は完全に潰れている。ただ、こちら側はかろうじて健在。若干天井が低くなっている気もするが、完全に崩壊していないだけマシといえる。

「やあ、みんな。遅かったね」

 と、そこに土埃と機械油で汚れたオーバルがやってきた。いつもは医者のように白い白衣も、まるで浮浪者のように汚れている。よく見ると、眼鏡のレンズにもうすく罅がはいっていた。だが、格納庫が潰される時に居合わせたにしては奇跡的ともいえる結果である。生きているだけマシだ。よほど、悪運が強いのだろう。

「遅かったって、これでも全力よ! 無茶いわないでよ」

「ごめんごめん。あ、そっちのふたりが第七小隊の人かい?」

「ああ、そうだよ。で、なんだアンタ。オレたちになにしろっつーんだ」

「んー、その前に、今第七小隊で使える機体ってどれくらいある?」

 すぐに質問に答えないオーバルに真二がむっ、と顔をしかめるが、代わりにジャックが返答した。

「それは、格納庫がここみたいになっていないなら他の奴らは出撃しているだろうから……おれと真二で二機だ」

「ほうほう。で、どっちが射撃は得意だい?」

「ふむ。それは真二だな。おれが狙撃支援で、こいつが狙撃手だ」

「なるほど。さすが異端の第七小隊。対〈鬼獣〉戦部隊に狙撃手を置いているとはね」

「やかましい。で、それがわかってなんだっていうんだ?」

 オーバルがにやりと口元をつり上げる。不機嫌そうな真二を気にしない。

「外の奴らを薙ぎ払うのさ。と、なれば話は早い。さあ行くよ、そっちの格納庫にね。

 んじゃ、雷華お嬢様、千歳くん、〈天斬〉はコクピットを開放してあるから、瓦礫は自力で排除して出撃してね。……って、あれ、レムリアは?」

「あとから来るわ。すぐにね」

「そりゃあいい。じゃあ、ぼくはこれで」

「あ、おい待てよ!」

 ステップを刻むように格納庫を出て行くオーバルに面食らいながらも、真二とジャックも追ってこの場から走り去る。

 崩壊して格納庫には千歳と雷華が残された。何人かの整備員も格納庫に残って慌ただしく作業をしているが、いつ崩壊するかもわからない格納庫だ。それに、〈天斬〉が出撃するときにどこが崩れるかもわからない。すぐに撤収してしまうだろう。

 〈天斬〉は地面に横たわり瓦礫に埋もれていた。胸部からから上だけがなんとか難を逃れており、コクピットを開放している。あの辺りの瓦礫はオーバルたちで撤去したのだろう。

「……」

 地に叩きつけながらも、〈天斬〉の威圧感はなくならない。それをここまで感じているのは千歳だけかもしれない。なにか、千歳にはあの機体からおかしな違和感を覚える。じっとこちらを動かぬ光なき眼で見つめてくる〈天斬〉から千歳は目が離せなかった。

「……千歳、レムリアから連絡があった。あのふたり――アリスとイリスがこっちに向かってるって。デュラハンの方は振り切って、レムリアもこっちに向かってるみたい」

「そうか」

 いつの間にか、雷華がレムリアからの電話を受けていた。彼女の言葉に簡潔に答える。

 ――さて、そろそろ覚悟を固める時だ。

「レムリアが来るまで時間を稼ぐ。武器をくれ」

「武器……」

「ああ。あるんだろう。お前のことだ。いつか俺につきつけて覚悟を決めさせるために、手元に置いておくはずだ」

「なんでも、お見通しってわけね」

「雷華のことならわかるさ。長い付き合いだろう」

 そう平然というと、雷華の頬がわずかに紅潮した。それを見つけて、千歳が眉間に皺をよせる。

「どうした、走り疲れたか?」

「なんでもないわよ。

 それよりも、ええ、その通り。ここにあるわ。それもすぐ近くにね」

 そういうと雷華は〈天斬〉のコクピットへと歩いていく。千歳もついて行くと、彼女はコクピット内下部のボックスを開き、中から一振の刀を取り出した。

 漆塗りの漆黒の鞘にその身を納めた太刀だ。それをよろめきながら持った雷華は、コクピットから降りてきて、千歳に向かって両手で突きだした。

「ん。受け取りなさい。アンタの家から勝手に拝借はできなかったから、こっちが勝手に用意したものだけど、悪い代物ではないわよ。習作だけど」

 雷華が差し出してきた刀を千歳は軽々と受け取り、右手で柄を握り締める。ぴったりと肌に吸い付き、その身体との一体感からくる懐かしさにしばし浸った。

 刃を半ばまで抜いてみる。まだ生きている格納庫の電灯の灯りを反射する刀身を見て、ああ、と千歳は頷いた。

「これでいい。充分だ。銘は?」

「さて。確か、地走(ちばしり)だったかしら」

「面白い。……少し借りるぞ」

「アンタのものでいいのよ」

「いや……それは、耐えられない」

 雷華に背を向けて千歳は来た道を引き返す。

 鞘を握る手に力がこもる。そうしていなければ、今にも手が震えだして落としてしまいそうだった。それほどまでに、刀を握るということに忌避感があった。

 恐ろしい。その感情がぬぐえない。恐い。恐い。そんな恐怖が泥のようにまとわりつく。それでも、今振るわなければ、おそらく、千歳も雷華もここで終わりだ。あの双子は、死神だ。見かけに反して、その能力は凶悪である。

 今更刀を持ってなんになる。そういう千歳と、今持たずしてなんとする、と主張する千歳がいた。それらを黙殺する。今はそんなことを気にしている場合ではない。

 誰もいない通路に千歳はいた。目の前には、ここまで全力疾走してきた双子の姿があった。

「……はやいな。血の臭いでもかぎつけてきたのか」

「…………」

 アリスとイリスは無言で鎌を千歳へと向ける。余裕があり、天真爛漫としていた先程までとは違い、なにか、妙に緊迫した空気を感じる。なにかから逃げている、そんな印象を千歳に抱かせた。

「アリスとイリスの邪魔、しないで!」

 その叫びが戦闘の火ぶたを落とした。

 一瞬で千歳の視界からアリスとイリスの姿がかき消える。

「――――」

 速い。

 だけど、視界から消えただけだ。

 天井は視界内、懐に潜られた移動でもない。この通路はひらけている。なら鎌を振るうのは千歳の真横――。

 頭蓋骨の内で撃鉄が火薬を叩いた。炸裂した火薬は千歳の脳内構成を切り替えるスイッチ。

 千歳は地を蹴り、背後の方へと飛ぶ。くるりと中で一回転する千歳の下を二枚の刃が擦過した。

「え――」

 それはアリスとイリスが同時に発した言葉。ふたりは即座に千歳の左右に移動していたのだ。

 千歳が着地した時、目の前には必然的にふたりの姿がある。

「シッ――」

 ――抜刀。

 鯉口を切っていた地走による居合い。それはまさしく雷がごとき抜刀。それはアリスを狙っての容赦なき一撃だった。

「え、ああ――っ」

「アリスちゃん!」

 千歳の居合いに間一髪で反応していたイリスが鎌で千歳の刀による一撃を受け止めた。――ように見えた。

 鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音がしない。そのことに気づくのはイリスが両腕を切られてからだった。

 鎌の柄に接触すると同時柄の上をすべるように移動した刃が、鎌を突き出して無防備になっていたイリスの両腕を切り裂いたのだ。

「あ、うそ……なんで……」

「よくもイリスちゃんに!」

 激昂したアリスが千歳に向けて鎌を振るう。アリスの見た目に反した力と鎌の重量から考えるに速度がのったこの一撃を受ければ必死。

 怒りに身を任せるアリスと、迫り来る鎌を前に、千歳は驚くほど冷静だった。めまぐるしく変わっていく戦況と違い、千歳の体内時間だけはきわめて平穏なリズムで時を刻んでいる。

 千歳が忌避していたもの。産まれた時から骨の髄にまで叩き込まれてきた絶対的生存意識と死に瀕した際の冷徹な判断能力とそしてそれらの判断を実行できるだけの身体能力。それらすべてが今フルに発揮されていた。

 頭は普段にない速度で回転している。〈GA〉に乗った状態で四方八方を〈鬼獣〉に囲まれたような想定の動き。千歳は凡人であり故に常にその速度は最大速度でなければならない。常にフルパフォーマンスで動き続けられるように仕込まれたシステムは生半可な才能を淘汰する。

 鎌と刀という得物の違い。受けとめることは難しく、その重量はぶつかれば刃が毀れる。だが相手も同じだ。鎌という得物は通常戦闘には適さない。だからそのトリッキーさで相手を翻弄することも武器の使用利点のひとつ。なら、それに慣れてしまえば、相手の優位性を確実に潰せる。

 千歳は鎌を躱すのではなく、一気にアリスとの距離を詰める。

 千歳がアリスを圧倒できるのは見て判るほどの体格差である。肩からぶつかってきた千歳を振り下ろしている最中だった鎌の柄で受け止めるが、それだけでアリスは衝撃を殺すことができない。

「きゃっ」

 体勢を崩したアリスに追い打ちをかける袈裟の一太刀――。

「……ちっ」

 舌打ちをして身体を逸らす。背後からの鎌による斬撃から逃れた。

「アリスちゃんに、近づくな!」

 復帰したイリスが、傷ついた腕で鎌を振るったのである。

 ――……手心を加えずに、切り落としておくべきだったか。

 さっきもう半歩踏み込んでいれば、千歳の刀はイリスの両腕を切り落とすことができたし、踏み込みの余地もあった。それでもしなかったというのは、単に千歳が加減していただけの話である。

 ぬるい。そんな声が頭に響いた。相手は人外。千歳は凡人。凡人が一時人外を凌駕できたとしても、そこで徹底せぬなどあり得ない。慢心は即ち死である。

 脳内に、力の波により吹き飛ばされる自分の姿を幻視する。千歳はすぐにそれを振り払う。それは過去だ。過去の事象だ。今は関係ない。

 しかしそんな葛藤はふたりの前では危険だった。体勢を最低限だけ直したアリスが振り子のように鎌を振るったのだ。

 とっさに腕で身を守る。懐に飛び込んでいたからだろうか。鎌は背中を引き裂くが、腕には柄が激突した。

 壁に叩きつけられて、鈍痛が千歳の身体を駆け巡る。がっ、と声が洩れ、視界が点滅した。かばった右腕が痛む。衝撃は横に飛ぶことで殺していたし、鍛えた筋肉は骨を防護するが、勿論完全ではない。折れてはいないだろうが、罅がはいっている可能性は充分にある。腕自体がジンジンと痛みを発している。

 人体は少しでも傷つくと直前まで発揮できていたパフォーマンスを一気に減退させる。つまり、一撃でももらってしまえば劣勢に立たされることになる。特に、今のような状況では。

「ここの国の人はなんでみんなしてこうなの! さっきまで逃げ回ってたと思ったらこれなんだもん! イリスちゃん、腕大丈夫?」

「う、うんっ、イリスは大丈夫だよ、アリスちゃん。ありがとう。それより、はやくトドメをささないと、追いつかれちゃうよ……」

「追いつかれるって、わたしに?」

 通路の先から聞こえてきた声に、アリスとイリスが過剰なまでに反応した。千歳にトドメを刺そうとする手をとめて、声のした方に振り返った。

 千歳も腕を抱えながらそちらを見ると、目にうつったのは金髪の女性だ。

「レムリア?」

「遅くなった。生きてるみたいでなにより」

「生きてはいるが、わりと崖っぷちなことに変わりはないと思うがな」

 と千歳は軽口を叩きながらも、気を引き締めなおしたのだが――おかしなことに、アリスとイリスから戦意が失せていた。

「アリスちゃん、逃げるよ!」

「早く外に出て呼ばないと!」

 レムリアを見るなり、ふたりは一目散に逃げ出した。別の廊下へと走っていき、あっという間に消えていく。相変わらずの移動速度。今の状態の千歳では追うことも出来ないし、ましてや追いついたとしても返り討ちにあうだろう。

「……なんだ、いったい?」

「さあ。わたしの脅しが結構きいたみたい。虚仮威しなのにね」

「なにをしたんだ?」

「秘密。だっていう必要もないでしょう?」

「まあ、それはそうだな」

「それよりも、わたしはその刀の方が気になるんだけど」

「扱い易い武器がこれだっただけだ。特に意味はない」

「そう。なら早く〈天斬〉へ行かないと。いつ巻き込まれるかわからないから。動ける?」

「問題無い。……とっとと行くか」

 千歳は戻ってきた腕の感覚に安堵しながら、刀についた血を払うと、レムリアと共に格納庫への道を急いだ。

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