21:Mouth to...
神国の街は人で溢れている。流れていく人混み、そこからわずかに外れたところに、カフェがあった。そこも人の影響を受けて客で溢れているが、それでも時間から隔離されているかのように時の刻みが緩やかだった。
そこのテラスにあるテーブルに、みっつ――否、四つの人影がある。
陽光を受けてサングラスの縁を光らせている、アフロの長身、神父服という特徴的な姿の男、キング・ヘッドショット。彼は背筋を曲げて、ミニチュアのように小さいティーカップ――実際は彼がおおきすぎるだけ――をつまみ、中の紅茶をゴクゴクと胃に落としている。
もうふたつは、キング神父に比べると小動物のように小さく見える少女たちだ。この日差しだというのに、コウモリのように真っ黒なゴシックロリータの服装だ。黒でなくともただでさえ暑そうな格好であるのに、彼女たちはそれを気にせずに日傘をさし、ストローを銜えてオレンジジュースを飲んでいた。
そして――もうひとつ。
それはキング神父にも劣らぬ巨体だった。幅の広い肩。それは本当に熊のようであった。
頭からすっぽりとフードをかぶり、巨大なコートで全身を覆っている。それは見方を変えれば、冒険小説の中の登場人物たちが来ているマントのようであった。その格好故に、奇異の視線を他の三人と同じく集めるが、そのコートの下を窺えることの出来る人間は居なかった。顔すら、フードと闇に遮られて見ることがかなわなかった。まるで、そこにあるのはただの闇しかないのではないか、と思うほど、黒い黒い暗闇が顔を隠していた。
コートから唯一露出している手も、白い手袋に覆われている。その手からかろうじてわかる情報といえば、無骨だ、という一点のみ。
その手袋に覆われた手で、背負ったものの紐を硬く掴んでいる。見た目はコントラバスケースのようで、同じくおおきい。
独りで三人分ほどのスペースを占領するコートの彼、あるいは彼女は、ひとりだけなにも頼まず、口も開かず、椅子にも座らずに三人の側に直立していた。まるで、幽霊。
その不気味な姿を誰もが疎んでいるが、この三人はいっさい気にしておらず、おのおの会話の方に意識を向けていた。
「ねえ、神父様ー!」とアリスがいった。「なんでわたしたち、ここにきたんだっけ」
「忘れちゃったの?」とイリスがいった。「自分で〈天斬〉のためだっていったのに」
「それはわかってるよ。でも、わざわざわたしたちが来る必要ってあったのかな? それに、そのGAってそんなにすごいの?」
ストローを銜えたまま、アリスはかわいらしく首をかしげた。彼女の言葉をきいて、イリスもそのことに気がついて、頷いた。
「あ、ホントだ。なんでわたしたちが呼ばれたんだろう? 〈天斬〉みたいなものって、うちの国でも作ってたりはしたよね?」
はて、と頭上に疑問符を浮かべるふたりに、キング神父が苦笑する。
「ふたりは子細を気にしませんネェ。でも子供はそれくらいがいいんですけどネ。
ま、それなりに理由はありまスよ」
ふたりの視線が興味深そうにキング神父の方へと向いた。直立する巨体の方は相変わらず不動であった。
ふたりの関心が集まったことを確認して、神父は続ける。
「ひとつめは、〈天斬〉が神国産のGAである、ということでスね。
鬼人を使わずに、機士を上回る機体を作る、という思想自体はありましたし」
「でもさ、神父様。機士を上回る機体を作っても、それって結局機士なんじゃないの? 機士の上にある重機士は鬼人が介入してるよ」
「うんうん。だから人の手だけで作った機体って、機士の延長線上にあるんじゃないのかな? だったらそれはやっぱり機士だよね?」
キング神父は生徒に聞かせるような態度で、余裕を持って答える。
「いえいえ。機士は量産しなければなりませんからネ。それと違って、〈天斬〉をはじめとスる――この際、わかりやすく準重機士といっておきまスか。準重機士はその必要がありません。量産できる良質なGAというのは機士に任せて、人間の開発できる最高のスペックを叩き出すことを目的とスる。それが準重機士でス。だから、別物として分類されているのでスね」
ここで話を元に戻しますが、とキング神父が仕切り直す。
「だから、もし〈天斬〉が神国以外の機体であったなら、別に興味など抱かなかったでしょう。でも、この国には重機士などという忌々しいものがあるわけでスよ」
「あ、そうか! 神国以外には重機士なんてないけど、当然この国にはあるんだよね」
「なのに、なんで今あるものよりも弱いものを作ろうとしてるのかが不思議なんだね」
イクザクトリー、と神父はうさんくさい口調でふたりを肯定した。
「そもそも、式神といって鬼人と共生するという胸くそ悪いことをしている奇特な国など、この島国だけでス。重機士など神国以外にできるわけがありませんネ。まああるにはありまスけど、鬼人から脳味噌引っこ抜いてくっつけてるだけでスし、何故だか機能効率が激減しまスから、まともな実用化なんてできてませんけどネ」
神国では、人間側についた鬼人のことを式神と呼称し、共生しているのである。そのことが他の国、特にキング神父たちのいる栄国の人間には理解しがたかった。だから、神父は気持ちわるそうに太い眉を寄せて渋い表情になり、紅茶に口をつけた。
「しかも、背後にいるのはなんとあの皇ヶ院財団でス。なにもない、と思う方がおかしいでスよね」
これも複数ある理由のひとつ。世界有数の資金を保有する組織が動いたとあっては、なにもないわけがない。その裏にあるものを探れ、というのも神父たちの上司が下した命令ではあった。もっとも、そのような細かい仕事が似合う神父ではないので、ほとんど記憶の隅に追いやっていたが。
「なので、〈天斬〉の情報が我が国に有益である場合はそれを奪取し、あまりに危険であれば破壊せよ、とおっしゃってましたネ、帝王庁は」
「あははっ、なーんだ。結局いつも通り壊せばいいんだ」
「全然難しくないね! すごく簡単だね! やったぁ!」
にこにことアリスとイリスが笑った。
どちらにせよ、関係のないことだ。壊せばいい。細かいことなど考えない。そういうのは別の人間がすることであるし、そもそもこの人員にそれ以外のことを頼むような人間がおろかなのだ。誰も爆弾に自意識など求めはしない。
「ええ、好き勝手に壊しましょう。文句をいう人間などいませんから。というより、人なんてここにはいませんよネ。狂気的な猿ばかりでスから」
神父の中には、〈天斬〉を破壊したことが栄国の仕業であるということがばれても、自分たちのことが世間に知れ渡ることがないことはわかっているし、何故そうなるのかがわかるほどに思考をはたかせてはいるが、わざわざ言葉にしようとは思わないし、仮に知れるとわかっていても、行動をやめることはないだろう。その程度には狂信的だった。
「〈鬼獣〉なんてものがいるんでス。人間を救うためには多少強引な手段でもとらねばなりませんからネ」
無論、彼の中の辞書の人間とか栄国市民のことのみを指すのだが、今更意識するまでもなかった。
「ふーん」
アリスとイリスは、それには興味を抱かずに、オレンジジュースを飲み終わって氷しかないグラスの中身をストローでかき混ぜていた。
「ねえ、神父様。わたしたち、ちょっとこの辺り見てきていい? 神国にきたのは初めてなの」
「うーん、まあいいでショ。ならワタシは先に下見がてら、〈天斬〉とやらがある場所へ向かってみまスか」
キング神父も紅茶を飲み終えたのか、ティーカップをコースターの上に置いて、立ち上がる。
アリスとイリスはふたりでうれしそうに笑みを浮かべて、同じように立ち上がった。
「それじゃあ、神父様、いってくるね」
「うん、なにかあったら戻ってくるか」
ニコニコとしているふたりが歩き出すと、先程まで不動だったコートの巨体がゆらりと動いた。彼女たちに追随して、その背後を行く。
すると、それに少女たちは気分を害したのか、頬を膨らませる。
「もう、デュラハン! ついてこないでよ!」
「デュラハンはいつもついてくるんだから!」
「…………」
その言葉にデュラハンと呼ばれた方は、答えず、沈黙している。もっとも、ふたりともデュラハンがなにもいわないのをわかっていっていたようで、文句をいいながらもそれ以上追い返そうとはしなかった。
「邪魔はしないでよね」
「絶対にしないでよね」
それには、フードが動いた。縦にふらり、と。おそらくは頷いたのだろう。ここにいる神父と双子にしかわからない動きだが、それは会話となっていたらしい。
双子は満足そうにして、踵を変えし歩き出す。それにデュラハンは黙ってついて歩いた。まるで姫に付き従う従順なる騎士のように、粛々と。