1:兵士の一騎打ち
『――――少尉、どうした。機体に不備でもあったか?』
無線から流れる重い、腹の底を震わせる太鼓のような野太い声が陵千歳の意識を現実に引き戻した。
そこは四方八方を鋼鉄に囲まれた密室、コクピットであり、陵千歳はその座席に身体を収めた体勢のまま硬直していた。
腕の痛みはなく、五体満足。コクピットのモニターはオフにこそなっているものの破損はしていない。ディスプレイに表示されたデータはすべて正常値であり、なんら異常はなかった。
我に返った千歳はすぐさま応答する。
「いえ、なんら問題ありません。今機体を起動させます」
炉心に火を入れれば鳴動とともに電力が供給され、眼前のモニターには演習場の地面が映しだされた。パイロットスーツに保護された掌で操縦桿を握り、痛みを感じながらも千歳は機体と接続する。
通常稼動を戦闘稼動に切り替えて、ひざを突いた形で静止させていた機体をゆっくりと立ち上がらせた。
途端に千歳の視点は一五メートルの人間のものになり、いつもなら見上げている形になるだろう景色を見下ろす。
操縦桿から右手を離して左胸を抑え、早鐘を打つ心臓を抑え込もうとする。千歳は新兵ではなく、経験を積んだ兵士である。機体と同調し立ち上げるだけでここまで慌てることはない。原因はさっきのフラッシュバックだ。
――三年前の惨劇。
未だに思い出す絶望と死が目前に迫った恐怖。それはいつまでも千歳の胸をえぐり、震わせていた。
三年も経っていながらも、あの怒号と悲鳴と銃声は耳から離れようとはしてくれなかった。逃れようとしてもぴったり背後に寄り添い、付いてくる。恐らくそれは死ぬ時まで千歳につきまとい、最後は死神となって処刑鎌を振り下ろすだろう。
『よし、そちらも準備はできたな。それじゃあ演習を始めるか、陵少尉。用意はいいか?』
――いや、今は過去のことに気を割いている時ではない。
モニター端に現れた通信相手の顔を見て、千歳機の正面三〇〇メートルほどにいるチェスナットブラウンを主体にカラーリングされた機体へ意識を集中させる。
その機体は汎用装甲〈ジェネリックアーマー〉――GAの視点からしても巨大だった。千歳機よりも一回り以上大きく、体長は二〇メートルを越える。頭部の左右から突き出た指揮官機用である二本のアンテナを含めば、三〇メートルに届くだろう。
腕も足も下手をすれば千歳機の腰ほどもあり、全体的にずんぐりとした外見はさながら相撲の力士。
紅い双眼で見返してくる相手に、千歳は肩の力を抜きながら馴れ馴れしくなりすぎないよう注意を払いつつ軽口を叩いた。
「お手柔らかにお願いしますよ」
『はっはっはっ、たとえ演習といえどもオレは手を抜ける性分ではないんでなあ。期待はするなよ』
「いえ、今のは桜姫さんにいったんです。ゲラート大尉の性分はもう理解していますから」
冗談めかしていえば、無線から――男、ゲラート大尉のものではない――控えめな女性の笑いが聞こえる。
『確かにこの人は暴れ牛みたいですからね。わかりました、いざとなれば私が動力をカットしちゃいますね』
正面の機体、〈GGA-118 岩砕神〉に搭乗しているふたり目のパイロットである桜姫の姿がモニターにゲラートと並んで映った。手を口元にあてて上品に微笑する姿は、無精髭と煤けた髪という如何にもだらしなさそうなゲラートの見た目と反比例していた。
『そんなことしたらオレが負けるだろうが、桜姫。男は正々堂々と勝負するもんだ』
『いいじゃありませんか、最後くらい陵くんに花を持たせてあげても。そもそもこちらが重機士級であちらが機士級の時点で正々堂々もないでしょう』
『こいつがオレの愛機なんだから仕方ないだろうが! だいたい最初に参加したいといったのはお前だろう。元々は機士級で闘うつもりだったんだよ』
スピーカーから流れてくる会話に千歳は気が楽になっていくのを感じた。悪夢に悩まされていたのが嘘のようだった。
「おふたりとも相変わらず仲が良いですね」
『はい、ラブラブですから』
『ええい、恥ずかしいことをいうなお前らっ、いい加減始めるぞ!』
了解しました、と頷き通信を切る。賑やかな画面と音声がなくなり、あるのは静寂な棺の中にいる千歳だけだった。
喧噪から一転して静謐になったことにより、千歳はそういえば、とこのGAという兵器がRunCasketと呼ばれていたことを思い出す。GAが開発された当初に乱用された蔑称である。この人型機械は従来の兵器と比べて巨大であり、人の形をしているため脚部がやられれば使いものにならなくなる。それは高価な棺桶となんら変わらないではないか、と。
もっとも、今ではそんなことを口にする者などいない。GAはかつてあった戦車や戦闘機よりも優れた兵器であると実戦で立証されたからだ。千歳もGAが他の兵器に比べ劣っているなどといわれていたことが信じられない。
それは、この兵器が開発され実戦に放り込まれたのが一五〇年ほど前のことであり、今の時代にGAが存在しなかった頃の世界を知っている人間がいないのもあるわけであるが。
「本当信じられない……今じゃ、これが世界の中心になってるっていうのに」
一度両手を操縦桿から離してパイロットの動作を機体に出力しないようにして千歳は首を回し、現在自分のいるコクピットの内側に視線を巡らせた。奇しくも今、千歳が搭乗している機体はフラッシュバックの中でも操縦していた〈防人〉に関連しているものだった。
だが〈GA-18 防人〉は四つに分類されるGAの種別の中で準機士に属するものであったのに対し、現在の千歳を内包している機体はその上位である機士に分類された。GAはその総合的な性能、用途から四つに分割され区別されており、下から順番に準機士、機士、重機士、となっていて最後である四つ目がGAの中でも突出した性能を誇っているのだ。これはあくまでも大まかな分類であり、さらにこの他にも準機士内、機士内でもっと細かく区分がされているのだが。
ともあれ〈防人〉は軍事運用されるGAの最小単位であり、今の千歳の搭乗機――機士級GA〈SGA-17 切人〉はその上位に当たるもので、開発企業が共通していて〈防人〉の同系列の機体で兄といっていい。準機士は兵卒が乗る機体であるのに対し、機士級は准尉以上の階級にいる者だけに搭乗を許している。そのため、当然ながら〈切人〉の総合的な性能は〈防人〉よりも一段高く設定されていた。高性能な分、準機士である〈防人〉よりも量産し難いのとコストがかかることが唯一劣っている部分だった。
「……のんびりと感傷に浸ってる場合じゃなかったな」
モニター上で背中のウェポンラッチに保持していた大剣を手にした〈岩砕神〉を見て、千歳は操縦桿を握りなおして感覚を〈切人〉と接続した。両手を操縦桿から離せば戦闘稼動状態でもGAとパイロットの動作を共有しなくなるのだ。
〈岩砕神〉は先述した通り、巨大である。〈切人〉が一般的な成人男性とするなら、〈岩砕神〉は横綱というほど。故に〈岩砕神〉を基準として大剣と表現したそれもかなりの大きさなのだ。刀身の横幅は〈切人〉の胴回りが隠れてしまうのだから相当なものである。しかし、あれは刃物ではなく鈍器だった。ダークグレー一色の大剣の材質は炭素繊維強化プラスチックであり、本来あるはずの刃はなく、代わりに接触すれば塗料が付着するようにされている。簡単にいえばGAサイズの模擬刀である。
「〈切人〉との同調率は五〇に設定……上限値は六〇。慣性制御機構稼働数値も五〇……上限値はこちらも六〇か」
悪夢の中で扱っていた練習機である準機士よりは性能が高いな、と機体ステータスを確認しながら千歳は改めて認識する。同調率は高ければ高いほど機体とパイロット間での反応のタイムラグが短くなり、慣性制御機構も高ければ高いほど機体の動作に関わってくる。
GAは慣性制御により関節部に掛かる負担などを軽くし、機体の重量を――正確には着地時などに関節へ集中する運動エネルギーを――軽減して高い機動性を生み出すのだ。パイロットに掛かるGなども和らげる効果もある。これによりGAは高い機動性を発揮する。
慣性制御機構によってGAは他の兵器との間に厚い壁を作り出していた。ならばこの装置をGA以外にも積み込めばいいのではないか、となるかもしれないが、慣性制御機構はどうしても巨大になってしまう。わざわざこの装置に合わせて当時の兵器を巨大化してもマイナスになるだけで、GAと慣性制御機構の組み合わせに勝るものはなかった。
この他にも様々な要因はあるのだが、今はさして重要ではない。
設定をし終えた千歳は〈切人〉の右手で腰部にマウントしていた六九ミリ弾を吐き出すアサルトライフルを握った。無論装填されているのは模擬戦用のペイント弾である。
ゲラート大尉の〈岩砕神〉が選んだ得物が近接戦用の大剣ならば、千歳が選んだのは一般的にGAで広く用いられている六九ミリ弾のアサルトライフルだった。
三〇〇メートルの距離を置いて二機が武器を構え、相対する。モニター端にカウンターが表示され、テンカウントを開始した。戦いの幕が切って下ろされるまで後五秒、
三、二、一――開始。
瞬間、もう〈切人〉の目の前に〈岩砕神〉の巨体が迫っていた。
「疾いッ!」
重機士級GA〈岩砕神〉。機士のさらに上位に存在する機体は見た目の印象とは裏腹の瞬発力を見せた。
GAの四つあるヒエラルキー、その最高位に君臨する機体が実際に戦うことは様々な事情によってないに等しい。つまり次点である重機士がGAの中で事実上トップの戦闘能力を有しているのだが、それでも機士や準機士とは一線を画している。
GAは性能の違いこそあれど、機体の根幹は共通している。人間は人種が違おうと骨格が大きく変わらないように、スペックに大小の差はあれど似通っている点がある。だがそれでも重機士から上の機体の性能は別格だ。機士が未成熟な子供であるなら、重機士はボクシングヘビー級の世界チャンピオン。
人の形という点で類似していても、その力は比べものにならない。
〈岩砕神〉が両手で大剣を縦一線と振り下ろす。千歳は受け止めようとは考えない。拮抗なんて出来ない膂力の差がそれを許さなかった。
脚部スラスターを噴かせながら右側に跳び、紙一重で回避する。
大剣の先端が演習場の地面をかすり、吹き飛ばした。えぐったのではなく、吹き飛ばす。かすっただけでこの威力。模擬刀とはいえ当たればただではすまない。
〈切人〉は右手にライフルを持っていたため、左手の外側にいる〈岩砕神〉に正確な射撃を行えない。千歳は着地と同時に右足を軸に〈切人〉を一回転させ、粉塵を巻き上げながら銃口を〈岩砕神〉に向けた。
大剣を振り下ろして隙が出来た脇腹に照準を合わせてトリガーを引く。だが、千歳が引き金を絞るより一拍早く〈岩砕神〉が袴のような脚部の隙間からスラスターの光がほとばしらせて、大剣を振り下ろした体勢のまま〈切人〉へと突進する。
銃口が〈岩砕神〉との衝突により逸らされ、発射された模擬弾は相手の厚い肩の装甲に浅く命中しただけだった。模擬戦とはいえ、攻撃を逃れるために敵の懐に飛び込むという判断を一瞬で下した手腕をまさしく歴戦の戦士のもの。
〈岩砕神〉と〈切人〉がぶつかり合い、装甲が軋みをあげる。自身より重量が倍以上もある〈岩砕神〉のタックルに耐えられるわけもなく〈切人〉は跳ね飛ばされて地面に背中を打ち付け火花を散らした。殺しきれない衝撃がコクピットをシェイクし、千歳の意識がわずかな間真っ白になる。
斃れた〈切人〉に向けて〈岩砕神〉は大剣を振り下ろす。
「お……ッと!」
千歳は〈切人〉に意志を伝達、地面を転がってその一撃をぎりぎりで躱した。地面に叩きつけられた大剣は演習場の土を巻き上げ視界を悪くする。
取りこぼしてなかった銃を仰向けのまま構えて、土煙で目視できなくなった〈岩砕神〉に向けて乱射する。撃墜するつもりはない、あくまで牽制の射撃。
土煙を引き裂いた模擬弾の何発かが命中したのか、〈岩砕神〉の足音が数歩引き下がる。千歳は〈切人〉を素早く立ち上がらせると近くにいくつも設置された障害物のひとつに身を隠した。
残弾の少なくなったライフルからマガジンを抜いて、腰部のマウントラッチから取り出した新たな弾倉に換える。
すぐに障害物からライフルを覗かせフルオートで弾丸を撃つと、同時に障害物から飛び出した。砂塵を巻き上げながら時速二五〇キロで疾走し、市街地戦を想定して作られた建物相当の障害物に紛れながらの射撃で〈岩砕神〉から距離を離していく。現在〈切人〉に搭載されている接近戦用武器は高周波振動ナイフに相当する模擬戦用ナイフのみだ。機体のパワーが決定的に違うのだから大剣を振り回す相手に接近戦を仕掛けるのは無謀である。
ゲラートと共に複座式である〈岩砕神〉に乗り込んでいる桜姫が戦闘開始前にいっていたように、機士で重機士と真っ向からやりあって勝とうとすること自体が無謀に他ならない。
ここで勘違いしてはならないのが、けしてゲラートが戦力差で千歳を圧倒し勝利しようなどと考えてはいないということだ。本来ならゲラートもこの模擬戦は機士級の機体で闘うはずだったのだが、桜姫の一言で変わってしまった。
――どうせなら、私も仲間に入れてください。
ゲラートのパートナーである桜姫に主張されては断れず、愛機である複座式の〈岩砕神〉が担ぎ出されてしまったのである。だが千歳はこれでも良いと思っている。ゲラートとの模擬戦は今回で最後になる、しかもシミュレーションではなく実機による戦闘。それなら全力で相手をしてもらった方がいい。千歳は〈切人〉のことを熟知していて、ゲラートは〈岩砕神〉が一番馴染む。機体性能は関係ない、これがお互いのベストなコンディション。なら勝っても負けても後腐れない。だから今回の闘いに本来なら関係なかったはずの桜姫から提案されたのは僥倖だった。
千歳が放つ銃弾を〈岩砕神〉は巨体なのにも関わらず、スラスターとステップを駆使しながら回避する。当たってもペイントが施された位置はとても機体の稼働率を低下させるには至らないものばかりだった。機体の構造を細部に渡るまで理解したうえでおこなう回避運動、その熟練された操縦テクニックに千歳は舌を巻く。走行しながらの射撃が苦手なわけではないのだが、あの図体でこうも躱されるとは思わなかった。慣性制御により見た目通りの重量に支配されて動いているわけでないことはわかっていたが。
だが〈岩砕神〉も〈切人〉に接近できないため大剣を振るえなかった。それは千歳が〈岩砕神〉との直線上に障害物を挟む巧みな機動によるものである。〈岩砕神〉の瞬間的な加速力は目を瞠るものがあるものの、それさえ封じれば一気に切り込まれることはない。頭部に内蔵された二門の機関砲を撃ってはくるが、障害物に塗料を付着させるだけである。
「……でも、これじゃジリ貧だ」
いずれライフルの残弾を撃ち尽くせば〈切人〉は〈岩砕神〉との接近戦を行わなければならない。そうなれば、危険。
マガジンを入れ替え再度射撃しながら〈岩砕神〉との間合いを維持し、考える。このまま遠距離戦を演じていても勝つことは難しい。たとえ不利な模擬戦だろうと、ゲラートがわざわざ相手をしてくれているのだから手を抜きたくはない。だから礼儀に応えるため、勝ちにいく姿勢で臨んでいる。
遠距離での戦闘で決着がつかない、ならば――
「思い切って、仕掛けるか?」
ぼそりとつぶやく。つぶやきは鼓膜から脳に伝わり、思考を纏めるのに役立つ。決断する時に音声をスイッチにするのは昔からの千歳の癖だった。
けして成功確率の高い賭ではない。
「いや、どれも不利でリスクがあるのに変わりはない……なら、」
決めたら機を逃さぬよう、すかさず実行に移した。
千歳は障害物の頂に飛び上がり、〈切人〉背部のメインブースターを点火、爆発的な推進力を得て一直線に空中を疾走した。最終到達地点は、〈岩砕神〉。
ライフルを突き出し、フルオートでトリガーをひいた。今まで距離を置くことに執心していた〈切人〉が唐突に突貫してきたことに驚き、〈岩砕神〉が止まった。弾丸をその身に受け――いや、違う。弾丸を受けたのではなく、受けている。自分から回避を捨てていた。大剣を両手で掴み、水平にして腰下で構えている。横から見れば、大剣は〈岩砕神〉の尻尾のように見えるだろう。
来るならば、真っ正面から迎え撃つ。その気迫が〈岩砕神〉を通して伝わった。
こうして接近戦になるのは想定済み、千歳は右手だけでライフルを撃ちながら、左手で腰部ウェポンラックに収納されていた高周波振動ナイフ――を模した炭素繊維強化プラスチックのナイフ――の柄を保持する。片手だけでは銃身のブレを抑えきれないが、構わない。これではどうせ〈岩砕神〉を斃せない。今の目的は、ナイフを急所に突き立てようとすることのみ。
〈切人〉が〈岩砕神〉の間合いに入る。瞬間、〈岩砕神〉の目が太陽の反射によりまるで獲物を捉えた猛禽のように煌めいた。
ナイフをラックから引き抜くよりも速く、大剣が驚異的な膂力により振るわれる。
〈切人〉は左手のナイフを胸部コクピットに向けて突きそうとし、到達――するよりも、大剣に〈切人〉が薙払われる方が早かった。半端に伸びた左腕を断ち、鳩尾まで一気に中ほどまで切り裂き、後少しで両断される刹那、千歳が右手のライフルのトリガーを至近距離で引いていた。
ナイフこそが本命、と見せかけてのブラフ、あくまでライフルが本命だったのだ。この距離なら片手でも外しはしない――。
が、〈切人〉がコクピットで引かれたトリガーを認識し、ライフルが火を噴くことはなかった。
〈切人〉のコクピット、そのモニターにはYOU LOSTの字が踊っていた。
機能停止と判断され、コンピューターが機体の動作を停止させたのだ。戦闘不能になった機体のように。
「……くそっ。なんだよ、それ」
千歳は悪態をついて、拳を肘掛けに叩きつけた。ディスプレイには機体のステータスが五体満足で表示されている。模擬刀で機体が両断されるわけがなく、機体のダメージは空想でそれによる機能低下はコンピューターが擬似的におこなっていたに過ぎない。
つまり、融通が効かない。機能停止箇所に攻撃を受けたら、敗北となる。確かに今の〈岩砕神〉の一撃で〈切人〉は動力部を破壊されたし、機能は停止するだろうが――
――銃爪くらいなら、ひけた。
相打ちには、できた。かもしれない。現実なら。
しかし、千歳はこれ以上駄々はこねなかった。負けは負けだ。実戦なら今ごろ動力部の爆発で死んでいるいるし、勝った負けたの判断すらできなかっただろう。発射された僅かな銃弾で〈岩砕神〉を撃破できたかといえば、怪しい。それに実戦なら〈岩砕神〉も大剣ではない"いつもの主武装"を使っていたに違いない。
ともかく、千歳にとっての今の現実は一矢報いることもなく敗北した、だった。
コクピット内で意気消沈していると、通信回線が開き、モニターにゲラートの厳つい顔が映し出される。
『少尉、意識はあるか?』
「……はい、至って明瞭です。これより格納庫に帰還します」
〈切人〉の設定を模擬戦用から切り替えて動作可能状態にすると、千歳は簡易な通常稼動で格納庫へと移動を開始した。