15:Ugliness Weapon
「反応、完全に消失……逃げたみたい」
「逃げた? 何故……?」
突如として〈狂剣〉が消失して、千歳は呆然とつぶやいた。
理由はわからない。だが、敵か味方もなく無差別な破壊活動をする厄介なファクターが消失したのは千歳達にとっては朗報だ。が、気味が悪い。そうなるに至った理由を把握しなければ、思いも寄らぬ事態に発展してしまう可能性がある。
ダメージの蓄積が増えたために急遽撤退したのだろうか。確かにアブラムのミサイルによる弾雨はかなりのものだった。いや、そもそもアブラムと〈狂剣〉が敵対している理由すらも理解できていない。この戦場を作り上げた黒幕は〈鬼神〉乗りである〈狂剣〉で、そしてアブラムは感染者に変えられた――勝手にそう予想していたが、これではまったく違うことになる。それにアブラムの知能を持つ感染者という立ち位置も驚愕することだ。
《邪魔者は消えたか。なら後は貴様らを蹴散らしてこの島を崩壊させてやろう!》
アブラムが一五五ミリ口径のガトリング砲を強く保持し直す。
「――――ちっ」
考えている猶予はない。そもそもわからないことがあまりに多すぎるのだ。これ以上時間は割けない。アブラムがどういう状態かはわからない。もしかしたら――そんな事実は確認したことはないものの――鬼人に操られているのかもしれないし、まずは無力化することが先決である。
ヴルカーンの銃口が〈天斬〉をロックするよりも早く、千歳は機体を疾走させていた。圧倒的推力により瞬く間に最高速に達した〈天斬〉は地面すれすれを翔び、転がっていた光子剣の柄をすくい上げた。
刀身を展開し、両手で柄を握りしめてアブラムに斬りかかる。
ヴルカーンが火を噴く――その瞬間、光子剣はその銃身を真っ二つにしていた。切断面は熱量で真っ赤に赤熱する。そのまま進む剣の直線上には、アブラム機の腕があった。
斬。
光子剣はアブラム機の腕を斬り落とす。鮮血なのかオイルなのかよくわからないものが噴き出した。
今の一瞬の接触で、千歳はある事実に気づく。
――こいつ、戦い慣れしていない。
アブラムの戦い方が素人同然だった。ステップや跳躍など動きこそ滑らかだが、そんなものは意志を反映することができるGAであればそんなに難しいことではない。そういうものではなく、アブラムは戦いというものに慣れていなかった。敵とどう戦えばいいのかがわかっていない。完全に性能に頼っている。
〈岩砕神〉にヴルカーンを叩き込んだように思い切りのいい行動をとることもあるが、それだけだ。機体性能と中身であるアブラムがつりあっていない。素人といっても間違いではなかった。
アブラム機の背後で〈天斬〉は腰を捻って着地、コンクリートを抉りながら機体を制止させた千歳は、振り向きざまに再び一閃。狙いはアブラム機の両足。これで戦闘不能にしてコクピットからアブラムを引きずり出す。
光子剣がアブラム機の足を切断する、と思われた。が、それは真横のビルから生えてきた腕によって止められた。
「腕!?」
撃墜されたGAのものと思しきその腕はビルを貫き、〈天斬〉の腕を掴んでいた。〈天斬〉の動きを阻害するなど普通のGAには出せない力である。それでも事実としてこの腕は〈天斬〉を捕らえていた。
「この……ッ」
〈天斬〉が全力で腕をひく。〈狂剣〉により傷ついた右肩が悲鳴を上げたが、無視。力付くでビルの向こうにいるGAを引き吊り出す。
全力の〈天斬〉に引かれれば、敵も耐えることはできなかった。瓦礫を落下させながら、腕が姿を現す。
それには、肩から上がなかった。ただの一本の腕だった。破損した肩部からはコード状の束の群がどこかに繋がっている。その先とは、アブラムの機体で――
死角からの衝撃。
真横から〈天斬〉の頭部が掴まれていた。
それは光子剣で切断したはずのアブラム機の腕である。それからは同じくコード状の束がアブラム機へと繋がっていた。五指に力が込められ、万力のようなそれに〈天斬〉の頭部装甲が甲高い泣き声をあげた。
千歳は直感で〈天斬〉に光子剣を振るわせる。建物から引き出して一時的に力を失った腕、そのコードを叩き斬った。そうすれば、その腕は力を失う。それを引き剥がすよりも早く、頭部を掴む腕のコードも切断する。類に漏れず、こちらも神経を断線したように力を失った。
「接近する物体あり!」
レムリアの声を聞くと同時に〈天斬〉は飛び退いていた。入れ違いに無数の腕がもうなにもない空間に殺到する。雨霰と地面を叩く機械仕掛けの腕の群。それはやはり肩から上、あるいは肘から上を喪失している。そして破壊された断面からはいくつものコードの束がアブラム機に延びていた。腕の群の中には〈クラスナヤ〉の他にも〈防人〉や〈切人〉と思わしきものも混ざっており、節操と統一感がなく、それらが這いずり廻る様は不気味としか形容のしようがなかった。
間一髪で難を逃れた〈天斬〉は、頭部と右腕にぶら下がった敵の腕をむしり取る。視線はこちらに背中を向けたままのアブラム機から離れない。
《――馬鹿でかい屑鉄を動かすことしか脳のない愚鈍な軍人が、このアブラム・アクトンに勝てるとでも思ったのかね? おめでたい! 実におめでたい低俗な脳の持ち主だ! たかだか人間風情がこのわたしに及ぶわけがあるまいに。力を与えられた、この身体にィ!》
喉を鳴らしてアブラムは嗤い、ヴルカーンを投棄して〈天斬〉に振り返った。
ずるずると空中に地面があるかのように這いながら、無数の腕がアブラム機の周りに集まる。それはまるで蜘蛛、いや、そのおぞましくおびただしい数の腕の群を従える様は阿修羅。腕が多い分、その異様は際立っていた。
《〈鬼神〉〈千手羅刹〉――。貴様らの運の無さを嘆かせてやろう!》
言葉は合図だ。
コードで〈千手羅刹〉と繋がれた腕の群は一斉に〈天斬〉へと飛びかかる。
それらは猛獣であり、指は獲物を引き裂く牙である。四方八方から〈天斬〉に喰らいつこうと迫る。
「こんなもの……ッ」
全面を覆い尽くす腕を光子剣で薙ぎ払う。高熱に耐えられる強度がないのは実証済みだ。薙ぎ払い空白となった地点にスラスターを噴かせて〈天斬〉を滑り込ませ、腕の包囲から逃れた。
無数の腕、確かに驚異であるが――動きは単純だ。目標に掴みかかろうとするだけに軌道は読みやすいうえ、弾丸のように視認不可な速度ではない。
これらは相手にせず、本体である〈千手羅刹〉を叩く。刹那の攻防のなか千歳は冷静に判断するが、
《ほらほら、こっちも鼠みたいに躱してみせろ》
いつの間にか切断された腕を修復した〈千手羅刹〉がヴルカーンを構えていた。斬り裂かれたヴルカーンの銃身は無数のコードで無理矢理結合されていて、無論撃つことに支障はなかった。
「……ッ、そう上手くはいかないか!」
断続的に放たれる銃弾を飛翔して回避しながら、〈天斬〉を追う腕の群からも逃れる。ヴルカーンの弾丸は自らの腕もいくつか破壊するが、アブラムは気にしていないようだった。
やがて千歳は異変に眉をひそめた。
「数が減ってない!?」
〈千手羅刹〉自身も腕を破壊しているのに、数は一向に減る様子がない。
千歳の疑問に、レムリアが素早く回答する。
「あの機体から延びているコード、あれが破損部をつなぎ合わせたり補修したりしてるみたい。このままだと〈天斬〉が保たない」
「……奴の腕やヴルカーンが直っていたのもそのせいか」
なのにこちらはブースターとスラスターの連続稼働により、機体各部に負荷がかかり続ける。ジリ貧。〈天斬〉に限界が訪れれば、即座に狩られる。
これ以上戦いを長引かせることは負けを生む。レムリアのいう通り、早く敵を無力化しなければならない。
そして、ヴルカーンが火を噴くのをやめた。
弾切れ。コンテナから弾薬の固定されたベルトリングを引っ張り出しているのが見えた。
今だ、と千歳は飛び込む。正面には腕の群があったが、構わない。最短距離で〈千手羅刹〉に肉薄する。
それを突っ切りと光子剣を振るおうと〈天斬〉の右腕を動かす――ことはできなかった。
〈狂剣〉により与えられた傷、さらに無茶な機動で機体を酷使したことにより、右肩の損傷が深刻なものになっていたのだ。感覚はロストし、反応がない。
「しまったッ、」
右腕が動かない。その隙を腕の群につかれた。腕が〈天斬〉を拘束し、地面に力強く引きずり下ろす。
浮遊感。続いて高度数百メートルからの落下による振動がコクピットを襲った。千歳ですら一瞬頭の中が真っ白になる。
「ぐぅ……ッ、レムリア無事か!」
「こっちの心配はいいから集中して!」
〈千手羅刹〉の腕が〈天斬〉を蝕んでいた。
数えるのも億劫なほどの量の腕に取り付かれる。指が装甲に突き立てられ、引き裂く。ただでさえ戦闘で傷ついているのであるから、装甲の傷に指をねじ込めば引き剥がすことはそれほど難しいことではない。
ミシミシミシィ――、装甲を引き剥がす音が不気味にコクピットを反響した。腕は〈天斬〉の胸部にも取り付き、こじ開けようとしているだけに、その音は近い。パイロットを内包する部位だけに、装甲は頑丈に出来ているがいつまでも持つものではなかった。
一刻も早く拘束を解こうともがくが、〈天斬〉をもってしても無数の呪縛から逃れるのは容易ではない。
それだけではない。
「〈天斬〉の出力が上がらない?」
本来ならもっと高い出力を出せるはずの〈天斬〉の炉心が息を潜めていた。そのせいで、フルパワーによる脱出ができないのだ。
レムリアは指でせわしなくキーボードを叩きつつ、珍しく焦った様子で応える。
「〈天斬〉の動力炉が不安定になってる。まだ実験中の炉心なのに無理をさせすぎたみたい」
そう、戦いに夢中で失念していたが〈天斬〉はまだテスト段階の機体なのである。まともに実戦をおこなったのは五日前のハイジャック事件の折であり、まだ演習だって一週間もやっていないのだ。机上の理論で機体を組み立てても、現実でそれが正常に機能するかはわからない。だから問題ないかテストするために千歳はパイロットとして呼ばれていたのである。
この場合はテスト中の機体であるのによくやってくれた、とむしろ褒めてやるべきだ。〈鬼獣〉と二体の〈鬼神〉相手にやりあえる機体などそうはない。
ただ、このままでは褒めることも出来なくなってしまう。
レムリアが早くしろと急かした原因はこれか、と千歳は悟る。複座のレムリアは不安定な〈天斬〉の出力調整や機体のサポートのために搭乗しているのだから。
《地べたに張り付けにされるとは蟲らしい姿だな》
〈千手羅刹〉がヴルカーンを〈天斬〉に向けた。今撃たれれば逃げることはできない。〈天斬〉の右腕は反応しない、炉心の出力は不安定。脱出する術はない。
『こっちを忘れてもらっちゃ困るな!』
〈岩砕神〉の二門ある頭部機関砲が腕と〈千手羅刹〉を繋ぐコードを撃ち抜いた。総ての腕とはいかないが、現時点の出力でも〈天斬〉が抜け出せる程度には拘束が弱まった。
千歳はそれを逃さず、莫大な推力をもってして腕から抜け出した。〈千手羅刹〉が発砲した銃弾は味方の腕を撃ち抜く。
苛立たしげにアブラムは叫ぶ。
《ええい、邪魔しおって! 地獄をもたらすものなどという大層な名前の武器すら使えないようなでくの坊が水を差すな!》
〈千手羅刹〉がヴルカーンの対象を〈岩砕神〉に変える。足を撃たれて動けない〈岩砕神〉にはそれは決定打となる。
「お前はこっちを向いていろ!」
光子剣を左手に持ち替え、千歳は頭上から〈千手羅刹〉を強襲した。アブラムが接近する〈天斬〉を撃ち落とそうとヴルカーンを持ち上げるが、発砲する時間はない。
光子剣とヴルカーンが激突する。
今度はヴルカーンを斬り落とすことはできなかった。
〈天斬〉の炉心が不安定なせいで光子剣の出力も上がらない。さらに、ヴルカーンという規格外な銃を使用できるように取り付けられた巨大冷却機関のせいで、今の出力では溶断は厳しかった。
〈千手羅刹〉は光子剣を受け止めながらも、ヴルカーンを放つ。酷い体勢でありながら、しかしこの至近距離ならば外すことは有り得ない。
千歳はなんとか躱そうとするが遅く、〈天斬〉の右腕に新たな孔が穿たれた。さらに光子剣の柄を撃ち抜かれてしまう。幸いにも左手は無事だが、もう光子剣は使いものにならない。
〈千手羅刹〉の側から離脱して光子剣をウェポンラックにしまう。これで使用可能な武器は頭部機関砲だけ。七六ミリの弾丸は通常のGAか〈鬼獣〉には充分過ぎる威力だが、〈鬼神〉級に通用するとは思えない。
「大尉ッ、ヘルブリンガーはもう使えませんか?」
アブラムに聞こえぬように回線を切り替えて千歳は訊ねた。もう〈天斬〉には有効な武器はない。後は重機士である〈岩砕神〉の武器だけが頼りだ。
『エアシーセンを撃つことは可能だが……一発が限度だな。ヘルブリンガーと桜姫もこれ以上は無理だ』
『いえ……私はまだ大丈夫です』
『馬鹿をいうな。お前が死んだら元も子もない』
通信越しでも桜姫が憔悴していることは千歳とレムリアにもわかった。声に艶がなく、かすれてしまっている。
ラスト一発。それで確実に仕留めなければならない。
《こそこそと話すな! 能無し共が知恵を搾るな見苦しい》
光子剣を喰らいながら発砲したために異常が出たのか、傷ついたヴルカーンを修復しながら〈千手羅刹〉の腕で〈天斬〉を付け狙う。扇状に広がり宙を疾駆する腕の群から千歳はただ逃げ回る。頭部機関砲でいくつか腕を撃墜するが、この程度ではどうにもならない。
これでは最後の一発を当てるなど到底不可能だ。せめて〈天斬〉が〈千手羅刹〉を足留めする必要がある。そのためには、どうすれば――
「あれは……」
千歳は地面に突き立つそれに気づいて機体を急降下させる。腕に掴まれないよう注意を払いつつ、〈天斬〉を地面と平行に飛ばしながら突き立つそれをすれ違い様に引き抜いた。
それは刀だ。〈狂剣〉が振るっていた凶刃は回収もされず地に突き立っていたのである。光子剣の代わりとしては申し分ない。陽を反射する刀身も、今となっては頼もしかった。
〈千手羅刹〉の腕が〈天斬〉を捉えようと延びてくる。それらを試しに刀で斬り捨てた。オイルを流して墜落する腕を見ながら、千歳は刀の切れ味に驚嘆した。これはとんでもない業物だ、と本能的に理解する。それほどまでの鋭利さ。実体剣であるはずなのに〈天斬〉の関節にほとんど負担がなかった、というのは驚異的である。それに高周波振動しているわけでもない。純粋に刀として優れているのだ。
しかもおかしな話であるが――実際に握っているのは操縦桿なのに――妙にこの刀は手に馴染む。使い慣れたそれのように。
千歳としては、光子剣よりもこちらの方がずっと扱い易い。幼い頃から刀を振るっていたのだから当然である。また刀を、たとえGAを介してとはいえ握るのには抵抗があったが、躊躇できるほどの余裕はない。
武器を手にすると、千歳は攻勢に移った。
スラスターを使い身体を宙で半回転させて背後を振り返り、千歳は腕の群に再び突撃した。
「疾ィ――――ッ」
刀を振るう。
左手しか使えずとも、刀の扱いならば問題ない。身体の延長上にあるものと千歳は認識している。さらにGAは人機一体となる操縦法を搭載した機械、故に余すことなく剣戟は実現する。
腕の群が散った。修復よりも早く斬り、進み、斬る。腕の群を突破し、千歳はコードを斬り裂きながら〈千手羅刹〉へと翔けた。
修復に手間取っていたヴルカーンは〈千手羅刹〉の手により発砲可能なまでに回復していた。凶悪な黒光りする銃身は、〈天斬〉を捉えている。
ならば、引き金をひくより早く奴を止めるのみ――。
*
「まったく……失礼なこといいやがる。なにが地獄をもたらすものだ」
暗い密室のなかでゲラートが不服そうにいった。
〈岩砕神〉のコクピットの中は暗い。いや、暗くしているというべきか。少しでも動力に負担をかけないように電力を出来るだけ搾っているのである。
「仕方ないですよ。櫻真が言葉遊びでつけた名前ですから」
複座で笑う桜姫の声は枯れている。過剰な疲労の影響だ。ゲラートが〈岩砕神〉の出力を制限しているのはこのためである。
〈岩砕神〉の主動力、仮想無限炉。これは延々と無限に近いエネルギーを生み出す夢のような炉心だ。通常のGAではとてもじゃないが出来ないことも、〈岩砕神〉はこの動力炉が生み出すエネルギーにより可能となる。
だがそれは、やはり仮想であり無限ではない。それを可能とする存在があり続ける限りしか動かない有限ある炉心なのである。人間が今まで作ってきた原子炉などもパーツが劣化すれば崩壊するし、維持する人間がいなくなればまともな稼働は望めない。仮想無限炉もそれと比べれば別に特別珍しいわけではない。
違うのは、仮想無限炉を維持するのは桜姫だけだということだ。
むしろ、桜姫は仮想無限炉の構成部品といっていい。
仮想無限炉は桜姫という人間が乗ることにより始めて機能する。超高速演算機関である桜姫により仮想無限炉は無から有を作り出すのだ。が、これは桜姫に大きく負担をかける行為である。
仮想無限炉は一度動き出すと自らが生み出したエネルギーでまた無から有を汲み上げることができる。一気に大量のエネルギーを消費しない限り、この無限に動力を手に入れる行為は止まらない。
この状態なら桜姫にはそれほど負担はないのだが、今回は一度にエネルギーを消費し過ぎる場面が多すぎた。〈狂剣〉や〈千手羅刹〉という二体の〈鬼神〉級との戦い。ヘルブリンガーの乱用。それらにより仮想無限炉に負荷がかかりすぎた。
仮想無限炉が自分を維持できなくなった時、桜姫がそこに介入する。また演算によりエネルギーを取り出すのだ。そしてこの行為は途方もない労力を桜姫に要求する。
「桜姫……後一発だ。耐えてくれ」
「櫻真こそ今にも死にそうな声を出さないでください。大丈夫、私は意外と頑丈ですから」
桜姫は笑みを浮かべた。それは明らかに無理をしているのを見て取れたが、だからこそ気丈な姿は美しかった。
「それより、見せてあげましょう。ヘルブリンガーの力を、本当の意味を」
「ああ、そうだな」
ゲラートには鑞国と神国の血が流れている。ゲラート自身は神国育ちであり、鑞国の土を踏んだことは一度としてないが、それでも思い入れというものはある。
鑞国の言葉でヘルとは、地獄を意味しない。だからゲラートが名付けたヘルブリンガーとは、アブラムのいった意味ではないのだ。
「見せてやるか、晴天をもたらすものの力って奴をな」