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ガンメタル・グリード  作者: 刹那
15/60

14:Sword and Gun

 爆炎があがり、原型を辛うじてとどめていた建物の群を跡形もなく消し飛ばす。高温の熱破が吹き荒れた。

 その中心から粉塵を引き裂いて蒼い機体が飛び出す。

 〈天斬〉は全身の装甲を歪ませ、破損し、傷ついたアクチュエーターからオイルを流しながらも、生存していた。

 巨人に掴まれて振り回されたような振動に千歳の意識は数秒だけ混濁する。吸収し切れなかった衝撃にコクピットを激しく揺さぶられたのだ。慣性制御も使用して最小に収めてこの衝撃、よく今の爆撃で生きていたものだと感心する。機体が〈防人〉や〈切人〉であれば今頃は三途の川を渡っていたに違いない。ただ、〈天斬〉といえどもこの攻撃による損害はけして少なくはなかった。

「くっ、なんだ。今の攻撃は……」

 攻撃地点は既に割り出している。〈天斬〉の頭をそちらに向けると、光学センサーが得た情報をモニターと千歳の脳内に投影した。

 距離はそう遠くない。だが、あの位置、そしてあそこにある機体は――

「〈クラスナヤ・ヴォルク〉!?」

 無論、撤退したものが引き返してきたわけではない。ならば、あれはなにか。答えは、〈狂剣〉に撃墜された機体がまだ動いている、だ。墜落した地点とも一致している。

 何故、動ける。それが不明だった。動力炉は破壊された。パイロットも生きているわけがない。(のう)もなく、動力炉(しんぞう)もなく、機体(からだ)も四散した――なのに〈クラスナヤ・ヴォルク〉は動いていた。鑞国の生産するGAはスペックの限界まで酷使しても問題なく使用できるほどの信頼性がウリではあるものの、大破しても動けるほど常識外れではない。

 ――いや、そもそもあれはまだ〈クラスナヤ・ヴォルク〉などという代物なのだろうか。

 確かに基本はその機体だが、全体的におかしい。噛み合っていない。ちぐはぐだった。継ぎ接ぎの人型。それは腕が違う。足も違う。胴体が違う。腕と足は一緒に撃破された〈クラスナヤ〉のパーツが破損部を補うように結合しているし、さらに補強するように余剰パーツを取り込んで倍にまで膨れ上がっている。胴体は、そもそも機械ではない部分が多すぎた。上半身と下半身を繋いでいるのは肉と機械の塊であった。菌糸類に浸食されたような装甲板と剥き出しの肉が新たな胴体となっている。その新たな胴体は引き締まり、格闘家の腹筋と見紛うばかりのものだ。

 膝を突いていたそれは立ち上がり、腰と肩のハードポイントに固定されていた多弾頭ミサイルポッドを排除する。弾を撃ち尽くしデッドウエイトとなったポッドを切り離したことでスリムなったそれは、凝りでも解すかのように肩を廻した。

 紅と毛並みのパターンを書き込んでいた黒の塗料がいびつに混じり合い、それは禍々しい紋様となっていた。まさしく悪鬼羅刹。見た目だけで人間に嫌悪感と危機感を与える異様はそう表現するのが相応しかった。

 あれが果たしてなんなのか、千歳にはわからない。もしかしたら鑞国の新兵器なのかもしれない。ひとつ間違いないことは、あれは千歳の味方ではないということだ。

 その〈クラスナヤ・ヴォルク〉であったものは、近くに転がっていたコンテナをこじ開ける。撃墜された〈クラスナヤ〉がマウントして輸送していたのだろう。コンテナの中には銃火器が存在した。

 黒光りする銃身。円上に銃身がまとめられたその銃器は、一五五ミリの大口径弾を連射するという冗談のようなガトリング砲であった。

 大口径弾を扱い、さらにそれを冷却するための機構が備えられたガトリング砲は巨大だ。GAと同サイズとはいかないまでも、それに近くはある。〈鬼獣〉相手にもオーバーキルな、軍隊として運用されるGAには装備する必要も意味もないピーキーな化け物銃は、やはり化け物相手に必要とされる武器であった。たとえば、〈鬼神〉。通常の〈鬼獣〉とは比べものにならない強さを持った個体に対処するために作れたものなのである。

 それが今は〈天斬〉に向けられていた。

「な――――っ」

 即座にブースターを限界出力で稼働させる。真横に飛ぶと、地面が面白いように抉れた。ガトリング砲というより榴弾砲といえる弾丸が連射されているのだ、その破壊力は〈天斬〉でさえも捉えれば装甲を易々と引き裂くだろう。ましてや、爆撃によるダメージが蓄積されているのだから尚更だ。

 〈天斬〉の後を追ってくる銃口のせいで、コンクリートの地面が虫食いだらけになっていく。いや、虫食いとは生温い。一発一発が必殺の威力を持つそれが作るのは、敵を埋葬する墓穴だった。

 敵の攻撃を〈天斬〉の機動力でもって回避する千歳の頭上で、レムリアがガトリング砲の機種を認証し、データベースから引き出す。

「対大型鬼獣用回転式多砲身機関銃、ヴルカーン。一五五ミリの大口径、発射速度は毎分四〇〇〇発……まともに当たれば屑鉄になるから一発も当たらないで」

「いわれなくたって避けるさ!」

 あんなもの、見ただけでその凶悪さが手に取るようにわかる。

『なんだかわからんが、攻撃をしてきたんだ。敵として対処するぞ。桜姫!』

『はい』

 〈岩砕神〉はヘルブリンガー・エアシーセンを正体不明の敵にあわせると、仮想無限炉による大出力エネルギーによって生み出される粒子砲を放った。大気を焼き付くす高熱の光の柱、それを敵は天高く跳躍して回避する。大重量の火器を持っているとは思えない脚力。

『なんの!』

 だがゲラートはそこでビームの軌道に変化をくわえた。別に屈折したりするわけではない。単純に、〈岩砕神〉がヘルブリンガーの切っ先を持ち上げたのだ。

 その結果、空に逃げた敵に粒子ビームが巨大な剣となって襲いかかった。

 敵は逃げない。ただ空中で〈岩砕神〉にヴルカーンの銃口を移動させた。金切り声をあげてヴルカーンが火を噴く。それを地に足を固定した〈岩砕神〉では回避することはできない。そして弾丸は直撃コースで殺到した。

『……ぬぅッ!』

 ゲラートは発射中のヘルブリンガーを無理矢理傾かせ、ビームで弾丸を焼き払う。だが、それをいくつかの弾が突破した。

 鋼板を紙切れのように撃ち抜くヴルカーンの砲撃に曝されれば、いかに重機士といえどもただではすまない――。

『ぐおおォ……ッ』

『きゃあァ……ッ』

 片方のカメラを撃たれ隻眼となり、脚部を散らした。肉が散るように機器が散乱する。それでもゲラートはヘルブリンガー・エアシーセンを命中させようと〈岩砕神〉に身を捩らせて砲身を持ち上げるが、当たると思った矢先に粒子ビームが尽きて光の柱はかき消えた。

 〈岩砕神〉は自重を御せずに地に斃れる。

「ゲラート大尉! 桜姫さん!」

『なんとか無事だ……が……』

『足をやられて、まともに動くのは……』

 両足がヴルカーンの砲撃により引き裂かれていた。手負いとはいえ、重機士すらまともな戦闘続行が不可能な状況に追い込むほどに危険な武器。いや、重機士を戦闘不能にできなければ〈鬼神〉だって斃せない。これは理不尽に対する兵器なのである。

 紅く美しい狼だったものが重量でコンクリートを砕いて着地した。総重量がGAに匹敵する火器を携行しているのにも拘わらず、その挙動は至ってスムーズである。

 ――あれは、敵だ。

 そう千歳は思う。攻撃を仕掛けてきたのだからわかりきったことなのだが、あれを紛れもない敵だと認識した。ただの敵ではない。あれは人類の敵なのである。

 一五五ミリ弾のガトリング砲は、単機での運用を考えて作られたものではない。最低でも二機のGAが協力して放つことを想定されている。しかも地面に固定して、だ。それでも多大な反動を抑えきれずに照準はぶれ、真っ当には機能しない。当初こそ対〈鬼神〉用とされていたが、使用されるとしたら今では〈鬼獣〉掃討用だ。

 それを軽々と扱い、ヴルカーン本来の使用用途である強力な個に対する兵器として本領を発揮させる機体。〈鬼獣〉の甲殻のようなどす黒い紅で染まった機体。

 それはやはり人類の敵なのである。

《――重機士〈岩砕神〉といえど、所詮は人間と裏切り者による玩具か。それで鬼に楯突くとは片腹痛い!》

 その声はあの変異した機体から発せられた。不思議なことに、千歳は、いやゲラートと桜姫もその声に聞き覚えがあった。しかし、最初は誰だか理解できなかった。この声の主は必要最低限の事務的なことしか口にせぬ無機質な、まるで機械が人の姿で歩いているような人間であったと記憶している。その人物がこのような声をあげていることが俄かに信じられなかった。

『まさか……お前は、いや、馬鹿な』

《解らないか?》

 動揺するゲラートを鼻を鳴らして小馬鹿にすると、紅い機体は鋭角的な指先で自らのこめかみをつついた。

《アブラム・アクトン……イヴァン・春日の右腕だった男さ》

 その事実は、彼と面識のないレムリアを除く全員に衝撃を与えた。仕事上でしか関わりがなく、プライベートな知り合いではなかったが、それでも顔を知っている味方のはずの相手にこうもされれば当然だった。

「どういう、ことだ?」

 そしてなにより、人間であるはずのアブラムがあのような奇怪な機体に搭乗し、あまつさえこちらを攻撃してくるのかはわからない。アブラムが最初から人間ではなく――鬼人――であるということは有り得ない。間違いなく正真正銘混じりけなしの人間だった。そのはずだ。

《どうもなにも、こういうことさ。わたしは人間であることを辞退させてもらった。ただそれだけのことなんだよ、陵千歳》

「なに……?」

 オープンチャンネルだった千歳の通信を拾ったのか、アブラムは言葉の矛先を変えた。

 ――人間を辞退した?

 千歳は、常人より〈鬼獣〉を遥かに深く知っている。そういう家系だったのだ。軍人すら知らないことでも、幼い頃から〈鬼獣〉について叩き込まれた千歳は即答できる。なのに、アブラムの言葉の意味を図りかねる。

 たったひとつだけ、思い当たることはあった。

「まさか、感染者(カラミティブラッド)……!?」

 有り得ない、と千歳は否定する。感染者はウィルスに汚染され自意識を失い、体組織を書き換えられて猛獣へと変えられた人間だ。自我を保ち、ましてや人語を解する感染者など、人類有史以来初の存在である。

 アブラムは心外といった風に険のある言葉を吐いた。

《失礼なことをいう。わたしは感染者ではない。いうなれば、超越者だ。あの方に見出され、偉大なる力を下賜されたのだから! この姿にされて、人間がいかに不自由な地を這う虫螻か理解できたよ》

 耳障りな、哄笑。

 だが千歳にそれは届かない。もっと重要な事柄に思考を割かれ、アブラムの声に耳を貸す気はなかった。

「意志を持った感染者……なんでそんなものが――」

 ――Guu、kaァッ

 別方向からの怒声。爆撃から今まで息を潜めていた〈狂剣〉が、蘇った。身体はミサイルの直撃により傷つき、液体――GAと違い本当に血液のように循環している――を流していたが、〈狂剣〉の恐ろしさには微塵の揺らぎも感じられない。

『まずいな……』

 アブラムの機体は〈狂剣〉ほどのポテンシャルはないように思える。だが、アブラムの真横のコンテナにはヴルカーンを始めとする強力な武装が収められている。それによる攻撃、制圧能力は厄介だ。

 〈狂剣〉とアブラム、負傷した〈天斬〉と〈岩砕神〉では少々荷が重い。準機士や機士による援護も焼け石に水であろう。

 ――Kooooooッ

 敵は千歳達の事情など顧みない。刀を構え〈狂剣〉は一足で飛び込む。

 白刃を煌めかせ、〈狂剣〉は――アブラムを両断せんと振るった。

 その一撃をアブラムは後方に跳んで危なげなく躱し、ヴルカーンの銃口を〈狂剣〉に向けた。鋼鉄の咆吼。大気を震撼させる唸りをもって暴力を吐き出した。それを〈狂剣〉は短距離転移で逃れる。さすがに至近距離であんなものを喰らえば〈狂剣〉といえども唯ではすまない。本来ならあんな過多な武装は〈狂剣〉を捉えることもできないだろうが、アブラムの機体の異常な能力によりそれを可能としていた。

《攻撃を仕掛けてきた相手を無差別に選んでいるのか。この狂犬め、畜生のような存在よ。貴様それでも同胞か!》

 アブラムは忌々しげに舌を打った。

「これは、仲間割れでもしてるの?」

 仲間だと思っていた〈狂剣〉とアブラムの接触に、戸惑う。

 〈鬼獣〉は、鬼人というモノにより管理されている存在である――と、いわれている。実際、〈鬼獣〉が鬼人の言葉に従う姿は目撃されており、真実と認識されている。〈鬼神(きしん)〉は鬼人(きじん)を乗せる、人間でいうGAと同じものだ。

 彼らは〈鬼獣〉の上位種であり、人類の敵である意志を感じさせない無限の軍勢を従えている。それは感染者(バグ)といえど例外ではない。バグは〈鬼獣〉と同類であり、よって鬼人の敵対する対象ではない。

 なのに、〈狂剣〉はその法則を無視してアブラムに殺意を向けていた。

《左腕の借りを返したいが……今は貴様の相手をするのは得策ではない。失せろ!》

 ――Siiia……ッ

 〈狂剣〉は噛みしめた歯の間から呼気を漏らすだけだった。刀に浮かぶ殺意の色に陰りはなく、アブラム機を斬り裂きたいと主張している。それほどまでに明確な敵意。

 再度、〈狂剣〉がアブラムに斬りかかろうとする。神速の踏み込みによる斬撃は何度もいなせるほど生易しい代物ではない。それは先程アブラムに斬りかかった速度とは比べものにならない速さであるはずだ。

 だが、〈狂剣〉はアブラムに斬りかかることはなかった。それは突然〈狂剣〉が頭を抱えて苦しみだしたからだ。

 ――ッッッッッッ!!

「今度は何だ……?」

 急に苦悶で身を捩る〈狂剣〉が吼えた。それは身体を襲う苦しみによる絶叫か、それとも敵を斃せぬ歯がゆさ故の怨嗟かはわからない。

 〈狂剣〉が刀を縦一閃させると、空間に亀裂が生じた。まるでそこに見えない壁でもあったかのように裂けたそこに〈狂剣〉は身体を滑り込ませた。腕が消え頭が消え身体が消え足が消え、そして刀が虚空に消えた。すると中空の亀裂は周囲から押し戻されるように裂け目を接着させる。

 一瞬後には、〈狂剣〉も裂け目もなく、アブラムとそれに対峙する二機のGAだけが残されていた。

 〈天斬〉と〈岩砕神〉を翻弄した〈鬼神〉の、呆気ない退場だった。


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